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第487話:まったりとした時間

作:◆eUaeu3dols

【貴女は佐藤聖嬢で間違いはないかね?】

「その通りだけど、なんで知ってるのさ?」
子爵と名乗った謎の血文字に即答しつつ、佐藤聖は首を傾げた。
この島で会った者達にはヘンテコな奴や異様な奴も居たが、目の前の血文字はそれの極みだ。
見た感じ敵ではないようだし、もし敵だったとしても“マリア様”に頂いた吸血鬼の力をもってすれば――
(まあ、さっきはちょっと痛い、じゃない熱い目にあったけど)
――たとえ勝てずとも、逃げるくらいは大して難しい事ではないはずだ。
だから驚きはしても怯まずに言葉を続ける。
「血のおばけなんかと知り合った覚えはないんだけどな」
【それについては後で話そう。湯浴みの後で】
その言葉で聖は腕の中の少女の冷たさを思い出す。
「あ、そうだね。じゃ、後で」
手をひらひらさせて脱衣所に足を向け……ふと気づき、悪戯げな笑みを浮かべて念を押す。
「ピチピチの女の子2人がお風呂に入ってるからって覗いたりしちゃダメだからね。
 ……って、その様子だとその心配も無いかな?」
【もちろんだ! 紳士は淑女の湯浴みを覗いたりなどしない】
なんだか微妙にずれていた。

     * * *

ちゃぷ。
湯船に波紋が広がる。
この宿の風呂は少し豪華で、個人部屋の物まで檜風呂だ。
檜の香りに包まれた湯船に浸かっているのは、吸血鬼と眠れる魔女。
「ふー、温まるねえ」
魔女を後ろから抱き締めたまま吸血鬼は独り言つ。
心の底から心地よさそうな言葉に相槌は返らない。
今にも目覚めそうな呻きが返るだけ。
「……まだ起きないんだ?」
魔女の体の汚れはシャワーで大雑把に落とされ、冷えた体は湯船の中で温もりつつある。
血流の通った首筋はほんのりと桜色がかった綺麗な肌で、キメも細かくすべすべとしていた。
指で柔らかいほっぺたをふにふにとつつく。
「ん…………」
微かな呻きが返った。
(さっきのあの熱いけど純情そうなあの子も可愛くて美味しかったけどこの子もまた……)
残念ながら眠っているので、からかったりいたずらしても反応は無い。
しかしそれを抜きにしても可愛いし、今の聖の本能的欲望も大変刺激される。
なんといおうか、こう、たまらないのである。
「うーん、ちょっと摘み食いしちゃおうかなぁ」
佐藤聖の理性は色んな意味で危うかった。
やはり眠れる魔女からの返答は無い。
聖はごくりと唾を呑み込むと、大きく開いた口をゆっくりと首筋に近づけていく。
ぴちゃりと舌先が首筋に触れて、白い牙が白い肌に……

「摘み食いはダメだよ、『カルンシュタイン』さん」
「わあ!?」
いきなり掛けられた声に驚き顔を離す。
目の前の少女はくすくすと笑いながら聖を見つめていた。
「あ、起きたんだ、えーっと……」
「十叶詠子だよ、『カルンシュタイン』さん」
「カルンシュタイン?」
「そう、あなたの魂のカタチ」
聖はふと気づいた。
どうやらヘンテコなのは血のおばけだけではなく、この少女もそうらしい
「うーん、変なのを拾っちゃったかな」
「それはあなたもだと思うなぁ」
言われてみればその通りかもしれない。
そう思う聖に、しかし詠子は魔女の眼に映ったものを言葉に紡ぐ。
「あなたの魂のカタチは凄いね。
 元からそうだったわけじゃないはずなのに、あなたは違う世界に適応してる」
「そう見える?」
確かに彼女はこのゲームの中で与えられ、手にした物を否定はできない。
だが魔女の言葉はそれともまたズレていた。
「うん、だってあなたは与えられた吸血鬼というカタチを自分のモノにしているもの。
 あなたの元の名前は別なのに、同時にとても有名な吸血鬼さんによく似てるの。
 でも、あなたはその吸血鬼さん本人じゃないもんね。
 だからその吸血鬼さんの名字だけをとって、『カルンシュタイン』さん」
「ふーん。…………そのカルンシュタインっていうのはどんな子なの?」
「ジョゼフ・シェリダン・レ・ファニュって人の書いた小説の登場人物だよ。
 聞いたことないかなぁ? ――吸血鬼カーミラっていうんだけど」
吸血鬼カーミラ。
吸血鬼ドラキュラより27年先に世に出た、事実上吸血鬼を題材とした最初の小説であり、
その中に登場する吸血鬼がカーミラ=カルンシュタイン伯爵夫人である。
彼女は標的の少女の前に同じく美しい人間の少女として現れ、
洗練された淑やかさで接し、奔放に振り回し、そして愛を囁くのだ。
それが単なる偽装や演技ではなく紛れもない愛情表現である事は言うまでもない。
ちなみにこの小説を下敷きに、レズビアン色の濃い吸血鬼映画が作られ好評を博した。
その吸血鬼映画のタイトルを『血とバラ』という。

