作:◆B.KZUEhlgg
夜の道路を走る影が一つ。闇を切り裂き、ただ一点のみを見て走り続ける。
影の名はシャナ。殺気を噴出しながら道路の遥か遠くに消えた殺意の対象を追っている。万全の状態ならあるいは追いつけたかもしれないが、しかし彼女は傷を負っていた。心に深い傷と、より深刻な肉体の変化という傷を。
ゆえに、彼女は待ち伏せも、そもそも自分が追った先にあの顔面刺青の男がいないなどとは考えず、ただただ走り続けた。
マンションが見える。自分が先ほどまで休んでいた場所だ。あんな、あんな、あんなことになっているなんて知らずに。
「殺す、殺す、殺す殺す殺す殺す殺す!」
シャナは咆哮しながら走る。
「殺して―――(殺して?)血を―――(!?ち、違――)」
自分の言動に奇妙な一節が入った、と思ったとき、今まで感じていた痛みが変化した。それは、まるで快感のような、開放された痛み。しかしシャナはその痛みをも跳ね除ける。理性ではなく、本能で。
(ここで負けたら、私 が 私 じ ゃ な く な る !)
さらに加速しようとして、前のめりに倒れ、転んでしまった。その勢いで道路を外れる。慣性の法則に忠実に従い、シャナの体は地面を何度も転がって、何か硬いものにぶつかってやっと止まった。
彼女の体力は尽き果てていた。それでも立ち上がろうと―――【硬いもの】が手に触れる。
(・・・・・・血だ)
眼前には湖が広がっており、そして眼下には血が、男の死体が転がっていた。心臓を貫かれたようで、もうかなり血は固まっている。だが吸えないほどではない、シャナは刹那まるで宝物でも見たかのように目を輝かせたが、首を振って自分に言い聞かせる。
(今は駄目、泣き叫ぶあいつを殺して血を最後の一滴まですすりつくし、それから悠二に――)
シャナは最後まで考えずに、弾かれたように道路へと戻り、尽き果てたはずの体力で、走り出した。
その姿は美しい少女のままだったが、もはや心は血を見ても「吸いたい」としか思わない、吸血鬼へと変わっていた。
吸血鬼は走る。その心にわずか残した人間の一部、それを殺した者の元へ。
「かなめ・・・何だその釘バットは」
宗介は散歩の前にトイレに行きたいと言って出て行ったかなめの持つ物騒な凶器を見て言った。
「教会の前に落ちてたの。護身用に持っとこうと思ってね」
「護身用か。いい心がけだな、かなめ。お前は常に自分の身を守ることだけを考えろ」
「じゃ早速。」
宗介は殴られた。・・・・うん、レディの小用にこっそりついて行ったら殴られてもおかしくない。
ちなみに、流石に明らかに幾多の血を吸ってきた感のある釘バットでは殴らず、ぐーパンでだ。
「誤解するな、かなめ、おれはお前が心配で」
「あーーもう、さっきのロマンス的なアレはどこいったの!行くわよっ!」
「あ、ああ」
宗介はかなめを追いかけて美姫たちに着いていった。
「む?」
先頭を歩いていた美姫が歩みを止め、小さく声を立てた。
「どうした?」かなめを気遣いながら歩いていた宗介が不審そうに聞く。
「ふふ、散歩を始めてよかったわ。私がかなめと同じく吸血鬼にした者が近づいてきておるぞ」
「え、私以外にもそんな人がいるんですか?」
普段の口調が少し戻ったものの、流石に敬語で話しかけるかなめ。
「うむ、このゲームの開始直後に戯れにな。まあ、あちらから誘われてきたのだが」
「何故わかるんだ?」
宗介の言葉に、嘲笑とともに美姫は答える。
「愚か者。主語は明確にせんか。ふむ、なるほど、お前の考えているような事ではない、ただの匂いじゃ、私の血のな」
たやすく自分の心の中を読まれ、宗介はいつぞやを思いだして一瞬言葉に詰まったが、かまわずもう一つ気になっていることを聞こうとする。だが、それは轟音によって中断される。前を見ると、一台のバイクにまたがった男がこちらに向かってきている。
「アシュラム、少し待て、奴がどのような行為に出るか興味がある」
青龍偃月刀を抜いて構えようとしていたアシュラムを言葉一つで制すると、美姫はバイクを停めて此方をうたがっている男に向かって声をかけた。
「追われておるのか?」
