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第483話:Fake&Liar

作:◆jxdE9Tp2Eo

「たすけてぇ!!」
密室に千絵の悲鳴が響く。
ベッドサイドには割り箸を組み合わせて作った十字架を持ったリナの姿。
「いやぁぁぁぁ、お願いこれ以上それを近づけないでえ!!」
喚く千絵の顔を見るリナの瞳が加虐に酔っていく。

「そう…でもね、アメリアはもっと…」
そう言って千絵の足に十字架を押し付けようとしたリナだったが。
「もういいでしょう」
保胤が寸でのところでリナを制止する。
「でもっ!」
「しっかりしてください、恨みを恨みで重ねればそれこそ思う壺です」
その言葉にはっ!と保胤の方を振り向くリナ。
その通りだ、憎しみを加速させることこそ奴らの狙い、わかっていたはずではないのか。
だが、それでも目の前の吸血鬼がアメリアを殺したかもしれない…そう思うと怒りを抑えることができない。
リナの拳がふるふると震え、ギリッと噛み締めた歯が軋む音がはっきりと聞こえる。
「あんたが代わりにやって…」
そう保胤に向かって呟くとリナは壁にもたれかかり、ため息をひとつついた。
「ご存知のことをすべて話していだだけますね」
保胤の言葉に、千絵は力なく頷いた。

「そんじゃアンタも噛まれたわけね」
保胤とリナの質問に千絵は逆らわず淡々と応じていく。
「はい…噛まれる前の事とかは正直覚えてないですけど」
「で、噛んだのがその聖って女ね、あいつがご主人様?」
ご主人様という言葉に嫌悪の表情を見せる千絵。
「そういう意味じゃなくって、あいつが伝染源なのかってことよ」
「違うと思います…あの女も噛まれたみたいですから」
「なるほど…」
「その聖さんを噛んだ方のことは聞いてらっしゃいますか?」
「はっきりとは…でもマリア様よりも美しい方と言ってました」
「マリアってことは女?」
「はい、あの女はレズなので」
リナはシャナに牙を突き立てた聖の恍惚の表情を思い出して、頷く。

「そう…わかったわ」
それだけを言うと、リナはもう用は済んだとばかりにまた千絵の傍を離れる。
だが、やはりその握られた拳は小刻みに震えていた。
リナが部屋から出て行ったのを確認し、保胤は千絵にまた質問する。
「お体は大丈夫でしょうか?」
もうこの少女は魔物と変じている、そう知ってながらも保胤には迷いがあった。
もしかするとまだ手段はあるのかもしれないと。
「足元が寒くて…毛布ありませんか?」
だから、千絵の言葉に頷くと保胤は毛布を千絵の体にかぶせてやり、リナに言われたとおり
手製の十字架を枕元において、部屋から退出していった。
「もう…こんな時間ですか…」
保胤は手に持ったタンポポの綿毛を夜風に空かす。
もう太陽は霧の中最後の一片を地平線の彼方へ隠そうとしている。
そして…淡々と死亡者の名が告げられる中…保胤は結論を出した。
もう、これ以上は無理だと…自分の気持ち一つで彼女をまだこの世界に留めてはおける。
だが…肉体を失った魂は容易く怨念に取り込まれる、それは自分自身何度も見て経験したことだ。
…摂理には従わねばならない。
「貴方は死んでいるんです…さようなら」
それだけを呟き、保胤は綿毛を夜空に飛ばした。

「急ごう、もう日が暮れる」
霧の中静雄と由乃は落ち着ける場所を探していた…だが。
由乃の動きが急に止まり、その体が小刻みに震えだす。
「おい…?」
由乃の背中をさすろうとして、ああコイツは幽霊だったなと思い直す静雄だが。
ここで重大なことを思い出す…時計を見るのを忘れていた、今の時間は…。
「もう時間が来たみたい」
苦しげな息の中で途切れ途切れに話す由乃。
それを愕然とした面持ちで見る静雄、確かに最初に出会ったときからその話は聞いていた。
だが、この3時間強の時間の中でそのことはいつしか忘れ去られていた。
それほど静雄にとっては由乃の存在は有意義で、そして心地よいものだったのだ。
生まれ持った肉体と粗暴な性格のため、仲間らしい仲間もほとんどおらず。
そのやるせない気持ちを暴力という望まぬ形でしか発散できなかった、
そんな哀れな男が初めて誰かに必要とされた…今ならわかる、時間を見るのを忘れていたんじゃない、
時間を見るのが恐ろしかった、この時間を失うのが恐ろしかったのだ。
静雄はなんとか引きとめようと、由乃の手を力いっぱい握り締めようとするが、
その手はむなしく空を切る、そして…
「……!」
由乃は何かを最後に静雄に向かい叫ぶ、だがその声が届く前に…島津由乃は天に還った。

「おい…さっき何って言ったんだよ…なあおい」
由乃が消えた場所にへたり込み地面を掻き毟る静雄。
「なんで!なんで!なんで殺しやがった!!まだそこにいてまだ話せてたんだぞ!!」
確かに理屈ではわかる、だが静雄にとって由乃は体が存在しないだけで、その一点を除けば、
生々しい、まさに生きた存在だった。
どんな理由があるのかは知らない、知りたくもない。
「時間が来たらハイそれまでよか!だったら中途半端に勝手に生き返らせるな!畜生がっ!!」
怒りの赴くままに静雄は近くの大木を次々と蹴り倒していく。

