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第426話:学生服と日本刀

作:◆Sf10UnKI5A

 マンションの一室は、重苦しい空気に包まれていた。
 仲間を探すため、そしてゲームからの脱出を目的に集まった面々だったが、
情報交換も終わった今は会話も少なくなっている。
 それでも、まだマシな状況なのだろうとベルガーは思う。
 テッサとダナティアの消息が知れずとも。
 そして、シャナが吸血鬼へと変貌しつつある現状だとしても、だ。
 ベルガーが過去数年間で潜った修羅場の数は、常人の比ではない。
 彼が経験した戦場と質は大きく異なるが、それでも彼はこのゲームで生き残るつもりでいる。
(だが殺さずに生き残れるか? ここはただの戦場じゃない)
 不安だけではない、具体的な問題要素が大量にある。
 しかしベルガーは、――“野犬”は、ただ隠れて時が経つのを待つような男ではなかった。


「リナ、あと保胤。ちょっといいか?」
 時計の針が五時を指す少し前。
 ベルガーは二人を廊下に連れ出すと、新たな行動について話し始めた。
「シャナを連れて港に偵察に行ってみる。雨も少しは弱まったみたいだからな。
距離も近いし、何も無ければ放送前に戻ってこれるだろう」
「あの女が起きる前に動くっての? それに、ダナティアとテッサだって……」
「俺とシャナとエルメスだけだ。君らにはあの吸血鬼の見張りと留守番を頼みたい。
半日ってのは長そうで短いからな。時間が惜しい」
「ちょっと待って下さい」
 慌てて、しかし部屋に届かぬ小声で保胤が口を挟んだ。
「吸血鬼化の細かい原理がどうであれ、下手に動くことは控えるべきです。
シャナさんの肉体・精神がどれほど強かろうと、疲労すればそれに伴い――」
「そのシャナの精神状態ってのが問題だ」
 ベルガーは保胤の言葉に割り込んで話し始めた。
「彼女は、どうやら『悠二』って奴に相当依存している。だよな、リナ?」
「まあね。最初に会った時もそいつを探してるって言ってたけど、体力任せに随分無茶やってたから……」
 散弾銃を喰らいながら、当ても無く走り回っていたというシャナの姿を思い出す。
 それを聞くと、ベルガーは溜め息をついて続きを語った。


「何もせずにただあの二人を待っていたら、あいつの不満は溜まる一方だ。
体力が増しているのなら、勝手に飛び出して行きかねない。
そうなる前にガス抜きしとけば、多少はマシになるだろうからな」
「確かに、もし彼女が暴走してこっちを襲ったりしたら
あたしでも互いに無傷でってのは難しそうね。打てる手は打っときましょ」
「ですが、もし彼女が突然自我を失いでもしたらどうしますか?
恐らく今しばらくは平常でいられるでしょうが、私の見立て自体が間違っている可能性もあります」
 未知の妖物に対する不安を保胤は正直に口にするが、
「もしそうなっても、死ぬのは俺か彼女だけで済む。ここで暴れられるよりはよっぽど良いさ」
「……それ、本気で言ってる?」
 眉をひそめるリナと保胤に対し、ベルガーは苦笑を浮かべ、
「そうならないために考えた案なんだがな。まあ、その時はその時だ」


 シャナはベルガーの案を素直に受け入れた。
 表には出していないが、やはり動けないことでストレスが溜まっていたのかもしれない。
 セルティにはリナと保胤が説明をすることにして、二人と一台は外に出た。
「雨かあ。錆びたらちゃんと整備してくれるかい?」
「保証は出来んが覚えておくよ。バイクに生まれた宿命だと思って走ってくれ」
「バイクじゃなくてモトラドだって。それは両者に対する侮辱だよ」
「すまん、違いが判らなくてな。――ああ、そうだシャナ」
「何?」
 既にサイドカーに乗り込んだシャナに対し、贄殿遮那が差し出されていた。
「大分遅れちまったが返す。どうせ運転に集中しないといけないからな」
「あっ……」
「礼はいらない」
 シャナに押し付けるように渡し、ベルガーはエルメスにまたがった。
「どうせ君の物だったんだからな。だろ?」
「別に礼なんか言おうとしてないわよ! 早く出しなさい!」
 へいへいと相槌が返り、モトラドが発進した。


 何故ベルガーがこんなことを提案したのか、シャナは理解出来なかった。
 時間が経つのを待つことが苦痛にしかならないシャナにとって、ベルガーの申し出は渡りに船だ。
(でも、何で……?)
 吸血鬼になりつつある自分と二人きりで。
 罵って、乱暴までした自分にあっさり贄殿遮那を返して。 
 モトラドに揺られ雨に打たれる二人は、ただ前を見つめている。
 ベルガーは運転に集中するために。
 シャナは――他人を見ることで吸血衝動が沸くのをひそかに恐れて。
 ふと、顔は前に向けたままベルガーが話しかけた。
「なあシャナ」
「何よ」
「吸血鬼って言うが、あまり考えすぎない方がいい。どうせこのゲーム自体が狂ってるんだ。
一人で全て解決しようとするな」
「……私は、助けなんか必要無い」
「その態度を改めろとは言わないが、君は少し頼ることを覚えた方が良いな」
「…………ッ」
 まるで説教のようなベルガーの物言いに、シャナは反発心を抱いた。
「――何様のつもりよ? テッサやダナティアにも調子の良いこと言っといて」
「調子の良いこと、か……」
 ベルガーはわずかに黙り、そしてまた口を開いた。
「参加者に俺の友人が一人いたんだが、そいつはとっとと殺されちまった。
元の職業は軍人だから、いつ死んだっておかしくない奴だ。
だが、こんなゲームで死ぬなんてのは考えてなかっただろうな?」
(友人の、死……)


