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第521話:打算、疑念、葛藤、不信

作:◆5KqBC89beU

 第三回放送が終わり、湖跡地の丘の上には、居心地の悪い静寂が訪れた。
 名簿と地図と筆記用具を収納しつつ、EDは嘆息する。
(状況が変わった。悪い方へ、想像以上の早さで)
 たった6時間で、24名もの犠牲者が亡くなった。
 まだ初日すら終わらぬうちから、参加者は半数以下にまで減った。
 それだけでも厄介だというのに、その上、聞き覚えのある名前が数多く呼ばれた。
 EDの協力者、李麗芳は死んでいた。
(彼女には、死ななければいけない理由などなかった)
 金色の力強いまなざしを思い出し、彼は静かに目を伏せる。
 麗芳と別行動すると決めた過去を、悔やんでいるわけではなかった。
 EDが麗芳に同行していても、死体が一つ増えていただけだった可能性の方が高い。
 彼にできることはそう多くない。そして、己を知らぬ者に戦地調停士は務まらない。
 麗芳の仲間、袁鳳月と趙緑麗も死んでいた。
(さぞかし無念だったろう)
 守るべき友を守れず、倒すべき敵を倒せず、神将たちは命を落とした。
 EDが個人的に関心を持っていた相手、霧間凪も死んだ。
(一度、会って話したかった)
 言いたかったことも、訊きたかったことも、諦めるしかなくなった。
 懐中電灯を取り出しながら、さらにEDは思索する。
 ヒースロゥ・クリストフが健在なのは幸いだ。
(だが、あいつは殺人者を――手駒にできるかもしれない参加者をきっと殺していく)
 仲間を一気に失った李淑芳は、もはや正気でいるかどうかすら怪しい。
(自殺するかもしれない。最悪の場合、無差別に他者を襲うようになるかもしれない)
 宮下藤花の生存は、喜ぶべきことなのか判断しかねる。
(目的は、優勝でも脱出でも復讐でも私闘でもなさそうな気がする。得体が知れない)
 ED以外の三名にとっては縁の薄い面々だが、その生死は島全体に影響する。
 影響の大小には差があるものの、どれ一つとして無視はできない。
 他にも様々なことを考えながら、EDは周囲に視線を向けた。
 蒼い自動歩兵は、霧の中で、無言のまま天を仰いでいた。
 赤い血文字は、ただ【…………】と沈黙を表現している。
 彼らから得た情報と第三回放送の内容を頭の中で並べ、EDは決断する。
「灯台へ向かう前に、やるべきことが増えました」
 眠り続ける風見を起こさない程度の声で、仮面の男が言い放つ。