この島で誓ったことを忘れたわけじゃない、誰かのためにこの力を使いたい気持ちに偽りはない。
だが…それでも由乃を生き返らせて、そしてまた殺した由乃が言うところの平安時代の男だけは許せない。
せめて一撃くれてやらんと収まらない。
(平安時代ってどんなんだったか?まぁいいや、俺がそう思えばそいつが平安時代だ。)
一方のリナは来たるべき戦いについて思案していた。
セルティにも聞いたが、どうやら多少の差異こそあれ吸血鬼の弱点・習性はどの世界でもほぼ共通のようだ。
ならば…吸血鬼は強大な魔力を持ち、自らを王とまで誇っている。
…だがその強大さと引き換えに弱点の多さでも知られている、
だから奴らは隠れるように古城の中に息を潜め暮らしているのだ、正直、自分の敵ではない。
『本当に来るのでしょうか?』
「下僕同士はともかく、吸血鬼は仲間意識が強い種族よ…必ず取り戻しにやってくるわ」
セルティの質問に即答するリナ、仲間意識だけではなく、奴らはプライドも必要以上に高い、
自分の下僕が虜になったと悟れば必ず来る…、ましてその大っぴらな吸血ぶりから考えて、
自分の弱点を知るものがいないとでも思っているのだろう。
「殺すのかって?違うわ、まだ殺さない」
自分たちの世界の吸血鬼と違い、聖や千絵らはある種の呪縛のようなもので吸血鬼と化している。
親玉ならばその呪縛を解除することも出来るはずだ。
単に殺すだけでは一緒になって滅んでしまうかもしれない、それを確かめなければ。
「大丈夫よ、そいつの魔力がどんなに強くても、奴らには決して逃れ得ない弱点があるもの」

しかし…リナは思い違いをしていた。
十字架もにんにくも千絵には何の脅威にもなっていなかったのだ。
残酷なようだがリナが千絵に十字架を押し当てるところまで行っていればそれとすぐに看破できたのだが、
これも運命の悪戯だろうか?
千絵は天井を眺めながら心の中であざ笑う、リナの性格はアメリアから聞いていた。
頭は切れるが早合点で自信過剰という話はどうやら間違いないようだ。
だが、ここまで頭に血が上りやすいとまでは聞いてなかった。
おかげで聖に全責任を押し付けるという計画は取りやめるしかなかった。
あの調子だと自分まで共犯者にされてしまう、なら自分も彼女も被害者として説明し、
会ったこともないマリア様とやらに責任をかぶってもらう方がまだマシだろう。
そして千絵は毛布で隠された足元をぎこちなく動かしている。
「ええと…ビデオではこうやってたかな」
最近学び始めた護身術、そのビデオの中に紹介されていた縄抜けの方法を千絵は実践しようとしていた。
そしてそんな彼女の首筋には、もう傷はなかった。

【C-6/住宅地のマンション内/1日目/18:00頃】
『不安な一室』
【リナ・インバース】
[状態]:平常
[装備]:騎士剣“紅蓮”(ウィザーズ・ブレイン)
[道具]:支給品二式(パン12食分・水4000ml)、
[思考]:仲間集め及び複数人数での生存。管理者を殺害する。
     吸血鬼の親玉(美姫)と接触を試みたい。
     

【セルティ・ストゥルルソン】
[状態]:疲労から回復
[装備]:黒いライダースーツ
[道具]:携帯電話
[思考]:静雄の捜索及び味方になる者の捜索。


【慶滋保胤】
[状態]:不死化(不完全ver)、疲労は多少回復
[装備]:ボロボロの着物を包帯のように巻きつけている
[道具]:デイパック(支給品一式(パン6食分・水2000ml))、「不死の酒(未完成)」(残りは約半分くらい)
[思考]:静雄の捜索及び味方になる者の捜索。 シャナの吸血鬼化の進行が気になる。

【海野千絵】
[状態]:吸血鬼化完了(身体能力向上)、シズの返り血で血まみれ、厳重な拘束状態からの脱出を実行中
[装備]:なし
[道具]:支給品一式(パン6食分・シズの血1000ml)、カーテン
[思考]:チャンスを見計らい脱出、聖を見限った。下僕が欲しい。
     甲斐を仲間(吸血鬼化)にして脱出。
     吸血鬼を知っていそうな(ファンタジーっぽい)人間は避ける。

【H-5/砂浜/1日目・18:00】
【平和島静雄】
[状態]:下腹部に二箇所刺傷(未貫通・止血済)
[装備]:神鉄如意
[道具]:デイパック(切り裂かれて小さな穴が空いている、支給品一式・パン6食分・水2000ml)
[思考]:由乃の伝言を伝える。セルティを捜し守る。クレアを見つけ次第殺害。
    保胤を見つけてぶん殴る。(由乃からは平安時代風の男の人としか聞いてません) 

【島津由乃:成仏】

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