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第503話:密談は鬼嫁が寝ているうちに

作:◆CDh8kojB1Q

【ふむ、この様子ならば約束の時間には十分間に合う。
あの淑女達との談話を早々に切り上げて、帰路を急いだ甲斐が有ったと言うものだ】
 島を白の天蓋が覆う中、かつて湖底であった体積した泥の上にて血文字を刻むのは、
 グローワース島が前領主ゲルハルト=フォン=バルシュタイン子爵その人だった。
 濃霧の天蓋で視界が悪く、体積した泥で動きを制限されているものの、その移動は緩まない。
 とある仮面の男と再会するために、地下通路の出入り口まで移動する必要が有ったからだ。
 港から休む事無き強行軍はなかなかのエネルギーを消費するのだが、
【一旦、約束を承諾したからには、紳士がむざむざ遅刻するわけにもいくまい……!】
 と、流暢に文字を形作りながらもその進行に迷いは無い。
 あの仮面の青年は湖底と周囲の森を探索すると言っていた。
 己より先に地下通路に到着しているであろう事は簡単に推測できる。
 さらに、麗芳なる少女とも面会する予定だ。
 初対面の淑女にはことさら礼儀を持って相対するのは、爵位持つ者として当然の義務と言えよう。
 だが、集合時間までにはしばらくの余裕がありそうなので、子爵が遅刻という失態を犯す危険性は
 現在のところ低下した。
 他に、EDと麗芳の両者が殺害されて集合場所に現れないかもしれないという問題と、
 己は集合地点たる地下通路の明確な位置を知らないという問題が生じていたが、
 先の問題において子爵はどうしようもないので、ただ二人の武運をを祈るのみだ。
 それに対して、後の方の問題はほどなく解決した。
【ほう、雨水の雫は大地を進んで流れを作っている。この場はかつて湖があり
底に体積したものは粘土質の地面であるならば、水は地表を行くのだろう!】
 ならば、収束した雨露はどこに向かうのだろうか。
【簡単である! 水とは常に下へ向かうもの、流れの先には穴があるに違いない!】
 湖底中に溜まった水の大半は、小流となって排水溝たる地下通路に流れて行く。
 ならば子爵は水の流れに沿って進めば良いだけだった。
 要領よく進めば、ほどなくして大地の洞に行き当たるだろう。
 その頃、子爵の目指す先の地下通路にて静かな問答が行われていた。
「では、あなた方は無闇に殺人を犯すつもりは無いと仰るのですね?」
「現在の行動方針は先に述べた。しかし、自衛行為その他脱出に至る為の
最適手段であるならば、その限りではない」
 男が問い、機械が応じた。
 この二人は子爵に先立って地下通路に到着したEDと、諸事情により移動のできないBBだった。
 そうして相対した二人の脚部を湖底から流れ落ちる雨水が濡らしている。
 子爵の推理どうり、湖底に降った雨は地下通路を排水溝にして流れて行くようだ。
 だが、今の二人の眼中には水に漬かる脚など映っていない。
「双方、方針は理解し合えたようですね。質問を続けても良いですか?」
「問題無い」
 即座に返事が返った事を満足しながら、EDは頭の中で現状を整理してみた。

 EDが集合場所に移動した時に、地下通路の出入り口付近で争った形跡を発見した。
 雨によって削れていたが、足跡から大体の立ち回りと闘争の終末を理解したEDは、
 しばらく躊躇していたものの結局は地下通路に降りる事を選択した。
 その時に何をされたのか、詳細は今でも良く分からない。
 入り口をくぐった瞬間に意識が飛んで、気がつくと岩壁に押し付けられていた。
 扉の影に隠れていた何者かが、自分を掴んで引っ張ったらしい事に推理が追いついたので、
 身動きの取れない状況から何とか非武装を証明して、対話へと持ち込むことに成功した。
 相手が論理的だったのも幸いだったが、この時ばかりはED自身、己の弁舌を頼もしく思った。
 蒼い殺戮者と名乗ったその相手を見た瞬間、EDは心奪われた。
 界面干渉学の研究者たるEDにとって、鋼の身体を持つ異界者は絶好の研究対象だったからだ。
 先走りそうな心を抑えて、EDは蒼い殺戮者に質問を開始し、現在へと至る。
「あなたは見るからに窮屈そうですが……ここに留まる理由は何です?
外は霧に包まれていましたが、こんな所に留まるよりは他の建造物に非難した方が
何かと便利ですがね――例えば、灯台などは?」
 どうです? と問うたEDに対してBBは少々の沈黙の後に、
「付いて来い」
 と、簡素に告げた。そしてBBは狭い通路内で上手に反転し、奥の方へと移動してゆく。
 EDは着いていこうと即座に判断し、懐中電灯を残して自分の荷物を通路の扉付近に置いた。
 これなら子爵や麗芳が入ってきた時に、奥にいる自分の存在を知るだろう。

