作:◆R0w/LGL.9c
湖のほとり、男女が息を切らして佇んでいた。
いや、正確には息を切らしているのは女のほうだけだったが。
佐山御言と宮下藤花だ。
二人は港町から立ち去ったベルガーを追跡していたのだが。
「……撒かれたね」
佐山はぽつりと呟く。
追跡していたベルガーは充満した霧と素早い逃げ足で見事に佐山と宮下を撒いたのだ。
ベルガーは悠二の死体を持っていたので、佐山が本気で追うなら或いは尾行しきれたかもしれないが。
宮下を疲労で倒れさせるわけにもいかなかったため、結局彼女を気遣い追跡は断念せざる終えなかった。
「……私のせい、だね。ごめん」
「──いや、私の責任だ。申し訳が無いよ」
息を切らした宮下の言葉に佐山は口をつぐんだ。
以前なら、新庄と知り合う前なら「分かってくれて嬉しい」などと答えただろう。
しかし、そう答えようとしたなら、途中で新庄が口を塞いでくることが想像できた。具体的には首を絞めて。
胸が僅かに軋む。
自分を変えてくれた人は奪われた。何者かによって失われた。
男は言った。
──友人が一人こっちに連れて来られていたが、あっさり殺された。
──この狭い島の中だろうと、そのことに例外は無い。
──どうやってこの島の人間全員を仲間にするのか、よく考えておけ。
島の人全員を仲間にするということは、或いは新庄を殺したものをも仲間にするということだ。
或いは今この瞬間、風見を殺したものを、出雲を殺したものを仲間にするということ。
目の前で宮下藤花を殺戮し、「僕も仲間になるよ! 一緒に頑張ろう!」などと言った者を仲間に出来るか。
自分はそのときどうなるだろうか。それでも仲間にするのだろうか。
彼女ならどう答えるか。自分とは逆とはどっちだろうか。
最大の目標は失わせないことと失わないことだ。だが。
先ほどのシャナも、男も大事なものを失った。すでに失った者はどうすればいい?
しかし絶対に言えるのは、泣いてるものの頼みを聞き殺人幇助することでは決して無い。
だが、どうすれば……
「あれ?」
突然宮下が呟く。遠くを何か巨大なものが通り過ぎていくのが見えた。
「船…だね」
それは船だった。全長300M程度の船がゆっくりと海岸沿いを移動していた。
B-8の難破船が何らかの理由により動き出したものだろうか。船は明かりを灯して移動している。
「まさかアレに乗り込んだんじゃあ…」
確かにあのサイズの船ならば大人数移動できるだろう。
しかし佐山は否定した。
「それはどうだろうね。考えてみたまえ宮下君。
先ほどの男は尾行に気づいていただろう。だから我々を撒くような移動をしたのだ。
尾行されていると気づいているものが、わざわざ露骨に怪しいアジトで移動するかね? それなら沖でそっとしていたほうがいいだろう。
海岸を走る理由も無いだろうし。それに移動速度が遅すぎないかね? 以上をもってこれは連中のアジトでは無いと判断するが、どうだね?」
「……すごいね」
「ふふふ尊敬してもらっても構わんよ。──ところで、彼の移動先のことだが」
地図を取り出す。ここはD-6か7ぐらいのはずだが。湖の側なのは間違いない。
この辺りから建物というと、小屋、教会、マンション、海を渡って櫓、先ほど否定した船、あとは港町ぐらいだろう。
「ふむ……」
とりあえず船と港町は除外する。港町はありえないし、船は先ほど否定したので考えないことにする。
次、小屋はどうだろうか。あの小屋には佐山の名が書いたメモが置いてある。
……あのメモを見ているなら佐山の姓を聞いたときに尊敬や感謝などの反応が返ってきてもいいはずだが……
よって保留。次は櫓だ。
……櫓に行くならば彼の移動経路はその方角だ。だが行くには海を渡るか、この道だと禁止エリアに引っ掛かる。
またもや除外。消去法で残ったのはマンションと教会。幸い二つはほぼ同じエリアに位置している。
調べに行くならまず近場の山小屋と其処だと判断し、地図を閉じる。
「宮下君。決まったよ。まず山小屋に行こう。次は教会かマンション、どちらかだが、とにかくC-6へ向かおう──宮下君?」
「いや、なんだろあの石と思って」
宮下が指差したそこには、石で出来た簡素な墓があった。
「──宮下君退きたまえ」
佐山は目聡く岩の陰にある少年の死体を見つけた。
近づいていく。見るからに死人だ。片腕は無く、胸を突かれている。そしてその格好は──
──オーフェン君を劣化させたような衣装に金髪……マジク少年か……?