「あなたの吸血もやっぱり愛情表現だものね。ちょっと愛の数が多いだけで」
「世の中に可愛い子がたくさん居るのがいけないんだ。私のせいじゃないよん」
「だからって節操が無いのはあなたのせいじゃないかなぁ?」
「あれ、そう言われてみれば私が悪い気もするかな」
くすくすと笑う。温かなお風呂の中で、緊張も理性もすっかり溶けて……
「じゃあそういうわけで、悪い吸血鬼は可愛い詠子ちゃんをいただこうかな♪」
「うーん、どうしよう。それは困るんだけどねぇ」
聖の両手は詠子の体をしっかりと捕らえて離さない。
さりげなく胸とか触っている辺りはセクハラ根性の為す技か。
詠子の危機は色んな意味で増大していた。
それを止める者は誰も居ない。
【待ちたまえ! 血を吸い仲間を増やすのは良い。しかし慎重にすべきだ!
 何故なら吸血鬼が仲間を増やすという行為は重大な意味を……】
子爵もしばらくして、お風呂の外からでは文章を読んでもらえない事に気がついた。
【……これは困った】

「でも、私の血を吸うなら注意してね」
「何に?」
笑う聖に詠子が笑う。
「私は魔女だもの。魔女の血には色んな意味が有るんだよ」
魔女・十叶詠子はそれだけを告げて、吸血鬼・佐藤聖に背中を預けた。
佐藤聖はそれを単なる出任せだと思えなかった。
古来から血が魔術的に様々な意味を持っている事は言うまでもない。
例えばその一つが他人に血を与える事によるイニシエーションの儀式であり、
坂井悠二に使命……ある種の意志を宿らせた物だ。
だが今回のそれはそこまで大層な物ではない。
佐藤聖は魔女の言葉を聞き、幾らかはそれを信じた。
魔女の言葉は物語に等しく、それを信じれば物語を信じるのに等しい。
それはある種の暗示だ。
後は条件さえ揃えば、詠子は聖の感情を自在に操る事が出来るだろう。が。
「うーん、じゃあ出来るだけ我慢しようかなぁ。なんだか怖いし」
「諦めてはくれないのかなぁ?」
「やだ。こんなに可愛い子もその血も諦められるわけないじゃない」
ぎゅーっ。
聖の腕は詠子の裸体をしかと抱き締め、離す様子は一向になかった。
詠子が掛けた暗示の条件は聖が詠子の血を吸う事だ。
吸い尽くされて死んだり、血の呪縛で支配されたり、
そういった吸血の後に来る困った事柄に対する保険にはなるのだが、
吸血そのものやその他の危機を防ぐ手だてとしては些か不十分だったようだ。
「まあ安心しなさいって。
 ちょっと前に可愛い子から、美味しく“おやつ”を頂いたばかりだからね。
血の方はそうすぐに欲しくなったりしないよ。
 それに体はまだ弱ってるみたいだから、吸血鬼にする以外の乱暴したら壊れちゃうでしょ」
「でもちょっとしたら欲しくなりそうだねぇ、『カルンシュタイン』さんは」
「……晩御飯の時間までは持つってば」
あと3〜4時間しか持たないらしい。
「それじゃあ、私はそれまで囚われのお姫様かな?」
「そういう事になるね。それじゃあ詠子ちゃん」
聖はざばりと湯船から立ち上がり、椅子の方へと詠子に手招きした。
片手にタオル、片手に石鹸、言うまでもなくこの態勢は――
「お姫様のお体を磨いてあげるから、どうぞいらっしゃい」
「それはいいけど、あんまりくすぐったい洗い方しちゃダメだよ?」
――これでも結構危機なんです。