男、零崎人識はこの島のほとんどの人間が目を奪われるであろう美姫の美貌に、そしてオーラに呑まれることなく飄々と答える。
「ああ、今ちょっとそこで人を殺したんだが、そいつの仲間に追われてる。とある男の助言で説得を試みたんだが、ほら、えっと、なんだっけ、喋るバイク君」
「エルメスだって・・・・餅つく暇もない、だよきっと」
「そうそれ。で、ずっと追われてる訳よ。そっちに殺りあう気がないなら、通してくれねーか?殺りあう気があっても俺は逃げるけどな」
かはははっ、と嗤う男に美姫以外の3人は驚愕する。こんなゲームの中で初対面の相手に殺人をカミングアウトしたことに対してか、バイクが喋ったことに対してなのかは三者三様だったが。
三者三様。かなめが後者でアシュラムが前者、そして宗介は―――――男の嗤い声にだけ驚愕していた。
「貴様―――あの時の!」
「あ?何だテメエ、俺はお前なんかしらねえぞ」
丸腰で飛び掛ろうとしていた宗介は相手の返答を聞いて踏みとどまる。自分はあの時痛みとその場から逃げることで頭がいっぱいで、自分の両腕を切り落とした者の顔を見ていない。嗤い声だけが耳に残っていた。
だからと言って目の前の人間が嘘をついていないとは限らない。だが、自分はこの一日突発的な行動でかなめを危険な状態にしてしまい、テッサを結果的に死に至らせ、つい数分前もかなめに激怒されてしまった。最後だけはまだ自分が正しいような気もするが、しかしそもそも同列に並べることではない。
ここは一旦様子を見よう。――――その判断は、間違っていなかった。この場に限っては、だが。
「いや、すまん。おれの勘違いだった」
「だろ?」
男はにっこり笑う。
(いくらなんでも殺そうとした相手の前でこんな顔はできまい、肯定だ)
美姫が口を挟む。
「ところで、その殺した奴の仲間と言うのは女学生か?」
「ん、女だったが、可愛い可愛い学生さんって言うにはちょっと我が強いな。問答無用で殺しに来たし・・・って、こんなこと喋ってる場合じゃねえんだ、もう行くぜ」
「待て。説得したいといったな?私が協力してやろう」
美姫から出た意外な言葉に、喋るバイクに乗ろうとしていた零崎も、宗介もかなめも、アシュラムですら信じられないという風に表情を変える。
「質疑は受け付けぬ。―――――零崎とやら、この道路を道沿いに進んだすぐそこに教会がある。そこで待っておれ」
「あ?いや、でもよ、あいつは――――」
「二度は言わん、安心しろ、我が強い女をねじ伏せるのは私の得意分野だからの」
「・・・・・・・・・・・・」
これ以上何を言っても無駄だと感じたのか、言葉の端に怪しい感じを受けたのかはわからないが、零崎はじゃあ、頼むぜとだけ言い残して道路を走り去った。
「―――――、どういうことだ?」
男が去った後、宗介は美姫に問いかけた。
「まあ、そなたの言いたいことはわかる。心を読まずともな」
楽しそうに笑いながら、美姫は答える。
「人助けをしている場合ではない、か?」
「ああ、メリットが期待できないどころか、仲間を殺されて怒り狂っている者を第三者が説得するなど、不可能だ。明らかにデメリットのほうが大きい」
宗介の正論を、しかし美姫は一笑に付す。
「第三者ならそうかも知れんがな、おそらくその女は私の血を受けて吸血鬼になった者であろう。そうであれば【制御】は簡単だし、そうでなかったとしても、力でねじ伏せるのみよ。かなめはお前が守ってやるがよい」
「――――ああ、わかった」
「それにしてもあの男、零崎人識。実に面白い。あそこまで闇に満ちた心を見たのは久方ぶりよ」
「闇?」
かなめがその言葉に反応する。闇と言う言葉は、どちらかと言えば美姫が他人に言うよりはその逆の、と思ったからだ。
(闇、か。それなら俺も)宗介はその言葉で自分がかなめを助けるために行った行為を思い返す。
アシュラムは、少し身震いしたように見えたが、美姫の言葉の続きをいつものように待った。
「そう、少し心を覗いただけでも常人なら発狂するほどのな。奴の心に一刹那見えた鏡のような存在とやらにも、いつか会いたいものだ」
