remove
powerd by nog twitter

第394話:砂の上の黒い踪跡

作:◆l8jfhXC/BA

 勘違いが解け、お互いにゲームに乗る気がないこと、探している人物がいることを確認し合った後。
 佐山の知り合いらしい藤花も含めて、ハーヴェイは二人と情報交換をしていた。
「……風見?」
「この槍がそう言ってた」
 そう言って佐山に槍もどきを見せる。コンソールには、『ヨバレタヨ!』と言う文字が表示されていた。
 ここまでどうやって飛んできたかを説明していたのだが──どうやら、屋上にあった死体が佐山の知り合いだったようだ。
 槍も“カザミ”の得物らしい。
「その死体の外見を教えてくれないかね?」
「…………髪が肩の前後まではあったはず。たぶん、あんたと同じくらいの年だった」
「……」
 表情をわずかに硬くして佐山が黙り込む。その隣では、藤花が二人を不安そうに見つめていた。
「……ならば、私は屋上に行って死体を確認してくることにする。君達は、どうするかね?」
「私も行きます! ハーヴェイさんも、」
「俺はいい」
 用意していた答えを伝える。
 今は一刻も早くまともな武器を調達して、キーリを捜したかった。
 二人には悪いが、奇言を弄する少年とごく普通の少女といても捜索がはかどるとは思えなかった。
「あんたらの探している奴にあったら伝えとく。じゃ」
 言い終る前に、彼らに背を向けて歩き出し──

「待ちたまえ」
「なに」
 なぜか、佐山に呼び止められてしまった。
「先程も言ったが、その槍は私の知り合いが所有していたものでね。返却してくれると有り難いのだが」
「嫌だ」
「実に簡単明瞭な回答に感謝する。だがそれは少々困るのでね。この銃器と交換ではどうだろう」
 そう言って、彼は手に提げていた銃をこちらに見せた。
 ──大口径のリボルバー。これなら、失った炭化銃の代わりは十分に務まるだろう。
「……わかった」
「有り難う。では、縁があればまた会おう」
「ああ」
 槍を渡し銃を手に入れ、ふたたびハーヴェイは歩き始めた。



「きれい……」
 白い砂浜の向こうには、白い雲の空と相対するような青い水の大地が広がっていた。
 本の中でしか見たことのなかった光景に、キーリは思わず溜め息をついた。
「海、見たことなかったの?」
「うん。私の住んでるところには流砂で出来た海しかなくって。……すごいなぁ、ほんとにこれ、水なんだね」
 砂を濡らす波にそっと手を伸ばす。ひんやりとした感覚が、指から伝わった。
 元いた世界にあった<砂の海>とはまったく違う。これが本当の“海”というのだろう。
 ──延々と続く流砂の海。
 あの海の終着点に、亡き母は眠っている。
 あの母が憑いていた人形も、もうそこに辿り着けたのだろうか。
「キーリ?」
「……あ、ごめん。ちょっといろいろ思い出してた」
 由乃に呼びかけられて現実に戻る。……海に見とれていられる状況ではない。
「行こう。早くみんなを捜さないと。私はまだいいけど、由乃にはもう時間がないし」
「……うん」
 顔を曇らせながら、しかし力強く由乃は頷いた。
 ──先程の放送で、由乃の友人が一人呼ばれてしまった。
 元軍人のハーヴェイや、黙っていればただのラジオである兵長はまだしも、由乃の知人達はみんな普通の女の子だ。
 戦う力はなく、いつ殺されてもおかしくないのだ。──現に、由乃は開始数分で殺されてしまっている。
 それに加えて、由乃は17:00には消えてしまう。それまでに彼女らを探さなければならなかった。
「後、あの男の人の言ってた人たちもやっぱり探したいの」
「私みたいに、誰かに会えずに死んじゃったんだよね……。
名前しか知らないから、積極的に探すことは出来ないけど──あ、キーリ! あっちから誰かが……」
 ──言われて由乃の指さす方を見ると、北西の平原の方から誰かがこちらに向かって歩いてくるのが見えた。
「……」
 スタンガンを振って棒を伸ばし、握りしめる。
 いきなり攻撃してこないとはいえ、殺し合いに乗っていないとは限らない。
 実際に戦う技術は持っていないし、戦えそうな外見もしていないが、警戒ぐらいはしてくれるだろう。
 もし本当に乗っている人物だったなら、普通の少女である自分にはまったく打つ手はないのだが。
(どうか、ちゃんと話せる人でありますように……)
 神さまにではなく、幸運に祈った。

