作:◆5KqBC89beU
地下通路から地上へ出た直後に、子爵はEDに呼び止められた。
「さっきの蒼くて大きな方――BBさんが、この狭い出入口から出る準備をしています。
少し待っているように頼まれました」
言われてみれば、大きな機体が普通に通過できそうな広さなど、出入口にはない。
【それくらいはお安い御用だ! しかし、どうやって通るつもりなのだろうか?】
地上まで背負ってきた風見の様子を見ながら、EDは子爵の疑問に答える。
「整備作業の要領で装甲を分割し、関節や接合部の固定を一時的に解除するそうです。
体内が剥き出しになってしまうため、雨が止むまで実行できなかったと聞きました」
ちなみに、EDと風見の荷物は子爵が地上まで運んできてある。
【つまり、荷物と同行者を預けて隙だらけの状態になってくれるほどに信じてもらえた
わけか! おお……もしも涙腺があったなら、感激のあまり泣いていたところだ!】
文字通り歓喜に震える子爵に対し、飄々とEDは言う。
「“裏切ったって利点よりも危険の方が大きくて割に合わない”という状況ですから、
関係者全員が状況を的確に把握しているなら、必然的にこうなりますよ」
【そういうものかね?】
「そういうものです」
地下通路からは金属音が響き続けている。移動には、まだ時間がかかりそうだ。
【この様子では、湖跡地から出る前に放送が始まってしまうな。遮蔽物がほとんどなく
足場の悪い地点で、放送に気を取られ、隙が生じてしまうかもしれない】
「こんなに濃い霧の中で、普通の人間に襲われるとは思えません。しかし、逆に言えば
“普通の人間ではない敵”になら襲われてもおかしくはありませんね」
子爵は目玉で周囲を見ているわけではないし、蒼い殺戮者は暗い地下通路を難なく
歩ける。そんな実例が存在する以上、同じことのできる敵がいないとは限らない。
蒼い殺戮者が地上に姿を現し、外した関節を繋ぎ直し始めたのを見計らって、子爵と
EDは自動歩兵とも打ち合わせを始めた。
【……というわけで、“すぐに灯台へ向かうべきではない”という話になった】
「かつて小島だった丘が近くにあります。とりあえずそこへ移動して、放送後に灯台を
目指したいと考えていますが、どうでしょう? その丘にはいくらか遮蔽物があり、
ここに比べれば足場は悪くありません。他の参加者が隠れたくなるような地形でも
ないので、短期間の滞在には適した場所です」
「それで構わない」
手際よく機体の各部を再結合させながら、蒼い殺戮者は即答した。無茶な荒技を実行
したせいで故障する可能性が高くなったが、今のところ異常はないらしかった。
火乃香に関わって以来、蒼い殺戮者は、不可思議な事柄をありのままに受け入れて
納得できるようになった。おかげで異世界の液状吸血鬼とも普通に会話できる。
「それにしても、器用なものですね」
【うむ! 自分の体を思い通りに操るというのは、簡単なようでいて意外に難しい。
誰にでも上手くできることではあるまい!】
「ただ単に、こういう動作ができるように設計されただけだ」
EDと子爵は、蒼い殺戮者の無愛想さを気にすることなく、しばし感心し続けた。
【ところで、麗芳嬢はまだ現れないようだね。……待ち合わせの時刻は数分後だから
遅刻だと決まったわけではないし、ただの遅刻ならば別にそれでもいいが……】
心ゆくまで感嘆した子爵が、今度はどことなく心配そうな書体で言葉を紡いだ。
仮面の下に様々な思いを隠し、淡々とEDが応じる。
「問題はそこです。僕が拠点として灯台を勧めたのは、彼女が探索しにいったはずの
建物だから、という事情をふまえた結果なんですが……最悪の場合、“とんでもなく
強い殺人者が灯台に潜伏していて麗芳さんを殺してしまった”とも考えられます。
あまり考えたくはありませんが、可能性の一つとして考えないわけにはいきません。
灯台以外に、風見さんを休ませられそうな場所の心当たりはありませんか?」
EDの問いに、子爵は港町で会った佐藤聖の様子を思い出す。
【港町に風見嬢を連れていくのは、少々都合が悪いかもしれない。すぐ危なくなるわけ
ではないが、いずれ彼女に対して困ったことをしかねない参加者がいる。……いや、
その参加者本人に悪気はないのだが……しかし、無邪気だからこそ歯止めがきかなく
なるということもある。ついさっきまで対話していた相手だ。できることならば、
敵同士になりたくはないのだよ】
聖なら、弱って寝ている風見を見たら、強引に吸血鬼化させたがるかもしれない。
“吸血鬼化すれば元気になるから”とか、そういった親切心から風見の意思を無視して
しまうかもしれない。そうなれば、争いの火種がまた増えてしまう。
「ついさっきまで港町にいたということは……子爵さん、よっぽど大急ぎでここまで
来てくれたんですね」
【うむ、急いでいたので水の流れに乗ってきた。判りやすく例えるならば、追い風を
背に受けながら走ってきたようなものか。下流以外に向かう場合は、それほど素速く
移動できたりはしない。それに、この“吸血鬼の川流れ”をやると非常に疲れる】