ふむ、と呟き手を合わせた。宮下も死体から目を背けつつ黙祷する。
ふと佐山は湖の岸を見る。マジクのと思しきデイパックが流れ着いていた。
開けるとバッグの中は浸水していて、支給品一式と割り箸が入っている。
「マジク少年の遺品、ということになるのかね」
『 さやま 』
突然男とも女とも判別できない声が響いた。
声の発信源は目の前とも思え、そうでないとも思えた。
「……これは、ムキチ君ではないか」
佐山は湖に向かって話しかけた。
それは4th-Gの概念核であり、世界そのものの竜だ。
湖の水の一部が渦を巻き竜の姿となる。後ろから声がした。
「──ふむ。世界の敵ではなく世界そのものか。その少年から世界の敵の残滓が感じられたのだがね」
気づけば宮下はいつの間にか黒衣装を着込みブギーポップになっていた。
ブギーは左右非対称の表情を作り佐山を見る。Gsp-2はムキチにコンソールをむけ『ヒサシブリダネッ』と文字が出ている。
「どうもここに来てから暴発が多い。これは明らかな弊害だ」
「一応言っておくがムキチ君は敵ではない。むしろ癒し系だ。──ムキチ君。君はその少年の支給品かね? 何があったか教えてくれたまえ」
佐山はムキチに問いかける。ムキチはゆっくりと、連続して言を紡いだ。
『わたしは その わりばしに はいってました』
『その しょうねんは まじくと よばれていました』
『まじくは わたしに きづきませんでした』
『そして まじくは うばわれました』
『まじくを くろい めつきのわるい やんきーのひとが とむらいました』
『かれも うばわれた かおを していました』
「オーフェン君か……?」
佐山は考える。彼はチンピラのようだが常識人で、結局説明できないまま分かれてしまったが。
そしてムキチは再びさやま、と呼ぶ。
『しんじょうは どこですか?』
く、と胸が軋む。その痛みも回復の概念で消えるはずだが、痛みは退かず──
『ここには しんじょうの けはいが あります』
『でも しんじょうは ここには いません』
『ここいがいで しんじょうの けはいは しません』
『ここにいて ここにいないのならば』
『しんじょうは どこですか?』
「気配はすれどここには居ない……新庄君は──!」
胸が張り裂けそうになる。実際張り裂けてしまったほうが楽だろう。
あ、と声を上げ足が崩れる。地面に跪き脂汗をたらす。
強制的に空気が漏れていく喉から声を絞り出す。
「──奪われてしまったよ」
粘度の有る吐息を吐き出し、苦痛に声を震わせる。
狭心症の所為か、或いは別の何かか。
頭を掻き毟る。髪の毛が数本千切れた。その痛みが逆に心地よかったが。
顔を上げる。目の前に、自分とムキチの間にブギーポップが立っていた。
「何かを成そうとするには、まず涙を止めることだ」
実際には涙は出ていなかったが。
佐山は無理やり笑みを作った。ブギーも左右非対称の奇妙な表情で返して、後ろに下がる。
僅かに体を動かすことで全身に力を供給していく。
「もちろん、分かっているとも」
胸の痛みはだんだん退いていき、佐山は起き上がる。
脂汗で張り付いた髪を正し、泥のついたスーツを払う。
「ここで泣き叫び、動きを止めては新庄君に対する…新庄君が私にくれた想いに対する冒涜だ」
……胸は痛めど心は悼めど、新庄君の加護があれば耐えていける……!
「ムキチ君。新庄君は奪われた。多くの明日の友人も失った。
私は奪ったものに償いの打撃を、失ったものに抗う力を与えるために君が、必要だ」
自分独りで何とかするのは困難で。
自分独りで仲間を集めるのは厳しい。
それでも新庄君が居るならば。
新庄君が私を護ってくれるならば。
何故それが出来ないことだろうか。
どうして出来ないことがあろうか……!
『やくそく しましょう ひとつは さやまのなかに しんじょうが ずっと いること』
マジクのデイパックの中の割り箸を取り出しムキチに向けた。
「佐山御言は新庄の意志と永遠にともにあることを──」
自分は人を泣かせず、泣いてる者に説こう。君を泣かした状況を作ったものの事を。
自分は失くさせた者を奪おう。彼の理由を。そして本当に失くさせるべきは何かを問う。
未知精霊?
これまで私は新庄君と仲間と未だ知らぬことを見つけてきたのだ。精霊すら知らぬことも見つけよう。
心の実在?
心はここにある。新庄君はここにいる。これだけは、誰にも奪えぬ……!
テスタメント!
