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第388話:魔女の消失

作:◆a6GSuxAXWA

 耳鳴りがするほどの静寂。
 邪気の無い、純粋な、純粋すぎる狂気の笑み。
 軋む胸。過去。痛み。
 魔女。洗礼。悪役。法典……
 ――がた、と外から物音が聞こえた。
 と、その音を契機にしてふっとあたりの空気が緩む。 
「ああ、私が見てこよう。詠子君はここで待っていてくれたまえ」
 言うと、片手は胸を押さえたままに、拳銃を携えて佐山は立ち上がる。
「大丈夫?」
 声を潜めて尋ねる詠子に、佐山は笑みを返して歩み去る。
 その足取りに、一切の隙は無い。
「うん……やっぱり法典君は強いなあ」
 無邪気な微笑みを浮かべて佐山を見送り、詠子はくるりと振り向いた。


「でも、君はもっと強いのかな? “不気味な泡”さん?」
 

 詠子の背後には、逆光に立つ棒のようなシルエット。
 その口元が、左右非対称の奇妙な表情を浮かべた。


 佐山は歩む。路地の影を縫い、先程の音の元となった気配を探り、十字路に差し掛かる。
 光と闇が交錯し、アラベスクの布を思わせる風景のその路地に、一歩――
「何者かね?」
「あんた、誰?」
 佐山の眉間に、槍の穂先。
 赤毛の男の眉間に、銃口。
「私は佐山御言、世界の中心に立つ者だ。ゲームに乗っていないのならばそれを下げたまえ」
「……ああ、そう」
 眼に映ったのは、見知った槍。このハーヴェイなる男の支給品だったのだろうか。
 佐山の奇言にも、赤毛の男、ハーヴェイは僅かに眉を動かしただけの無関心な対応。
「なかなか新鮮な反応だが、無関心は現代人の悪癖と――」
「女の子を捜してる」
 更には相手の言葉をぶった切っての質問。
 かなり淡白で執着の無い性格なのだろう、と佐山は思いつつ、
「どんな女の子なのかね?」
「…………」
 言葉を探しているようだが、なかなか見つからないようだ。
 女の子、という以外に年頃の女性を形容する文句を殆ど知らないらしい。
「……髪が肩の前後まではあったはず。あと、幽霊なんかが見える」
 暫し考えてのハーヴェイの台詞に、佐山は黙考。
 肩ほどまでの髪で霊能力者。――詠子君の言っていた知人か?
 ならば会わせるべきだろう。そしてここはやはり感動の再会を演出せねば。
「それは私と同年代の女性だね?」
 確認をとると、ハーヴェイはたぶん、と頷く。
「心当たりがある。ついてきたまえ」
 そう言うと、佐山とハーヴェイは歩き出す。
 互いに盛大な勘違いを抱えたまま。


「君は掛け値なしに危険だ。無自覚に、悪意無く、無邪気に――世界に狂気と破滅をもたらす」
「あなたの魂のカタチは私にも見えないみたいだね……だけど、だからこそ不自然な空白が出来る」
 都市伝説に謳われる死神、ブギーポップ。
 都市伝説をその掌中に弄ぶ魔女、十叶詠子。
「そうして君が重ねようとしている世界に、どれだけの人々が命を失い、どれだけの人々が狂気に侵される?」
「さしずめ水の中の泡、かな。そうして綺麗な泡に誘い込まれて、歪んだ人たちがみんな失われてしまう」
 路地にしん、と闇が堕ち、静寂が音という音を排除して耳を圧する。
「それを一種の環境の変化と捉えるにしろ、その環境に適応できてしまった存在は、もはや人間ではない」
「人間がそういうものになるのだとしたら、それは人間にそいういうものになる力と可能性があった、ってだけじゃないかな?」
 異形と異形。
 狂人と死神。
 夜会の魔女と自動的な泡。
 歪みに狂う娘と、歪みを刈る者。
「――こんな場でも、いや、だからこそ断言できる」
「うん、確かにあなたは“物語”の存在だけど、そうして人の身体を借りてる以上は私を殺せる」
 互いの言葉は噛み合わない。
 そもそもどちらも会話をしようという気すら無い。
「君は、世界の敵だ」
 応じて詠子が、仰々しく両手を広げる。その顔には、笑み。
 無邪気と言うには、その正邪の概念は著しく我々の常識から乖離している。
「そう、私は世界の敵。でも私は、」
 一息。