そんなEDと子爵の会話を、蒼い殺戮者の声が遮る。
「移動の準備が完了した。続きは移動中に話すべきだ」
一同は、丘の上へ向かいながら、今後の方針を相談することになった。
列を成し、濃霧を突っ切る一団に、統一感は微塵もない。
先頭は子爵でEDが二番手だ。最後尾では蒼い殺戮者が風見を運搬している。
「では、灯台以外の拠点候補地について意見する」
背後にも注意を払いながら、蒼い殺戮者は言う。
「C-6にある小市街は、島の中心部に近く、すぐそばに道があり、作戦行動に向いた
立地条件を備えている。このような要所には参加者が集まりやすい。そんな場所で
今まで生き残り続けている者がいるとすれば、戦闘能力の比較的高い参加者である
可能性が高い。戦力外の人員を護衛しながら向かいたい地点ではない」
念入りに左右を警戒しながら、EDは溜息をついた。
「やはり、行き先には灯台を選ぶしかありませんか」
遠くまで歩を進める余裕はない。しかし、港町も小市街も安全だとは言い難い。
丘の上や森の中では、風見を充分に休息させられそうにない。
灯台と港町の間に難破船があると地図には記されているが、そこも麗芳が探索すると
言っていた場所だ。危険度は灯台と変わらない。
意図的に感情を排した口調で、EDは語る。
「仮に麗芳さんが殺されていたとしても、殺人者と相討ちになったかもしれないなら、
灯台の様子を見てくるだけの価値は充分にあります。移動の際に速度を優先するのか
警戒を優先するのかは、放送を聞いてから決めましょう」
「同意する」
【妥当な案だろうね。無論、この会話が杞憂に終わるなら、それが一番いいわけだが】
何の根拠もなく状況を楽観視するほど、この一団は呑気ではなかった。
そうこう話しているうちに、一同は丘の上へ到達していた。
「覚……」
風見の寝言に、三名がそれぞれ意識を向ける。
「仲間の夢を見ているようだ」
蒼い殺戮者の声には、兵士らしからぬ揺らぎが、かすかに含まれていた。
【風見嬢の仲間は、無事でいるのだろうか】
子爵の血文字は、どことなく憂いを帯びているように見える。
「放送が始まっても目覚めないようなら、そのまま彼女には眠っていてもらいましょう」
EDの提案に、誰からも反対意見はない。
「……だからエロス全開の言動は慎みなさいって言ってるでしょ!?」
不意に風見が叫び、空中に向かって拳を突き出した。
すさまじい寝言と寝相だったが、三名ともそれは無視した。
【B-7/かつて小島だった丘の上/1日目・17:59頃】
『奇妙なサーカス』
【エドワース・シーズワークス・マークウィッスル(ED)】
[状態]:健康
[装備]:仮面
[道具]:支給品一式(パン3食分・水1400ml)、手描きの地下地図、飲み薬セット+α
[思考]:同盟を結成してこの『ゲーム』を潰す/この『ゲーム』の謎を解く
/ヒースロゥ、藤花、淑芳、鳳月、緑麗、リナの捜索/風見の看護
/第三回放送後に灯台へ移動する予定/麗芳のことが心配
/暇が出来たらBBを激しく問い詰めたい。小一時間問い詰めたい
[備考]:「飲み薬セット+α」
「解熱鎮痛薬」「胃薬」「花粉症の薬(抗ヒスタミン薬)」「睡眠薬」
「ビタミン剤(マルチビタミン)」「下剤」「下痢止め」「毒薬(青酸K)」以上8つ
【ゲルハルト・フォン・バルシュタイン(子爵)】
[状態]:やや疲労/戦闘や行軍が多ければ、朝までにエネルギーが不足する可能性がある
[装備]:なし
[道具]:なし(荷物はD-8の宿の隣の家に放置)
[思考]:アメリアの仲間達に彼女の最期を伝え、形見の品を渡す/祐巳がどうなったか気にしている
/EDらと協力してこの『ゲーム』を潰す/仲間を集める
/第三回放送後に灯台までEDとBBを誘導する予定
/DVDの感想や港で遭った吸血鬼と魔女その他の事を小一時間語りたい
[備考]:祐巳がアメリアを殺したことに気づいていません。
アメリアの名前は聖から教えてもらったので知っています。
キーリの特徴(虚空に向かってしゃべりだす等)を知っています。
【風見千里】
[状態]:風邪/熟睡/右足に切り傷/あちこちに打撲/表面上は問題ないが精神的に傷がある恐れあり
[装備]:グロック19(残弾0・予備マガジンなし)/カプセル(ポケットに四錠)
/頑丈な腕時計/クロスのペンダント
[道具]:支給品一式/缶詰四個/ロープ/救急箱/朝食入りのタッパー/弾薬セット
[思考]:BBと協力/地下を探索/出雲・佐山・千絵の捜索/とりあえずシバく対象が欲しい
[備考]:濡れた服は、脱いでしぼってから再び着ています。
【蒼い殺戮者(ブルーブレイカー)】
[状態]:少々の弾痕はあるが、今のところ異常なし
[装備]:梳牙
[道具]:なし(地図、名簿は記録装置にデータ保存)
[思考]:風見と協力/しずく・火乃香・パイフウの捜索/脱出のために必要な行動は全て行う心積もり
/第三回放送後に灯台へ風見を運ぶ予定
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