 人影は、立ち止まることなく歩いてくる。
 だんだんと、外見もはっきり見えてきた。
 ──赤っぽい色の髪の長身。濃灰色のハーフコート。ぼろぼろになっている左腕。
「…………ハーヴェイ?」
「え、あの人が、キーリの探してる人?」
 あの、赤銅色の髪を見間違えるはずがない。
 彼は右腕がないはずだが、そんなことは気にならなかった。
「ハーヴェイっ!」
「あ、ちょっと待ってよキーリ!」
 由乃の声も気に留めず、気づいたときには足が勝手に動き出していた。



 森を抜けて平原を歩き、そして今度は森に沿って歩く。離れすぎると禁止エリアに引っかかってしまう危険があった。
 途中には廃屋があったが、期待していた人物はいなかった。
「曇ってきたな」
 この分だといつ雨が降り出してもおかしくない。
 雨くらい不死人にとってはどうでもいいことなのだが、濡れるのは面倒だった。
(普通の奴らは雨を避けてどこか建物に逃げ込む。あの小屋で待機した方がよかったか……いや)
 戻る時間と何もせず待機している時間が惜しい。
 このまま歩いて、地図に載っていた城か櫓に向かった方がいいだろう。

 少し迷った後櫓の方のルートを選び歩いていくと、間もなく青い海が遠目に見えてきた。
「……海か」
 流砂ではない、水の海。
 とくに驚きも興味も湧かない。あの液体子爵と比べたらどうでもいいレベルだ。
 ──そしてそのまま歩き続けていると、砂浜に二つの人影が確認できた。
「……」
 警戒を強めつつ、立ち止まらずに歩き続ける。
 そこにいたのは、二人の少女。外見がどうであろうと、油断は出来ない。
 ──と。少女の一人がこちらに向かって走り出してきた。
「…………あ」
 距離が近づくにつれ明らかになる少女の顔を見て、気づく。
 ────かなり成長して感じが変わっていたが、間違いなく、キーリだった。
「ハーヴェイっ!……わっ」
 彼女はそのまま砂浜を走り──そして転んだ。握っていた棒が手から転がり落ちる。
「……」
 無事見つかったことを内心で安堵しつつ、あきれを含んだ溜め息をつく。
 見たところ怪我はない。何とかこの半日を無事に過ごせたようだ。
(あの幽霊は……また何かに首つっこんだのか)
 転んだキーリに駆け寄ろうとするもう一方の少女は、どうやら幽霊のようだ。
 こんな状況だ、どうせ知り合いを捜してくれとでも言われて憑かれたのだろう。
(まぁ、どうでもいいか)
 再会できただけでも幸いだ。
 そう結論づけて、ハーヴェイはふたたびキーリの方へと歩き出した。


 思えば、ここで気を抜いてしまったのが間違いだった。



「転ぶくらいなら走るなよ。別に俺逃げるてるわけじゃないし」
「だってっ……! やっと会えたし、嬉しかったから……、あ、その腕大丈夫なの? 義手も何か直ってるし」
「左腕は色々あってこうなった。こっちはもともと壊れてないけど?」
「え、でも……」
 無事に再会できた二人の会話を、由乃は少し離れたところから聞いていた。
(……いいなぁ)
 寂しさを含んだ笑みが、自然にこぼれる。
(私も、生きて令ちゃんと会いたかったな……ううん)
 このかりそめの身体をもらうことができただけでも幸運なのだ。
 彼女に、言葉を伝えられる可能性が出来ただけでも。
(祐巳さんや志摩子さんは、大丈夫かな)
 ──祥子の死を知ったときには、目の前が真っ暗になった。
 彼女ももう、元の生活には決して戻れないのだ。そしておそらく、自分のような幸運には見舞われていない。
(二人もきっと悲しんでる。私が祥子さまの分まで励ましてあげないといけないんだ)
 残り時間はあと四時間を切っている。
 それでもなんとか、彼女らと会って話がしたい。ここにはいない大切な人に、自分の口から伝言を頼みたかった。
「──あれ?」
 再び固く決意した後、ふたたびキーリ達の方へとふたたび歩き出そうとして──何か、奇妙なものが目に入った。
「……糸?」
 銀色の細い糸。
 それは海の反対側にある、近くの森の中から伸び、
「────っ!」
 二人が気づいたときには、もうそれはハーヴェイの首に巻き付いていた。
 とっさに彼は、銃口を森に向けて引き金を引き、
「が──ぁっ」
「ハーヴェイ!?」
「あ……」
 声すらまともに出せずに、倒れた。銃は義手からこぼれ落ち、放たれた弾丸も地面を穿つだけに終わった。
「ハーヴェイ、やだ、ハーヴェイっ……」
 倒れたハーヴェイと彼にすがるキーリを、ただ呆然と見る。映像だけが頭の中を駆けめぐる。
 ──彼の鋭い視線の先には、黒衣を着た隻腕の男がいた。
「やはり、先程の男か。何故生きている? …………いや、そういうことか」
 男は何かつぶやきながら、こちらへと近づいてくる。
「何故生きている、か。そんな質問は奴がいるここでは愚問だったな」
 男が更に近づく。
 キーリは変わらず泣いている。ハーヴェイは未だ倒れたままで、生きているかすらわからない。
 ただ自分だけが、呆然と立ちすくんでいる。

