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第335話:伝えたいこと

作:◆pTpn0IwZnc

「だから、キーリでいいってば。私も由乃のこと呼び捨てしてるし」
「あっ、ごめん。いつも友達をそう呼んでるからさ。つい癖で」
 同年代の友達を『さん』づけで呼ぶのが日常とは。
 この人はどこかのお嬢様だったのかな、と思ったがキーリはそれを口に出さなかった。
 パンを囓っていたから、口に出せなかった、という方が正しいかもしれない。
 
 逃げるようにして城を出てから、二人? は禁止エリアを避けて北西へと足を進めた。
 そのまま市街や人の居そうな所へ向かう予定が、
 崖に阻まれ遠回りせざるを得なくなる(地図上の線のようなものが崖を示しているとは気付かなかったのだ)。
 幽霊の由乃は通り抜けて行けるのだが、彼女はキーリに付いてきた。
 正直、こんな状況で独りでいるのはひどく心細いので、
 幽霊とはいえ同年代の女の子が一緒にいてくれるのは有り難い。悪霊では無さそうだし。
 目の前にいる女の子がこの島で誰かに殺された、という事実は恐ろしいが、この際そこには目を眼を瞑っておく。
 
 しばらく歩くと、崖のふもと、森の入り口付近に小屋を見つけた。
「私は休憩なんかいらない!」と喚くおさげの幽霊を「だったら一人で行けば」と強引に説得し、今に至る。


 埃っぽい小屋の中。
「じゃあ、キーリさ……はそのハーヴェイさんと、兵長っていう喋るラジオを探しているのね。
 ラジオが喋るっていうのがちょっと信じがたいけど」
「うん。兵長は居るかどうか分からないけど、ハーヴェイは名簿に載っていたから。……また『さん』って言いかけた」
「いいじゃない、そんなこと! はいはい、いくらでも呼び捨てしてあげるわよ。キーリ! キーリ! キーぃーリ!」
 癇癪を起こしたように連呼する由乃を、キーリはあきれたような目で見遣る。
「でも、名前で呼び捨てするのってなんだか新鮮。祐巳さんにだって一度しか……」
 そこで声のトーンが急に暗くなった。
 怪訝に思ったキーリが何か口を挟む暇もなく、由乃が続ける。
「令ちゃんの事を呼び捨てするような日もいつか来たのかな。ううん、令ちゃんはいつになっても令ちゃんよね。
 何歳になっても、もし結婚したとしても、私と令ちゃんは一緒で。令ちゃんはやっぱり私に甘くって」
 みるみる溢れだした涙が由乃の幽体の頬を伝った。
「令ちゃんって?」
 とても幽霊には見えないな、と妙なことに感心しながら、相槌を打つようにキーリが問いかけた。
「私の従姉妹。家が隣同士で、生まれた時からのつきあいで、お姉さまで、剣道が強くて、格好良くて、可愛くて、
 料理がとっても美味しくて、でも時々抜けてたりして……」
 キーリに向き直り涙で溢れた目を輝かせて由乃が応え、
 その人の事を語るならば百万言をもってしても足りない、という勢いで由乃がまくしたてた。
 脈絡のない言の葉の断片ではあったが、言いたい事は十二分に伝わる。
 由乃は、その人の事が、好きなのだ。
 
 由乃の声が段々と大きくなり、ついには怒気さえ込めて叫ぶ。
「いつも一緒だったのに……なんで? なんで私がピンチの時に令ちゃんは居なかったの?
 あそこで駆けつけてくれるのが令ちゃんじゃない! なんで来てくれなかったのよっ」
 大きく息を吸い込み、思いっっっっっっっっきりに、叫ぶ。
「令ちゃんの馬鹿。令ちゃんの馬鹿ぁ。ばかばかばかぁ!!!」
 
