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第075話:終わった事と……

作:◆eUaeu3dols

ざくり。ざくり。
ペットボトルを真ん中で切った簡易シャベルを地面に突き刺し、土を掘り返す。
ざくり。ざくり。
(まるで人を刺しているみたいだ)
そんな事を思ってしまうのは、やはりすぐ横に死体があるせいだろう。
ざくり。ざくり。
手と膝を土で汚しながら、大地と格闘を続ける。

「これで良いわ」
頭上から声が掛かる。
頭を上げると、目の前にはぼくと同じように膝を土で汚した女性がいた。
手にはペットボトルのもう半分を持ち、ドレスの膝下は土で汚れている。
「まだ浅いですよ。ちゃんと埋葬するんでしょう?」
「用事が出来たわ。これ以上時間は掛けられない」
「光陰夜の毎に、だね」
目の前の女性の声に続き、少し甲高い男の子のような声がよくわからない事を言う。
どうやら前半部は仕方がないようだ。

「あなたは足を持ってちょうだい」
「はい、わかりました」
どさり、と。ようやく人が隠れる程度の墓穴に死体を置いた。
すぐに足から、掘った土を被せて埋めていく。
最後に無惨に潰された顔を、女性は一度優しく撫でてから、薄く土を被せた。
ぼくこといーちゃんは、朝比奈みくるの遺体を埋葬した。



大体、3時間くらい前の事だと思う。
ぼくはメイドさんを踏みつけた。

「いたたたた……あれ…ここは…………ッ!」
「メイドさん?」
ぼくが踏みつけたモノは正しくメイドさんだった。
背が小さくで幼い顔立ちでやたらと胸が大きいおまけ付きだ。
ぼくの声にメイドさんはびくっとなった。
「あ、ひゃ、ダメです、殺さないでください、乱暴しないでください!
あたしはなにも……!」
そして、凄い勢いで怯え始めた。
「……お兄さん、強面なんだね」
エルメスの言葉に割と傷ついた。
ぼくは割と標準的で、どちらかというと大人しい顔立ちだと自負している。
「なんでもします! えっと、書記とか、お茶入れなら出来ます、だから……」
「待ってください、ぼくはなにもしませんよ!」
放って置いたら何を言い出すかに少し興味が有ったが、止める。
「……ほ、本当ですか?」
「少なくとも、殺したりしません」
その言葉にメイドさんはホッと安堵の溜息を吐いた。
「よ、良かったぁ」

彼女は朝比奈みくると名乗った。
話を聞くと、彼女はぼくより少しだけ早く出発したようだ。
「あの……あたし、人が死ぬところを見て怖くなって……」
それに加え、スタートした直後にデイパックを崖から落としてしまい、
恐慌状態に陥って仲間を求めて必死に走り、木の根っこに躓き、
壮絶にすっ転んで頭を打って気を失ってしまったのだそうだ。
それを聞いてぼくも寒気を感じた。


「それじゃ、君はかなり目立ってしまったんじゃないのか?」
ぼくは寒気を感じながら言った。
殺し合いが起きているこの場所でそれはとても危険な事だ。
だが、その返答は朝比奈さんではなく、その更に後ろから聞こえた。
「安心なさい。見ていたのはあたくしだけよ」
朝比奈さんがまたもびっくりして振り返る。
そこに居たのは……
「「「女王様?」」」
ぼくと、朝比奈さんと、ついでにエルメス君の声まではもった。
金髪碧眼の美形(ちなみにこれまた胸が大きい)で豪奢なドレスを身に纏い、
やたらと高笑いでもしそうな高慢な空気を身に纏った姿は正に女王様だ。
「戦うつもりは無いわ」
それは判る。ぼく達はまるで彼女の接近に気づけなかった。
彼女が敵なら、既に遅いかかっているか、数を恐れて離れている。
「誰なんですか、あなたは」
「ダナティア。ダナティア・アリール・アンクルージュ」
すらすらと、返答としては長くないのにやたらと長い返答が返ってきた。
「楽園の魔術師よ」
おまけに妙な言葉が付け加わった。
ぼくは魔術師と聞くと巧妙なトリックを持つ手品師を想像するが、
デイパックからベスパが出てきて喋り出す今、本物でもおかしくない。
おかしくはない、が……女王様で魔術師というのは豪華すぎやしないだろうか。
「そちらの名前は立ち聞きさせてもらったわ。事情もね」
それは話が早い事だ。というか、一方的に話を進められている気がする。
「同行させてもらうわ」
「どうしてそうなるんですか?」
「群を作るのよ」
ダナティアは堂々と宣言した。