 状況を完全に理解すると、男に対する怒りが一気に湧き上がった。

「ぅああああああああああああっ!」
 後先考えずに男に向かって走る。
 男の方は顔色も変えずに、身体をずらしてただ足を蹴り出すのみ。
「ぁぁぁぁああああっ!」
「──!」
 そして、男の足が由乃の身体をすり抜け、由乃の伸ばした腕が男の身体をすり抜けた。
「このぉっ! 当たれええっ……!」
 それでも、繰り返し繰り返し男に向かって突進する。
 しかし、当たらない。
「お前は何だ? 幻影……精霊、か? ……まぁいい」
 男はしばし訝しんだが、無視してふたたび二人の方へと歩き出し──ふたたびその足を止めた。


「……」
 その視線の先には、震える両手で銃を男の方に向けているキーリがいた。
 恐怖と銃器の重さに耐えながら、ただ歯を食いしばって、涙目で男をじっと睨んでいる。
「忠告しておこう。その系統の武器は、使い慣れていない者でなければまず当たらない」
「…………っ!」
 男の言葉にキーリの表情が一瞬消える。が、すぐにまた男を睨み返した。
(そうだ、あの棒なら!)
 スタンガンのようなものだとキーリは言っていた。あれなら使える。
 思いついたときには、足が砂浜を蹴っていた。
 そして一気にその棒のところに駆け寄り────
「……!」
 掴めない。
 いくら手を伸ばしても、感触はない。
 砂の地面が叩かれ、砂塵が宙を舞うのみ。
「……」
 ──だってもう、自分は死んでいるのだから。実体がないのだから。
 そんなことはさっきからわかっていた。
 わかっては、いた。
 それでも、何もせずにはいられなかった。
「う……ぁあ……」
 何もできない。
 それを痛感してしまい、こらえていた涙が目からこぼれ落ちてしまう。
 この状況を打開できる術など、自分もキーリもまったくもっていなかった。
 ──そして、キーリの首筋に銀色の糸が巻き付いた。
「娘、二つ質問をしよう。まず……お前はチサトという名か?」
 意図がよくわからない質問だった。“チサト”だとしたら──見逃してくれるのだろうか。
「……その顔からするに違うようだな。ならばいい。では、もう一つ聞こう」
 男は自分たちを一瞥しただけで、納得したようだった。
 そして、もう一つの問いをキーリに向けて言った。
「──お前に確かなものはあるか?」

 確かなもの。
 そんなものが、このゲームの中にあるわけはなく。
 キーリはしばしあっけにとられた後──再び表情を引き締めてこう言った。
「…………そんなもの、ない。神さまだっていないのに、そんなもの、あるわけがない。
……でも。でも、私は生きたいって思ってる。 ハーヴェイと一緒に、ここから出たいって思ってる!
その私の意思だけは確かで、信じられる!」
「……そうか。ならば、俺はその意思を奪うとしよう」
 そして男の言葉と銃声が、由乃の耳に入った。



