作:◆5KqBC89beU
淑芳と陸が地下通路から外に出た直後、唐突に爆発音が轟いた。
案内板が爆破された音だ。案内板と出入口は、双方から死角になる位置にある。
一人と一匹はそれぞれ身構え、五感を研ぎ澄ませて不測の事態に備えた。
前触れもなく風が流れ、木々のざわめきが辺りを包む。
「ずいぶん派手なことをする人がいるみたいですね。仲間割れでもしたんでしょうか」
つぶやく犬に、少女が小声で応える。
「手掛かりが少なすぎて、何があったのかは判断しかねますわ」
周囲を注視しつつ、淑芳が呪符を構え直す。陸は空気を吸い込み、そして嘆息した。
「血の匂いがします。人の匂いもしますが、知らない人物の匂いばかりです」
ここで起きた事件とシズは無縁だが、彼を探す手掛かりがないということでもある。
陸は複雑な表情をしたらしいが、笑っているような顔つきのせいでよく判らない。
「さっさと逃げた方がいいと思いますよ」
淑芳の仲間か、味方になりうる人物が神社にいる可能性はあるのだが、この状況下で
躊躇なく様子を見に行けるほど淑芳は強くない。相手が三流の雑兵たちならともかく、
もしも一流の実力者が数人がかりで襲ってきたりすれば、敗北は時間の問題だった。
呪符を使いはたせば彼女は全力を出せなくなる。しかも今は術を完璧には使えない。
質の低下を量で補おうとすれば、それだけ早く呪符を消費してしまう。
犬の手も借りたいような場面ではあるが、陸の戦闘力は普通の犬と大差ない。先刻の
爆発を攻撃に使われ、怪我でもさせられれば、むしろ足手まといになる。
「下手をすると、戦いを挑まれて数人を敵に回す可能性がありますわね」
頷いて、淑芳は撤退を開始した。急ぎながらも目立たないように神社から遠ざかる。
ここで格納庫に戻っても、禁止エリアの位置が判らない限り、神社以外の出入口は
使いにくい。ならば地上に出て海洋遊園地まで戻った方がいい。
無言でついていくかに見えた白い犬は、すぐに彼女を追い抜いて北へ進み始めた。
こうして、刻印解除の鍵を握る集団と、刻印解除に必要不可欠な異世界の知識――
『神の叡智』を得た神仙が、出会うことなく離れていった。
禁止エリアの位置が判らない今、淑芳はF-1よりも遠くへ気軽に移動できない。
午前中に塞がれた区域は3区画、それ以外の区域は全部で61区画ある。13:00には
また1区画が禁止エリアになった。F-1・G-1・H-1はしばらく禁止エリアにならない。
既にE-1かF-2の片方が禁止エリアになっている確率は1/58。しかしA-1やF-8など
封鎖する意味があまりない区域を除外して計算するなら、危険性はあと少し高くなる。
幸運を祈りながら移動するよりは、まずF-1で情報提供者を探したいところだろう。
方角と距離を間違えないように注意しながら、淑芳と陸は森の中を歩いていた。
見通しのいい海岸を避けるため、あえて禁止エリアのそばを通過しているのだ。
「爆発は一度で終わりみたいですわね。一撃で決着がついたか、膠着状態に陥ったか、
あるいは他の手段で戦っているのか……とにかくこちらを追ってはこないようです」
神社の方を振り返りながら言う淑芳に、陸が提案した。
「どういう状況になっているのか、一応確かめておいた方が良さそうですね。いずれ
様子を窺ってくるつもりですが、そのときは単独行動しますから、ついてこないで
くださいよ」
「あら、偵察してきてくださるんですの?」
「神社にいるのが危険人物だとすれば、シズ様と再会したときに詳しく伝えられるよう
確認しておくべきですから。あなたのために働こうと思ったわけではありません」
「要するに、自分の忠犬ぶりを遠回しに自慢していますのね」
「いえいえ。私の忠誠心が立派なのではなく、シズ様に人望があるだけのことです」
「親が子を褒めるのが親馬鹿なら、こういうのは犬馬鹿とでも言うんでしょうかしら。
まぁ、あなたを見て『犬に化けた敵かもしれない』とか『犬に似ている妖怪の類かも
しれない』とか思う人がいたとしても、眼前で禁止エリアに逃げ込んでみせたなら
『あの犬は参加者ではない』と納得してくれますわね。そもそも、犬に監視される
なんて思ってもみない人だっていますわよ、きっと」
「犬だからという理由で侮られるのは不愉快ですが、好都合ではありますね」
この島には、犬にそっくりな容姿をした参加者だって実在していたりするのだが、
そんなことは淑芳も陸もまったく知らない。
「神社も気になりますけれど、向こうで何か燃えているのも気になりますわ。ええと、
煙の出ている場所は……E-1とF-2のあたりかしら?」
「あなたがF-1より遠くへ行こうとするなら、絶対に近づく必要がある場所ですね」
「燃えているのが死体だった場合、焼死させたのか火葬したのか、それが問題ですわ。
……E-1の方の炎は、神社に滞在している集団と関係あるかもしれませんわね」
「露骨に怪しすぎて罠だとは思えません。囮か、戦闘の跡なのでは? こんな非常時に
誰かが意味もなくキャンプファイヤーを作ったりしているわけがありませんし」
この島には、無意味に非常識なことをする参加者だって実在していたりするのだが、
そんなことは淑芳も陸もまったく知らない。
「さて、これからどうします? わたしは、また呪符を作って補充してからF-1へ向かう
つもりですけれど」
「では、私はF-2の火元を調べてきます。禁止エリアなのかもしれない場所ですから、
あなたは近寄らない方がいいと思います。良かったですね、私がいて」
「あー、はいはい、ありがたくて涙が出そうですわ」
「犠牲者の遺品が落ちていたら、くわえて持ってきてあげますよ。重い物は無理ですが」
「聞きそこねた放送の情報が遺品に書いてあれば、助かりますけれど……それはつまり
発見した犠牲者がついさっき死んだばかりだという証拠ですわよ。自殺でもない限り、
殺人者が近くにいるということになりますわ」
「殺人者が平和主義者を襲って返り討ちにされた、という状況だったら理想的ですね」
「……だんだん天気が悪くなってきていることですし、早く用事を済ませましょう」
「集合場所は、海洋遊園地の出入口で構いませんか?」
「ええ。ちゃんと無事に戻ってくるんですのよ、使いっ走りさん」
「せめて斥候と表現してくれませんか。そっちこそヘマをしないでくださいよ」
一人と一匹は、しばし黙って睨み合い、それから同時にそっぽを向いた。
【G-1/森の中/1日目・13:50頃】
【李淑芳】
[状態]:頭が痛い/服がカイルロッドの血で染まっている
[装備]:呪符×19
[道具]:支給品一式(パン9食分・水2000ml)/陸(F-2を調査後、F-1へ向かう予定)
[思考]:麗芳たちを探す/ゲームからの脱出/カイルロッド様……LOVE
/F-2の調査は陸に任せる/神社にいる集団が移動してこないか注意する
/呪符を作って補充した後、F-1で他の参加者を探す/情報を手に入れたい
/夢の中で聞いた『君は仲間を失っていく』という言葉を気にしている
[備考]:第二回の放送を全て聞き逃しています。『神の叡智』を得ています。
夢の中で黒幕と会話しましたが、契約者になってはいません。
淑芳と陸は、この後しばらく別行動する予定です。
※E-1の煙は戦闘の跡、F-2の煙はドクロちゃんのキャンプファイヤーです。
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