                   ○

 EDから用事を頼まれて、子爵は地下通路へ戻ろうとしていた。
 麗芳に宛てた置き手紙を処分してくること、それが用件だった。
 気持ちの整理をするための時間を、大義名分つきで与えられた形だ。
【……こうなった場合も考えて用意した置き手紙か】
 このまま子爵が誰かの仇討ちに向かい、戻ってこなくなる可能性も承知の上だろう。
 しかし、そうはならないとEDは見越しているはずだ。
 故郷にいた頃からの知人は早々に死んだこと、次の夜明けまでは活力を補充できない
こと、それに、自分は紳士であるということ――それらを子爵はEDに伝えていた。
 我を忘れて暴走したくなるほど特別な誰かはこの島におらず、自身の弱体化具合を
正確に理解しており、約束を破る不名誉を嫌っている、と告げたようなものだ。
 どことなく様子がおかしくなった自動歩兵と対話するなら一対一の方がやりやすい、
という思惑もEDにはあっただろう。
 彼が子爵を遠ざければ、それは“蒼い殺戮者に対する脅迫”という手段を捨てた証と
なる。実行する気はなくても、子爵の能力をもってすれば風見を人質として使うことが
可能ではあった。その選択肢をあえて潰してみせることで、誠意を示したわけだ。
 また、冷徹なまでに感情を封じる自制心こそが、あの丘の上では必要とされていた。
辛く苦しい役割を、EDは一人で引き受けようとしている。
【……今は、彼の厚意に甘え、任された仕事をしよう】
 移動しながら、多少なりとも関わった参加者たちのことを、子爵は回想する。
 EDたちと合流するまでに、悲嘆も憂慮も済ませておくべきだった。
 凛々しく毅然としていた赤ずくめの美女、哀川潤は死んだ。
【おそらくは、誰かを守るために戦って死んだのだろう】
 最後に守ろうとした相手が誰だったのかは判らないが、それだけは確信できる。
 福沢祐巳は死んでいないが、それは祐巳自身の意思と力によってではない。
【あの子に、再び会わねばなるまい。何があったのか確かめる必要がある】
 紳士としての矜持と、力を与えた者としての責任感が、決意の源だった。
【それに、カーラとやらの目的も気になるところだ】
 一筋縄ではいかない存在なのだろう、と子爵はカーラを評する。
 キーリという少女は死に、彼女を探していた青年、ハーヴェイは生きている。
【彼は彼女に会えたのだろうか? 今、どこで何をしているのだろうか?】
 どんな想いで彼が放送を聞いたのか想像して、子爵はまた少し悲しくなった。
 ハーヴェイに教えてもらった危険人物、ウルペンは生きている。
【天敵、ということになるのだろうな】
 彼が使うという“乾かす力”は、子爵に致命傷を与えられる能力だと思われる。
 また、彼が持ち去ったという炭化銃は、すさまじい殺傷力を備えているそうだ。
 リナ・インバースも生きているが、その傍らに支え合う仲間がいるかは判らない。
【孤独と不安と憎悪に負けて、自暴自棄になっていてもおかしくはないか】
 会えたとしても、アメリアの最期を伝える前に、襲いかかってくるかもしれない。
 佐藤聖と十叶詠子の名前も、案の定、放送では呼ばれていない。
【どうにか上手く協力できればいいのだが】
 あの二人の在り方は、それぞれ他者と共存しづらい面がある。できることなら敵対は
避けたいところだが、皆が納得できそうな妥協点はなかなか見つかりそうにない。
 彼女たちと情報交換したときのことを思い出し、子爵の移動速度が鈍くなる。
 EDや麗芳をできるだけ襲わないでほしい、と子爵は頼んだが、EDや麗芳の知人に
関しては言及していない。麗芳のことも信じていなかったが、彼女を疑っていなかった
EDの判断を子爵は信じた。EDが最後に麗芳と会ってから長い時間が経っていたわけ
ではなく、その時点で麗芳が敵である可能性は低かった。だから盟友として認めた。
【……見知らぬ盟友候補者を、無条件に信じることはできない】
 子爵にとっては、信用できない盟友候補者たちよりも、聖と詠子の方が大切だった。
 こんな状況下では、温和だった人物が他者を襲ったとしても、驚愕には値しない。
【誰か一人への好意は、それ以外の全員に対する悪意と表裏一体であるが故に】
 誰か一人を救うため、それ以外の全員を殺す――そんな決着を望む者もいるだろう。
【盟友候補者の誰かが血塗られた道を選んでいたとしても、不思議ではない】
 異常な早さで命が奪われているこの島で、敵かもしれない相手を信じるのは難しい。
 詠子の語った、佐山御言とダナティア・アリール・アンクルージュは存命中だ。
【さて、その二人は本当に先導者なのか、それともただの煽動者なのか】
 伝聞のみを根拠にした憶測ではどちらとも断定できないが、会えば判ることだろう。
 祐巳や聖の友人だという藤堂志摩子も、生き残っている。
 話を聞いた限りでは、じっと隠れているよりも友人を助けに行くことを選ぶ性格の
少女らしいが、最弱に近い程度の力しかないそうだ。ならば独力での生存は難しい。
【十中八九、かなりの実力者と一緒にいるのだろう。いや、実力者“たち”か?】
 だが、彼女の庇護者が必ずしも善良であるとは限らない。他者を油断させるために
利用されているのかもしれないし、24時間以内に誰も死ななそうなとき殺せるように
保護されているだけなのかもしれない。
 また、善良なのか判らないという点では、志摩子も同じだ。
 今の彼女が普段と同じ彼女であるという保証は、どこにもない。
 他者を利用しているのは彼女の方なのかもしれない。ひょっとしたら、騙し討ちで
幾人か殺していたりするのかもしれない。疑うことは、とても簡単だった。
 地下通路に到着した子爵は、手紙を念力で運び、水中に沈めて引き裂いた。
 休まず作業をこなしながら、子爵は追憶し続ける。
 ついさっきまで手紙だった物が、解読不能なほど細かく分割され、流されていく。

