作:◆eUaeu3dols
「殿下……何故ここに?」
サラは驚いていた。
「あたくしが訊きたいわ、サラ。それに……」
ダナティアが周囲を見回す。視界に入る『3人』も、居る場所も、何もかもが気に掛かる。
その中に、サラ以外の心当たりのある相手に気づいた。
「あなたが“灰色の魔女”カーラね」
「!?」
この深層意識でさえ福沢祐巳の形を取るカーラの表情が動揺に染まる。
(何故、彼女は私を知っている?)
「竜堂終に聞いたわ」
ダナティアの返答は簡潔だった。
正確には治療を受けている最中にメフィストを通じて聞き、更にかつて戦った破滅の指輪――
着用者を乗っ取る呪具と似た物を感じて正体を看破したのだが、そんな事まで話す理由は無い。
「だとしたらどうするつもり? あなたには関係の無い事でしょうに」
「ここでは何も出来ないわ。互いにね。でも、放っておくつもりはないわ。
あなたが坂井悠二や他の幾人かを狙う限り、あなたはあたくしの敵だわ。
そして、あなたがその体を使い潰す前にその体を奪い返す」
「それがこの子の為になるとでもいうつもりかしら?
この子は私と出会った時、既に全てに絶望していた。
正午の放送で『最も掛け替えのない人』の死を聞いて死を選ばないでいられたのは、
単に私が憑依していただけと言っても過言ではないでしょう」
それはもしかすると正しいのかもしれない。だが。
「詭弁は無駄よ。それはその子が決める事だわ。あなたが決める事ではなくってよ」
相手がそれを受け容れる人間では無い事は明白だった。
(ならば、敵だ)
彼女が何者かは知らないが、カーラが自らに課した使命――
ロードスを灰色の雲で覆い続ける事――に立ち塞がるならば容赦は不要だ。
(でも、正面からぶつかるのは得策では無いようね)
彼女の実力は未知数だが、竜堂終と共に居るならばその時点で侮れる戦力ではないだろう。
情報を集め、対策を立て……大きな目的の為ならば一時妥協して見せる必要も有るかもしれない。
この危険なゲームで福沢祐巳を生かすという題目ならば、状況を選べば不可能ではないはずだ。
カーラは焦ることなく思考を走らせる。
隣のピリピリした空気を気にもせず、どこか緩やかな言葉が零れる。
「うーん、『優しい女帝』さんと『悪神祭祀』さんは仲が悪いみたいだねぇ」
「先ほどから気になっていたのだが、あなたの名を聞いておきたい」
「私? 私は“魔女”だよ。“魔女”十叶詠子」
(十叶詠子……やはり空目の言っていた“魔女”か)
薄々感じていたそれを確認し、自らも名乗る。
「そうか。わたしはサラ・バーリン。“楽園の魔女”だ。
空目から話は聞いている。
『ジグソーパズル』がわたしの“魂のカタチ”という事か」
「そうだよ、あなたは『ジグソーパズル』。
あなたのピースはずっと前にバラバラにされちゃった。
それじゃとっても困るから、ピースを集めて元通りにしようと捜してる。
世界の真理を。過去の秘密を。人の想いや死のワケを。
なにより自分自身から欠け落ちた、小さくて純粋なだいじなピースを捜してる」
「………………っ」
「だからあなたは『ジグソーパズル』。
まだ完成していなくて歪だけれど、まだ壊れてるから壊せない。
それに自分の手で一つ一つ組み直した物だから、補修だってかんたん。
とっても丈夫な“魂のカタチ”」
(そうか、彼女が見ているのは……)
その人間の生き方、在り方そのものだ。
“魔女”は笑みを浮かべ、言う。
「あなた達の魂のカタチは、本当に綺麗。不完全だけれど、それは経過そのものだもの」
「それじゃ、あたくしやそこの灰色の魔女に付けられた渾名はどんな意味なのかしらね?」
「殿下……?」
「単なる好奇心よ」
