作:◆5KqBC89beU
目が覚めたのは、第三回放送が始まる少し前でした。
そのとき陸は眠っていて、結局、あの犬は放送が終わるまで起きませんでした。
放送が始まるまで、わたしは願っていました。どうか皆が生きていますように、と。
祈ってはいませんでした。祈るべき相手がいませんから。
それに、わたしたちは己を神と呼ぶ者たちですから。
世界を創造したわけでもなく、全知全能でも不滅でも無敵でもなく、普通の人間より
少し長く生きられて、普通の人間より少し力がある、ただそれだけの存在ですけれど、
それでもわたしには、神を名乗る者としての矜持があります。
放送を聞いていたときのことは、あまり詳しく思い出せません。聞こえてはいたはず
ですけれど、死者の総数も禁止エリアの位置も憶えていません。
友と姉が殺されたことを、その放送で知りました。
今も生き残っている参加者は、わたしの知らない人ばかりです。
キザで変態で軽薄で女好きでしたのに、何故だか星秀さんは憎めない方でした。
カイルロッド様は強くて優しい方で、最後までわたしを守ってくださいました。
チビでカナヅチで未熟でも、義兄と呼ぶなら鳳月さんがいいと思っていました。
杓子定規で融通が利かない反面、緑麗さんは懸命に努力する格好いい方でした。
しょっちゅうケンカしましたけれど、わたしは麗芳さんのことが大好きでした。
皆、死んでしまいました。
そのとき、わたしが何を考えていたのか、もう自分でも判りません。
ひょっとすると、何も考えたくなかったのかもしれません。
気がついたときには、部屋の中が滅茶苦茶になっていました。
どうやら、わたしが滅茶苦茶にしたようです。
わたしは泣いていました。涙が止まらなくて、何もかもが歪んで見えました。
泣き声が勝手に口からあふれ出て、まともにしゃべることさえできませんでした。
ひどく暗鬱な何かが、わたしの内側を隅々まで満たしていました。
とにかく、わたしは、とても疲れていました。
今になって思えば、陸には申し訳ないことをしたものです。
あの犬は、わたしが落ち着くまで、部屋の端で静かに耐えていました。
第三回放送でシズさんの名前が呼ばれたかどうか、ずっと考えながらです。
わたしの錯乱を、陸は一言も責めませんでした。
いつも笑っているような顔が、どうにも寂しそうに見えました。
その頃になって、ようやくわたしは陸の怪我に気がつきました。
薄情な話だと自分でも思います。あまりの浅ましさに、我ながら吐き気がします。
陸の背中からは血が流れ出ていて、白い毛皮が少し赤くなっていました。
わたしのせいです。
わたしは陸に謝りました。何度も同じ言葉を繰り返しました。
陸は無言のまま首を左右に振り、目を閉じて溜息をつきました。
許すという意味だったのか聞きたくないという意味だったのか、今でも判りません。
格納庫で得た『神の叡智』には、様々な知識が収められていました。その中から、
わたしは異世界の術について調べました。故郷では、傷は秘薬で治すと相場が決まって
いましたから、わたしは治癒の術に関しては疎いんです。異世界の知識から治癒の術を
学ぼうとして、わたしは無我夢中で『神の叡智』をあさりました。
平安京とかいう都で使われているという、簡単な血止めの符術なら、一応わたしにも
使えそうでした。ただ血を止めるだけの術で、傷が消えるわけでも活力が蘇るわけでも
ない、応急処置のための術でした。それでも使えないよりはいいと思いました。
わたしの治療を、陸は拒みませんでした。大きな傷ではありませんでしたが、血は
なかなか止まってくれませんでした。案の定、大したことはできないようです。
止血が終わった後、わたしは陸を気絶させました。治療の際に、電撃を発するための
呪符をこっそり貼りつけておいたので、それほど難しいことではありませんでした。
夢の中で、アマワはわたしに未来を約束しました。『君は仲間を失っていく』、と。
誰がわたしの仲間なのか考えて決めるのは、あの不可解な御遣いです。
わたしの仲間だとアマワが判断すれば、わたしたちがお互いをどう思っていようが
関係なく、その“仲間”は殺されていくでしょう。
わたしは、陸を死なせたくありませんでした。
故に、わたしは陸の敵になろうと決めました。
隠れていた建物の中で発見した、奇妙な格好の人形を使って、わたしは下僕を作り
ました。呪符を貼りつけて呪文を唱え、かりそめの命を与えて操ったわけです。