                   ○

 蒼い殺戮者は、『ゲーム』が開始された直後の記憶を思い出していた。
 天を目指してどんなに飛んでも、一定以上の高度からは上昇が不可能になる。
 試さなくても、水平方向への飛翔にも限界が設定されていると想像はつく。
 視線を上げた先にあるのは、空の紛い物でしかなかった。
(あの空の彼方には、何者も飛んで行けない。ならば、この島で体を失った魂は、この
 箱庭じみた世界から決して出られないのではないか?)
 しずくを探しに行きたいという衝動が、培養脳の中で暴れている。
(せっかく得た協力者たちを置いて去り、この同盟から脱退してまで、しずくの捜索は
 今すぐにやるべきことか?)
 同時に頭の片隅では、行動方針の変更を拒絶する思考が延々と繰り返されている。
 結果として、一歩も動かず、一言も語らず、蒼い殺戮者は数分間を無為に過ごした。
「…………」
 放送でしずくの名前を聞いた瞬間に、蒼い殺戮者の中で、何かが変わった。
 その変化を、まだ彼は処理しきれていない。
 蓄積してきた記憶にはない、初めての感覚を、蒼い殺戮者は持て余していた。
 培養脳が軋んでいるかのようなその錯覚が何なのか、彼には判らなかった。
「念のために訊いておきますが」
 子爵を見送り、振り返ったEDの仮面が、蒼い殺戮者に向けられる。
「しずくさんという方は、あなたの大事な方なんですよね」
 質問ではなく確認だった。
 それくらいは、放送を聞きながら周囲を観察してさえいれば、誰にでも判ることだ。
 蒼い殺戮者の視線がEDの視線と交錯し、それだけでEDは事実を把握した。
「では、この島に間違いなくしずくさん本人がいたという確信はありますか?」
 こつこつと指先で仮面を叩きながら、EDが言葉を継ぎ足す。今度は質問している。
「……いや、同名の別人だったという可能性も一応はある」
 蒼い殺戮者の答えに、仮面を叩く指先が止まった。
 興味深げな口調で、EDは問う。
「最初の、管理者たちと対面した場所では、しずくさんを見なかったんですか?」
 そんなことを訊いてどうするのかよく判らないまま、それでも自動歩兵は答えた。
「そうだ。あの場所では今以上に機能が制限されていて、ろくに行動できなかった」
 反抗を警戒して念入りに施された処置だと仮定すれば、つじつまは合う。
 指先が、また仮面を叩き始めた。
「しずくさんからはあなたの巨体が見えていたとしても、あの場所で勝手な真似をして
 殺されるくらいなら動かずにいたい、という心理は当然でしょうね。しずくさんが
 本当にいたとすれば、ですが」
「何が言いたい?」
「おかしいんですよ。たった18時間のうちに60名が死に、さっきの放送では24名も
 死んだと言っていましたけれど、いくらなんでも死にすぎているとは思いませんか?
 本当に、そんな大勢の参加者が亡くなっているんでしょうか?」
 かすかに怪訝そうな声音で、蒼い殺戮者は問答を続ける。
「参加者の大半が索敵能力を備えた戦闘狂だとするならば、ありえなくはない数字だ」
 蒼い殺戮者が出会った参加者のうち、彼に対して敵意を向けなかったのは、風見と
EDと子爵だけだ。それ以外の遭遇者たちは、多かれ少なかれ平和的ではなかった。
 世知辛い結論に至るのも仕方ないといえば仕方ない。
 だが、その意見をEDは即座に否定する。
「ありえません。まだあなたには教えていない情報を、僕は麗芳さんや子爵さんから
 得ていますが、その中には他の参加者についての情報も含まれています。どう見ても
 そんじょそこらの一般人でしかないような参加者もいたそうですよ。無益な争いを
 厭う方々だって結構いたようです」
「何故、その情報が真実だと判る?」
 誤報からは誤解しか生まれない。裏付けのない情報を鵜呑みにすることはできない。
 大袈裟に肩をすくめて、戦地調停士は苦笑してみせた。
「これでも僕は交渉の専門家ですから、情報の分析は得意でして。それに、僕みたいな
 口先だけが取り柄の人間まで招かれているくらいですから、荒事が苦手な参加者も
 それなりにいると考えるべきですよ。まさか僕を戦士だとは思っていませんよね?」
 EDの度胸は並ではないが、それは文官の強さであって、武人の強さではない。
 実戦経験豊富な自動歩兵からすると、瞬殺できそうな相手にしかEDは見えない。
「…………」
 蒼い殺戮者の無反応を、黙認の表現だと理解し、戦地調停士は言葉を重ねていく。
「そういう方々の多くが殺し合いに耐えかねて自殺している、とは考えにくいですね。
 自殺志願者や戦闘狂を参加者として集めたというなら、どちらでもない例外ばかりが
 こうやって関わり合っていることになります。明らかに不自然でしょう」
「では、どう考えれば筋が通る?」
「参加していない人物を参加者であるかのように扱い、知人と再会できないまま死んだ
 ということにする。知人を殺されたと思い込んだ参加者は、復讐者となり仇を探す。
 けれど、いつまで探しても仇が見つかることはない。いずれ復讐者は生き残り全員を
 疑いの目で見るようになり、やがて仇でも何でもない参加者を襲い始める――あんな
 連中ならば、こういう筋書きを喜んで用意しそうですよね」
 目元を覆う仮面の下で、唇の端が歪められる。
「無論、生贄役に本人を用意した上で主催者側が直々に殺して回ったとしても、疑念を
 育てることはできます。しかし、手間暇かけて本物を使ったところで、劇的に効果が
 増すというわけではないでしょう。わざわざ本人を用意してまでそんなことをする
 くらいなら、ありのままの状況で殺し合わせた方が合理的だ、とは思いませんか?
 まぁ、実際は、何の作為もないとは考えにくいほど犠牲者が増え続けていますが」
 これは、しずくの名前を利用して蒼い殺戮者を暴れさせようとする陰謀ではないのか
――そんな可能性をEDは提示している。しずくは今も生きているのではないか、と。
「…………」
 蒼い殺戮者は、徐々にではあるが落ち着きを取り戻していった。

