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第451話:危険に対する保険

作:◆685WtsbdmY

 ――エリアC-4
 霧の中を歩く、小さな影があった。
 民族衣装である毛皮のマントを羽織ったその姿は、見もまごうことなくマスマテュリアの闘犬――ボルカノ・ボルカンその人だった。

 さて、彼はなぜこんなところにいるのだろうか?話は八時間ほど前にさかのぼる。
 自称“姫を救わんとする王子”から“魔王の手下”宣告を受けたボルカン。「そこに倒れている変なやつに連れられてきただけで何も知らない」と主張したら「下っ端過ぎて分からなくても手下は手下」と言われた。殴られた。気絶した。
 それでも一応手加減はしてもらえたのか、はたまた気絶することには慣れていたためか、他の連中よりは早く回復。「こんな所に居られるか」と、すたこらと城を後にした。
 当初は、とりあえず人に会わずにすみそうな場所としてG-4あたりの森に潜伏していた。
 しかし、彼は不屈の――というより懲りない――男だった。休息中に確認した地図に商店街という文字を見て、何か金目のものでも無いかと見に行くことを決心したのである。
 昼過ぎ、雨が降り始める直前にE-5に移動。D-5周辺では罠に引っかかりもしたが、木製の槍の一撃はぼさぼさの髪と地人特有の頑丈な頭蓋骨に阻まれたため軽傷ですんだ。
 雨が降っている間も森の中を移動し、暗くなるまではとD-4にとどまって出て行くのに都合のよさそうな時間を待った。
 実は、結果的に神父と似た経路を、大きく寄り道をしつつ後から追う形になっていたのだが、当の本人には知る由も無い。
 その後は、霧が出てきたところで森を抜け商店街に向かったのだが、方向を見失ってこのあたりに来てしまったのだ。

 霧のむこうに、ボルカンは黒い、大きな影を見た。
 近づいてみると、それはソファ、冷蔵庫、机など、雑多な家具や調度品でできた小山だった。
 どうやらすぐそこのビルから投げ落とされたものらしく、落下の際の衝撃で破壊されているものもいくつかある。
 何を思ったか、ボルカンはそれをよじ登り始めた。少々の運動の後に頂上にたどり着く。そして、
「はぁーはっはっはっはっはっはっはっは」
 哄笑する。特に意味はない。
 意図していたのかいないのか、西の方角を向いていたので、霧さえ出ていなければ夕日を正面から浴びていたことだろう。
「はっはっはっは…は?」
 と、そこでボルカンは笑うのをやめた。何か物音が聞こえてくるような気がしたからだ。
 耳を澄ますと、ふもっふぉふぉふぉ、と聞こえるが、くぐもっていていまいち判然としない。
「これは俺様の声ではないが、ここには俺様しかいないのであるからして、つまりは俺様の声ということに……」
 ボルカンはそこで言葉を止めた。いつのまにやら不気味な音声(?)はやみ、それに変わって足元からは激しい振動が伝わってくる。
「うむ、地震か!? まずは机の下に隠れろ!!」
 頭上に何もないのに机の下に隠れる必要など当然ないのだが、いつもならその辺を指摘するはずの弟はここにはいない。
 そして……突然