      * * *

【さて、では改めて話をさせてもらって良いだろうか?】
「うん、いいよ」
佐藤聖は詠子を背後から軽く抱き締めたまま返答した。
どうやら逃走防止という実益を兼ねたごく軽いセクハラらしい。
ちなみに、2人とも浴衣を着ている。
「私も、なんで血液のおばけなんかに名前知られてるのか気になったし」
【血液のおばけなどではないとは既に“書いた”はずだ。
 我が名はドイツはグローワース島が前領主ゲルハルト=フォン=バルシュタイン子爵!
 このような姿だが吸血鬼であり、そして紳士なのだよ】
「そうだね、『紳士』さんは紳士だよ」
詠子は子爵の言葉を証明した。
「子爵さんか。……なんでそんな姿なのに吸血鬼なのかとか、
 魂のカタチとかいうのが割と普通なのかとか訊いていい?」
【うむ、話せば長くなるのだが】
「手短にしてほしいな」
【吸血鬼の弱点を無くす研究の結果だよ。ちなみに吸血ではなく光合成が栄養源だ!】
(それは本当に吸血鬼なのだろうか?)
聖は激しく疑問に思ったが、長くなりそうなので訊かない事にした。
続けて詠子が疑問に答える。
「『紳士』さんの魂のカタチが紳士なのは……うーん、そう見えるんだよね、本当に。
 多分、『紳士』さんにとって姿形の変化は大した事じゃないんじゃないかな?」
【その通りだ!
 もちろん、この姿になった事により得た利点、得た不便は数多い。
 だがしかし、そんな事は私が紳士である事には何の関係も無い事なのだよ】
子爵は誇らしげな筆跡でその宣言を書き出す。
聖はそういう物だと納得する事にした。そうしないと話が進まない。
【さて、それはそうと話に移ろう。何故私が君を知っているのかだったね】
子爵の血文字が床に滑らかに文字を書き出していく。
続いた文章に聖は息を呑んだ。
【実は福沢祐巳という少女に出会ってだね】
「祐巳ちゃんに会ったの!?」
【そう、そして……】
子爵の体が次々に文章となりその出来事を綴っていく。
【私が彼女に出会ったのは、怪我をした少女を治療出来る者を捜している時だった】
そこに何が起き、何が何に繋がったのか。
【彼女は自らの無力に嘆き、苦悩していると見えた君を止めたいと願った】
どのような事が起きたか。
【その為に力を欲したのだ。それに伴う苦難や苦痛すらも覚悟した上でね!】
どのような結果を招いたのか。
【私は彼女に希望を見たのだよ。
 この残酷かつ無慈悲なゲームの中で、伴う苦痛すらも受け容れ前進を選んだ少女に】
それをつらつらと綴り終えた。
【私の話はこれで終わりだ】

