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第091話:Alternative

作:◆l8jfhXC/BA

 南に出ると、まもなく砂漠のような場所に出た。
「さすがに砂漠の真ん中に休息できる場所はないでしょうね。さっさと抜けましょう」
「うん」
 ──ほんと、さっさと抜けたいんだけどね。
 クエロは胸中でつぶやいた。
 クリーオウの雑談に付き合いながら、そして彼女の歩幅に合わせて歩いているのでかなり遅くなっている。
 さっさと人材と情報を集めて脱出したいのだが。それと、やはり武器も欲しい。
 使える人が持っていた方がいい、という理由でクリーオウからナイフを預けられたが、これだけでは心許ない。
 もちろん、クエロは武器がなくとも並の──いや、並以上戦士でも勝つ自信はある。
 だが、ギギナレベルの相手となるとやはりナイフでは無理だ。
 そして何よりも問題なのは、ここには計り知れない能力を持つ者たちがいるということだ。
「でね、そしたらオーフェンが──」
 オーフェン。マジク。魔術。声のみを用いて咒式と同じような現象をもたらす能力。
 ……正直、少し焦った。
 そんな連中がいるのならば、自分は抵抗も出来ずに彼らの一声だけで殺されてしまうのかもしれない。
 確かに咒式士は、身体に穴が開いたり片腕がもげた程度では死なない。鍛え方が違う。
 ギギナのような生体咒式士なら、そもそも細胞のつくりから違う。
 ただ、頭部を吹っ飛ばされたら死ぬしかない。
 ──ならば。
「はやく見つかるといいわね。きっと心強い味方になってくれるわ」
 うまくやりこめて味方に引き入れる。
 後々、主催者側に回ることになった場合でもいいように、十分な信頼を得ておかなければならない。
 そのためには彼女の存在が必要になるだろう。今は苛立ちの原因でしかないが。


 ──と。こちらに向かってくる人影が見えた。呼びかけようとして、
「そこの二人、止まれ」
 ……先手を打たれた。まぁ、マーダーならそもそも声もかけないだろう。それとも隙をつくか?
「止まりましょう」
「……う、うん」
 素直に立ち止まって、相手の出方を待つ。
 子供を気丈にかばう母親のように。身を堅くし、相手を少し不安の色がちらつく強い眼光でにらみつける。
 確かに、戦闘能力はこのゲームではそれほど飛び抜けてはいないかもしれない。
 だが、詐術なら間違いなく自分が一二を争う腕だと、クエロは確信していた。
 両手を挙げて戦う気がないことを見せながら──しかし、いつでも飛び出せるよう神経を尖らせて。
「質問だ。あんた達はこのゲームに乗る気があるか?」
 ……一言で言えば、異形だった。
 大昔のペテン魔法使いのような白いローブ。腰には長剣。まだ、これらはいい。
 問題は首から上だ。青黒い──まるで岩で出来ているかのような肌。
 月明かりを受けて銀色に見える髪は、明らかに毛髪ではない煌めきを宿している。
 声の低さからすれば男性か。しかしここまで来ると性別があることすら疑わしい。
(そもそも彼は人間なの?)
 額は髪で隠れて見えないので、擬人かもしれない。
 もちろん、今は彼の正体について考えるよりも質問に答える方を優先すべきだ。
「ないわ。……仲間を集めて、なんとか脱出する方法を探してるの」
 慎重に言葉を交わす。クリーオウは不安そうにクエロの一歩後ろにいた。
 自分はともかく、彼女は“やる気”には見えないだろう。うまくいけば油断させられるかもしれない。
(……そういえば、初めて役に立ったわね?)
 胸中で苦笑する。この少女には“魔術士”をおびき出す餌以外の価値はないと思っていたのだが。
「……俺もそのつもりだ。では長い茶髪か黒い短髪の少女を見ていないか?」
「ごめんなさい、見ていないわ」
「そうか。……すまないが、俺は知り合い以外と馴れ合う気はないんだ。手間をかけた」
 それだけ言って、異形はきびすを返した。
 ──少し逡巡して、クエロは言った。
「待って!」
「なんだ」
 そして、言葉を続ける。
「私は少し戦える。武器はこのナイフだけだけどね。
でも、彼女は普通の女の子なの。これじゃゲームに乗っている奴らに太刀打ちできない。
完全に信じろとは言わない。一時期だけでいいわ。同盟を組んでくれない?」
「同盟というのは対等な立場で結ぶものではないのか? 俺は一人でも戦える。必要ない」
 そりゃあそうだ。普通は、わざわざ好きこのんで足手まといを増やす必要はない。
 ──諦めるか? いや。
「……じゃあ、言葉を変えるわ。……私たちを助けて」
「……」
「私もこの子も、日常からいきなりこんなゲームへと引き込まれた。早く元の世界へと帰りたい。ただ、それだけなの。
……こんなことを他人に頼むことはおかしいと思う。でも、私たちにはそれしかすべがない」
 悲愴な面持ちを作り、少し声を荒げる。クリーオウは自分と異形を不安そうに見ている。
「信じられんな」
「……クリーオウ、荷物を捨てて」
「あ、うん」
 地面におろされた荷物を放り投げる。もちろん自分のものも。
 ナイフも足下に落として異形の方へと蹴った。
「私は、この子を守りたい。ここで会ったまったくの他人だけれど……私はこの子を助けたい。
だからこの子にはあまり危険なことに──これ以上、危険なことに巻き込ませたくはないわ。けど、私は何でもする。
……だから、お願い」
「あの、わたしもできる限り、がんばれるから」
 知り合い以外の他人と関わりたくない者なら、最初の呼びかけを無視しているはず。
 そして“助けて”と言った際、異形は少し動揺した。
(こんなの、修羅場のうちにすら入らない)
 賭けは常に自分の命。誰を信頼し、誰を切るか。
 あの、忌々しい事件の後、これ以上の状況を何度も経験している。

