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第441話:懲りない彼女

作:◆MXjjRBLcoQ

 島はさめざめと血を流していた。
 たった一つの席を争う生存競争も、開始からすでに15時間が経過した。
 死者はすでに60名を数えるに至る。
 埋葬されるものはまだ幸運。
 野晒しや、塵も残らぬのは当たり前。
 喰われた者、暴かれた者、弄ばれた者。ここでは死者すらも資源であるのか。
 しかし、死してなお死なず、未だ彷徨う者がいるのはいかがなものか。
 佐藤聖もそんな死者の一人であった。
 先の戦闘で煤けた衣服と、もはや裾のはだけた襤褸を纏い、雨の中を疾駆する。
 乱れる呼吸も、奪われる体温も彼女にはない。
 煩わしげに髪を払い顧みるのは、追われているためである。
 それも一度森へ迂回したのが効を奏したのか、振りかえればあの鮮烈な赤も影だに見えない。
 完全に撒いたと確信したのか、聖はその足を止めた。
 ふ、と天を仰いだ空は暗雲すら見えないほどの水滴に満ちている。
 雫は容赦なく、白い耳朶を鼻梁を、瞳を穿つ。一滴がこぼれ、頬を伝う。
 しかし、次の水滴が落ちる頃には、不快もあらわに、聖はマントを翻した。
 伝承に曰く、吸血鬼は水に触れると火傷するという、伝承は伝承に過ぎないのか、それともあの御方が偉大なのか。
 彼女はそんな事を考えていたのかもしれない。
 あたりは一面のススキ野、歩く彼女を絡み取っては引き止める。
 大気より体温が低いためか、蒸気は肌近くで結露を起こし、下着はもはや用を成していない。
 ただ一度、瞳に残る草露を拭い、吸血鬼聖は草原の出口を求め彷徨っていた。
 背後の森はすでに雨粒の奥へ隠れている、いや直進という概念すら不確かである。
 と、四方数十メートルのその視界に、ほんの微かにに朱が混じった。
 それを頼りに聖は進み、片ひざをつく。朱は彼岸花であった。
 顔を上げれば、そこは光すら逃れられないのか、黒一色。
 聖は湖に出た。


 湖面は波紋が咲き乱れ、吹き抜ける風は何者にも減衰されることなく、彼女の髪を洗う。
 聖はマントを拡げた。さらにディパックを空け、コンパスと地図をその手に掴む。
 繊手が地図ををなぞり、聖はかすかに後ろを見やる。
 その表情はまさしく幽鬼を見た者のそれであった。
 目には見えない悪意を知ってか、かすかに立ち上る気配を感じたのか。
 聖は小さな湖の南岸に立っていた。座標で言えばC-7とC-6の境界付近にあたり、
彼女の背後数十メートル先は禁止エリアである。
 かすかに震える指が再び地図をなぞる。城を指し、商店街を指し、港町を指し、顎を撫でる。
 雨の勢いは衰えをみせない。
 水音は怒号のごとく大地に響き、身体はしぶきで下半身から濡れる。
 聖は荷物をまとめ立ち上がり、湖に沿って西進した。
 死してなお、それは恐ろしいものなのか、それとも未だ死を認めていないのか、幾度となく後ろを顧み、
 そして無様にけ躓いた。
 少女だった。
 半身を湖水に浸した身体は幼かった。聖の後輩達よりまだか細く、その寝顔はあどけない。
 塗した様な泥も、絡め取る水草も、少女の美しさを損なわない。
 この殺し合いの参加者にも彼女より美しい者は数多い。
 某国の女王、‘虎’の名を持つ女暗殺者、そしてはるかなる高みには御方がいる。
 だが少女の美しさは別次元のものであった。
 血でも、傷でも、汚されない美は果たして人界のものであろうか。
 見れば誰もがその無垢に、自らのやましさを恥じずにはいられまい。
 聖の腹がどろり、と鳴く。
 少女は白く冷えていた。
 そっと伸ばした手が、冷血の手が退く。
 少女を暖めてやることが出来ないのを悟ったのであろう、彼女はすぐさま日々培った面倒見のよさを発揮した。
 一息に少女を湖から引き上げ、濡れた衣服を剥ぎ取りマントに包み、膝裏と肩を抱くようにして抱えあげる。
 そして、ディバックを首に掛けなおし、豪雨の中を再び駆けた。


 意識のない姫は力なく重力に従う。
 騎士は吸血鬼の力でそれを食い止め走る。
 彼女を突き動かしているのは優しさではない。
 吸血鬼が欲するのは、焼けるような血潮であり、聖は身を焦がすような思いを欲していた。
 しかし聖と少女が出会った理由はなんであろうか、少女の妖物をひきつける才か、はたまた吸血種のもつ命への渇望か?
 否、その推測は無粋であるといえよう。
 聖は、その速度を落とすことなく、少女の顔を審美する。
 少女は名を、十叶詠子という。