怪訝そうにするサラを軽く流してダナティアが問い掛ける。
カーラもその問いに興味を感じたのか、何も言わずに返答を待つ。
それに一度頷き、詠子はそれぞれの意味を語り始めた。
「あなたは『優しい女帝』。
とっても優しくて慈愛に満ちているけれど、女帝はそれじゃ務まらない。
大きな帝国を支配し、統治し、維持するには、力や厳しさだって必要だものねぇ。
だから『女帝』さんは優しい想いを気高い意志に替えて、誇り高く進軍する。
必要とあれば、大切な人達を踏み躙ってでもね」
(本質は違っても、その“いき方”は『法典』君に似てるかな)
そんな内心の感想をさておいて、続けざまにカーラへ向けて言葉を紡ぐ。
「そして、あなたは『悪神祭祀』。
悪神は人々に害を為すかみさま。だけど、『祭祀』さんは崇拝者じゃないね。
悪神を害為すモノだと思うから、貴きモノを捧げる事で、暴れ出すのを抑えてる。
平和を。英雄を。正義を。そして自分自身の信仰さえも。
ありとあらゆる全てを捧げて悪神を奉り封じ続ける、だからあなたは『悪神祭祀』」
“魔女”の言葉が闇の隅々まで染み込んで。
魔女達は見知らぬ者達の意志を知った。
次の瞬間。
「互いへの認識は済んだようだね。
それではいよいよ、闇夜の話を始めるとしよう」
神野陰之の存在感が狂的に膨れ上がった。
「「――――!!」」
ダナティアとカーラは絶句した。
先ほどまで視界に入っていたはずなのに、まるで気づけなかった奇怪なる闇に。
「………………」
サラはただ『彼』を見つめていた。その本質を見抜こうとするかのように。
「ふふ……やっとお話ができるねぇ、神野さん」
そして、十叶詠子は笑っていた。
旧知の親友と出会ったように。いや、そのものの笑みを浮かべていた。
三者三様の様子を見せる魔女達に、神野陰之は語り始める。
「そう、君達は『私』との話を。
そこから得られる知識を、このゲームの仕組みを求めているのだろうね。
だがね、君達に全てを知る権利は無いのだよ」
『彼』は口元を歪ませながら語る。
「そもそも、このゲームからの脱出は禁じられているのだからね。
もし脱出の為にここに踏み込んだのなら、『私』は君達に死を与えねばならない。
何よりもまず、その刻印をもってしてね」
その貌はどこまでも笑っている。
抗いようの無い死の言葉に4人の魔女達に緊張が、走らない。
その程度の恐怖の提示で怯える者は一人も居ない。
「ならそうすればよくってよ。どうしてそうしないのかしら?」
ダナティアがやや挑戦的に問い返す。
明らかな答えを闇が返した。
「もちろん、君達の中に脱出の為にここに踏み込んだ者が誰も居ないからだよ」
「『私』とゲームに宣戦布告をした水と探求の魔女すらもそうだ。
君は意図せずに我が無名の庵に踏み込んだ」
「……その通りだ」
サラは肯定した。
そもそも彼女はこのような場所の存在すら知らなかったのだから。
「この場に居る者達は全て、まだ“ルールに反していない”。
例え、このゲームを崩壊させようと虎視眈々と狙っていようともね。
だから君達と『私』が言葉を言葉を交わすことが許される」
「ならば貴方は何を答え、語るのでしょうね」
カーラが問いかけた。
神野は嗤いながら答える。
「そうだね、ここは『彼』のやり方を真似るとしよう。
一人に一つ、『私』に問い掛ける事を許そう。
それが『彼』の願いと直接競合しない物ならば……『私』はそれに答えようではないか」
唐突な提示にまばらな動揺の波が走り……すぐに落ち着く。
そして、魔女と闇夜は語り出した。
「神野さんがこのゲームに関わってる事はすぐに判ったんだけれどねぇ」
真っ先に口を開いたのはやはり、“魔女”十叶詠子だった。
「それは何故だろうか?」