 歩き始めてすぐにEDは荷物を置いてきた事を正解だと思った。
 地下通路は置くに進むにつれて薄暗く、電灯の明かりも心もとない。
 それに加えて、流れる雨水がEDの脚を引っ張った。一歩が重く、その道程は不安に満ちている。
 これで荷物を担ごうものなら転倒は必至だった。
 そんなEDに比べて、先へと進むBBは特殊な知覚を有しているのか、その歩調に迷いは無く、
 通路下部を流れる水をものともしていない。闇を切り裂く刃の如くEDを先導していた。
 
 そして突然BBは立ち止まる。
「ここだ」
 EDは先行者の身体の奥を見通して、先の質問の答え――BBの事情を知った。 
「なるほど、負傷者を抱えていたのか」
 EDの視線の先には、セミショートの髪をした少女が岩壁の窪み――地下に通路を
 形成した時に落盤などで生じたものだろう――に横たわっている姿が見えた。
 瞑った瞳と、胸が規則的に上下している事から、睡眠中だろうと判断できる。
 彼女は何らかの理由で活動に支障をきたしているらしい事をEDは察した。
 地下通路から脱出して灯台などに移動するには、BBは彼女を抱えることに成る。
 当然、奇襲されてもとっさの反撃はできないだろう。それに比べて通路ならば
 襲撃者の行動や進路は制限される。警戒は容易だ。
「察したようだな」
 BBはあくまで必要最低限にしか語らないようなので、EDは幾つか問いかけた。
 彼女の状況や自分に出来そうな事などを
 答えは相変らず簡潔だったが、言葉に飾りが無い為にEDは即座に理解した。
 曰く、BBと彼女は戦闘行為を行った後に、小休止して地底湖方面に進むつもり
 だったらしい。しかし、少女が少し休む、言ってと睡眠を取り始めてしばらくすると
 BBは少女の身体に異常を感じたと言う。熱を探知するセンサーが、
 健康体には見られない発熱を察知したらしい。
 EDにとって好ましくない事だが、BBは本来ならば戦闘・破壊を主任務にしていたらしい。
 人体を壊す事はできても治す事は不得意なのだそうだ。
 然るべき医療措置を取れないので、BBは少女を安静にさせるべく付近を警護していた。
 EDが過去に麗芳に告げたとおり、地下通路は隠れて休むのには最適な場所だ。
 BBの立場を考えると、彼の判断はそこまで悪い物では無い。
 本来予定していた地底湖方面への移動は、水の流れからして危険と判断して中止し、
 右にも左にも行けないまま、現在まで至るとの事だった。

「彼女が自身の損害報告を行えるならば対処も可能なのだが、現状は睡眠中だ」
「少し、様子を見ても構いませんか? 人の身である僕なら何か分かるかもしれない。
それに、何か不審な行動を取ったら叩きのめして結構ですから」
「その申し出を受けよう」
 EDは屈んで彼女の額に手を当てたり脈を取ったりして、しばらくするとBBへ向き直った。
 こつこつ、と仮面を指先で叩き、結論を告げた。
「僕は医者ではないので断定はしかねますが――これは風邪の一種だと推測できますね」
「致死症の類では無いのか?」
「原因は疲労と体温の変化による免疫機能の低下と簡単に判断できますよ。
その他打撲や擦過傷、切り傷などが見られますが、直接の原因はやはり免疫低下のようだ」
 BBの視覚センサーに映るEDは、謎を解き明かした名探偵の如くご機嫌だった。
 EDはその後、僕に任せて下さい、こんな時の為に支給されたかのような物品が有るんです、と
 告げて再び少女に近づいた。
「但し、これ以上この人をこの場に置いておくのは危険ですね。傷口が化膿する可能性が
有りますし、未知の菌に侵されてしまうかもしれない……」
「やはり移動すべきか」
「そのようだ。まずは清潔な部屋と寝台、それに起床後に栄養価の高い食事などが必要でしょう」
 EDの言葉を聞いて、BBはすぐさま少女を腕に乗せた。爆弾を運搬するかの如き慎重さだ。
 それを見たEDは、BBは戦闘主体とは言えそこまで警戒すべき存在では
 ないのかもしれないと考えた。少なくとも、BBは論理の通じる賢い存在だ。
「運搬は俺が行うが、おまえには周囲の警戒を依頼する」
「その程度の事は引き受けても構いませんが……僕は戦闘の方はからっきしでしてね。
いざと言う時はあなたにお任せしますよ」
「了解した」
 そこまで聞いてEDは地下通路を戻り始めた。足元の水は心無し水位を増しているように見える。
 BBの判断は正しかったようだ。彼らが地底湖方面に進んでいたら、きっと腰まで水に浸かる
 はめになっていただろう。地上の雨は地下へと浸水しているからだ。
 そんな事を考える内に、出入り口の光が見えてきた。もはや懐中電灯は必要無いな――、
 などとEDが明かりを消そうとした時、
「前方に動体反応だ」
 背後からのBBの忠告が耳に入った。だがEDは止まらない。
 確信に近い思いを持って光を目指して進んでゆく。
「心配ご無用。僕の目には何の人影も映らない――しかし動体反応を持つ者。
そんな人物に心当たりがあります……ゲルハルト=フォン=バルシュタイン子爵! よくぞご無事で」