「この世界の敵にもなれる。――それでも殺すの?」


「ああ。殺す――僕は自動的だからね」
 答えはひどく、無感情だった。
「なら、なぜまだ殺さないの?」
「佐山君に気兼ねしているからさ。彼には恩義があるからね」
 冗談めかして言の葉を紡ぐブギーポップ。
 確かに大概の殺し方では、僅かな痕跡から佐山は感付くだろう。
「そう、なら隣のエリアに湖があるし、そこに突き落としたら? 証拠は残りにくいよ?」
「それでも放送で伝わってしまう……彼まで世界の敵になってしまうと、面倒だ」
「大丈夫。しばらくは行方不明の扱いになるから、法典君も心の準備ができると思う」
 彼は強い子だよ、と微笑みを浮かべ、詠子はブギーポップの手を取る。
「さあ、私は抵抗しないよ? 縛って括って殺してみせて? 不気味な泡さん」
 路地の向こうから、二人分の足音が聞こえる。
 判断は一瞬だった。
 それらが到着する前に、音も無くブギーポップは走り出す。
「速い速い。流石だねえ」
 抱きかかえられた詠子は、笑みを浮かべて無邪気にはしゃぐ。
 ――その狂気の前には、死すらも映っていないのか。

 ブギーポップは、違和感を感じていた。
 地下から戻り、見つけた敵の気配は知人と行動を共にしていた。
 その知人が、世界の敵となりうる要素を持っていたことも事実だ。
 彼を刺激しないよう、隙を見て彼女を殺そうとして――相手の言葉に従って殺し方を選んでいる。
 ……何故?
 島の制限?
 魔女の言?
 分からない。分からないまま、湖の縁、崖じみた高所にブギーポップは立っている。
「下は深い淵だ。デイパックと衣類を身につけた君の運動能力では、確実に助からない」
 抱えた詠子に言うと、詠子は微笑んだ。
「ん。じゃあ、最後に一言だけ良いかな?」
 すとんと地面に降り立ち、詠子は崖の縁に立つ。
「遺言かい? 伝えられるならば伝えるが……」
 と、詠子はふるふると首を左右に振る。
 そのまま魔女の短剣を取り出し、手首を浅く切る。
「……万全だったら、不気味な泡さんの勝ちだったんだけどな」 
 手首から滴り落ちる鮮血が、やけに紅い。
 詠子はざんねんでした、と悪戯めいた囁きを残し、流れる血の雫と共に――崖の縁から身を躍らせた。
「……!」
 ブギーポップが、即座の判断で包丁を投擲。
 落下する詠子に包丁が迫るが、湖から湧き出た手のような何かがそれを振り払う。
 どぼん、と。
 いともあっさりとした音と共に、詠子は湖に沈み――そうしてもう、泡沫一つ上がってはこなかった。
「してやられた……? 僕が?」
 流石にこれ以上は追えないだろう――本当に調子が狂っている。
 と、ブギーポップの身体が僅かによろめく。
「もう時間か……単独行動ばかりさせていては、藤花君にも悪い。佐山君と合流といこうか」
 気を取り直して、とばかりに頭を一振り。
 ほんの少しだけ楽しげに、ブギーポップは来た道を引き返した。

 ――戻ったその場には、居るはずの人が居なかった。
「いない!?」
「いないのか!?」
 慌てて探すこと数分。
「こちらにも詠子君はいないようだ」
「こっちにもキーリは――」
 …………ようやく、気付いたようで。
「キーリ?」
「詠子?」
 きょとんと顔を見合わせた二人は、ふと感じた気配に振り向く。
 そこに立っていたのは、同じ高校三年女子でも、別の人。
「あの、お久しぶりです……宮下藤花ですけど、覚えていてくれてますか?」


【十叶詠子・消失?】


【C-6/小市街/1日目・12:36】

『ブギりのクロニーリ』

【佐山御言】
[状態]:精神的打撃(親族の話に加え、新庄の話で狭心症が起こる可能性あり)
[装備]:Eマグ、閃光手榴弾一個
[道具]:デイパック(支給品一式、食料が若干減)、地下水脈の地図
[思考]:1.詠子を捜索 2.風見、出雲と合流。 3.地下が気になる。

【ハーヴェイ】
[状態]:生身の腕大破、他は完治。(回復には数時間必要)
[装備]:G−Sp2
[道具]:支給品一式
[思考]:まともな武器を調達しつつキーリを探す。ゲームに乗った奴を野放しに出来ない。特にウルペン。
[備考]:服が自分の血で汚れてます。
    鳥羽茉理とカザミを勘違いしています。

【宮下藤花(ブギーポップ)】
 [状態]:健康
 [装備]:無し
 [道具]:支給品一式。ブギーポップの衣装
 [思考]:あちこち彷徨っていたら佐山達を見つけたので声をかけた。(と思っている)


【D-6/湖/1日目・12:36】

【十叶詠子】(消失中)
[状態]:???
[装備]:魔女の短剣、『物語』を記した幾枚かの紙片
[道具]:デイパック(支給品一式、食料が若干減)
[思考]:???

注:詠子が死亡するか、湖の岸に流れ着くか、異界に入るか。
  またはそれ以外のどのような道を辿るかは、次の書き手さんにお任せします。

2005/07/16 修正スレ131
2005/07/16 修正スレ134-9
2005/07/16 修正スレ144-5
2006/02/14 議論スレより指摘

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