 ────さて、どうでる?


 クエロの予想通り、ゼルガディスは迷っていた。
 腰には支給品の──ガウリイの形見になってしまった、光の剣。文句なしの“当たり”だ。
 確実に信頼できるのはリナとアメリアのみ。ただ、二人ともガウリイの死によって錯乱状態になっているかもしれない。
 そんな不安はあったが、必ず二人を探し出してここから脱出するつもりでいた。
(どうする?)
 彼女らを捨て置いた方が行動は取りやすいだろう。
 だがここで見殺しにして後から死体を見ることになると寝覚めが悪い。
 再会した後にリナやアメリアに怒られるだろう。特にアメリアは、一人で探しに行くと言いかねない。
(どちらにしろ助けに行くことになるのなら……早いほうがいい)
 実は、助けること自体にはそれほどためらいがなかった。……問題は。
(あの女だ)
 さっきから自分と交渉している灰白色の髪の女。気丈に背後の少女を守ろうとしている──ようにみえる、のだが。
(何か……底知れないものを感じる。いいのか? 完全には信頼を置かないにしろ、行動を共にしても)
 彼女を残し金髪の少女だけを助ける。それも一つの手だ。彼女は承諾するだろう。
 だが、様子を見るに、少女は女に全幅の信頼があるようにみえる。
 そんなことをしたら少女は、信頼できない自分の誘いを断って女の方に行くのではないか?……ならば意味がない。
(…………怪しい行動に出たら即斬ればいい。それだけの話だ)
 自分に言い聞かせ、ゼルガディスは二人に向けて言った。
「いいだろう、しばらく行動を共にしよう。但し、俺の人捜しの方に付き合ってもらう」
「……ありがとう」
「よかった……」
 女は安堵の笑みを浮かべた。そこにほころびは見つからない。
「私はクエロ・ラディーン。この子はクリーオウ・エバーラスティン」
「俺は、ゼルガディス・グレイワーズだ」
「よろしく、ゼルガディスさん。……あの、とりあえず、荷物を回収してもいいかしら?」


──こうしてゼルガディスは、選択を誤った。



【残り98人】
【B-1/海岸 /1日目・2:00】

【クエロ・ラディーン】
[状態]:健康・演技中
[装備]:普通のナイフ
[道具]:支給品一式、高位咒式弾(汎用)
[思考]:ゼルガディスについて行く(+魔杖剣(クエロの魔杖短槍か<内なるナリシア>)を探す→後で裏切るかどうか決める)

【クリーオウ・エバーラスティン】
[状態]:健康
[装備]:なし
[道具]:支給品一式
[思考]:ゼルガディスについて行く

【ゼルガディス・グレイワーズ】
[状態]:健康、クエロを少し疑う
[装備]:光の剣
[道具]:支給品一式
[思考]:リナとアメリアを探す

2005/05/09  改行調整、一マス開け追加、ダッシュ・三点リーダ追加修正

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