作:◆R0w/LGL.9c
「よっしこんなとっかな」
零崎は包帯やアルコールのビンをバッグに入れて立ち上がった。
仲間が居ない以上、大量の水は無駄だと考え、ボトルを一本廃棄した。
ついでにその場でパンを平らげる。意外とうまかった。
ディバッグから小説を取り出し、土を払う。
ふぅ…と息をついて小説を読み出した。
外は大雨。この診療所に人が近づいても、零崎は気づかなかった。
「宮下君、まだ走れるね」
「は、はい!」
豪雨の中、佐山は走っていた。
右手には宮下藤花の左手、左手にはGsp-2を持っている。
……急に雨が降り出すとは!
参加者に接触し、団結する方針だったのだが──これでは野外行動が出来ない。
なにせ数メートル先も見えない雨なのだ。
「わっ…」
後ろで転んだ音が聞こえた。
「宮下君、大丈夫かね」
「いたた…」
近づいてみると足を軽く切っている。
これでは雑菌が入る可能性がある。
「あの、大丈夫ですけど」
「少し我慢したまえ」
宮下を背中にからうと再び走り出した。
……この辺りは港町だったか、診療所の一つでもあるはずだが。
「あの、別に背負わなくても、ほら人の話を──」
「あれか!」
それらしい家屋を見つけ、中に入る。同時に息を呑む。
そこには両腕を切断され、血まみれの少年が倒れていた。さらに血はまだ新しい。
「見てはいけない」
宮下に警告を送りながら見せないように近くの部屋に引っ張る。
「…あん? 誰だお前」
後ろ向きで佐山が入った部屋には少年が座っていた。
銀に染めた髪、顔面に禍々しい刺青、右手に凶悪な鋏、そして小説を読んでいた。
その体には一切の血が付いていなかったが、状況から入り口の少年を殺した人物である可能性が高い。
「いきなりなんだね貴様。まず自分から名を名乗りたまえ」
「そりゃあこっちの──ああ俺が先に聞いたんだったな──零崎人識ってんだ」
「そうかね零崎人識君。私は佐山御言──世界の中心に位置する者だ」
「世界の中心ん〜? じゃあお前に愛を叫べば映画化決定かっつーの。かはは」
「宮下君、この変人がホモ行為に励もうとしているぞ」
「どっちが変人ですか?」
どっち? その言葉を反芻して考えた。
…この場にいる人間は3人。一人の変人はこの零崎人識でもう一人は──自分は除外するとして──宮下君しか居ないな。
佐山は少し哀れんだような視線を送りつつここに来た目的を思い出す。藤花の足を治療せねば。しかし。
…零崎人識は殺人者である可能性が高い。慎重に──判断せねば。
「それでは零崎君。入り口に少年が殺されていた──やや遠まわしにいうが、君だね?」
宮下が肩をこけさせるのが気配で分かった。
「ああそうだぜ。うっかり殺しちまった」
「そうかね。うっかり…か。彼が襲ってきたとかそういうのもなく?」
「そうだよ。俺はな──俺等はな、息をするために人を殺す、ライフワークってやつなんだぜ。
でもよ、実はそんなことはどうでもいいんだ。別に殺そうが殺すまいが俺にとっちゃあ変わんねぇんだ。
──ただこのつまんねー人殺しは性質みてぇなもんだから、それに従って殺すだけさ」
虚ろで空ろな瞳をゆがめ、にやにやと説明してくる。
佐山は藤花を後ろ手で下げさせながら答える。
「人を殺す性質──か。そんなものはどうとでもなる。
私は人を決して殺さない、一人も殺さず、参加者を団結させ、このゲームを終わらせよう。
つまらないと思うのならばせめて、このゲームの中では人を殺さぬ事にしないかね? そして私と団結しようではないか。
君が殺した彼も残念だが弔うことしか出来ない。それでも彼の仲間を見つけて謝罪し、彼らとも結束しようではないか」
「……あーん? てめぇも戯言遣いって奴かよ。面倒くせぇんだよ、そんなのは。
俺としちゃあどっちも面白く無さそうだ──適当に殺していったほうが楽でいーんだよ」
「それでは、私は全身全霊を持って奪うぞ──君の殺意を」
「そうかい」
「そうだとも」
「じゃあよ──」
3mの間合いが一瞬で詰められ、次に見た顔は零崎の何も写していない笑みだった。
右手に持ってた鋏が予備動作なく振るわれる。イメージでいえば死神の鎌にさえ思えた。
とっさにGSp-2の盾部分で弾く。衝撃は体を回転させるように受け流す。
「奪えるもんならよ──」
やや離れた間合いを無視し、肉薄してくる。
とっさにGSp-2を相手の腕を狙い突き出す。零崎はグリップ部分でいとも容易く弾くと刃を一瞬で逆手に構え突き下ろしてくる。
く、と声を出しながら身をよじり、槍を回転させるように石突きで顎を狙うが、数ミリ届かず──零崎が顔を数ミリ動かしたのだが──銀の髪を数本
引きちぎっただけに終わった。
「俺がてめぇを殺して解して──」
今度はグリップ部で殴りかかってきた。逆に盾を突き出すように操り、大きく零崎の右腕を仰け反らした。
さっきからニーベルンゲンのマイスタージンガーは聞こえない。目をやると宮下藤花が青い顔でこちらを見ている。
……彼は世界の敵では無いのか?