                   ○

 内心の緊張を、EDは少しも態度に出さない。
 もっともらしく述べた仮説をED自身があまり信じていない、と気づかれるわけには
いかなかった。そんなことになれば、蒼い殺戮者が離反するおそれさえある。
 騙してでも、欺いてでも、今ここで戦力の分散を許すべきではなかった。
 もうすぐ子爵が戻ってくる。そうなれば出発の準備は終わる。
(まずは灯台へ向かい、先客がいれば交渉し、交渉が決裂すれば制圧を考え、勝ち目が
 ないと判断すれば逃亡する。誰もいなければ、そのまま灯台に潜伏すればいい)
 拠点を確保できれば、その後の活動は少しだけ楽になる。
 疲弊している風見の護衛として、活力の消費を抑えたがっている子爵に留守を任せ、
EDや蒼い殺戮者は単独行動ができるようになる。
(まぁ、僕が拠点に常駐していても大して役には立たないからな。手分けして動くべき
 だろう。人手も時間も無駄にしている余裕はない)
 体力に自信がないEDは、しばらく拠点で休息してから探索を再開するつもりだ。
 しかし、蒼い殺戮者はすぐにでも動きたがるに違いない。
(BBさんがいる間に風見さんを起こして、事情を説明しておく必要があるか。詳細な
 情報交換も、できればそのときに済ませてしまいたいが)
 そこから先のことは、臨機応変に決めていくしかないだろう。
 目先の問題についての思考が一段落し、大局を見据えて悩む時間が始まった。
(我々の生き死にを弄ぶ、何らかの作為が見え隠れしている。それは確かだ。しかし、
 その作為がいかなるものなのかは判らない。謎を探るための方法さえ判らない)
 赤い血溜まりが、丘の上へと登ってきた。
(今はただ堪え忍び、力を蓄えていくしかないということか)
 地面に降ろしていたデイパックを再び背負い、EDは口を開く。
「それでは、灯台へ行きましょうか」
 ごくわずかにではあったが、霧は薄くなり始めていた。