サラの問い掛けに詠子は何事も無い風に答えた。
「だって、刻印に神野さんが視えたんだもの」
(やはり、視えるのか……)
彼女の協力を得る事が出来れば刻印の解除に大きく前進できる事を確信する。
(もっとも、彼女が安全な人間かは判らない……むしろ危険かもしれないのが悩み所か)
内心で思考するサラを置いて、詠子が神野陰之に問い掛ける。
「でも、黄泉返りを禁止されてるなんて思わなかったなぁ。
『船のお姫様』が魔女にも使徒にもなれなかったのはとってもざんねん。
――ねえ、神野さん」
「なにかね?」
「あなたは全ての経過と目的を失っている。
だからあなたは最高の魔法そのものだけれど、自分で何かを始める事も出来ないよねぇ」
「その通りだ、魔女よ」
「じゃあね。
あなたという魔法でこのゲームを作り出したあなたのお友だちは、どんな人なの?」
神野は嗤い、答える。
「その問いは『彼』の望みと競わない。故に、答えよう。
『彼』の名はアマワ。御使いだ。
未だ顕れざる精霊。結果でありながら未だに経過であり結果に辿り着かない存在。
この時間、『彼』は君達と話す事が出来ない。だから『私』が『彼』を代弁しよう。
『彼』は君達にこう問い掛けているのだよ。
“――心の実在を証明せよ”」
詠子が笑う。無邪気に、楽しげに、くすくすと明るく笑い、囀った。
「うーん、早く会いたいなぁ。会って、話して、遊びたいなぁ。
『このゲームの世界』は好きじゃないけれど、ここに居る人達はみんな素敵。
『その子』と会うのがとっても楽しみになっちゃった」
「急かずとも、『彼』は直に会いに来るだろう。その『時』を待っているのだね」
神野が嗤い、魔女が笑い、一人目の質問が終わった。
残る3人の魔女達はその会話にあまりにも異質な寒気を感じた。
だが、怖じけてはいられない。与えられた機会は大きい。
寒気を振り払い2番目の問い掛けを放ったのは、ダナティアだった。
(大勢で生き残りこのゲームより脱出する為には、管理者達との衝突は避けられない。
禍根を断つ必要も有るでしょうね。
そして、出口に繋がるであろう場所への入り口も必要になる)
だから彼女はこう問うた。
「ここを出た後の事で質問が有るわ。
あなたや管理者共にはどうすれば会えるのかしら?」
神野は嗤い、答える。
「残念ながら君の望みは『彼』の望みと競合してしまっている。
だから、全てに答える事は出来ないね」
「そんな事だろうと思ったわ。
でも、何も話せないわけではないはずよ」
嗤う神野が返答を返す。
「答える事は出来ない。
だが、そうだね、何も話せないわけではない。
君の望みに助言をしよう。
『私』は時間と空間に偏在している。
しかしこの『無名の庵』が時空に縛られれば、『私』を見つける事も叶うだろう。
薔薇十字騎士団についてはもっと単純で、そして難しくもあるだろうね。
彼らは危うくなってもこのゲームに留まるほどの理由は持たない。
故に彼らを討ちたいと思うならば、せいぜい急ぐことだ。
もっとも、彼らがゲーム上での役目を放棄したなら、
『君にとっては』、彼らを追う望みは随分と曖昧な物になるのだろうがね」
「助言、ありがたく頂いておくわ」
ダナティアは思考を内に、言葉を吐いた。
無為な質問では無かった。少なからず収穫は有ったのだから。
二つ目の質問はその熱を内に秘め、静かに終わった。
次に問い掛けたのは“灰色の魔女”カーラだった。
福沢祐巳の姿で、福沢祐巳の記憶に全てを刻みながら、灰色の魔女が問い掛ける。
「あなた達の目は何処まで見通し、あなた達の腕は何処まで届く?」
やや抽象的で謎掛けのような問い掛けに、神野は嗤い、答えが返る。