 『ばかばかばかぁ!!!』を最後に由乃は声を止め、あとはただ、泣いていた。

 由乃が落ち着いた頃を見計らって、
「すっきりした?」
 幽霊の涙を拭けるハンカチでもあれば気が利いてたのに、などと考えつつキーリが声をかける。
「うん、すっきりしたわ。『強く思わないように』って言われてたけどさ、吐き出しとかなきゃそのうち私、
 本当に悪霊にでもなってたかもしれないし。……恥ずかしい所みせちゃったわね」
「ううん、そんな事ない。むしろ、ちょっと――」
 『むしろ』以下の言葉はほとんどささやき声で、由乃の耳には届かなかった。
「そう言ってくれると助かるわ。ありがとう」
 すっぱりきっぱりとした笑顔で、由乃は礼を言った。

 ちょっと――――羨ましかった。
 ハーヴェイは不死人だけれど、絶対に死なない訳ではない。
 もしハーヴェイが死んでしまったら。
 もし私が死んで、その事をハーヴェイが知ったら。
 そんな事を想像していたら、あれだけ想われている人がなんだか羨ましくなったのだ。
 いいな、と。
 
 そうして、気が緩んだせいだろうか。瞼が段々重くなってきた。
 そういえば昨夜は寝ていない。とても寝ていられる状況じゃなかったな、と思い出す。
「ねえ。私、眠くなってきちゃった。私が寝てる間、見張りお願いできるかな」
 ふわぁ〜あ〜、と大きなあくびをしながら由乃に頼む。
「私、時間無いんだけどなあ……なーんて。キーリには借りがあるからね。いいわよ。ちょっとだけね。
 誰かが近づいてきたらコテンパンにやっつけてあげる。こう見えても私、剣道やってるんだから!」
 剣道? 物を持てないんじゃ意味無いんじゃない? とは突っ込まなかった。眠いから。
「うん、じゃあちょっとだけ。ちょっと寝たらすぐ起きるからぁ、何かあったら教えて……」
 もう頭が回らなくなってきた。適当な場所に体を横たえる。埃っぽいけど仕方がない。
 そういえば、スタンガンを由乃に渡しておけば良かったな。
 いやいや、それこそ持てないんじゃあ意味がない。
 今からでも起きて、スタンガンを使って罠でも張っておいた方が……幽霊の由乃だけでは不安……
 思考が渦を巻いてぐるぐる回るけれど、キーリにはもはや起きているだけの気力は無かった。

 ふと、とうに眠り込んだキーリの手を握ろうとしてみる。当然、透過してしまう。そこにあるモノに触れられない。
 やっぱり死んでるんだなあ、私。眠っているキーリを気遣い、声には出さずに想う。
 せっかく手術して元気になったのに。もっとずっと生きていたかった。悲しいし、悔しい。
 でも今はもう、そんな事はどうでもいい。
 私――島津由乃は、もう死んでいる。今私の意識がこうして在るのは多分、とてもラッキーな事だ。
 物体に触れられないとはいえ、この身体を与えてくれたあの人には感謝してもし足りない。
 現状を認識した上で、今の私が最優先でするべき事は。
 
 私が死んだって知ったら、令ちゃんは駄目になる。
 手術をして、お互いに色々話し合って、
 私と令ちゃんは一緒に肩を並べて歩けるようになってきた。
 でも私もそうだけど、令ちゃんはまだまだ私に寄りかかっている。
 今の令ちゃんなら発作的に後追い自殺とかしかねない。
 それは、絶対に、嫌だ。
 天国で令ちゃんに会えたら嬉しいな、とか思う気持ちもほんのちょっぴりあるけれど、
 やっぱりそれは駄目。それだけは駄目。
 私のことは忘れられないだろうし私も忘れて欲しくないけど、
 それでもいつかはすぱーんと立ち直って、私の分まで幸せにならなきゃ嘘だ。
 私はまだまだ生きたかったんだからね。
 令ちゃんに二人分幸せになってもらわないと。

 伝えたい事が、たくさんある。
 令ちゃんを支えてくれそうな人で、この島に居る人。 祥子さまか祐巳さん……志摩子さんでもいい。
 彼女らの誰か一人に会って、生き残って令ちゃんに私の言葉を伝えてもらわないと。
 本当はキーリを放って今すぐに駆け出したい。
 でも、やみくもに探すだけじゃあ見つかりっこないのはよく分かった。
 もう既に2時間ほど探したけど、影も形も踏めなかった。
 キーリと協力して情報を集める方が現実的だ。
 最悪、時間切れになるようなら、キーリに頼み込んで伝えてもらってもいい。
 できれば自分の口から伝えたいが――
 