叶うはずもない願いを抱きながら、吸血姫はまもなく来るであろう自己と同種の存在を待ち構える。
さながら、きまぐれに谷から突き落とした子獅子が大きく成長して帰ってくるのが楽しみで仕方ないとでも言わんばかりに。
「ねえ、教会に行かなくてもいいの?」
「ああ、初対面の人間は信用するなって大将に言われててな」
ある程度先ほどの場所から離れた、しかし美姫たちの姿はうかがえて且つあちらからは気づかれにくいと言う森の一角を容易く見つけた零崎はそう嘯く。放送が流れているが、特に気にしない。
「それに、あの女―――」
「うん、名乗ってないはずなのに君の名前を知ってたね」
エルメスは長い間キノと旅を続けてきた。キノが他の旅人や国の住人と会話しているとき、何もしてないしなにもできないので、自然と他人の話をよく聞く癖がついていたのだ。
キノも用心深いところがあったので、エルメスは目の前の軽薄そうな男とキノの意外な共通点に驚いていた。
「いや、なんか雰囲気エロかったな」
「きみをキノと一緒にしたことを謝りたい、キノと、後、善良なる読者の皆さんに」
「なんだそりゃ、戯言か?よし、お前を戯言使い2世と呼ぶことにしよう、これで解決だ」
「そんな格好悪い肩書きはいやだよ―――何やってんの?」
零崎はエルメスが講義しているのを全く聞かず、寝転がって本を読み出した。
「何か動きがあったら教えてくれ、さっきからずっと内容忘れて気になってる処があったんだ」
「・・・ボージャック夫人!! 」
「そうそれ」
ちなみに、零崎人識は宗介のことを本当に忘れていた。それは、本の内容を忘れていたことと同じく、彼にとってはどうでもいいことなのだろう。
――――――殺人鬼は、あくまで悪魔のように傑作だった。
【C-6/道/1日目・17:56】
【シャナ】
[状態]:火傷と僅かな内出血。悪寒と吐き気。悠二の死のショックと零崎の戯言で精神不安定。 肩に包丁の一部が刺さっている。吸血鬼化ほぼ完了。それに伴い憎悪・怒りなどの感情が増幅 、吸血衝動(自分の力でまだ抑えられなくもない)
[装備]:贄殿遮那
[道具]:デイパック(支給品一式(パン6食分・水2000ml))
[思考]:1-零崎を追いかけて殺し、血を吸う
2-殺した後悠二を弔う
3-聖を倒して吸血鬼化を阻止する (希薄)
[備考]:内出血は回復魔法などで止められるが、体内に散弾片が残っている。
手術で摘出するまで激しい運動や衝撃で内臓を傷つける危険有り。
【D-6/教会前道路/1日目/17:58】
【相良宗介】
【状態】左腕喪失、右腕は通常時より少し反応が鈍る可能性あり、それ以外は健康
【装備】なし
【道具】なし
【思考】どんな手段をとっても生き残る 、かなめを死守する
【千鳥かなめ】
[状態]:通常
[装備]:なし
[道具]:荷物一式、食料の材料。鉄パイプのようなもの。(バイトでウィザード「団員」の特殊装備)、 エスカリボルグ
[思考]:宗介と共にどこまでも。
【美姫】
[状態]:通常
[装備]:なし
[道具]:デイパック(支給品入り)
[思考]:まもなく現れる同属への説得(手中に収める)。零崎に興味。
(美姫はシャナのことをおそらく聖だろうと思っています。放送3分後ほどに接触。)
【アシュラム】
[状態]:健康/催眠状態
[装備]:青龍堰月刀
[道具];冠
[思考]:美姫に仇なすものを斬る/現在の状況に迷いあり
【c-5/教会裏の森/1日目/18:01】
【零崎人識】
[状態]:全身に擦り傷 疲労
[装備]:自殺志願 エルメス
[道具]:デイバッグ(地図、ペットボトル2本、コンパス、パン三人分)包帯/砥石/小説「人間失格」(一度落として汚れた)
[思考]:シャナが美姫たちに接触するまでは読書、事がどう運んでも一旦は佐山たちと合流しようと思っている。
一応もう一度シャナを説得しようとは思っている。
[備考]:記憶と連れ去られた時期に疑問を持っています。
2006/01/31 修正スレ258-265
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