「その問いは『彼』の望みと概ね競わない。故に、ある程度は答えよう。
『私達』は時間という概念に縛られず、同時に空間にも縛られない存在だ。
だが、それでは君達と私が出会う事は無いだろう。
『私』は望みに縛られて、そのルールに従って君達の前に現れる。
『私』と君達の接点はただそこだけに存在し、全能でありながら有限だ。
そして、君の危惧する通り……『私』自体が世界という枠に縛られる事はない」
(やはり……)
何かの原因さえ生まれれば、神野はロードスにさえ干渉しうる存在だ。
参加者の中にロードスから連れて来られた者達が居た以上、自明の理では有ったが、
この事実はカーラに新たな目的を決定付ける事になった。
(神野陰之……この存在も、危険だ)
カーラは自らのブラックリストの筆頭に『彼』の名を書き足す。
(さて、どうしたものでしょうね)
『彼』は危険だ。だが、『彼』を倒す為には必然的にゲームを破壊する事に繋がる。
そうなってしまえば他の標的を殺すのが難しくなる。
それ以前に、『彼』は強大な存在だ。おそらく『英雄達をぶつけなければ倒せない』。
(一番望ましいのは他の標的達と相打ちになる事。
特に火乃香は神野陰之に対し有効な戦力となるはず)
灰色天秤に分銅を乗せる。
どちらにどれだけ乗せれば釣り合うか。
どうすれば適当な重さの分銅が手に入るか。
幾百年に渡り、幾千度と繰り返し、幾百万を殺し合わせた天秤が、
ゆらりゆらりと揺らめいて、カーラにとっての正答を導き出す。
灰色の陰謀を隠して、三人目の質問は終わった。
そして、訊く権利は4人目へと移った。
「君が最後だ。この短い出会いのキッカケとなった君でね。
さあ、君は『私』に何を問うのかね?」
「“偶然”の、ワケを」
神野が問い掛け、サラが問い掛ける。
「それに意味は無くても、かね?」
「その結果には意味が有る。だからその原因の理由を知りたい。
あの『死者達の学校』は何故生まれた?
あなたの友であるというアマワが『この時間は会えない』のは何故だ?
わたし達は何故『ここに集った』?」
神野は嗤い、答える。
「その問いは『彼』の望みと競わない。故に、答えよう。
悪魔と魔女達が出会うこの夜会が、何という“偶然”から発したのかをね」
そして、夜の王は語り始めた。
「全ては“偶然”なのだよ。
自らも認識しない全能を振るう少女の肉体が砕かれて、魂を保護する霊界が作られた。
それは彼女が慣れ親しんだ場所、つまりは学校だった。
そうやって、この“夜会への入り口”が作られた。
これさえも、“偶然”だ」
神野が笑う。楽しくて堪らないと笑う。
全能の少女を知る者は誰も居ない。
サラは死後のそれを見、ダナティアはその友と出会ったが、それがそれとは知りもしない。
「猛き炎の獅子が開封されたその時、彼の子達は既に失われていた。
獅子は失った子達の喪失に嘆き、悲しみ、怒り、そして“身を削って”世界へと刃向かった。
その抵抗はすぐに潰えたが、我が友の時間を数時間だけ焼き払い、僅かな空隙が生まれた。
この“夜会を開く時間”がね。
しかし、この事さえも“偶然”という名の歯車の一つでしかありえない」
神野が嗤う。可笑しくて堪らないと嗤う。
炎の獅子の顛末は誰も知らない。それは彼らの知人のそのまた知人の物語だ。
だが、『何か』が力を尽くして戦った事だけは想像できた。
「そうやって整った舞台に、役者達が“偶然”集ったのだよ」
神野の言葉が闇を震わせ、世界を包む。
「“楽園の魔女”サラ・フォークワース・バーリン。
君は“偶然”、我が友の手が塞がれている刻限に眠りに就き、
その場所は“偶然”学校で、その目的は“偶然”死後の世界の捜索だった。
そうやって終わらない放課後を見た君は、“偶然”にも『私』を求める者だった。
