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第484話:魔剣の行方

作:◆685WtsbdmY

 地上への階段と、南北に伸びる通路。そのどちらにも人気が無いことを確認し、ピロテースは床に腰を下ろした。学校を出発してから三時間。結局、アシュラムの所在についての手がかりは何も得られぬまま、ただ時だけが過ぎていった。
 正直、焦りが無いわけではない。本音を言えば、今この時間も捜索に費やしたいところではある。だが、クリーオウとの約束を破る気がない以上、それは諦めるほか無かった。
 そして、いったん諦めてしまえば頭も冷える。休むといってもあと二時間も無いし、この付近で探すあてといっても城の内部しか残っていない。今は無理をせずに城内探索に備え、他の者たちが来るまでこの場所の安全を確保することも自分の役割のうちと割り切ることにした。
 それまでの間に、今回の探索行についてまとめておくのも悪くはない。
 ピロテースは鞄から水のはいったボトルを取り出してふたをひねった。すでにぬるくなった水を、少しずつのどに流し込んでいく。

 学校を出たのは昼過ぎ。南に向かってE2から森へ入り、F4への移動を急いだ。
 人の移動を見るには、F4やF5の森は都合の良い場所だ。雨が降り始める前に、そこでの探索を終えておきたかった。

                   ○


 何か、張り詰めたものが脚に触れるのを感じたときにはすでに遅かった。
 舌打ちしたいような気分にとらわれるが対処は怠らない。ピロテースはすぐさまその場を飛びのき、手近な木の陰に隠れた。全身の感覚を総動員して周囲を探る。
 風が吹いている。風に木の枝が揺れ、暗い森に木漏れ日が落ちる。その光を反射して、ほんの一瞬、視界の端で何かが光った。
 先程まで立っていた場所。ちょうど足首ぐらいの高さに一本の糸が差し渡されている。
 罠だ。幸か不幸か、罠はそれ自体が危害を与えるものではなく、この場に立入る者を察知するために仕掛けられたものらしい。
 襲撃か、交渉か。これから何者かが接触してくることをピロテースは疑っていない。下手に動いて姿をさらすことを避け、まずは相手の動きを確かめようとしているのはそのためだ。
 襲撃なら樹上から近づくか、背後に回りこむくらいのことはするだろう。無論、他の方向への注意も外さない。

 耳に届くは、ただ、風の音ばかり。

 このような場所で網を張ろうというのだ。相手は自分の腕に相当な自信があるとみえる。最悪、上位精霊の力を借りることも考えねばならないかもしれない。
 魔法による攻撃は決して回避されることが無いが、精神力を消耗するのが難点だった。なるべく使用を控えたいところだが、この場では仕方が無い。

 耳に届くは、ただ、風の音ばかり。

 こうなってみると、無手であることの不利を感じずにはいられなかった。自分も戦士としての訓練は十分につんでおり、武器の扱いや敏捷性で他者に後れを取ることなどそうそう無いが、腕力の低さは否めない。
 自分と同等以上の技量を持つ相手に組み付かれるようなことでもあれば、振りほどくのは難しいだろう。
 調理用のものを一本。それでも構わない。牽制用に、ナイフでも手に入れておくべきだっただろうか。

 耳に届くは、ただ、風の音ばかり。

 変わらない森の静けさに、ピロテースは眉をひそめた。なんの気配も感じられないことに疑念を覚え、風の精霊(シルフ)に命じ、周囲の音を探るべきかを検討する。
「スプライトよ、小さき精霊よ……」
 結局、ピロテースがとったのは、より直截な方法だった。囁く声に応え、スプライトが彼女の姿を余人の目から覆い隠した。