「契約す!」
ムキチが割り箸の中に殺到する。割り箸にあいている無数の気孔にムキチの水分が含まれた。
それでも重さはそう変わらなかったが。と、足元に。
「草の獣……」
4th-Gの一部、六本足の、犬に似た草の獣が足元に一匹。ぼふっと酸素を吐き出しつつ現れた。
お手元の割り箸からムキチが告げる。
『もうひとつは うばわれたものは とりかえしましょう』
Gsp-2のコンソールに『シンプルニネッ』と文字が生まれた。
同時に耳元でブギーの、ぞっとするような声がした。
「君は世界の力を二つも手に入れた。君は世界の敵に為り得るのか──?」
それは確認するように、自分では分からず、困惑しているような声だった。
振り向くとそこには学生服を来た宮下が居た。既にブギーではない。
「佐山君どうしたの?」
「いや……この獣は宮下君が持っていたまえ」
「うわ。これって?」
「ジ・癒し系&和み系アニマルだ。なんと会話機能もついているぞ!」
『みやした?』
「かわいい……」
「それを持っておくと見事に疲れが取れるステキアニマルでもある。さて、それそろ出発しようか」
「あの、佐山君」
宮下がおずおずと告げる。前々からの疑問だったように。
佐山はなにかね、と返した。
「どうして佐山君はこんな状況でも冷静に、無理と言われたことをやろうとするのかな?」
佐山は宮下にまだ詳しくは説明していない事を思い出した。
……そう言えば有耶無耶になったが、詠子君と宮下君がいつの間にか入れ替わってたのだったな。
説明したところで通じるとも思えないが。佐山は苦笑して言う。
「腐ってなどいられないよ。大事な人が私を見ま」
「うひょー」
「………」
「………」
「腐敗すると発酵するの違いは人間に役に立つか立たないかであり人生は常に発酵している。
うむ。今にも酸っぱい香りが……うぷ。この話は今度の食事のときにでも」
『さやま みやした むし?』
いつの間にか宮下の手から降りていた草の獣がどこかで見た虫を銜えていた。ちなみに消化器官は無いので銜えてるだけだ。
佐山はごほんと咳払いをして着衣を正し息を吸う。そして指を刺しつつ一息で叫ぶ。
「オーフェン君改めサッシー二号の友人、元サッシー二号君ではないか……!」
「俺の名前を勝手に改めるなっ! あと誰がそいつの友人だ!」
後ろの森からオーフェンが飛び出してきた。全力否定しながら。
「真の友情とは耳掻きの綿の部分を噛まない猫と生まれる。By俺の親父の一人息子。
つまり俺を既に甘噛みしているこの生物と友情は生まれるかということだ」
オーフェンが肩を落とし、半目になる。まあいいやと前置きし彼は佐山を見た。
「また会ったな佐山…だっけか。ここでなにし」
放送が鳴った。
【D-6/湖南の岬/1日目・18:00】
『不気味な悪役』
【佐山御言】
[状態]:左手ナイフ貫通(神経は傷ついてない。処置済み)。服がぼろぼろ。 疲労回復中。
[装備]:G-Sp2、閃光手榴弾一個
[道具]:デイパック(支給品一式・パン5食分・水2000ml) 、 マジクのデイパック
PSG−1の弾丸(数量不明)、地下水脈の地図 木竜ムキチの割り箸
[思考]:参加者すべてを団結し、この場から脱出する。とりあえずオーフェンと会話。
[備考]:親族の話に加え、新庄の話でも狭心症が起こる (若干克服)
【宮下藤花】
[状態]:足に切り傷(処置済み) 疲労回復中。
[装備]:草の獣
[道具]:デイパック(支給品一式・パン6食分・水2000ml) ブギーポップの衣装
[思考]:佐山についていく
※チーム方針:E-5の小屋に行き、その後マンション、教会へ。
【オーフェン】
[状態]:疲労。身体のあちこちに切り傷。
[装備]:牙の塔の紋章×2、スィリー
[道具]:デイパック(支給品一式・パン4食分・水1000ml)
[思考]:クリーオウの捜索。ゲームからの脱出。 佐山と会話。
0時にE-5小屋に移動。
(禁止エリアになっていた場合はC-5石段前、それもだめならB-5石段終点)
※ムキチ&草の獣:出展:終わりのクロニクル
・それぞれ装備者及びその周囲の人物の疲労を回復させます
・ムキチ(疲労回復大)、草の獣(疲労回復中)ぐらい
・草の獣はこれ以上分裂、生成できません
・ムキチは消滅、草の獣は破壊されたら再生不可です
・草の獣とムキチとの間で意思疎通が出来ます
・ムキチは他の木製道具に乗り移れます
・ムキチの冷却攻撃は[周囲の温度を徐々に0度まで下げれる]です
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