故に君はここに居る」
その言葉は圧倒的迫力をもって世界を規定していく。
「“魔女”十叶詠子。
君は実に君自身の“必然”に近い。だが、それでも二つの“偶然”が君を導いている。
君は“偶然”つい先ほどまで使徒の不備に気づかず、
それに気づき『私』を喚んだのは、“偶然”にも彼女が『私』を呼び出したこの時間だった。
故に君はここに居る」
それは長く遠く伸びて広がる『彼』の影。
「“楽園の魔女”ダナティア・アリール・アンクルージュ。
君は“偶然”この時間に眠りに就き、
“偶然”意志を顕わせた炎の魔神の声に応えて夢より深い意識の底へと赴いた。
そしてこの“無明の庵”には“偶然”にも君の友が居た。
故に君はここに居る」
魔女達は自らが夜の囚われ人であった事を識る。
「“灰色の魔女”アルナカーラ。
君は“偶然”その体に乗り移り、その体は“偶然”本来の持ち主にも理解出来ない不備を抱えていた。
君はその正体を調べるため“偶然”この時間に意識の底へと潜り込み、
そこには“偶然”にも、君の体を持ち主に奪い返すために君を捜す者が居た。
故に君はここに居る」
そして、夜の王は高らかにそれを称えた。
「どうだね、全ては“偶然”だろう?」
サラは僅かに揺らいだ言葉で言い返す。
「……それほどに嘘臭い“偶然”は初めて聞いた」
「そうだね。では、君はこれをなんと呼ぶのかな。
やはりこう名付けるのかね?
古来より多くの人々が愛用した――“運命”という名を」
(そんなはずは無い)
サラは思考する。
普段なら気にもしない些細な“偶然”が異常なまでに積み重なっている……ように見える。
(だが、最初の二つはむしろ“必然”だ)
あまりにも多くの世界から多くの力持つ者達を集めたこの世界だ。
世界に綻びが生まれ始めるのは変ではなく、むしろ当然だし、喜ばしい事だと言える。
(わたし達が集まった事も……あくまで“偶然”だ)
“偶然”にしては多くが重なりすぎているように思える。
だが、違う。
「……質問の仕方を間違えていたな」
「撤回は認められないのだがね?」
「答えは同じで構わない。だが、こう訊くべきだった。
『何故、わたし達だったのか』と」
くすくすと笑いを零し、神野が言った。
「それが君の結論かね?」
これまでとまるで同じ笑い。
その笑いに『彼』の余裕を感じ、不快感を覚えながら答えた。
「そうだ」
宝くじの一等を引くのは極めて稀な確立だ。ささやかな奇跡とも言える。
だが、『どこかの誰かが一等を引いている』確立はむしろ相当に高い確率である。
これを大数の法則という。
(他にも条件を満たした者は居たはずだ)
例えばあの死者の学校において、サラが宛われた配役は『長門有希』と呼ばれていた。
彼女の名は昼の放送では名前が呼ばれておらず、今も生きているかもしれない。
その場合、雨になり出歩きにくいこの時間――あるいは濡れて低下した体力を、
休憩によって回復させている可能性は十分に有るはずだ。
そして、彼女が神懸かりじみた存在から後ろ盾を得た存在であり、それと連絡を取ろうと、
精神を意志から解脱させていた可能性だって――というのは流石に飛躍しすぎかもしれない。
だが、この世界において有り得ない程の“偶然”ではない。
(わたし達4人が集まったのは稀有な事だろう。
しかし残っている参加者の誰かがこの場所に辿り着く可能性は“必然”だったはずだ。
…………だが、もしも)
(もしも“偶然”でないとすれば厄介なことになる)
“灰色の魔女”カーラは自らの胸の内で呟いた。
これが“必然”であるとするならば、それを操ったのは誰なのか。
それは考えるまでもない。
