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第376話:テスタメント

作:◆MXjjRBLcoQ

 11時45分
 ‘影’と別れ、‘彷徨う宝物’は『答え』求めて道をゆく。
  その『問い』は……

「うーん、どこから話したらいいかな」
 詠子は再び小首をかしげた。
「そうだね、まずは向こう側について語ってくれないかね。状況整理といこうではないか」
 長くなるよ、そう前置きして、詠子は佐山に向き合った。
「うーん、向こうはね、ほんとはこっちと変わらないんだよ。
 見れば分かるんだけど、誰も見ることは出来ないからそれを理解できないの。
 居るのに無視されたら誰だって悲しいよね。だから彼らはいつも“こっち”に来たがっている。
 でもやっぱり皆はそれすらも理解できないの」
 悲しいね、つぶやきながら詠子は佐山に額を寄せた。
「じゃあ、見えないものと向き合ってもらうにはどうすればいいかな」
 楽しそうに、尋ねる。
「ふむ、何故だかデジャヴを感じる質問だね」
 佐山は腕組みをして、思考する。
 デジャヴ、とはいったものの、2nd−Gとは状況は全く異なる、そもそも立場も逆だ。
 こちらは交渉がしたいのに、相手にそれを理解してもらえない。
 対等とすら思われていない?
 違うな。佐山は思考をリセットする。似たケースと混合してはいけない。応用と混合は異なる。
 問題は全く別なところにある。交渉以前の段階で、ファーストコンタクトが困難なのだ。
 そもそも我々は、見えないものとどう向かい合ってきた?
 見えない、未知のものに遭遇して、まず我々がすることは何だ。
「仮定してもらう、ということかね」
 存在すると仮定する、理解できる理論として構築し、当てはめることで、人類は病原菌を、電波を、
過去や未来さえも可視してきた。
 佐山の目の前にある笑みが強くなる。


 11時30分、
  草原と森の境目で、刀を携えたバンダナ少女、其処に無いものを捉える少女は、
  枝に括り付けられているそれを見つける。
  白い紙、びっしりときこまれた文字。彼女が好奇心のままに手に取ったそれは……

「そう、それが物語。人は『そう言うもの』と想うことで、それが存在するかのように振舞うことが出来る。
 絆も、血縁も、社会も、命も、そうやって人は仮定してきたんだよねえ。
 同じように、物語に触れれば、人は彼らに触れることが出来る。向こうに行くことも出来る。
 向こう側に行けば、私みたいに‘魔女’になれるの。
 今まで見えなかったものが見えるようになる、世界が新しい方向へ広がる」
「君のように世界の背景が見えるようになると?」
 人類の革新だね、佐山はシニカルに笑う。
「んー、ちょっと違うかな? やっぱりそれは人それぞれだよ」
「ふむ、では質問を変えよう。何が能力の差異をもたらすのかね?」
「皆にそれぞれの物語、‘魂の歪み’があるから、かな。自分の物語に近いほうが理解しやすいもの」
 佐山はそこであごに手を当てる。一拍の間。
「それが私は‘裏返しの法典’というわけなのだね」
 詠子は笑みを絶やさない。顔はまだ近づいたままだ。
 会話のたびに、お互いの呼吸が頬をくすぐり前髪を揺らす。


