作:◆lmrmar5YFk
「あの程度で謝るって、器の小さい男だな。そんなんじゃもてないだろ?
まあ、その点俺はお前と違って世界一できた彼女がいるわけだが」
「……てめぇの恋愛事情なんざこれっぽちも興味ねぇんだよ」
言うが早いか、持っていたデイパックをクレア目掛けて力の限り投げつける。
その細腕でなぜ出せるのか分からない豪速で飛んできたそれに、クレアはひょいとナイフを持ったままの手を伸ばした。
当たれば軽く指の骨折くらいは免れなさそうな勢いのそれを、特に難しくもない顔で払い落とす。
虚空で切り裂かれたデイパックが床に落ち、裂かれた隙間から静雄の支給品であるロザリオが顔を出した。
それを見たクレアが面白そうな顔で静雄へと尋ねる。
「なんだ、お前も『神父様』の御付きだったのか?」
「あ?」
「俺はこれから魔王とやりあわなきゃならないんだ。お前みたいな雑魚に構ってる暇はないんだよ」
「雑魚、だ? ……お前、マジで殺す」
言うが早いか武器一つ持たぬ状態で突進してきた静雄が、固めた拳をクレアの頬へと向ける。
「遅いな」
いまだ十二分に余裕のある声で悠々と殴打を避けると、右手のナイフを相手の腹部へと滑り込ませる。
腹を深々と抉ろうと突き刺したそのナイフは、しかし表面の薄皮を数ミリ切っただけで進攻が止められた。
静雄の人間離れした腹筋が、それ以上のナイフの前進を阻んでいるのだ。
刃を押し込めようとする力はそのままにして、クレアは面白そうに歓声を上げた。
「おいおい、何だよ、その腹筋。お前本当に人類?」
「人に見えなくて悪かったなぁ」
怒り心頭の静雄は、手近に置かれていた古椅子の背もたれを両手で掴み取ると、それを身体の前に掲げ、クレアに向かって突進した。
暴れる猪のように脇目も振らず直進し、クレアの目前数センチのところで手にした椅子を薙ぎ払う。
びゅんという風切音と共に、長く伸びた椅子の足が顔面をこそげ取ろうとした瞬間、クレアはさっと一歩後退して静雄から離れた。
静雄の振るった椅子は、先ほどまでクレアの頭があった空間をむなしく横に通過したのみだ。
後ずさったクレアを追って、静雄も前に歩を進める。先ほど振り払った勢いを殺さぬまま、再び椅子を頭蓋めがけて振り下ろす。
太い四本の脚が、獲物を狙う猛虎の勢いで頭上からクレアに襲いかかる。
普通の人間ならまず避けることすら不可能なスピードであった。
だが彼はクレア・スタンフィールドである。
彼は、左右の手を冷静に振り上げると、己の頭骨を粉砕せしめんと降下された椅子の脚の内の一本を、二本のナイフで両側から挟み込んだ。
――ガキィィン!
拮抗する腕力の二人の間で、椅子はもはや動くことなく静止する。
「雑魚にしちゃ、意外とやるなぁ」
「殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す……」
感心したとばかりに相手を賞賛するクレアに、静雄は苛立ちながら全く考えなしで新たな攻撃を仕掛けた。
抑えられた椅子は手にしたままで自身の右足を振り上げ、クレアへと激しい蹴りを向けたのだ。
鳩尾を狙ったその攻撃を身体を右にひねってかわすと、クレアはナイフを椅子の脚から離し、再度胸の前に構え直す。
らんらんと光るその武器は、一般の人間ならば見ただけで恐怖におののいて攻撃の手を止めるであろう。
だが、憤激した状態の静雄に怖いものなど何もない。
彼は自由になった椅子を手に、体勢を整えることすらせずクレアの元へと突っ込んでくる。
だが突撃してきた相手にナイフを差し向けた瞬間、クレアは予期していなかった背後からの気配を感じて、急遽横へと飛びすさった。
「戦を諌める。それもまた神の使いの務め」
そこにいたのはむくつけき巨漢、ハックルボーン神父で、その手にはいつの間にやら人身並みの長さの戦槍が握られていた。
クレアは素早く神父から距離をとると、ハンティング・ナイフの片一方を神父へと向けた。
「二対一か。ハンデには十分だな」
ひらりと方向転換して神父へ向き直ると、大振りなナイフの刃をはためかせ、高い跳躍で飛び掛る。
振りかぶったナイフが神父の太い首を突き抜こうと迫り、一方の神父はクレアごとナイフを下落させようと手の中の槍を真正面に迎える。
しかし次の瞬間、二人の間に割って入ったのは、先ほどまでクレアと対戦していた青年、平和島静雄であった。
当然、クレアの安全のために身を挺してかばったわけではない。自分の邪魔をされて怒り狂っているだけだ。
双方の間隙を縫って戦闘中の男たちの胸中に割り込んだ静雄は、右手でクレアの手首を、左手で槍の柄を同時に握り締めた。
彼の二本の腕には、はちきれそうなほどに血管の青い筋が浮かび上がっている。
激情に凍り、触れただけで誰もが凍傷を起こしそうなほどに冷たい声で、静雄は神父に忠告した。
「おい、おっさん。邪魔すんならてめぇから殺すぞ」
「――汝もまた神を信じぬ哀しき仔羊か」
悲しみに暮れた声でそう言うと、神父は全力でぶんと静雄の手を振り切って、再び槍の自由を手に入れた。
いまだクレアの獲物を握ったままの静雄へ距離を詰めると、苛烈の勢いで前方への打突を繰り返す。
「ちっ、糞が!」