                   ○

「……!!」
 糸をたどった先に広がっていた惨状は、予想をはるかに超えたものだった。
 大地には深い溝がいくつも刻まれ、木々が数本、大きな衝撃を受けてなぎ倒されている。他にも、複数人の足跡や、尋常でない深さの踏み切り跡、鎚鉾(つちほこ)でも叩きつけたかのようにえぐれた木の幹などが、ここで起こった戦闘の激しさを物語っていた。
 その戦いの目撃者なら目の前に居るが、最早、何を語ることもできまい。
 様々な戦闘痕に取り囲まれるようにして少女の死体が一つ、森の中にできた広場の中央に横たわっていた。無残な傷から流れ出したおびただしい血が、大地を黒く染めている。
 組んでいる誰の探し人でもないことは明白だった。しかし、死体の様子に何か引っかかるものを感じてピロテースはその場に膝をついた。
 死因となった腹部の傷はとても深く、背にまで達している。鋭い刃物に突き刺されたためにできた傷だ。とはいえ、凶器は槍の類ではない。もっと幅が広く、肉厚の刃を持つ武器のはずだ。
(大鉈(グレイブ)ではないな……大剣(グレートソード)か? まさか!!)
 “魂砕き”。アシュラムが幾多の戦場で振るい、そして、おそらく管理者どもに奪われてしまったことだろう漆黒の魔剣。それならば、条件に合致する。
(しかし……)
 確証は無い。仔細に検分すれば、かの黒き刃の持つ独特の形状を示唆する何かを見出せる可能性もないではないが、あいにくその自信はなかった。
 もう、ここでできることは何も無い。
 最後に、鞄の中身はすでに荒され、有用なものは何も残っていないことを確認してからその場を後にした。
 自身の目にしたものに、心は乱れたままであったが。

                   ○

 口につけていたボトルを傍らに置き、ピロテースは息をついた。麺麭を包みから取り出して口元に運ぶ。
 今では、あの場所に“魂砕き”を手にした何者かが居たことをほぼ確信している。
 頑丈な古竜の鱗すらやすやすと打ち砕く強力無比な魔剣。だが、剣にこめられた魔力はそれだけではない。その刃で傷を負った者は魂を砕かれるのだ。“魂砕き”と呼ばれる由縁である。
 好戦的な者の手に渡っているのなら、現在自分と協力関係にある者たちにとっても大きな脅威となるのは間違いない。事前に魔剣の能力を知っていることで、それに対処することもできるだろう。だが、
(どこまで話したものかな……)
 ごく僅かな可能性に過ぎないが、アシュラム自身が魔剣を手にしている可能性も、これから手に入れる可能性もある。そして、あの者たちとアシュラムが敵対する可能性もまったく無いとは言えないのだ。
 警告はしよう。しかし、剣の魔力については明かさず、“強力な剣を振るう危険人物”についての話に止める。たとえ、それによって将来、彼らが危地に追い込まれようとだ。
(これは……裏切りだな)
 麺麭を咀嚼するが、味はほとんど感じられなかった。

 回想を続ける。
 F4の森の崖から南は調べず、その後は時折草原の監視も行いながら、F5の森の外縁近くを探索した。
 ここで行き逢った参加者は、大地の妖精族らしい(髭は無かったが)小男と、筋骨たくましい大男。交渉できるような相手とは思えず、いずれも樹上でやり過ごした。
 また、墓を一つ見つけたが、これには以前に見たものと違い、木の皮で簡単な墓碑が作ってあった。皮をはがされた幹の状態と、周囲の状況から日の出よりだいぶ前に作られたものであることは間違いなく、わざわざ調べるような手間はかけていない。
 他には特に収穫もなく、予想していたとおりに雨が降り出した。雨を避けて城へ向かう者がいることも考えられたが、思いのほか雨脚は強く、視界が悪化したために草原の監視は切り上げることにし、G5の森の探索に移ることにした。
 その場所は南の海岸から城へ向かう者が通る可能性が高く、また、自分自身、城に近づくには西側の森に移動する必要があるためだった。