 その時、島中に声が響き渡った。

 これは多分、夢だ。夢のはずだ。だって私、眠ったはずだもん。
「いやはや。美女に殺され死んでからも美少女を助けるとは俺らしいっつーか」
 金髪碧眼の美青年が、目の前で先程からなにやらくっちゃべっている。
 実にリアルで人間的な喋り方だ。
 あまりに人間的で下世話なせいで、容姿の好印象を台無にしている。
 それにしても、この声はどこかで聞いた気がする。城門付近だったか。
「そうそう、あの時の声が俺だ。城の出口教えてやったろ? それにしても下世話って。ひでぇなあ」
 ということは、この人はもう死んでるの?
「残念ながらそうみたいだな。『お前はもう、死んでいる』ってヤツ? 
 ……反応無し。今の子どもは知らないのかねえ。寂しいよ、俺は」
 何言ってるのか分からない。
「まあいいや。せっかく話が出来たんだから、ちょっと伝えたい事があるんだ。オレ、もうすぐ消えるし。
 起きたときに覚えているかどうか分かんねーけど、まあ駄目元ってヤツだ」
 本当にコレ、夢なのかなあ。
「夢、ユメ! ちょー夢だって! なんでキミの夢の中でこうして話せてるのか不思議だけどな。
 俺とキミの相性が素晴らしく良かったんだろうなー。ああ、10年遅ければ」

 もうなんでもいいや。それより、早く話して。
「ちぇ。それじゃあとっとと話そう。まず忠告。パイフウっていう美女には気をつけろ。
 主催者になんか弱み握られて、マーダーになってる。かくいう俺も彼女に殺されちまった」 
 殺されたっていうのにどうしてこんなに陽気に話せるんだろう。
「死んじまったもんは仕方ねーもん。それと、ソースケってヤツに会ったら言っといてくれ。
 『もうカナメちゃん泣かせんなよ』って。そのカナメちゃんには『アホを見捨んでやってくれ』って」

 あれ? 青年の姿がぼんやりと……。
「あと、テッサって娘には『テッサは将来もっと激美人になるのになー、いやー、勿体無い事した』」
 視界がさらにぼやける。それに『外』で何か大きな音がしてるような――
「これぐらいかな。あ、いや、忘れてた。その三人に『死ぬな』って。いや、う〜〜〜ん。
 俺が死んじまってるからなあ。説得力が無いっていうか恥ずかしいっつーか。
 やっぱこれ無し。パス。今の忘れて! ……おっと、そろそろ終わりか?」
 視界はもう、何が何だか判別できなくなってきた。だが、覚醒する前に、聞いておくべき事が一つある。
 あなたの名前は?
「俺の名前を聞きたいかあ〜。モテる男は辛いねえ。俺の名前は――」
 青年が無駄口を叩いている間に意識がぐんぐんと立ち上がってゆき――

『皆さん聞いてください――――』
 疲れていたのだろう。ぐっすりと眠っているようだ。キーリが目を覚ます気配はまだ無い。
 突然聞こえてきた声に、キーリを起こすべきかどうか由乃が迷っていると、
『確かに私たち個々の力は微々たるものかもしれないが――――』
 放送は続く。
 あれ?
 この声にどこか、聞き覚えがあるような気がする。何だろう?
 由乃の無いはずの心臓が、ドクンと跳ねた。
 
『「君、何があったかは知らないが…止めないか」』

 映像が半強制的に頭に浮かぶ。
 倒れた男。突き出される細身の刃。
 ああ、そういえばあれって、レイピアって言うんだっけ……。
 刃の先が私の喉に――――
「ひっ」
 思わず声が出た。
 そうだ、あの男に私は。
 黒い感情が一挙に沸き上がり、由乃の身体と心を蝕もうとする。
 