(私達の行動さえもが気づかない内に操られているとすれば、その糸から逃れる事は至難)
操られる側が自らを操る糸に気づくのは難しく、それを断ち切るのは至難の業となる。
自らの意志と判断で選択した道さえもが、用意された道へと変わる。
かつて“灰色の魔女”に操られ、幾百もの英雄が灰色の雲となって散っていった。
それと同じように、今度は彼女自身も……
(私も、物語に囚われちゃったねぇ)
そう考えながら、しかしくすくすと、“魔女”十叶詠子は笑っていた。
彼女は人の魂のカタチ――その在り方を視る事ができる。
(でも。魂のカタチはその人が紡ぐ物語の“必然”や“運命”を知っている)
囚われた、というのは正確ではない。
彼女達はこの“ゲーム”に囚われた時から『彼』や『アマワ』の物語の内にいる。
とっくに『囚われて』いるのだ。
(“必然”や“運命”は、自分で判っちゃったらもう“経過”にはなり得ない)
だからそのよく視える瞳でその“必然”をよおく見て、もし彼女やお友達の邪魔をするのなら……
「そもそもそれが“運命”や“必然”なら、立ち塞がった所を踏み潰せばよくてよっ」
ダナティアが吼えた。
隣で詠子が目をぱちくりと瞬かせる。
神野の声が闇に響く。
「まだ抗えるかね? 朝比奈みくるとテレサ・テスタロッサを失って」
(朝比奈みくる……?)
サラが思案する。それは先ほど、死者の学校で出会った少女の名だ。
サラの思案を横にダナティアが言い放つ。
「あたくしのミスだわ。でも、あたくしは生き残った。
なら、少なくとも失敗を悔いて死を選んだり、全てを諦めたりする馬鹿ではないつもりよ」
もう決まっている。それが答え。
「では、全てに打ち勝つとでも?」
「機は窺う。無理なら引きもする。そもそも“運命”とやらが力を貸すなら借りてやるわ。
けれど無謀程度で諦めはしないし、“運命”が立ち塞がるなら打ち破るわ。
管理者達から聞いてはいないかしら?
あたくしはとっくに、このゲームに宣戦を布告しているわ」
(聞いている?)
カーラの疑問に答えたのは詠子と、サラだ。
「へえ、盗聴にも気づいていたんだねぇ」
「流石はわたしの愛する殿下だ」
ダナティア自身も確信が有ったわけではないのだが、それさえも最早些事。
「あたくしが一切合切引き連れて、このゲームを打ち壊す」
「それをただ見ているとでも? ルールに違反すれば、その時は……」
「『プレイヤー間でのやりとりに反則はない』、だったかしら。
少なくともあたくしが仲間を集め団結する間、それを禁止する事は出来ないわ」
ルールの一部を取り上げて、ダナティアは傲然と笑みを浮かべた。
その姿、その言葉に、サラもまた笑みを浮かべた。
そして、詠子も笑った。
「ふふふ、やっぱりあなたは『法典』君によく似てる」
きっと佐山御言がこの場にいれば、彼女と似たような事を言っていただろう。
「だからこそ『法典』君とは仲良くできるかは判らないけど、でも『法典』君も同じ方向の物語を紡ぐ。
だからね、神野さん」
息を継ぎ、言葉を続けた。
「『法典』君が先に行くか、『女帝』さんが先かは知らないけれど。
私達は少し目減りしちゃっても、きっと団結して、このゲームを壊しちゃう」
それを聞いても尚、神野陰之は笑みを浮かべた。
「では、やってみせたまえ。
君達の望みと『彼』の望み、どちらが勝るかを見せてみたまえ。
もっとも……『私』はルールの範囲内では『彼』に力を貸すのだがね。
そして、この世界も君達には残酷だ」
その言葉が終わった瞬間、闇夜の荒野、漆黒の空に何かが煌めいた。
星一つ無い闇夜に輝く妖しい光。
それはキラキラと輝きながら降りていき……『学校が有る空間』に填り込んだ。
――世界が、歪んだ。
詠子は目を丸くして呟く。