自動的なブギーが現れてない所を見るとどうやらそうだと──単にブギーの存在が制限されてるだけかもしれないが──思う。
少なくとも自分が団結を組もうと思った相手が世界の敵ではないと安心したそのわずか一瞬。
ぞくり、ときた。
訳も分からない衝動に駆られ選ぶ方法は二つだった。
転げるか──弾くか。
この恐ろしい殺人鬼を前に転げたら──一瞬でも無防備な姿を見せたら──そう思うとどうしても後者を選ばずにいられなかった。
「揃えて──」
その声と同時に魔法のように零崎の左手から出現した大降りの出刃包丁が首筋に数ミリ食い込んだ。
それ以上は咄嗟に繰り出したGSp-2の柄に阻まれて刺さらなかった。
直に人外の力を受けてしまったため体勢が崩れる。バックステップして距離を──置けなかった。
ステップと全く同じ速さで零崎がついてきた。両手に持った凶器を振りかぶり凄惨な笑みを浮かべる。
壁に背中が付く。これ以上は下がれない。また、左右から迫る殺撃は受けきれず、避けられない。
完全に人外だった。慣性も、筋力も、体格も、全てを無視した存在。
……それでも私は、そういう連中と交渉し、そういう連中と殴り合ってきたのだ…!
「並べて晒してやる前に──」
「奪ってやるとも、君の殺意を。そして与えよう、満足感を」
言いながら佐山は最速のスピードで──或いは零崎より速く、殺戮者の懐に飛び込み胸倉を掴んでいた。
零崎の左手の包丁が佐山のスーツを切り裂き、右手のマインドレンデルが佐山の耳たぶと髪を一筋切り去っていた。
掴める場所があれば投げられる。佐山は零崎の胸を基点に豪快な投げを行った──窓に向けて。
乾いた音を立てて窓ガラスが割れる。すぐに雨音に消えていったが。
「宮下君はここに居給え」
佐山も割れた窓から飛び出し槍を構える。雨は相変わらず強く、冷たかった。
宮下藤花は青ざめた顔で室内を見回す。割れた窓からは風雨が吹き込んでいた。
あの刺青の少年が座っていた位置に小説が一冊置いてあった。太宰治『人間失格』。風でページがめくれ、あるところで止まる。
その中の一文がやけに目に付いた。
『自分は、今、完全に、人間では無くなりました』
佐山は外に出たはいいが、薄暗さと豪雨で零崎を見失った。
…相手がどこか見えないではないか!
やおら、数メートル前から声が聞こえてきた。
「かははっ! おいおいさっきは結構マジでバトったんだぜ?」
「どうかね零崎人識。私は君が殺害したことを糾弾する。殺されたものの仲間は君を憎悪するだろう。
だがそれでも、私と組んで謝罪し交渉し団結し脱出しようではないか」
近づきながら語りかける。やっと零崎の姿が見えた。
「まだだぜ。だから──零崎を再開しよう」
マインドレンデルがまさに発射、というようなスピードで佐山に迫る。
同時にGSp-2も弾けるような速度で鋏を弾く。手が痺れた。
ふ、と息を吐きながら佐山は蹴りを放つ。
零崎はそれを腹で受け止める振りをしながら──バックステップして勢いを完全に殺し、足首を掴んだ。
佐山はアキレス腱をねじりきられる前に、掴まれた右足に重心を移し側頭部に蹴りを放った。
マインドレンデルのグリップで弾かれ、同時に切りつけられた。
右足の重心をずらして振りほどき、バック宙するように後ろに飛ぶ。その際左足のふくろはぎを若干斬られた。
GSp-2をリーチが長くなるように端のほうを持って構えなおす。
接近してくる零崎に容赦なく斬撃を浴びせる。高速で繰り出される槍の穂先は鋏の刃の部分で受け止められた。
数度零崎が間合いに進入し、槍のリーチを生かした遠距離からの斬撃で撃退させられた。零崎は舌打ちをする。
「やっぱリーチが違うかよ。狭い室内ならまだしも、外じゃあな……」
「どうするね?」
「決めたぜ。得物を投げる」
「…その鋏と出刃包丁はどう見ても投擲用じゃない。弾いてみせるとも」
ふん、と零崎が鼻で息をしてタイミングを計る。
確かに投擲用じゃないので<一撃必殺>とはいかない。だが<必殺>のタイミングはあるはずだ。
後は槍で弾かれるかどうか。
ザアアァァァァァァ──…
カッ!と雷がなった瞬間、零崎の得物は放たれていた。
包丁は心臓狙い、マインドレンデルは喉狙いだ。
この場合の最悪は、タイミングだった。
雨で視界が悪く、投げられた武器は見えにくくなり、二つ同時の撃墜は困難だった──はずだ。
だが『偶然』投げる瞬間の稲光で佐山は位置を把握した。
喉は体を半身ずらして避けて、ナイフはGSp-2の石突きで叩き落した。
…ナイフだと!?