『「恨みの気持ちが強くなると、貴方は怨霊と化し永遠に苦しむことになります」』

「そんなの嫌! それにまだ私は令ちゃんに伝えて無い!」 
 令ちゃんの事をひたすら想う。
 あの男がいなければもっと令ちゃんと、といった負の感情の代わりに、
 楽しかった思い出を掘り起こす。
 令ちゃんの、格好良さや可愛さや料理の美味しさを、
 祐巳さんの、どこか人を和ませる雰囲気を、
 志摩子さんの、のほほんとした縁側の老猫的笑顔を、
 祥子さまの子どものように拗ねた顔、お父さん・お母さんの優しい笑顔、たくさんの幸せな思い出を追想する。
 
 ……私って幸せだったんだなあ。
 気がつくと黒い感情は収まり、由乃は荒い息を吐く自分に気付いた。
 呼吸が安定し冷静になると、理解が頭に浸透してくる。先程の放送。
 あの人は悪い人だったのではなく、私の事も殺したくて殺した訳じゃなかったのかもしれない。
 あの時あんなに取り乱してなかったら、もしかすると助かっていたかも……。
 私、馬鹿だ。令ちゃんに合わす顔がない。
 でも、もう会う事はできなくても、せめて言葉だけでも伝えなければ。
 令ちゃんを放ってはおけない。
 ……色々伝えたいことはあるけど、何から伝えれば良いものか。
 令ちゃん、だーいすきっ! てのは必須よね。それからそれから――。
 
 「あ……」
 ――と、キーリが声をあげた。目を覚ましたようだ。
 さっきの放送は聞いていなかったみたいだけど、キーリに伝えるべきだろうか。
 島中に協力を呼びかけた人達のこと。銃声のこと。
 そして、その人達の一人が私を殺し、またその人達も殺されたかもしれないこと。
 いや、結局成功しなかった呼びかけだ。あまり意味は無い。
 危険な人物がいる、という事実だけそれとなく伝えれば良いだろう。
 私自身、まだ心の整理がついていないし。
 
「探さなきゃいけない人が増えちゃった」
 どこか憮然とした表情で、寝惚け眼のキーリが切り出した。
 なんでも夢の中でことづてを頼まれたらしい。
 それが、城門で聞いたあの声の主だという。
 にわかには信じられない話だったが、その夢で会った男の語った名前は名簿に載っているようだ。
 ソースケ・カナメという名前は、相良宗介・千鳥かなめという人物に該当する。
 テッサという名前はおそらく、テレサという人物の愛称だろう。
「別にそんな頼み、無視しちゃってもいいんじゃない?」
 私がそう言って水を向けると、
「それはそうなんだけど……」
 どうにもはっきりとしない。
 曖昧なキーリの回答に、その男が一体どんな人物だったのか少し興味が沸く。
「その人、どんな人だったの?」

 何が『モテる男は辛いねえ』よ。確かにモテそうな容姿だったけど……顔だけは。
 あんな事言ってる暇があったなら、早く名前を教えてくれれば良かったのに。
 
 『死ぬな』って冗談めかして言っていたけど、声に一番力が籠もっていたのはあの時だった。
 ふざけてるフリをしていたけど、『本気だ』って分かってしまい、おかげで無視できなくなった。
 あ〜あ。
 
 そんなふて腐れた私に由乃が訊く。『その人、どんな人だったの?』
 ……あーいう人って、なんて言えばいいのだろう? 一番しっくりとくる言葉は――
 
 「……馬鹿な人」
 色々な意味で。
 

【F-3/崖のふもと、森の入り口付近の小屋/1日目・11:25】

【島津由乃】
  [状態]:すでに死亡、仮の人の姿(一日目・17:00に消滅予定)、刻印は消えている
  [装備]:なし
  [道具]:なし
  [思考]:支倉令への言葉を誰か(祥子・祐巳・志摩子が理想)に伝え、生き残って令に届けてもらう。
  
【キーリ】
  [状態]:多少睡眠が取れた。健康
  [装備]:超電磁スタンガン・ドゥリンダルテ(撲殺天使ドクロちゃん)
  [道具]:デイパック(支給品一式)
  [思考]:ハーヴェイを捜したい/宗介・テッサ・かなめにことづてを
      (クルツの容姿・言動は知っているが、名前は知らない)/由乃に協力

2005/05/19 修正スレ104-6

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