                   ○

 時計の針は20:10を示している。
 時刻を確認し、懐中電灯のスイッチを切って、風見は溜息をつく。ベッドの上で体を
丸めて目を閉じても、睡魔は訪れてくれなかった。
(今は、さっさと元気にならないといけないのに)
 部屋の扉の向こうからは、寝ていた間に増えていた同行者の声が聞こえていた。
 増えた協力者の片方は声を出せないので、電話で話しているかのように聞こえる。
 どうやら、DVDが面白かったとかいう世間話をしているらしい。
(こんな状況下で雑談かぁ……現実逃避したくなってるのか、実は大物なのか、単に
 頭がおかしいのか……あー、ひょっとしたら、その全部かもしれないわね)
 仮面の変人やら自称吸血鬼の血溜まりやらが隣にいても、あまり風見は気にしない。
普段の環境が似たようなものだったせいだろう。
(参ったな)
 風見が蒼い殺戮者に起こされて、ここがA-7の灯台であることや、二名の参加者と
遭遇した末に協力していることなど、いろいろ説明され終わったのが数十分前だ。
 その後で、食事をしたり、EDから解熱沈痛薬やビタミン剤を譲られて服用したり、
四名そろって情報交換したり、そういった雑事を風見は済ませていた。
 風見が作って持ち歩いていた朝食の残りは、制作者自身の胃袋へ収まった。風見は
EDにも試食を勧めたが、「第三回放送の前にパンを食べたばかりですから」と言って
彼は丁重に辞退した。子爵が【病人なのだから、遠慮なく栄養を独占したまえ!】と
書き綴り、それを読んだ風見は思わず苦笑したものだった。
 今、休む時間と個室と寝床を与えられ、けれど風見は眠れないでいる。
(これから、どうなるんだろ)
 灯台には何者かが潜伏していた形跡があり、しかし滞在者はおらず、死体もなく、
罠の類や怪しい仕掛けも発見できなかった。一同は、この灯台を拠点として使うことに
なったわけだが、絶対に安全だという保証は当然ない。
 19:00にC-8が禁止エリアになったため、そこにいた参加者が灯台を訪れるという
事態は充分にありえる。運が悪ければ戦闘になるはずだ。
(今のうちに覚悟しとこう)
 EDも子爵も悪人ではなさそうだったが、風見をどうしても助けなくてはならない
理由など彼らにはない。自分の命を危険に晒してまで風見を守らねばならないような
義務も彼らにはない。
 現時点でもEDや子爵は充分に親切だ。これ以上を望むのは傲慢というものだろう。
(私を置き去りにして、彼らが敵から逃げたとしても、それを恨むのは筋違いよね)
 また、襲撃者が吸血鬼だった場合、血に飢えることがどれほど苦しいのか知っている
子爵は、無意識のうちに手加減をしてしまうかもしれない。殺すつもりで襲ってくる
吸血鬼を、できるだけ殺さないつもりで倒そうとする子爵が躊躇しながら迎撃すれば、
結果的に風見やEDを守りきれなくなるかもしれない。
 蒼い殺戮者は、さっき灯台を去り、探索をしに行った。再会できるのは、早くても
第四回放送が始まる頃だ。心細いと風見は思う。しかし、仲間を集めて脱出するなら、
どうしても誰かが拠点から動かねばならない。
 しばらく休憩した後で周辺の様子を見に行く予定だとEDも言っていた。
 蒼い殺戮者がいない間に、EDや子爵が風見を殺そうとする――そんなことが起こる
確率は今のところ低い。EDも子爵も理知的な参加者だった。比較的簡単に殺せそうな
病人を殺すつもりなら、なるべく後で殺したがるだろう。“誰も死ななかった”という
放送が三回連続するまでは、殺害を急ぐ必要がないからだ。
 情報交換の際に、EDは「毒薬や睡眠薬も支給されました」と言って、付属していた
説明書を他の三名に公開していた。風見に毒を盛る気ならこんなことはしない、と皆に
確信してもらうための行動だろう。故に、風見は毒殺される心配をしていない。
 けれど、風見は、EDから睡眠薬をもらう気にはなれなかった。
 薬の力で眠ったら、敵が現れたときに起きられないかもしれない。
 風見はEDや子爵を殺人者だとは思っていないが、いざというとき頼りになる味方だ
とも思っていない。
 ――“今のところ敵対していない相手”は“仲間”と同じものではない。
 蒼い殺戮者から聞いた第三回放送の内容を、風見は思い出す。
(覚も佐山も、それから海野千絵も、まだ生きてる。会えるといいんだけど)
 情報を大量に集めていた子爵でさえ、出雲の居場所や千絵の現状などについては何も
知らなかった。佐山についての情報はあったが、すぐに合流できるほど詳しくはない。
 佐山は新庄の死をも受け止め、進撃することを選んだという。
(なんとなく、そんな気はしてた)
 眉尻を下げ、風見は複雑な表情をした。
 生きていてほしい相手だけでなく、死んでほしい相手も生きている。
(甲斐も、ドクロとかいう自称天使も健在か。正直、あんまり関わりたくないわね)
 物部景の仇は生死不明だ。名前が判らない以上、放送では確認しようがない。
(もしも、あの銃使いと再会したら、そのとき私はどうするのかしら?)
 自問に自答は返らない。
 第二回放送の頃に機殻槍を持っていたという青年、ハーヴェイは死んでいない。
(G-Sp2が飛んだ理由を知ってるなら、私に対する印象は最悪でしょうね……)
 緋崎正介が死に、危険人物は一人減った。
(でも、緋崎を殺した参加者は、緋崎より危険かもしれない)
 蒼い殺戮者の探していた三名のうち、一人は亡くなり、二人は生きていたという。
 今ここにはいない自動歩兵の横顔を、風見は思い出す。
(大丈夫……なのかな)
 表面上は平然としているように見えても、苦悩を隠しているということもある。
 第三回放送で告げられた死者の総数は24名に及んだ。ひどく異様な状況だった。
(参ったな)
 EDの語った“主催者側による偽情報説”を信じていいのか否か、風見は迷う。
 顔をしかめて、風見は寝返りをうった。