「24時の異界が、零時に禁止されちゃう」
「零時……なんですって?」
「君達にそれを訊く権利は残っていない。さあ、帰りたまえ」
その一言で、全てが闇に包まれた。
時刻は約4時30分。
魔女の血を受け、魔女に狙われ、魔女に物語を届け、魔女の捜索の手が届かなかった少年が、
ついにその命を終わらせた。
その身に宿された秘宝は蔵から放たれ、別の“世界の傷”へと填り込む。
全能の少女が作り上げたその場所に。
その秘宝はこのゲームの世界そのものを律し、その全てを保存する。
「“魔女”の異界が世界を変える事はない」
神野陰之が笑みを浮かべて言葉を紡ぐ。
「世界の傷は、全て零時に癒される」
その笑みは何処までも楽しげで、歪で、暗い。
「しかしまだ癒えきらぬ友の時間も、零時を境に再び燃える」
闇夜が笑う。
無名の庵で、無明の闇で、夜の王は嗤う声を響かせた。
「さあ、このゲームの物語は一体どう転がるのだろうね」
【場所:ばらばら/特殊/1日目 16:30】
【十叶詠子】
[状態]:睡眠(起床近し?)、体温の低下、体調不良、感染症の疑いあり
[装備]:『物語』を記した幾枚かの紙片 (びしょぬれ)
[道具]:デイパック(泥と汚水にまみれた支給品一式、食料は飲食不能、魔女の短剣、白い髪一房)
[思考]:????
[備考]:ティファナの白い髪は、基本的にロワ内で特殊な効果を発揮する事は有りません。
【ダナティア・アリール・アンクルージュ】
[状態]:疲れ有り/起床
[装備]:なし
[道具]:支給品一式(水一本消費)/半ペットボトルのシャベル
[思考]:救いが必要な者達を救い出す/群を作りそれを護る
[備考]:下着姿
【福沢祐巳(カーラ)】
[状態]:食鬼人化。睡眠中(起床近し?)。精神、体力共にやや消耗。睡眠にて回復中。
[装備]:サークレット 貫頭衣姿
[道具]:ロザリオ、デイパック(支給品入り/食料減)
[思考]:フォーセリアに影響を及ぼしそうな者を一人残らず潰す計画を立てる
(現在の目標:坂井悠二、火乃香、黒幕『神野陰之』)
【サラ・バーリン】
[状態]: 睡眠中(起床近し?)。健康。感染。
[装備]: 理科室製の爆弾と煙幕、メス、鉗子、魔杖剣<断罪者ヨルガ>(簡易修復済み)
[道具]: 支給品二式(地下ルートが書かれた地図)、高位咒式弾×2
『AM3:00にG-8』と書かれた紙と鍵、危険人物がメモされた紙。刻印に関する実験結果のメモ
[思考]: 刻印の解除方法を捜す。まとまった勢力をつくり、ダナティアと合流したい
[備考]: 刻印の盗聴その他の機能に気づいている。クエロを警戒。
クエロがどの程度まで、疑われている事に気づいているかは判らない。
全員の[備考]に追加:黒幕の存在を知った。
※:無名の庵(神野の世界)に零時迷子が転移しました。
1日目と2日目の境に発動するはずだった異界が不完全になる要因となります。
また、会場世界自体に対する干渉(世界自体の破壊など)の影響も24時に修復されます。
逆に現時点(04:30)で受けていた影響は、例え修復されても24時に復活します
ギーアの捨て身によるアマワの干渉力の一時的低下などが確認されています。
※:無名の庵にハルヒの力による箱庭霊界が出現しています。
ハルヒの力による物といっても基本的に死者の魂が溜まっているだけであり、
(普通の人間は)見れない死後の世界が多少変質している程度の物です。
SOS団とハルヒが出会った参加者以外の魂が収容されているかは不明です。
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第461話 | ダナティア | 第464話 |