 さて、場面移してここは港町である。
 ドッグからも中心街からも比較的離れた南部の住宅街、ここにもやはり人影は見えない。
 建売の住宅が疎らに並び、木造漆喰の平屋と融合している様は、実に懐かしき田舎島の情景といえる。
 だだ家々に明かりは灯らず、犬猫だけが町を闊歩する様は、耳を澄ませば終末の呼び声が聞こえてきそうだ。
 そんな町の一角で、煌煌と照らす蛍光灯の元、再生機から教育シリーズ日本の歴史DVD第一巻を第二巻へと
差し替える影があった。
 誰かは語るべくもない。
 ドイツはグローワース島が領主ゲルハルト=フォン=バルシュタイン子爵である。
 手分けをする意味だろうか、西へと赴くEDと別れた後、彼は先ほどの港町に舞い戻ってきたのであった。
 収穫は無かった。エネルギーの残量を考えれば骨折り損とも言える。
 すでに赤銅髪の青年は去っていた。港の南部は死体ばかりが目立った。
 14:30を過ぎ、雨は銀河をひっくり返したように降り注いだ。
 黒い空に、光は一片たりとも望めなかった。
 適当な住宅へと侵入し、彼はそれ以上の行動を全て放棄した。すなわち雨宿りである。
 幸いにも住宅は生きていて、電気も水道も、電波やガスさえその営みを止めていない。
 コンロはひねれば紅茶が沸かせた、リモコンを押せば心地よい音楽が流れる。
 バルシュタイン城には及ばないながらも、島のなかでは群を抜く快適空間であった。
 そして現在に至るという具合である。
 ディスクの入れ替えはほどなく終わった。子爵の念力がスイッチをたたく。
 がしょん、と音を立ててDVDが飲み込まれた。そして、
 がしょん、と音を立てて、わずかに遠くで雨戸が閉まった。
 子爵はあわてた風もなく、付けたばかりのDVDとテレビを止めた。
 照明を落とせば、カーテンの閉められた隣家から、わずかに光が漏れている。
 明かりをつけた住宅は誘蛾灯、つまりはそういうことであったのだ。
 荷物を放置し、子爵はおもむろに窓を開けた。
 無風であった。
 豪雨の中に隠れ潜む邪悪と静寂が、子爵をその場に押しとどめた。
 不吉の気配、とでも言えばいいのであろうか、圧倒的な存在感が虚空に深く根付いていた。
 彼ははしばしその場に立ち竦む。
 空はいよいよ重く、あるいはこの雨は、それらを押し流そうといているようにも見えた。
 さて、隣家は比較的大きなもので、軒には宿の文字があった。
 窓は多くが規則正しく並んでおり、足音がそれらを順にめぐっている。何者かが部屋を検めているのであろう。
 子爵は玄関を避け、裏口から三和土へと回り込んだ。裏では給湯器が起動しているのか、かすかに熱気が漂っていた。
 三和土はよくよく使い込まれており、かすかに煤と魚の臭いが残っている。
 そこを上った先は八畳間となっていた。おそらくはダイニングとして使われていたのであろう。
 背の低いテーブルが中央に鎮座し、そしてその上に少女が一人。
 見知らぬ少女であった、意識はなく、しかしその幼い顔に笑みは絶えない。
 ふむ、と小さく血文字が浮かび上がった。小波のように揺れるそれには、逡巡の色が濃く映る。
 子爵の知覚は魂を捉える。少女の深淵を覗き見たのかもしれない。
 いまださざめく子爵は、その手をそっと少女に伸ばし、足音に気づいて三和土へとさがった。
 あたりを見渡すように蠢いて、竈の中に隠れこむ。
 乱入者は女であった。
 ふむ、とふたたび文字が浮かぶ。
 女は子爵の見知らぬ、しかし心当たりのある者だった。
 長身の女。吸血鬼。胸ポケットには火傷を避けるためか、ハンケチーフで包れたロザリオ。
 子爵の聞いた特徴に符合する。
 吟味の間も、女は忙しそうに動き回った、廊下を行ったりきたり、そして浴衣とタオルを抱えて戻ってきた。
 電子音が響き、それを確かめるためにか、女が後ろを振り向いた。風呂の合図である。
 女は優しくかつ邪に笑った。膝を突き、横たえた少女そのカーディガンの裾に手をかける。
 少女の細い腹と、形のよい臍が覗いた。
【まぁ、待ちたまえ】
 子爵の赤がその上を走る。
 それは紳士としてか、決意の表れか。子爵は女の眼前へ、ついにその姿を現した。
 女は果たして、この現象をどう捉えたのであろうか? 
 腰を落とし少女を抱き上げあたりを警戒し周囲を探る様は、その事実を知るものには滑稽ですらある。
 子爵はさらに呼びかけた。
【落ち着きたまえ、ここに余人はいない、そして、私は隠れてなどいない。これが、この血液が! 私の現身である。
 信じる信じないは君たちの自由だが、私にはこの身体しか意思伝達の手段がないのでね、しばし辛抱してくれたまえ。
 いずれ理解にも達しよう】
 漆喰の壁すら赤い液体、子爵にとってはノートである。
 その筆術はいかなる技か、文字配列の緩急が、その大小が、女に会話の錯覚すら与る。
【いや、驚かせてすまなかった。私はドイツはグローワース島が前領主ゲルハルト=フォン=バルシュタイン子爵!
 市政こそ既に委ねたが、21世紀も今なおかの地に君臨する紳士であり、ご覧のとおり吸血鬼である! 
 いや、すまない冗談だ】
 女の柳眉が釣りあがるよりも早く、子爵は次の言葉を言い放った。
【まぁ、君の同胞であることも元領主の身分も真実だがね】
 その言葉に、幾分落ち着きを取り戻したのか、女はしかししかと少女を抱えて、子爵と対峙した。
 もっとも、彼は他人の警戒を歯牙にかけるような男でもない。優しく諭すのみである。
【私は紳士だ。暴力に訴えるような真似ははしない。最も、この身体ではそれも叶わないが……
 とりあえず、私は君が血を吸うことも、配下を増やすことも咎めるつもりはないことを理解してほしい。
 君より遥か昔に生を受け吸血鬼となり、それから数百年の時を生きてきた、
 中には奇麗事の言えない時代を過ごしたこともあったとも】
 血液が、ふ、と細く伸びる。おそらく、それが彼の「遠い目」なのだろう。
『表情』は一刹那に消え、血文字がすぐに、先ほどと同じ調子に紡がれた。
【ともあれ私が君に望むことはそう多くない。繰り返すが私は、おせっかいと無干渉を身上とする紳士で、吸血鬼だ。
 いかに君が多くの者の血を吸ってきたとしても、私はそれを責める気も罰する気もない!】
 そこで子爵は言葉を止めて、少女の手に触れる。
 少女の肌にその赤は、不吉なほど良く映えた。
【だいぶ冷えているね、早くしたほうがよいようだ。一つでいい、質問をすることを許して欲しい。
 他は君達の湯浴みの後にしよう。
 なに、そう難しいものではないよ、あるいは答えてくれなくてもそれは一向にかまわない】
 あごに手を添える仕草、一拍の間、そして
【貴女は佐藤聖嬢で間違いはないかね?】