「ぬおおおおおおっ!!」
 足元で起こった爆発に、家具の残骸と一緒くたになって宙を舞う。しばしの空中散歩の末に、頭から地面に突き刺さった。
 その逆転した視界の中央――先ほどまでボルカンの立っていた場所――で何者かがゆっくりと立ち上がるのが見えた。
 “それ”は、ふもふぉ……、と何かをつぶやきかけたが、そこで動きを止めると全身に力をこめる。
 すると、ぼろぼろになったベルトやら金属部品やら、かつて“ポンタ君”と呼ばれしものの残骸は、もはや内部からの力に抗しきることもできずにばらばらになってはじけ飛んだ。
 その爆発の中から……
「おのれ、あの非国民め!! このあたくしを突き落とすだけでは飽き足らず、頭上から塵芥まで降らすとは、
 無礼千万、売国朝敵、欲しがりません勝つまでは!!
 けれど正義の味方は死ななくてよ。をほほほほほほほほ」
 青紫色の巨大な影が姿を現した。本人は「正義の味方の美しき復活」とでも思っているようだが、傍から見ればまるっきり「大怪獣出現!!」である。
 なお、彼女の身にまとうチャイナドレスは最高級の絹で織られている。そのため、哀川の置き土産である細菌兵器は文字通り単なるプレゼントと化し、疲労の回復のみを彼女にもたらした。後は右腕さえ完治すれば万全の状態である。
 謎の怪物の哄笑を聞きながら、ボルカンは勢いよく跳ね起きた。
「貴様!! この民族の英雄、マスマテュリアの闘犬ボルカノ・ボルカン様を吹き飛ばし、あまつさえ地面に突き刺すなど、言語道断問答無用!! まさしく霧吹きで吹きかけ殺されるのが必定と…」
 どうやら、妙な対抗心を起こしたらしい。支給品のハリセンをつかみ、(元)小山の上の影に向かって吼える。
 しかし、怒鳴られたほうはまったく表情を変えず、ボルカンに向かって歩き出した。身の丈は190センチメートル弱。重量にして優に100キログラムを超える巨体が、ハリセンを構える身長130センチそこそこの地人族の少年の前に立ちはだかる。
「……ええと……当方といたしましては……つまり……」

「ふんっ」
 最初の勢いはどこへやら、口ごもるボルカンを無視して怪物―天使のなっちゃんこと小早川奈津子―は鼻から息を吹き出した。
 同時に左腕を突き出し、下から掬い上げるようにしてボルカンの顔面を打つ。
 比喩ではなく殺人的な威力の拳がボルカンの顔面にめり込み、彼は再び宙へとたたき上げられた。
 身長の数倍に相当する距離を垂直に移動し、同じだけの距離を落下する。
 その体が地面に届かないうちに頭部を蹴り飛ばされ、ボルカンは大地に転がった。
「をっほほほ。マスマテュリアだかマンチュリアだか知らないけれど、ヤマトダマシイに敵うと思うてか」
 そして、ひとしきりあの奇っ怪な哄笑をあげると自分の姿をしげしげと見回す。
「さてと。この身を守る正義の鎧も壊れてしまったことだし、なにか武器が必要だわね」
 言って、何かないかと、先程自分が蹴り飛ばした相手の元に向かった。
 ボルカンを足元に見下ろして小早川奈津子は眉を顰めた。霧のせいでそれまで分からなかったが、足元に転がっているオロカモノは生きていた。
 熊すら一撃で葬り去れるような打撃を二度も頭部に受けているというのに、首の骨どころか鼻すら折れていない―もっとも、さすがに額が割れて血が流れ出るくらいのことはしていたが。
 使えそうな武器が何もないことを見て取ると、小早川奈津子はそのまま歩き出そうとして……そこで、動きを止める。
 もう一度ボルカンを見下ろして何やら考え込むようなそぶりを見せた。
 その目が怪しく光る。


 一方、危険に対する保険その一といえば、自分を待ち受ける運命も知らず、ただひたすらに気絶していた。

【C-4/ビルの前/1日目・17:30】 

『北京SCW(新鮮な地人でレスリング)』 
【小早川奈津子(098)】 
[状態]: 全身打撲。右腕損傷(殴れる程度の回復には十分な栄養と約二日を要する)生物兵器感染  
[装備]: コキュートス 
[道具]: デイバッグ(支給品一式)  
[思考]: これは使えそうだわさ。をほほほほ。 
[備考]: 約10時間後までになっちゃんに接触した人物も服が分解されます
     10時間以内に再着用した服も石油製品は分解されます
     感染者は肩こり、腰痛、疲労が回復します

【ボルカノ・ボルカン(112)】 
[状態]: 頭部に軽傷。気絶。 
[装備]: かなめのハリセン(フルメタル・パニック!)  
[道具]: デイパック(支給品一式) 
[思考]: …… 
[備考]: 生物兵器感染。ただしボルカンの服は石油製品ではないと思われるので、服への影響はありません。

2006/01/31 修正スレ202

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