素早くクレアの腕を放し、上下左右から降り注ぐ神父の槍を本能的な所作で避け続ける。
だが、防戦一方が性にあわない静雄は、手に持つ椅子を神父の上体へと力任せに投げつけた。
突然放たれたそれを神父が槍で一閃し薙ぎ落とすと、椅子がバラバラと分散され木片たちが床へと落下して折り重なる。
「神に仇なすか、愚かな者共」
「うるせぇ、死ね」
言って、今度は何一つ持たぬ状態で神父へと爆走していく。前身を低くかがめ、足に狙いを定めて肩から力強くタックルする。
だが一瞬早く突き出された神父の槍が、向かってきた静雄の胸元にぐいと突きつけられる。
体勢を低くしていたためろくな攻撃も出来ず、静雄は神父の兇悪極まる顔をただ見上げるしかない。
神父は、静雄の頭を狙って満足そうな表情で拳を繰り出す。幾人もの人間を天上へ強制シフトしてきたあの拳だ。
「貴方に神の祝福を――」
しかし神父の放った拳は静雄へと届きはしなかった。
静雄は、自分の腹に槍が突き刺さるのにも躊躇せずに、自分から神父の腕の下へと潜り込んだのだ。
突然の信じられない行動に驚き、一瞬動きが止まる神父。静雄はその瞬間を見逃さなかった。
鋭利な穂先が己の腹部にぐりっと穴を開けているのも全く気にせずに、渾身の力を込めた右の拳を神父の身体に放つ。
そのスピードからはいかな神父でも逃げ切れるものではない。
池袋最強と言われる殴打を正面からまともに喰らった神父は、どがっと小山でも崩壊したような轟音を響かせて膝を突いた。
「どいてろ、糞が」
吐き捨てると、腹に刺さったままの槍をぐいと引き抜く。
体内で十二分に生成されるアドレナリンが痛みも感じさせないのか、随分の流血も気にならないようだ。
自身の血液で血塗れたそれを右手で勇壮に床へ突き立てると、今の戦いを静かに傍観していたクレアに視線を向ける。
「今度こそ殺る」
その台詞に、クレアは困惑とちょっとした怒りとを込めて呆れ声で返答した。
「お前何してるんだよ。あいつは俺が倒す予定だったんだぞ?
まさか自分が魔王を倒したからって、俺のシャーネを横取りするつもりじゃないだろうな?」
「あぁ? 意味分かんねぇなー。俺はただお前に心底ムカついてるだけさ!」
静雄はクレアにそう言うと、手にした槍を目深に掲げ全速力で飛び出した。
先端があと何ミリかでクレアの喉笛をぶち抜くところまで届く。静雄は柄にかける力を増してさらに強く槍を前方へ突き出す。
だが刃物の扱いも超一流のクレアが、素人同然の静雄の動きを見切れぬはずも無い。
ナイフで器用に槍の軌道を逸らし、自分の肌には傷一本つけさせない。
「糞、面倒くせぇ!」
静雄は苛立ちながらそう咆哮すると、槍を投げ捨てていまだ倒れたままの神父に駆け寄った。
もちろん、助け起こすためではない。己の武器にするためだ。
ゆうに百キロは超えていそうなその巨体を苦も無く肩の高さまで持ち上げると――クレアの方向へ力一杯ぶん投げた。
「おいおい……」
まともに激突すればあばらの一本や二本ではきかなそうなそれを、クレアが紙一重のところでかわす。
頬ぎりぎりを風が掠めたのを感じる。
放り投げられた神父は無慈悲にも壁にぶち当たり、その衝撃でドンガラガシャンと雷鳴のような音が轟いた。
これほど肩に負担の掛かりそうな行いをしても全く平気な顔をして向かってくる相手に、しかしクレアは笑みを見せた。
「御付きにしちゃ随分とやる。だが――」
落ちたままだった槍を目にも止まらぬ速度で拾い上げると、懲りずに走ってくる静雄へとその先端部を突き立てる。
運悪くトップスピードで突撃してきた静雄は、左右に身体を避けることもできない。
クレアの圧倒的な力と己の走力とで奥へと押された刃は、ずぷずぷと嫌な音を立てて静雄の腹に吸い込まれて行った。
「ぁ、あぁあぁぁぁぁぁっ!」
「――俺に勝てる奴はいない」
床に倒れこむどさりという音と苦痛に叫ぶ悲鳴とをバックミュージックに、クレアはひとりごちた。
「ううむ、魔王を倒したのはあいつなんだよな。……でもあいつを倒したのは俺だからまぁいいか……」
勝手な理屈で決め付けると、彼はその場で自分以外に唯一立っている小柄な青年に問いかけた。
「で? 姫はどこにいる?」
【G-4/城の中/1日目・09:25】
【ハックルボーン神父】
[状態]:全身に打撲・擦過傷多数/気絶中
[装備]:宝具『神鉄如意』@灼眼のシャナ
[道具]:デイパック(支給品一式)
[思考]:神に仇なすオーフェンを討つ
【ボルカン】
[状態]:健康
[装備]:かなめのハリセン(フルメタル・パニック!)
[道具]:デイパック(支給品一式)
[思考]:やばい死ぬ怖い逃げなきゃ化け物が死ぬ死ぬ/打倒、オーフェン
【クレア・スタンフィールド】
[状態]:絶好調
[装備]:大型ハンティングナイフx2
[道具]:デイパック(支給品一式)
[思考]:姫(シャーネ)を助け出す
【平和島静雄】
[状態]:下腹部に二箇所刺傷(貫通はせず)
[装備]:山百合会のロザリオ
[道具]:デイパック(支給品一式)
[思考]:こいつを殺す!
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