ごく普通の人間よりも弱く、自律的に考えて行動できるような知能はなく、いきなり
単なる人形に戻ってしまうかもしれない、そんな下僕しか今は作れません。
戦力という意味では、同じだけの労力で炎や雷などを生み出した方が便利です。
しかし、それでも下僕は必要だったので、あえて作りました。
下僕は、わたしの命令だけでなく陸の命令にも従うように設定しておきました。
ここは半魚人博物館という施設らしく、その“ヌンサ”という人形は半魚人を模して
作られた物のようでした。外見は、大きな魚に人間の手足が生えたような感じ、とでも
表現すると判りやすいでしょうか。『神の叡智』によると、そういう種族のいる世界が
どこかにあるそうです。
陸へ宛てた手紙を書いて、わたしは“ヌンサ”の脇腹に貼りつけました。
手紙には、下僕に関する説明と、たくさんの嘘が書いてあります。
これから殺し合いに参戦して優勝を目指すつもりだとか、シズさんを狙うのは最後に
しておくとか、邪魔をしても構わないけれど無駄だとか、そういった内容です。
あれを読んで、陸がわたしを憎んでくれればいいんですけれど。
“ヌンサ”の手に紙袋を持たせたりもしました。施設内の土産物屋にあった物で、
写実的に描かれた“ヌンサ”が「さあ、卵を産め」と言っている絵柄でした。
紙袋には、手持ちのパンと水をそれぞれ半分ずつ入れておきました。餞別です。
命令すれば、パンの袋やペットボトルのフタを“ヌンサ”が開けてくれるでしょう。
わたしは“ヌンサ”に陸を運ばせて、南側の出入口から海洋遊園地の外へと一緒に
出ました。そして、H-2へ陸を運ぶよう“ヌンサ”に命令し、姿が見えなくなるまで
見送りました。
あの様子なら、きっと無事に到着しただろうと思います。
ふと気づくと、わたしは無意識に視線を空へ向けていました。
この島では、どんなに空を見上げても、その先に天界はありません。
どこか人のいない場所へ行きたいと思いました。
それからどうするつもりだったのかは、もう忘れてしまいました。
追跡者の存在に気づいたのは、海洋遊園地の中に入った後でした。
殺されるかもしれないと思い、死をあまり怖がっていない自分に呆れました。
でも、何もせずに殺されるつもりは最初からありませんでした。
もしも相手が殺人者だったなら、相討ちになってでも殺してみせるつもりでした。
わたしは涙を拭きました。
追跡者がどんな人物なのか見極めるため、わたしは自分に呪符を貼り、呪文を唱えて
姿を偽りました。変身の術を応用して、自分自身に化けたことになります。血まみれの
衣服や普通ではない精神状態を、“普段の自分”に化けて隠したわけです。
呼びかけに応じて現れた、鉄パイプを持つ男は、どうやら悪党ではなさそうでした。
騙そうとか欺こうとか、そういう雰囲気を彼からは感じませんでした。
「あなたには、守るべき相手がいますか?」
「ああ」
わたしが失ってしまったものを、彼は失っていませんでした。
そのとき、この人ならアマワを討てるかもしれない、と思いました。
真に強くなれるのは、誰かを守るために戦う者だけです。
誰が何と言おうと、わたしはそう信じています。
だから、わたしは殺人者を演じました。
不意打ちを狙って失敗したように見せかけ、戦いを挑みました。
わたしと彼は、敵同士になりました。
「何故『乗った』? あいつらが本当に約束を守るとでも思っているのか?」
「ええ……だからこそ、あなたはわたしの敵ですわ」
アマワが約束した未来に、もう誰も巻き込みたくはありませんから。
わたしとの戦いを通じて、もっともっと強くなってほしいですから。
わたしを倒せないようでは、アマワを討つことなどできませんから。
いきなり乱入者が現れたときには、さすがに少し驚きました。
手元が狂って、鉄パイプの彼に術を直撃させてしまうところでしたけれど、どうにか
当てずに済みました。本当に危ないところでした。
乱入者は、鉄パイプの彼の仲間でした。相棒が接近戦を仕掛けやすくなるように、
注意を引いて隙を作らせようとしたんでしょう。
戦いは、それほど長引きませんでした。
威力を抑えた電撃で、鉄パイプの彼を、わたしは気絶させました。
さもなければ、わたしは瞬殺されていたことでしょう。それでは意味がありません。
捨て石になるのも踏み台にされるのも構いませんけれど、無駄死にするのは嫌です。
相手の動きがもう少し速かったら、敗れていたのはわたしの方だったでしょう。
手の内をかなり知られた以上、次に戦えば、わたしが負けることになると思います。