【A-7/灯台付近/1日目・20:05頃】

【蒼い殺戮者(ブルーブレイカー)】
[状態]:精神的にやや不安定/少々の弾痕はあるが、今のところ身体機能に異常はない
[装備]:梳牙
[道具]:なし(地図、名簿は記録装置にデータ保存)
[思考]:この島で死んだという“しずく”が、己の片翼たる少女だったのか確認したい
    /風見・ED・子爵と協力/火乃香・パイフウの捜索/第四回放送までに灯台へ戻る予定
    /脱出のために必要な行動は全て行う心積もり

【A-7/灯台/1日目・20:15頃】
『灯台組』
【エドワース・シーズワークス・マークウィッスル(ED)】
[状態]:健康
[装備]:仮面/懐中電灯
[道具]:懐中電灯以外の支給品一式(パン3食分・水1400ml)/手描きの地下地図
    /飲み薬セット+α(解熱鎮痛薬とビタミン剤が1錠減少)
[思考]:同盟を結成してこの『ゲーム』を潰す/この『ゲーム』の謎を解く
    /しばらく休憩した後、周辺の様子を探り、第四回放送までに灯台へ戻る予定
    /盟友候補者たちの捜索/風見の看護
    /暇が出来たらBBを激しく問い詰めたい。小一時間問い詰めたい
[備考]:「飲み薬セット+α」
「解熱鎮痛薬」「胃薬」「花粉症の薬(抗ヒスタミン薬)」「睡眠薬」
「ビタミン剤(マルチビタミン)」「下剤」「下痢止め」「毒薬(青酸K)」以上8つ

【ゲルハルト・フォン・バルシュタイン(子爵)】
[状態]:やや疲労/戦闘や行軍が多ければ、朝までにエネルギーが不足する可能性がある
[装備]:なし
[道具]:なし(荷物はD-8の宿の隣の家に放置)
[思考]:アメリアの仲間達に彼女の最期を伝え、形見の品を渡す/祐巳のことが気になる
    /盟友を護衛する/灯台に滞在する/同盟を結成してこの『ゲーム』を潰す
    /いろいろ語れて嬉しいが、まだDVDの感想については語り足りない
[備考]:祐巳がアメリアを殺したことに気づいていません。
    会ったことがない盟友候補者たちをあまり信じてはいません。

【風見千里】
[状態]:風邪/右足に切り傷/あちこちに打撲/表面上は問題ないが精神的に傷がある恐れあり
[装備]:懐中電灯/グロック19(残弾0・予備マガジンなし)/カプセル(ポケットに四錠)
    /頑丈な腕時計/クロスのペンダント
[道具]:懐中電灯以外の支給品一式/缶詰四個/ロープ/救急箱/空のタッパー/弾薬セット
[思考]:早く体調を回復させたい/BB・ED・子爵と協力/出雲・佐山・千絵の捜索
    /とりあえずシバく対象が欲しい
[備考]:濡れた服は、脱いでしぼってから再び着ています。
    EDや子爵を敵だとは思っていませんが、仲間だとも思っていません。

※地下通路に残されていた麗芳宛ての置き手紙は処分されました。

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