                   ○

 G5の、島の南部の二つの森が互いに最も接近する地点。組み合ったまま動かず、不気味な沈黙を守る数体の石人形(ストーンゴーレム)の近くに転がっていた一組の男女の死体は、そのどちらもが凄まじい力で破壊されていた。
 二人とも似通った服装をしており、死因も共通することから、何があったのか大体の察しはつく。この二人は元の世界からの仲間で、下手人はおそらく一人。死体の新しさから考えると、F5で見かけた大男である可能性が極めて高い。
 男は武器を持っているようには見えなかったが、つまりは素手でもこれほどの破壊を引き起こせるということだ。いずれにしろ、この人物には今後も近づかないほうが良いだろう。
 女の死体のすぐ傍には鞄が二つ。外から見れば荒らされた形跡は無く、この分なら参加者共通でない支給品も入ったままかもしれない。
 軽い武器がいい、とピロテースは思った。所持していた者のことを考えると、細剣(レイピア)や槍(スピア)であることは期待できないかもしれないが、弓矢や毒の可能性は十分にある。
 鞄を開き、雨にぬれないように注意しながら中身をさぐった。期待通り、食料も含め、中のものには一切手がつけられていなかったが……
「これは……」
 ピロテースが取り出したのは、弾力のある弦を持つ小型の弓に、取っ手を取り付けたような武器だった。おそらく、石弾を発射するのに用いるのだろう。
 使えないこともなさそうだが、両手がふさがってしまうことと、相手の武器を受ける役に立たないことが気に入らず、数回、空打ちしてから鞄の中に再び放り込んだ。
 何から何まで期待通りといくはずもないが、水や食料は入手できたし、鞄はもう一個ある。

 そのもう一つの鞄を開いた。見れば、中で何かが鈍く輝いている。ピロテースは、それらを取り出して目の前で眺めてみた。長大な刃と、おそらくその柄となるのだろう金属棒が一対。
 組み立てれば大鉈になるのだろうが、重量がありすぎて自分には扱えないのは無論のこと、協力者たちの中にもこのような武器を好むものはいないだろう。いっそ、柄だけを杖代わりに使ったほうが良いように思える。
 そこまで考えたところで、ある部品の存在がピロテースの目に留まった。
 「これも、“魔杖剣”とやらなのか?」
 その部品はサラが“弾倉”と呼んだものによく似ている。考えてみれば、大きさこそまるで違うものの、この刀のつくりや意匠には、サラやクエロが手に入れてきた魔杖剣と共通する部分があるようにピロテースには思えた。
 ならば、説明書があるかもしれない。そう考えて差し入れた手が硬いものに触れた。鞄の中から紙箱を引っ張り出し、その蓋を開ける。
「なるほど。弾丸か」
 中には、クエロが持っていたものとよく似た形状の弾丸がぎっしりと詰まっていた。

                   ○

 結局、説明書は見つからなかった。
 無論、そのこと自体はクエロの嘘を立証するものとはならない。例えば、説明書が無い代わりに大量の弾丸を同梱したのだという話も考えられないことは無いからだ。
 だが、今頃サラあたりがクエロから聞き出しているだろう魔杖剣の用法の説明が裏付けられるということも無い。一方で、クエロの所持していた弾丸が、魔杖剣とともに使用するものであることはほぼ間違いない。
 また、クエロが元の世界から知る者の名としてあげたのはガユスとギギナの二名で、クエロ自身と合わせて三名。これまでに見つかった魔杖剣も合わせて三振り。疑い出せばきりは無いが、ここまで揃うとすべてを偶然と考えるのは難しい。
 空目たちの言うようにするにせよ、この魔杖剣をクエロに見せるのは得策ではない、とピロテースは判断した。荷物を重くしていざというときに行動が制限されるのは避ける意味でも、鞄ごとこのまま放置し、合流後にせつらかサラに回収を任せればいいだろう。
 他の参加者に奪われてしまう恐れがあるのが少々気がかりだが、天候の推移や、城や洞窟との位置関係から考えればその可能性はそう高いものではない。
 説明書の代わりに見つけた、この鞄の持ち主へとメフィストなる人物が当てたと思しき手紙(意図しない誰かに読まれる危険を考慮してか、肝心のところが欠けていた)と魔杖剣を元の鞄に戻し、ピロテースは西の森へと向かった。

