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第013話:堕ちた黒衣

作:◆Ui8SfUmIUc

「さて……」
森を直ぐ抜けた所には何故か海があった。
しかし、その海は流れが早すぎ泳いで渡るべくも無い。それに魔法等世界に干渉する力を極めし者なら、瞬時に気づくであろう。
この海が真実、海で無いという事に。
男は海岸の岩陰に腰を降ろした。
特にする事も無く、取り合えず渡された袋の中身を確認する事にした。
「食料が無くなるが早いか……俺が殺されるが早いか……」
中には彼にとって興味の沸く品は無く、食料と素朴な意匠の冠のみ。
彼は微かに微笑み。
直ぐに微笑む事を飽いた様に、蝋細工の様な顔から感情を消した。
「……下らん。玉座等……」
陛下は既に死なれた。
支配の王錫はカシューに奪われ、信頼できる部下を失った。
傍らに立ち、意味の無い生を生かしてくれた、グローダーには逃げられたと思われてしかたない。
「元より器では無かった……」
あの若い戦士は既に死んだ、あの戦士と戦えるというのであれば、少しは興味が出たというのに。
波が静かに砂浜を打った。
足音は波にかき消されて消えた。

「あの、大丈夫ですか……?」
「……ん?」
男は声に反応し、顔をあげた。
背後、岩の横には一人の少女が立っている。
「何の用だ」
感情の籠もらぬ声、顔。生気が無い、とでも言うのか。
少女は場に似合わぬ心配気な顔で、男の顔を覗き込む様にして見つめ。
「お身体悪いのでしたら……」
「いや、そう言う訳では無い。」
そう、少女の言葉を遮って、再び波打ち際を見つめた。
引いては寄せる、暗黒の島を思い出させる暗い海。
少女は何故かその場を離れず、男の長い黒髪を見つめていた。
「まだ用があるのか?」
「あ、いえ……」
「無いなら立ち去った方が良い。誰かに狙われるからな、こんな開けた場所は……それに俺の様な男、信頼するな」
一瞬、不安とも、悲しみとも取れる感情が浮かんで消えた。波の様に。
少女は、フと微笑むと。
男の横に座した。
横目で少女を見ると、少女はまるで大地母神の司祭の如く、男に微笑みを向けた。
「……なんのつもりだ」
冷たい突き放す言葉、けれど少女は怯むことなく。
「お邪魔でしたら、立ち去ります。私、お邪魔ですか?」

「……いや。それより俺を信頼するとでも言うのか?」
男の言葉に少女は首を振り、男の手に微かに触れる。
冷たい男の手に、優しい暖かさが染み込んでいく。
「知っている人に似ていたんです」
「俺が、か?」
「はい」小さく頷き「誰よりも真っ直ぐで、責任感が強い。けど、何処かで他人と壁を作りたがる」
少女は胸に手を当てて、深緑の服の中に眠るロザリオに触れた。
「いえ。朱に交われば紅くなる、それが出来ないだけの不器用な人」
「……知った口だな。まるで自分の事を話してる様だな」
男は嫌みを言った、少女を突き放す為に。
自分の周りに居る者は傷つく、殺される、死ぬ。ならば誰も、誰も居ない方が良い。
しかし
「そうですね。そうかもしれないです、きっと。」
少女はクスッと口に手を当て、笑むと。
「私も昔は他人とは壁を作っていて、それを自分では気付いて無くて……でも。友達のおかげで」
「変わった、とでも言うのか?」
「はい」
少女の何処までも無垢な笑顔。
男は顔色を変えず。
「名をなんと言う?」

「藤堂志摩子」
男はなんとはなしに、その名を刻んだ。
「シマコか、良い名だ……」
「ありがとうございます、で、貴方の名前は?」
「アシュラム……これでも、騎士だ……」
騎士、という名を口にした瞬間。アシュラムの顔に苦悶が浮かんだが、それも直ぐ消えた。
ここで死ぬなら過去等……
「シマコ、なんでも良い。話してくれ」
「話ですか?」
志摩子は不思議そうに首を傾げ、アシュラムの横顔をみる。
「ああ、お前の友人の話を……どうしようも無く、暇、だからな」
生気のない顔には変わりないが
「それにシマコを変えたモノ、それが知りたい……」
まだ、まだ立てるかも知れない。
志摩子を変えた何か、それを知ればもう一度立てるかも知れない。アシュラムはそう考え、暗黒の島を連想する海をみつめ続けた。
志摩子は微笑んだ。この人はまだ救える、と。
「じゃあ、私のお姉様の話を……」

【アシュラム】
[状態]健康、精神衰弱
[装備]無し
[道具]冠
[思考]
1>志摩子の話を聞く
2>死を待つ


【藤堂志摩子】
[状態]健康
[装備][道具]不明
[思考]アシュラムと話す

場所
H-8 海岸

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