読み終えた時、聖はむっすりと黙り込んでいた。
先ほどの上機嫌は消え失せ、不機嫌がその顔に満ちている。
だが、その不機嫌やいらいらを目の前の子爵にぶつける事は出来ない。
なぜなら。
「その怪我してた少女、多分アメリアって名前だよ」
【知っているのかね?】
「だって、その子に怪我させたのは私だもん」
【なんと?】
理性も有る今なら、全て自分が発端という事が判っているからだ。
聖は深い溜息を吐いた。
「『こう』なったすぐ後は凄く渇いてたんだ。
 だから襲ったんだけど、あっさり返り討ちにされちゃって……
 でも目が覚めたら、アメリアは手を光らして私に何かしてたの。
 今から思えば元に戻そうとしてたのかな?」
その後、聖は混乱と恐怖、そしてそれと同量以上の渇きに押され反撃に出た。
「で、ザックリ」
聖は手で顔を縦に切るジェスチャーをする。
その切り方は、確かにアメリアに付いていた傷と一致していた。
「もう一方の祐巳ちゃんに決意させた事なんて間違いなく私のせいだし。
 最初の時は渇いててほんと苦しかったからね」
人間としての自分の意志と吸血鬼としての自分の意志の葛藤も有った。
その結果、苦しみを訴えながら祐巳を逃がし……祐巳に人の体を捨てさせてしまった。
【ふむ、君は何も苦しんでいないのかね?】
「渇いてる時はどうにかして欲しいと思うよ。
 生活リズムが夜行性になるのも、ロザリオに触れないのも困るかな。
 あ、こう上げると割と不便も有るんだね」
しかし、血を吸わないと生きていけない事自体は数えない。
それは血だけで生きていけるという利点と、血を飲む事で得られる快感が付属するからだ。
「でも、救ってもらう必要はないんだよね。
 この生き方もなんか気に入ってきちゃったし。
 ……祐巳ちゃんには悪い事したかな?」
【いや、勘違いしないでくれたまえ。
 もちろん君の一件は大きな原因だっただろう。
 しかし彼女はあくまで、君の一件も含んだ大きな悲劇に抗う為に力を望んだのだよ】
「そっか。……由乃ちゃんに、祥子ちゃんまで死んじゃったもんねぇ」
聖は再び深々と溜息を吐く。
吸血鬼と人の情動が釣り合う今では、その溜息は失われた甘美な血への悔やみだけではなく、
本来の佐藤聖としての心底から死者を悼む気持ちも多分に含まれた物だった。
吸血鬼・佐藤聖は、吸血鬼であると同時に佐藤聖でもあるのだ。
もっとも、その逆もまた真だった。
殺人などに対する抵抗も薄くなっている聖は、大切な後輩達の死を悼みはしても、
それにより全てを失ったような喪失感や傷みに苦しむ事はない。
(まあ、私はそんなだけど……)
ふと心配に思う。
「志摩子や祐巳ちゃんはどうしてるのかな。生きてると良いんだけど。
 ……祐巳ちゃん、祥子ちゃんが死んだのを聞いても大丈夫で居られたかな」
「福沢祐巳さんなら、お昼の放送の前に『悪神祭祀』さんに乗っ取られてるよ」
「【…………え?】」
沈黙を守っていた魔女・十叶詠子の唐突な言葉に、聖の声と子爵の文字が驚愕を交えた。
「夢の中で会ったんだけどね、『悪神祭祀』さんはその福沢祐巳さんを乗っ取ってるの。
 名前はカーラっていうんだけど、名簿には載ってないよ。
 『悪神祭祀』さんは支給品のサークレットだから」
驚愕の内容。だが、聖も子爵も気づいている。
彼女の言葉に嘘は無い。
「祐巳さんがもっとも掛け替えのない人の死を聞いたのは正午の放送。
 だけど、その時にはもう『悪神祭祀』さんは福沢祐巳さんを乗っ取ってたの」
「だから祐巳さんは放送を“まだ”知らない。
 『悪神祭祀』さんが祐巳さんから外れるまでね」
「でも、祐巳さんは『悪神祭祀』さんが会った時にはもう絶望してたって言ってたな。
 多分、嘘じゃないと思うけど」

【あれだけの決意をした彼女さえもが絶望に呑まれてしまったと?】
「そう言ってたよ。『悪神祭祀』さんは嘘を吐いてはいなかったと思うな。
 あ、でも私が見たわけじゃあないよ?
 祐巳さんの魂のカタチは『悪神祭祀』さんに隠れて見えなかったもの」
それは確定ではないが極めて確定に近い答えだ。
子爵の血文字は少し、萎びる。
【……一体、何が有ったというのだ】

聖はなんとなく、何があったか予想がついた。
親しかった友達が死に、親しかった先輩(聖の事だ)が吸血鬼になった事以上の苦痛。
吸血鬼とはいえ人の死体の血を飲み干してまで進もうとした心を折る出来事。
それは自らの誓いを踏みにじってしまう行為ではなかろうか。
そう、例えば……
「……誰か、殺しちゃったのかな」
血だまりにぶるりと波紋が浮かんだ。