 BBはEDが進む先、出入り口へとセンサーを集中させた。そして見つける。
 先行してゆくEDの眼前、デイバック付近に蠢く不自然な血流を
 そしてその血流は地に広がって一つの意思を紡ぎだした。
【そちらこそ無事で何よりだ、エドワース・シーズワークス・マークウィッスル君! ところで背後に控える
彫像の如き存在は何者なのだ? そしてその腕に抱えられた少女が麗芳嬢でよろしいのかね?
いや、再会してそうそうに質問攻めにしては失礼だろうか】
「いえいえ、そんな事は無いんですよ。なんと言ってもこの僕自身、語りたい事柄がもう、喉の上まで
迫っているんだ。談笑したくてたまらない。ですが、惜しい事に今はそんな猶予は無いんですよ。
とある事情で灯台へと急がなければならない。麗芳さんにもメモを残して知らせなければ。
ああ、時が全てを解決すると言うけれど、その時間が足りないと言うのは全く腹立たしい事ですね!」
 そう言いながらもEDは懐中電灯をしまって、代わりに取り出したメモにスラスラと麗芳へ
 宛てたメッセージを書き記していく。
「まずは子爵、背後の彼と彼女は処々の事情で安全な場所を求めていましてね。
僕が灯台を薦めたとだけ言っておきましょうか」
【なんと、探求であったか! ならば救済の手を差し伸べるのが道理と言うもの……我輩が
先導を引き受けた!】
 言うが早いか子爵は地下通路の外へ飛び出して行く。
 その後に続いてEDと蒼い殺戮者が地下から退散する。
 蠢く血流、仮面の男、少女を運搬する機械の巨人……列をなして濃霧を突っ切るその群は
 ただただ珍妙な存在だった。

【B-7/地下通路/1日目・17:50】

【奇妙なサーカス】
【エドワース・シーズワークス・マークウィッスル(ED)】
[状態]:健康
[装備]:仮面
[道具]:支給品一式(パン3食分・水1400ml)、手描きの地下地図、飲み薬セット+α
[思考]:同盟を結成してこのイベントを潰す/このイベントの謎を解く
    ヒースロゥ、藤花、淑芳、鳳月、緑麗、リナ・インバースの捜索
    第三回放送までに麗芳と灯台で合流する予定/少女(風見)の看護
    暇が出来たらBB(機械の人)を激しく問い詰めたい。小一時間問い詰めたい
[備考]:「飲み薬セット+α」
「解熱鎮痛薬」「胃薬」「花粉症の薬(抗ヒスタミン薬)」「睡眠薬」
「ビタミン剤(マルチビタミン)」「下剤」「下痢止め」「毒薬(青酸K)」以上8つ
【ゲルハルト・フォン・バルシュタイン(子爵)】
[状態]:戦闘や行軍が多ければ、朝までにEが不足する可能性がある。
[装備]:なし
[道具]:なし(荷物はD-8の宿の隣の家に放置)
[思考]:アメリアの仲間達に彼女の最後を伝え、形見の品を渡す/祐巳がどうなったか気にしている 。
    EDらと協力してこのイベントを潰す/仲間集めをする/灯台までEDとBBを誘導する
    DVDの感想や港で遭った吸血鬼と魔女その他の事を小一時間語りたい
[補足]:祐巳がアメリアを殺したことに気づいていません。
    この時点で子爵はアメリアの名前を知りません。
    キーリの特徴(虚空に向かってしゃべりだす等)を知っています。

【風見千里】
[状態]:熟睡。右足に切り傷。あちこちに打撲。
    表面上は問題ないが精神的に傷がある恐れあり。濡れ鼠。
[装備]:グロック19(残弾0・予備マガジン無し)、カプセル(ポケットに四錠)、
    頑丈な腕時計、クロスのペンダント。
[道具]:支給品一式、缶詰四個、ロープ、救急箱、朝食入りのタッパー、弾薬セット。
[思考]:BBと協力する。地下を探索。仲間と合流。海野千絵に接触。とりあえずシバく対象が欲しい。

【蒼い殺戮者(ブルーブレイカー)】
[状態]:少々の弾痕はあるが、異常なし。
[装備]:梳牙
[道具]:無し(地図、名簿は記録装置にデータ保存)
[思考]:休憩を提案。風見と協力。しずく・火乃香・パイフウを捜索。
    脱出のために必要な行動は全て行う心積もり。 灯台へ風見を運んで行く。

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