乱入者の彼女に、わたしは問いかけました。
「あなたはこれからどうしますの? わたしと戦いますか? それとも、彼を見捨てて
逃げますか? どちらを選んでも構いませんわよ」
「どっちも選ばない。あたしは取引を提案する」
仲間を見捨てて逃げるようなら、どこまでも追いかけて全力で殺すつもりでした。
そうならずに済んで、とても嬉しく思いました。
「わたしを殺しにいらっしゃい。仲間を集め、知恵をしぼり、死にもの狂いで復讐しに
おいでなさい。……遊び心を忘れてしまうほど、わたしは大人じゃありませんの」
外道らしく見えるように、邪悪そうな顔で笑っておきました。
「きっと、楽しい殺し合いになりますわね」
北に向かって走りながら、わたしは涙を拭きました。
生きている間に、やるべきことを済ませておこうと思います。
役立ちそうな情報を書き記し、託せるように残しましょう。
書き終わるまでは、なるべく死なずにいたいものです。
そのために、まず、どこかに隠れて呪符を作ろうと決めました。
わたしは玻璃壇を――島の詳細な立体地図を思い出して悩みます。
隠れ場所は、どこにするべきでしょうか。
どこに行くかは迷っていますけれど、どこかに行くこと自体を躊躇してはいません。
禁止エリアに突っ込んでしまうかもしれませんけれど、動かないという選択肢は既に
ありえません。もはや、わたしは逃亡者なのですから。
あの二人のような参加者が他にもいれば、その人たちとも敵対したいところです。
ちょっと悲しい生き方ですけれど、寂しくはありません。
わたしが憶えている限り、わたしの仲間は、わたしと共にあり続けるんですもの。
【E-1/海洋遊園地/1日目・19:00頃】
【李淑芳】
[状態]:精神的におかしくなりつつあるが、今のところ理性を失ってはいない
[装備]:懐中電灯/呪符(5枚)
[道具]:懐中電灯以外の支給品一式(パン4食分・水800ml)
[思考]:殺人者を演じ、戦いを通じて団結者たちを成長させ、アマワを討たせる
/役立ちそうな情報を書き記す/北側の出入口から海洋遊園地の外へ出る
/どこかに隠れて呪符を作る
[備考]:第二回放送をまったく聞いておらず、第三回放送を途中から憶えていません。
『神の叡智』を得ています。服がカイルロッドの血で染まっています。
夢の中でアマワと会話しましたが、契約者になってはいません。
『君は仲間を失っていく』と言って、アマワが未来を約束しています。
※海洋遊園地内の、F-1にある半魚人博物館の一室が、滅茶苦茶に荒らされました。
※血止めの符術は、陰陽ノ京に“初歩の術”として登場したものです。
※陸(気絶中/背中に止血済みの裂傷あり)と紙袋(パン4食分・水800ml入り)が、
“ヌンサ”(淑芳の手紙つき)に運ばれてH-2へ移動しました。
【F-1/海洋遊園地/1日目・19:00頃】
『嘘つき姫とその護衛』
【九連内朱巳】
[状態]:健康
[装備]:サバイバルナイフ/鋏/トランプ
[道具]:支給品一式(パン4食分・水1300ml)/トランプ以外のパーティーゲーム一式
/缶詰3個/針/糸/刻印解除構成式の書かれたメモ数枚
[思考]:とりあえずヒースロゥを物陰に運ぶ/ヒースロゥが目覚めたら移動を再開する
/パーティーゲームのはったりネタを考える/いざという時のためにナイフを隠す
/ゲームからの脱出/メモをエサに他集団から情報を得る
[備考]:パーティーゲーム一式→トランプ・10面ダイス2個・20面ダイス2個・ドンジャラ他。
もらったメモだけでは刻印解除には程遠い。
【ヒースロゥ・クリストフ】
[状態]:気絶中(身体機能に問題はない)/水溜まりの上に倒れたせいで濡れている
[装備]:なし
[道具]:支給品一式(パン5食分・水1500ml)
[思考]:朱巳を守る/マーダーを討つ
[備考]:朱巳の支給品が何なのか知りません。
[チーム方針]:エンブリオ・ED・パイフウ・BBの捜索。右回りに島上部を回って刻印の情報を集める。
[チーム備考]:鉄パイプが近くに転がっています。二人とも上着を脱いでいます。
二人の上着は、ずぶ濡れの状態で神社の木の枝に放置されました。
←BACK | 目次へ (詳細版) | NEXT→ |
---|---|---|
第501話 | 第502話 | 第503話 |
第501話 | 李淑芳 | - |
第501話 | 朱巳 | 第528話 |
第501話 | ヒースロゥ | 第528話 |