聖は吸血鬼である事にうまく適応したとはいえ、やはり吸血鬼だ。
倫理観は薄れ、アメリアを抜きにしても一人を殺している事に罪悪感を抱かない。
だが、祐巳がなった食鬼人とやらは吸血鬼とは違い心に影響をもたらさないらしい。
もし祐巳が完全に過ちで人を殺してしまったら、祐巳の心はその事に耐えられるだろうか?
「もしかすると乗っ取られたのも単純に悪いとは言えないのかもね」
もし祐巳自身の心では耐えきれない苦難の時間が乗っ取られるという形で過ぎたなら。
カーラは結果的には祐巳の心を守ったと言える。
「『悪神祭祀』さんもそう言ってたね。そんなカタチって不自然なのにな」
詠子は少し不満げだ。
詠子は“自らの目に映る有るがままの世界”がねじ曲げられているのを放置出来ない。
無邪気な善意と慈悲の心でその歪みを正そうとする。
例えその結果がその人自身の破滅に繋がるとしても、偽りの生より真実の死を求むのだ。
「不自然でもなんでも、死んじゃうよりは良いよ。
 けど一回は会いたいかな。一時的にでも祐巳ちゃんの体を預けておいて大丈夫かどうか」
【ふむ、私も確かめてみたいね。
 彼女の決意が本当に折れてしまったのか。
 彼女が本当に自らの意志でそれを選んだのか】
そして、祐巳を思う者は多かった。
例えその目的が皆で僅かずつ違っていたとしても。

【さて、そろそろ私は行かなくてはならない】
子爵にとって、会話により得られた成果は上々と言える。
聖の現状や祐巳について異変が起きている事などは重要な情報だ。
特に聖が予想したよりも理性的だった事は朗報だと言えたが……
【最後に伝えておこう。私は今、主催者と戦う為の仲間集めをしていてね。
 本当なら出会った皆に協力してもらいたい所だが……】
「可愛い子の血を貰えるなら一緒してもいいよん」
軽やかな笑顔に乗って返った返事は困ったものだ。
【残念ながらそれは約束出来ないのだよ。よって君に仲間になってもらう事も難しいようだ。
 ただ、EDや麗芳という人物に出会ったら、出来るだけ襲わないでもらえるとありがたい】
血文字が続き、2人の容姿を解説する。
「EDに麗芳ちゃんね。麗芳ちゃんは渇いてる時に会ったらごめんって事で」
微妙な返答だが、それでも御の字と言える。更に。
「ふふ、『法典』君や『女帝』さんの他にもそんな人が居るんだね」
【『法典』に『女帝』? その2人についても教えてもらえるかね?】
詠子の呟きにより、子爵の成果はおまけが付いた。
【おっとこうしてはいられない。そろそろ急がねば間に合わないようだ】
成果が増えるのは良い事だが、それにより時間が切羽詰まるのは困った事だ。
残念ながらデイパックとDVDは隣の家に置いて行く事になるだろう。
(なに、後で取りにくればいい)
【ではまた会おう、少女達よ!】
子爵は速やかに文字を並べると、霧の中へ飛び出していった。
急ぎ、しかしあくまで典雅な動きを忘れずに。
紳士の嗜みは例え液体になっても残る物なのであった。



「ねえ、『カルンシュタイン』さん。四つ聞いてもいいかなぁ?」
「ん、なに?」
魔女は吸血鬼と宿に残っていた。
「『紳士』さんと話してる時、隠し事してたよね?」
「うん、リナって子に会った事を隠してたよ。これでも追われる身だもん。
 子爵さんがリナに会いに行って、もしも私の居場所に気づかれたら大変だからね」
「悪い吸血鬼だねぇ」
「うん、悪い吸血鬼さんだよ」
吸血鬼は魔女に頬ずりをした。
愛情と欲情の情をたっぷり篭めて。