佐山は狼狽した零崎の武器は包丁と鋏──だけのはずだった。
ここになっていきなり鋏ではなくナイフを投げたということは……
…まだ零崎は鋏を持っている!
そう判断したが零崎はすでに目の前まで接近していた。ナイフを腰だめに構えて。
その目はいつもと変わらない、何も写していない目だった。
槍はさっきナイフを弾いた位置にある。戻している間に指されるだろう。ならば。
佐山は槍を手放し、迫ってくるナイフに左手をかざした。
意外に何も音がせず──雨で掻き消えただけかもしれないが──ナイフの刃は手のひらを貫通した。
がしっとナイフの柄を手に刺さったまま掴み、切り裂かれないようにする。
零崎が上背の佐山の顔を向いた。
がつんっ!
佐山の振り下ろした額が零崎の額とぶつかり、双方とも出血。零崎は脳震盪で足が崩れた。
ゆっくりと離れ零崎を見下ろす。左手に刺さったナイフはまだ抜かない。出血が激しくなるからだ。鉄の冷たい感じが嫌だったが。
数歩分の間合いが開いた後に零崎が笑い出した。
「っかはは……おいおい、最高の傑作じゃねぇか。──負けるなんてよ! かはははははっ!!
あ、そのナイフさ、鋏を二つに分けたんだぜ。うまくいくと思ったんだけどよ」
「…だからわざわざ投げると宣言したのか」
「おいおい負けちまったぜ。くっそ。人類最強からも負けなかったのによ──誠心誠意傑作だっつーの。
最悪の殺人鬼集団零崎一賊が聞いて呆れるぜ……ところでよ」
「なにかね?」
「太宰は好きか?」
「…物語は乱読派でね。一応全て読んだ。『今の自分には幸福も不幸もありません』」
「『ただ、一さいが過ぎていきます』ああやっぱ太宰は最高だな。あ、そうそう。
団結の話だけどよ。別に組んでいいぜ。俺が飽きるまで──な。つまんなくなったら抜けるからな」
「…十分だとも。喜びたまえ。零崎君は団結決意からの第一号だよ? 景品はなにが良いかね。IAI製品があればいいのだが。
とりあえず診療所に戻ろうではないか。宮下君が心配している」
二人は武器を回収して診療所に歩き出す。零崎は雨と泥で濡れて笑い出したい気分だった。
《C-8/港町の診療所/一日目・17:00》
『不気味な悪役失格』
【佐山御言】
[状態]:全身に切り傷 左手ナイフ貫通(神経は傷ついてない) 服がぼろぼろ 疲労
[装備]:G-Sp2、閃光手榴弾一個
[道具]:デイパック(支給品一式、食料が若干減)、地下水脈の地図
[思考]:参加者すべてを団結し、この場から脱出する。 零崎を仲間に入れることに成功 怪我の治療
[備考]:親族の話に加え、新庄の話でも狭心症が起こる
【宮下藤花】
[状態]:健康 零崎に恐れ 足に切り傷
[装備]:ブギーポップの衣装
[道具]:支給品一式
[思考]:佐山についていく
【零崎人識】
[状態]:全身に擦り傷 額を怪我 疲労
[装備]:出刃包丁/自殺志願
[道具]:デイバッグ(地図、ペットボトル2本、コンパス、パン三人分)包帯/砥石/小説「人間失格」(一度落として汚れた)
[思考]:気紛れで佐山についていく 怪我の治療
[備考]:記憶と連れ去られた時期に疑問を持っています。
2005/11/06 修正スレ181-2
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