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第092話:Devils Whisper

作:◆Wy5jmZAtv6

そうか…素敵な人だな、君の友人たちは」
「ええ」
和やかに話し合うアシュラムと志摩子
アシュラムは志摩子の顔を覗き込むように見つめる、
不思議とこの娘と話していると何故か癒される、そんな気がする。
だからこそ、その聖という娘も彼女に魅かれたのだろうか?
そんな気分で、久しぶりに満ち足りた思いを得たような気分になるアシュラム、しかし…
その時は長くは続かなかった。

歌が…歌が聞こえる…美しき妖魔が奏でる死の音色が…
その悲しげでそして優しい音色はいつしか2人の心を虜にしようとしていた。
「いかん」
その囁くような歌に隠された悪意を察知するアシュラム、果たして…
「ほほ…よう見破った」
闇の中から溶け出すように現れたのは白いチャイナドレスを纏った世にも美しき女だった。
顔半分をベールと髪で隠してはいたがその美貌はいささかも衰えてはいない。

「だが…わずかな一瞬であってもわたしには十分ぞ」
美姫の瞳が光る、反射的に未だ魅入られたままの志摩子を庇うアシュラム
その代償として彼は見てしまった、美姫の魔眼を。
「ここは?」
アシュラムは戦場にいた。
眼下には焼け付くような溶岩がボコボコと泡立っている。
「…まさか…」

考えるまでもなかった、そこはあの日の火竜山…さらに、目を凝らせばそこに在ったのは
あの日の自分と、そしてカシュー王の姿…そう、そこで繰り広げられていたのは己の誇りと意地を賭けた戦い
だがしかし…アシュラムは己の罪にまた慟哭する。
卑怯・未練を何よりも嫌い憎む男が行った、たった一度のしかし取り返しのつかぬ過ち。
「やめろ!やめてくれ!!何故思い出させようとする!!」

そこに美姫の声が重なる。
「それほどまで辛き記憶ならば捨て去ってしまえば良いものを…人という物はまことに厄介にして難解じゃの」
その甘言はまるで乾いた砂に水が溶け込むような鮮やかさでアシュラムの精神を侵食していった。
「やりなおしたいかえ?もう一度騎士として立ちたいかえ?」
もはやアシュラムは抗うことができなかった。

先立っての佐藤聖もまた失った恋の痛みと、同性愛者という闇を抱えていた。
そんな心の隙間を妖女は易々と陥れる。
みよ、黒衣の騎士と恐れられるかの暗黒騎士アシュラムですら、いつしか美姫の足元に跪いているではないか。
「ふふ、美丈夫よの」
アシュラムの白い顔、そして黒い髪を撫でる美姫、
「望みどおりそなたの心の空白、わたしが埋めて進ぜようぞ…今宵、今これよりそなたの主は」
そのまま美姫はアシュラムと口付けを交わす、
「このわたしぞ、生きる場所そして生きる意味わたしが与えて進ぜようぞ」

アシュラムの瞳が急速に意思の光を失っていく、そして今度は別の新たなる光がその瞳に宿っていく。
その光はあの暗黒皇帝ベルドの下、親衛隊長としてその武名を欲しいままにしてきた
あのアシュラムの瞳の光そのままだった。

志摩子は何も出来なかった…
ただ美姫の唇からわずかに覗く牙を見逃さなかった、その程度のことしか出来なかった。
「血を吸ったのですか?」
不思議と冷静だ…こんな時自分の性格が少し嫌になる。
「僕にしたわけではない、わが白昼の眠りを妨げる無粋な輩を討つのにこまるであろ?」
しれっと言い返す美姫。
「殺さないのですか?」
今度は鼻を鳴らし憤慨したような声で応じる。

「見くびってもろうては困るの、あのような下卑た輩の茶番にのるわたしと思うたか、ただわたしは自由に生きるのみ」
「愛したい者を愛し、殺めたい者を殺め、そして死すべき時がくれば死すであろ…もはやそれだけに過ぎぬ」
その言葉…志摩子は美姫の心の奥に潜む翳りのような何かを感じ取っていた。
「可愛そうな…人」
その声が聞こえたか聞こえぬか、果たして美姫は振り返る。
「そなたにも永遠をくれてやろうかと思うたが、その賢しさ、気に食わぬな」
爪を立て牙を剥き出す美姫。
「私は構いません、ですがアシュラムさんは許してあげてください、
 この人はこの様なところで死んではいけない人です」
「わかっておる、この者…古の関雲長にも劣らぬ将と見た、だからこそなのだ、
 真の武士は二君に仕えず、だがこのまま朽ち果てさせ無為な死を遂げさすにはあまりに惜しい」

美姫はすっと片方の指を上げる…それを志摩子の額に向けて
バシュン!!
でこぴん一発とはいえ、美姫の一撃を受けてぶっ飛ぶ志摩子、その落下点には黒々とした藪が顎を開いていた。
「救いたくばこの者を真に愛し想う者を捜すがいい、そしてその者の魂の叫び届かば、奇跡起こるやもしれぬの」

そして美姫は自らの支給品であった、華奢な簪に力を込める
と、それは巨大な薙刀…青龍堰月刀へと姿を変える。
「鶴翼斬魔、新たに生まれ変わったそなたに相応しき得物ぞ、
 その刃で我に仇なすもの全て斬り払うがよい!!」
「御意」
跪き恭しく得物を受け取るアシュラム、その瞳はやはり爛々と燃えていた。
かくして最悪の吸血姫は最強の騎士を得たのだった。


【美姫】
 [状態]:通常
 [装備]:なし
 [道具]:デイパック(支給品入り)、
 [思考]:己の欲望のままに/そろそろ寝床を探す

【アシュラム】
[状態]:健康/催眠状態
[装備]:青龍堰月刀
[道具];冠
[思考]:美姫に仇なすものを斬る

【藤堂志摩子】
[状態]:健康(気絶してるかも)
[装備]:不明
[道具]:不明
[思考]:不明

現在位置 【H−5/海岸/一日目、04:00】

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