  11時、
  魔女を危険視する‘魔術師’は、仲間とともに道を行く。
  ディバックの中には黄ばんだ地図。その裏には……

「君の話から推測するに、君が今までばら撒いてきたのは、向こうに行くための物語ではないのかね。
 読めばその物語に則って、向こうに行けるようになる。そして向こうでその人の物語に近しい突出を得ることになる」
 そして佐山も笑みを浮かべ、
「しかし君はこうも認めた、『コンタクトは友好なものではない』と。
 そして君のような能力者は異端といっても差し支えない、
 そういったものたちの登場する物語なんて限られてくる。それらから導かれる結論は」
糾弾の言葉を告げる。
「物語とは‘怪談’なのだろう。そしてほとんどの者が向こう側に耐えられない。
 神隠し、百物語、こっくりさん、そういった、登場人物の狂気か死で終わる物語。
 多くのものが突出を得ることなく、または得たもののために、向こう側の犠牲になる」
 詠子は静かに、ただ変わらぬ笑みを以ってその言葉を肯定する。
 恐ろしい、と佐山は思う。彼女は感情より思想に殉ずる人間だ。
 その思想は、どうしようもなく、美しいまでの黒一色。
 佐山は、彼女に抱いた第一印象の正しさを確信する。
 それが許されるのなら、彼女は牢獄たる病院に死ぬまで、いや、遺体や遺品までも幽閉しておくべき人間である。
 しかし同時に、この上なく有能な人物。そして佐山は正義の味方ではない。悪役だ。
「それは人を屠殺場に送ることに等しい、まさしく虐殺行為だ。いやはや、詠子君も中々に大した悪役だね。
 ハハハ、この腐れ外道が」
 言葉と同時に、鉛筆を持つ佐山の指が踊った。
『しかし同時に、一部の者は自身の物語にふさわしい突出を得る、
 中にはこの現状を打破し得る能力者が生まれる可能性がある。違うかね』
「だとしたら本物の悪役君はどうするのかな」
 沈黙。言葉のエアポケット。
 その間を縫うように、佐山は小さな、しかし確かに聞き覚えのある飛来音を耳にした。
 一瞬逸れそうになる視線。
 詠子はそっと両手を佐山の頬に。
 触れそうで触れない両手が、確かに佐山を詠子に縛る。


  10時30分
  水を求めて道に迷う、‘鏡に出会った殺人鬼’は、風に舞う一枚の紙片を拾う。
  ただ短い一文が書かれたそれは……

「私が播いたのは『合わせ鏡の物語』、
 4時44分、誰彼、死と生、昼と夜が混在する時間、死んだ人の顔が鏡に写る、四次元の世界に引き込まれる。
 零時、今日と明日が混ざり合う時間、鏡に未来の自分の姿が見える。結婚相手がみえる、死に顔が見える。
 二時、丑三つ刻、全ての境界があいまいになる時間、鏡は違う世界につながってる、鏡と現実が入れ替わる。
 いろいろなカタチがあるけれど。みんな『違う世界』を望むもの。
 ここに集められた人たちも、みんな『違う世界』を望んでた。
 だから私は種を播いたの。鏡の向こう、違う世界にいけるように」
 詠子の言葉が、徐々に佐山を浸していく。
「私はみんなの‘望み’を叶えたあげたいだけ。そのために物語を広げるの」
 詠子は、もう一度佐山に尋ねる。
「だとしたら本物の悪役君はどうするのかな」
 見詰め合う二人。
 口元を引き結ぶ少年と、蕩けるような笑みを浮かべる少女。
 佐山はその端を歪めて、笑う。
 体をわずかに前倒しに。それは前髪がかすかに触れる距離。
「戯言だね」


  12時45分
  四人の少女は一路を北に。そして意識の底に触れる少女はまた転ぶ。
  地面を這うその視線の先に、ちぎれたメモの一部を見つける。
  それは……

「いいかね、詠子君。それは大義名分だ。一般人が相手ならそれもよかろう。
 しかし大事を成す私は知っている、大事を成す人間は根本的に自分の思想にしか拠らないことを。
 皆がそれを望むから? へそが茶を沸かす。
 私に向かってそんな言葉を吐くことは、腹の底を隠しています、と宣言しているようなものだよ。
 敢えてもう一度言おう、戯言だね」
 クリアな思考、湧き上る自信、そこに佐山は確固たる自己を確認する。
「ああ、気にすることはないよ、詠子君。悪役に本音を隠して相対するのは魔女の宿命だが、
 それを見抜かれるのもまた宿命だ。私は配役を弁えているのでね。安心して嘘を吐くがいい、
 ことごとく見破って差し上げよう」
 詠子は、ほぅ、と溜息を吐いた。二人の前髪がかすかに揺れる。
「本当に君はすごいね。魔女の言葉に耳を傾けて、それでもなお自分を保てるなんて」
「なに、相手の欲するところを悟るのも交渉のうちと言うことだよ」
 触れ合う前髪の心地よさに目を細め、佐山は魔女と『交渉』する。
「契約書だ」
『魔女が悪役にその瞳を差し出し、世界の脱出に協力するなら……』
 佐山は一息に書き連ねた。
『悪役は魔女に、この世界の物語をお見せしよう』