「……」
 目を見開いたまま死んでいる少女を、ただ石でも見るかのようにウルペンは眺めていた。
 何の偶然も起きないまま、弾丸は彼を大きくはずれ、そして彼の念糸は彼女から命を奪った。
(この娘は契約者ではなかったか)
 この男と旧知の仲だったようなので、あるいは、と思ったのだが。それに、探していた女とも違ったようだ。
「…………の……」
「念糸の威力を抑えたのは俺だ。偶然ではない」
 まだ意識を保っている──いや、保てるように威力を抑えた──ハーヴェイに向かって言う。
 あのとき自分は、確かに彼にとどめをさしたはずだ。なのに、生きている。
 考えられることは、ただ一つ。
 ──契約者。
 このゲームの中でアマワと会い、新たに契約を交したのだろう。
 奴がなぜ新たに契約者を増やしたのか、そして同じ契約者のミズーはなぜ死んだのかが気になったが、あの未知の精霊の真意など考えても分かるわけがない。
 ともかく現時点では、彼はアマワによって生かされているのだろう。
 だから今は、死と喪失だけが人に約束された唯一のものだと、彼に理解させてやるだけにした。
 少し離れたところでは先程の奇妙な少女が呆然と座り込んでいたが、こちらも無視していいだろう。
 物質を透過する謎の力は危険だが、自身の攻撃も透過してしまうのならば無害だ。放っておけばいい。
「……ろ……、や……」
 とぎれとぎれに紡ぐ言葉は聞き取れないが、意味はその殺意に満ちた眼から理解できた。
 その眼を見て、苦笑する。確かなものなど、なにもないのだ。


「奴に伝えておけ。必ず俺が答えを────!」
 言い終わる前に、咄嗟に身をよじった。
 ほぼ同時に、銃声。熱い空気が頬をかすめた。
 ──彼の義手だけがまるで別の生き物のように動き、落ちていた銃を回収してその引き金を弾いていた。
 舌打ちしつつ二発目が来る前に義手を蹴り上げ、銃を手放させる。
(……いくら手加減したとはいえ、行動不能に陥る程度には攻撃したはずだ)
 なのに、落ちていた銃を回収し、こちらに向けて発砲して見せた。
 銃は確かに、彼の手が容易に届く範囲にあったが……それでも、不可解だった。
 ならば、考えられることは。
「アマワめ……!」
 思わず、口に出して叫んだ。
 やはり、まだこの男は殺せないようだ。契約者を殺すには、舞台を整える必要がある。
「……せいぜい、奴に飽きられないようにするんだな」
「がっ────」
 ハーヴェイの腹部を蹴り上げ、気絶させる。
 銃も離れたところへと蹴っておいた。左腕もなく右手も使えないこの状態では、念糸と脚以外は使えない。
 ──そしてふたたび、顔も知らぬ女と異形の怪物を追い求め、ウルペンは歩き出した。


【キーリ 死亡】
【残り 79人】


【F-6/砂浜/1日目・13:30】
【島津由乃】
[状態]:茫然自失。すでに死亡、仮の人の姿(一日目・17:00に消滅予定)、刻印は消えている
[装備]:なし
[道具]:なし
[思考]:支倉令への言葉を誰か(祐巳・志摩子が理想)に伝え、生き残って令に届けてもらう。
 宗介・テッサ・かなめにことづて(内容もキーリから伝えられているかどうかは不明
[備考]:恨みの気持ちが強くなると、怨霊になる可能性あり

【ハーヴェイ】
[状態]:気絶。脱水状態。左腕大破(完治には数時間必要)
[装備]:なし
[道具]:支給品一式
[思考]:ウルペンの殺害
[備考]:服が自分の血で汚れてます。

【ウルペン】
[状態]:不愉快。左腕が肩から焼き落ちている。行動に支障はない(気力で動いてます)
[装備]:なし
[道具]:デイバッグ(支給品一式)
[思考]:参加者の殺害(チサト優先・容姿は知らない)。アマワの捜索
[備考]:第二回の放送を冒頭しか聞いていません。

※超電磁スタンガン・ドゥリンダルテとEマグが海岸に落ちています


【C-6/小市街/1日目・12:50】
『悪役と泡・ふたたび』
【佐山御言】
[状態]:精神的打撃(親族の話に加え、新庄の話で狭心症が起こる可能性あり)
[装備]:G-Sp2、閃光手榴弾一個
[道具]:デイパック(支給品一式、食料が若干減)、地下水脈の地図
[思考]:屋上の死体を確認。詠子を捜索。風見、出雲と合流。地下も気になる

【宮下藤花(ブギーポップ)】
[状態]:藤花状態。健康
[装備]:なし
[道具]:デイパック(支給品一式)、ブギーポップの衣装
[思考]:佐山についていく


2005/07/16  修正スレ、改行調整、三点リーダー・ダッシュ一部削除。一部台詞を微修正

←BACK 目次へ (詳細版) NEXT→
第393話 第394話 第395話
第405話 ウルペン 第432話
第388話 ハーヴェイ 第463話
第335話 キーリ 第431話
第414話 ブギーポップ 第428話
第335話 島津由乃 第463話
第414話 佐山御言 第428話