 自分が今、最も恐れていることを、この男は既に経験している。
「最初の放送前、随分早い時間に殺されていた。
俺はそいつを埋めてやったんだが、助けられなかったのか、とは思ったな」
 友人が死んで、それでも平然と、誰かを助けるために動いている。
「……何で、そんな風に出来るの……?」
 雨に消えそうなシャナの呟きだったが、ベルガーは口元を歪め、


「――ガキが困っていたら、大人が助けるものだろう?」


「タメゴロウより腰の方ってやつだね」
「……亀の甲より年の功」
「そうそれ」
 モトラドが言い間違える横で、シャナは顔をうつむかせ、
「……私は、困ってなんかいない」
「別に君の主観はいいんだ。俺が勝手に手を貸すだけだからな。
っと、もう着いたか。一応気をつけてくれよ」
「言われなくても判って――――!?」
「おい、どうかしたか?」
 ベルガーの問いかけに答えず、シャナはあたりを見回した。
(今のは悠二の存在の力? でも弱すぎるし、何で一瞬だけ……)


 二人と一台は港に到着した。
 既に事切れた坂井悠二と、彼を殺した殺人鬼の存在を知らぬままに。


【C−8/港/1日目・17:00過ぎ】
『ポントウ暴走族』
【シャナ】
[状態]:平常。火傷と僅かな内出血。吸血鬼化進行中。
[装備]:贄殿遮那
[道具]:デイパック(支給品一式(パン6食分・水2000ml))
[思考]:聖を発見・撃破して吸血鬼化を止めたい。
    ベルガーを信用していいのか迷う。悠二の気配? 
[備考]:内出血は回復魔法などで止められるが、体内に散弾片が残っている。
     手術で摘出するまで激しい運動や衝撃で内臓を傷つける危険有り。
     吸血鬼化は限界まで耐えれば2日目の4〜5時頃に終了する。
     ただし、精神力で耐えているため、精神衰弱すると一気に進行する。


【ダウゲ・ベルガー】
[状態]:心身ともに平常
[装備]:エルメス、鈍ら刀、携帯電話、黒い卵(天人の緊急避難装置)携帯電話
[道具]:デイパック(支給品一式(パン6食分・水2000ml))
[思考]:仲間の知人探し。不安定なシャナをフォローする。
 ・天人の緊急避難装置:所持者の身に危険が及ぶと、最も近い親類の所へと転移させる。
 ※携帯電話はリナから預かりました


[チーム備考]:港を探索し、放送までにC−6のマンションに戻る。



【C-6/住宅地のマンション内/1日目/17:00頃】
『不安な一室』
【リナ・インバース】
[状態]:平常。わずかに心に怨念。
[装備]:騎士剣“紅蓮”(ウィザーズ・ブレイン)
[道具]:支給品二式(パン12食分・水4000ml)、
[思考]:仲間集め及び複数人数での生存。管理者を殺害する。
     千絵が起きたらアメリアの事も問いつめ、内容によって処遇を判断する。


【セルティ・ストゥルルソン】
[状態]:やや疲労。(鎌を生み出せるようになるまで、約3時間必要です)
[装備]:黒いライダースーツ
[道具]:携帯電話
[思考]:静雄の捜索及び味方になる者の捜索。


【慶滋保胤】
[状態]:不死化(不完全ver)、疲労は多少回復
[装備]:ボロボロの着物を包帯のように巻きつけている
[道具]:デイパック(支給品一式(パン6食分・水2000ml))、「不死の酒(未完成)」(残りは約半分くらい)、綿毛のタンポポ
[思考]:静雄の捜索及び味方になる者の捜索。 島津由乃が成仏できるよう願っている。
     シャナの吸血鬼化の進行が気になる。あと30分後に由乃の綿毛を飛ばす。


【海野千絵】
[状態]:吸血鬼化完了(身体能力向上)、シズの返り血で血まみれ、厳重な拘束状態で気絶中
[装備]:なし
[道具]:支給品一式(パン6食分・シズの血1000ml)、カーテン
[思考]:気絶中。聖を見限った。下僕が欲しい。
     甲斐を仲間(吸血鬼化)にして脱出。
     吸血鬼を知っていそうな(ファンタジーっぽい)人間は避ける。
     死にたい、殺して欲しい(かなり希薄)
[備考]:首筋の吸血痕は殆ど消滅しています。

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