  13時
  守るべき主を奪われて、罠を拵える‘番犬’は、木に刻まれた一文を認める。
  それは……

 互いの額が触れ合う、唇が触れ合いそうなその距離で、詠子はくすくす、その喉をならす。
「魔女は悪役にすっかり誑かされちゃったからね」
 その目を瞑って、おかしそうに笑う。
「でも、皆を‘魔女’にして、みんなが望みを叶えられるようにしてあげたいのも本当だよ」
「それも承知している。そちらにも協力しよう。了承なら、テスタメントと言って欲しい」
 そう言って、佐山は眼前の彼女を見つめた。
 ふ、とその目が開かれる。
 彼女の瞳に、佐山の顔が、佐山の目が映る。
 その目に映るのは、またも彼女の瞳。
 それは擬似的ながらも、二人を映す合わせ鏡。
 佐山は認めた。彼女の瞳の一つ、そこに映るのは、懐かしき新庄運切の顔……

  7時50分
 ‘世界のカケラ’は‘欠けた双子’とともに、その超聴覚に唄をとらえる。
  それは……

 額を外し、うずくまる様にして、佐山は軋む右胸を抑える。
 彼女といる限り、この胸の苦しみは幾度となく自分を襲う。
 そういうことだ。彼女と組むということはそういうことなのだ。
 佐山は苦しみの合間を縫って、そう呟く。
 違う世界を見る過程、何度もの蘇るであろう彼女の幻影。
 詠子は悲しみながらも、佐山を‘魔女’にするためならば、それを平然と突きつける。
 やさしく佐山の背中をさすりながら詠子は、テスタメント、と囁いた。
 背中に伝わる感触から、彼女の裏表のない優しさがわかる。
 それゆえの矛盾。自身が原因でありながら、一切の後ろ暗さをもたない、矛盾。
「今はこれだけ。『洗礼』にはもっとふさわしい時間と場所が必要だから。
 私は祈ってるよ、君が‘できそこない’にならないことを」
 詠子は佐山に微笑みかける。佐山は背中越しにそれを見た。
 年上なのに愛らしく、どこまでも邪気のない、狂ったようなその笑顔。

  全てが朽ちゆく森の小屋。
  錆のにおいの満ちる部屋。
  拾われるのを待ちわびる、黄ばんでかすれた古い地図。
  それは魔女の夜会の招待状。

【C-6/小市街/1日目・12:15】

『Missing Chronicle』
【佐山御言】
[状態]:精神的打撃(親族の話に加え、新庄の話で狭心症が起こる可能性あり)
[装備]:Eマグ、閃光手榴弾一個
[道具]:デイパック(支給品一式、食料が若干減)、地下水脈の地図
[思考]:1.風見、出雲と合流。2.詠子の能力を最大限に利用。3.地下が気になる。
【十叶詠子】
[状態]:健康
[装備]:魔女の短剣、『物語』を記した幾枚かの紙片
[道具]:デイパック(支給品一式、食料が若干減)
[思考]:1.佐山に異界の『洗礼』を(佐山がどう覚醒するかは不明)
    2.物語を記した紙を随所に配置し、世界をさかしまの異界に。

追記:行間の人間は次のとおり、上から順に
   坂井悠二、火乃香、宮野秀策、零崎人識、テレサ・テスタロッサ、相良宗介、長門有希

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