【D-8/民宿/1日目/16:00】
【Vampiric and Tutor】

【十叶詠子】
[状態]:体温の低下、体調不良、感染症の疑いあり。外見的にもかなり汚い。
[装備]:『物語』を記した幾枚かの紙片 (びしょぬれ)
[道具]:デイパック(泥と汚水にまみれた支給品一式、食料は飲食不能、魔女の短剣)
[思考]:???

【佐藤聖】
[状態]:吸血鬼化完了(身体能力大幅向上)、シャナの血で血塗れ、
[装備]:剃刀
[道具]:支給品一式(パン6食分・シズの血1000ml)、カーテン
[思考]:身体能力が大幅に向上した事に気づき、多少強気になっている。
    詠子の看病(お風呂、着替えを含む)
[備考]:シャナの吸血鬼化が完了する前に聖が死亡すると、シャナの吸血鬼化が解除されます。
    首筋の吸血痕は完全に消滅しています。
16:30に生存が確認(シャナの吸血痕健在)されています。

【ゲルハルト・フォン・バルシュタイン(子爵)】
[状態]:ややエネルギー不足、戦闘や行軍が多ければ、朝までにEが不足する可能性がある。
[装備]:なし
[道具]:なし(隣家に放置)
[思考]:聖にどこまで正気か? どこまで話すべきか?
    アメリアの仲間達に彼女の最後を伝え、形見の品を渡す/祐巳がどうなったか気にしている
    EDらと協力してこのイベントを潰す/仲間集めをする
    3回目の放送までにEDと地下通路入り口で合流する予定 
[補足]:祐巳がアメリアを殺したことに気づいていません。
    この時点で子爵はアメリアの名前を知りません。
    キーリの特徴(虚空に向かってしゃべりだす等)を知っています。

2006/01/31 修正スレ196-8
2006/01/31 修正スレ200

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