「あと、この紐って要らないんじゃないかなぁ?
 『カルンシュタイン』さんなら無しでも逃さないと思うよ」
「念には念を入れただけだから気にしないで良いよ。
 あと、詠子ちゃんは囚われのお姫様なんだからこのくらいしないとね」
魔女の右手は吸血鬼の左手と丈夫な革紐で繋がれていた。
宿の中を調べて偶然見つけた物だ。
余裕は十二分、血流を阻害するほどきつく縛ってもないものの、そう簡単には逃げられまい。
魔女の短剣は取り上げられていないが、革紐の丈夫さは断ち切る前に聖に脱出を報せるだろう。
冗談めかしているものの、詠子は囚われの身となっていた。
「三つ。気になってて言ってない事がまだ有るよね?」
「うん。さっき血を吸ったシャナちゃん、今頃どうしてるかなって思ってね」
自分の事を話していて気づいたが、最初の頃の吸血衝動はとても苦しい。
なりかけのシャナはおそらく一番苦しい時間だろう。
聖としてはそれは可哀想なので……
「血を吸って吸血鬼化を早めてあげたいんだけどね。
 見つかったら殺されちゃうし、そもそもさっきの所に居るかも判らないし」
逃げる事ならできそうだが、勝って血を吸う自信は流石に無い。
吸血鬼は吸血鬼らしく悩んでいた。

「最後。『カルンシュタイン』さんはこれからどうするのかなあ?」
「どうしようかな。
 夜は吸血鬼の時間だから、遊び歩こうとは思ってるんだけど」
シャナは気になるが、見つかると殺されかねず、手が出せない。
子爵の仲間とやらは、まあ、吸血の対象としては後回しにしよう。
祐巳とカーラの事はとても気になるが、何処に居るか見当が付かない。
「やっぱり吸血鬼らしく、可愛い子の血を求めて彷徨おうかな」
緊急食に詠子を連れて。
詠子の体調はまだ万全とは言えないが、抱いても背負っても良いだろう。
「霧が晴れたら夜に明かりは目立つだろうし、この宿で待ち受けるのも良いよね。
 ま、何にしても」
聖は自分のデイパックからパンを取りだすと、詠子に手渡した。
「詠子ちゃんのデイパックはダメになったし、お腹も減ってるでしょ。
 後でもっと体に良い物を作ってあげるから、まずはこれでも食べててね。
 放送の時間だし」


そして、時計は午後6時を指した。


【D-8/民宿/1日目/18:00】
【吸血鬼と魔女】
【十叶詠子】
[状態]:やや体調不良、感染症の疑いあり。
[装備]:『物語』を記した幾枚かの紙片 (びしょぬれ)
[道具]:新デイパック(パン6食分、水1000ml、魔女の短剣)
[思考]:まずは放送を聞く。しばらくは無理せず大人しく。
[備考]:右手と聖の左手を数mの革紐で繋がれています。

【佐藤聖】
[状態]:吸血鬼(身体能力大幅向上)
[装備]:剃刀
[道具]:デイパック(支給品一式、シズの血1000ml)
[思考]:身体能力が大幅に向上した事に気づき、多少強気になっている。
    詠子は連れ歩いて保存食兼色々、他に美味しそうな血にありつければそちら優先
    詠子には様々な欲望を抱いているが、だからこそ壊さないように慎重に。
    祐巳(カーラ)の事が気になるが、状況によってはしばらくはそのままでも良いと考えている
    まずは放送を聞く
[備考]:シャナの吸血鬼化が完了する前に聖が死亡すると、シャナの吸血鬼化が解除されます。
    詠子に暗示をかけられた為、詠子の血を吸うと従えられる危険有り(一応、吸血鬼感染は起きる)。
    詠子の右手と自身の左手を数mの革紐で繋いでいます。半ば雰囲気。

【D-8/港/1日目/17:50】
【ゲルハルト・フォン・バルシュタイン(子爵)】
[状態]:ややエネルギー不足、戦闘や行軍が多ければ、朝までにEが不足する可能性がある。
[装備]:なし
[道具]:なし(荷物はD-8の宿の隣の家に放置)
[思考]:放送までに地下通路入り口に急ぎ、EDと合流する
    アメリアの仲間達に彼女の最後を伝え、形見の品を渡す/祐巳(カーラ)が気になる
    EDらと協力してこのイベントを潰す/仲間集めをする
[備考]:祐巳がアメリアを殺したことには思い当たっていません。

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第510話 子爵 第521話
第420話 佐藤聖 第517話