                   ○

 麺麭の最後の一かけらを嚥下し、ボトルからもう一口だけ水を飲んだ。まだ水は残っているが、ボトルはふたをはずしたまま、邪魔にならない場所においておく。建物の中では自然の精霊力はほとんど働かない。
 だが、こうしておくことで、危急の際には水の精霊の助力を受けることもできるのだ。

 その後のことで役に立ちそうな情報はほとんど無い。
 G4で城の外観を観察し、北向きの門以外にも、城壁の穴が出入り口として使われる可能性があることと、G4とH4の境界付近で墓を一つ見つけたくらいだろうか。いつ作られたものかの確証が無かったためにやむなく暴いたが、幸いなことに探し人のいずれでもなかった。
 また、洞窟周辺の森と、洞窟内部、そして地下通路については、不審な点が無いか念入りに調べたが、特に異常はない。洞窟内部では大地の精霊力が働いていたから、いざとなれば封鎖も可能だ。
 そうこうしているうちに小屋まで赴く時間はなくなってしまったが、こればかりは仕方が無い。

 回想は終わった。食事を摂っている間も警戒は緩めたつもりはないが、念のためにもう一度周囲の様子を確かめ、それから持ち物の確認に移ることにした。森を探索中に手に入れたものがいくつかあるのだ。
 まず一つはすぐそばに置いてある木の枝。比較的堅く、長さと太さがちょうど良い。強度に劣る武器の扱いなら手馴れているし、相手の武器を受け流すだけなら、こんなものでも使えないわけではない。
 もっとも、これに比べれば、椅子の脚などのほうがよほど丈夫だろうから、後で城内を探してみるのもいいかもしれない。

 そして二つ目が、
「“蠱蛻衫(コセイサン)”か……」
 鞄の中から取り出した、このヴェールのような薄布だ。墓標のつもりだろうか、G4で見つけた墓の上に置いてあった鞄も中身が残ったままで、これはその中に入っていた。
 武器ではなく、とりたてて防御効果があるわけでもないようなので今までしまいこんでいたのだが、興味深い能力を秘めている。
 説明書にいわく。これをかぶっている者は見ている者とって好ましいように見えるのだという。地味だが、情報を得るために他の参加者と接触する機会があれば、それなりに有用となることだろう。
 今回は洞窟に距離が近かったので、他の支給品も鞄ごと持ってきてある。
 身軽にならなければならないような事態に備え、必要最低限のものだけを元から持っていた鞄にまとめると、付近の警戒以外にすることはなくなった。あとは、皆が来るのを待つばかりだ。


 彼女は知らない。知る由も無い。魔剣の行方も、これから起こる出来事も。


【G-4/城の地下/1日目・16:40】

【ピロテース】
[状態]: 多少の疲労と体温の低下。クエロを警戒。
[装備]: 木の枝(長さ50cm程)
[道具]: 蠱蛻衫(出典@十二国記)
支給品2セット(地下ルートが書かれた地図、パン10食分、水3000ml+300ml)
アメリアの腕輪とアクセサリー
[思考]: アシュラムに会う。邪魔する者は殺す。再会後の行動はアシュラムに依存。
    武器が欲しい。せつらかサラに、G-5に落ちている支給品の回収依頼。
(中身のうち、食料品と咒式具はデイパックの片方とともに17:00頃にギギナにより回収)

[備考]: 蠱蛻衫の形状・機能
・頭にかぶる薄い紗。視界、行動などに制限は無い。
・かぶっている者は、(自分以外の)見る者にとって好ましい容貌に見える(美しくとは限らない)。
・肌の色、髪の色、顔立ちが変化するが、背格好や性別は変化しない。
・見る者にとって大事な(好みの)誰かがいれば、それとよく似た印象を与えるが、「そっくり」にはならない。

※G4の竜堂始の墓のそばにあったデイパックはなくなりました。
※ピロテースが遭遇した参加者(死者含む)は順に霧間凪、朝比奈みくる、ボルカノ・ボルカン、ハックルボーン、袁鳳月、趙緑麗、竜堂始です。

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