「出来るだけ多人数で生き残るわよ」


いーちゃんとエルメス、朝比奈みくるにダナティアは移動を開始した。
最初の目的地は南……ではなく数百m程度北だった。
朝比奈みくるが落としたというデイパックを捜索する為だ。
落としてからまだ20分と経っていないのだから、まだ残っている公算が高い。
中身のパンや水もさる事ながら、ランダム支給品に役立つ物が入っているかもしれない。
魔術師だというダナティアの存在とその気品と自信に安心したのか、
朝比奈みくるは雑談(主に友人達の話だ)までしながらしっかりと道案内をしていた。
(だけど、ぼくはまだ信用しない)
いーちゃんは少し警戒していた。
考えてみれば、デイパックの存在は彼女が2人を殺す理由となりうる。
彼女がランダム支給品を狙った強盗だという保証は無い。
それとは別に、彼女が魔術師だという証拠もまだ見ていなかった。

「あ、ここです! この崖の下!」
みくるが嬉しそうに崖の下を指差す。
住居の三階くらいの高さだろうか。
崖の下も木々が密集していて、デイパックは見えない。
「そう、それじゃ下に降りて……」
ダナティアがそう言おうとした時、遠くから微かに一発の銃声が響いた。
「ひっ」 「……大丈夫、離れた場所です」
またもびくっとなったみくるをいーちゃんが諫める。
「……あれ? この銃声、聞いたことあるような……」
エルメスが素っ頓狂な声をあげた。
「知り合いの銃なのかしら?」
「うん、ここに来る前にぼくの持ち主……キノっていうんだけど。
なんとなく、キノがよく使ってた銃の気がする。……取り上げられてたけど」
「そう。どんな形状なのかしら?」
「えっと、森の人っていって、グリップが……」
形状の説明を聞き、ダナティアは少し考えた後、言った。
「あたくし、少し様子を見てくるわ。しばらく隠れて待っていなさい」
「え、ちょっと待って……」
止める間もなく、彼女はその場から掻き消えていた。


結論からいえばこの時の行動は失敗だった。
まず、転移の時に強い抵抗を感じた。
まるで粘度の高い液体の中で泳いでいるような不快で重い感覚だ。
それを強引に突き抜けて転移した時、転移目標地点より少し手前上方に出現し、墜落した。
「くっ、あたくしはあのぬらりひょんではなくてよ!」
咄嗟に風の膜を張って衝撃を軽減する。
彼女の師匠の、極めて高度にも関わらず、どういうわけか高い位置エネルギーを持つ、
空中に出現する転移に慣れた彼女にとって、この位は容易いことだ。
だが、失敗した事が不愉快だった。彼女のせいではないにしても、だ。
(杖が無いだけではないわね。転移自体に制限が掛かっている……)
いつも飛べる距離の一厘にも満たない200mの転移が限界に近い。
これは4時間あまり後に発生するという禁止区域を飛び越せない事を意味した。

次に、銃声の原因だ。
到着地点から透視を発動させ周囲を捜索した。
こちらは事前に気づいている。範囲は半径300mという所だ。
銃を所持していた、アイザックとミリアと互いを呼び合うその2人は……
「……馬鹿ね」
正直、至急にどうこうする必要はまるで感じなかった。
保護の必要も無いだろう、多分。

そして、最大のミス。

「あ、あの、あたしやっぱり取りに行きます」
「やめた方がいい」
ぼくは当然のように止めた。
だけど朝比奈さんは主張した。
「だって、降りる道だって有るし……2〜3分も有れば行けるんです。
ダナティアさんが見に行ってる間、何もしないでいるのも嫌ですし。
それに、急がないと誰かに取られちゃうかも……」
その言葉にぼくは押し黙った。
確かにそうだ。それに、誰かに、以外にもう一人警戒すべき人物が居る。
彼女は今の所、私利私欲は見せていないし、概ね信頼に値する人物だ。
だからといって、ダナティア皇女(女王ではないらしい)に全幅の信用を置いていいかは、まだ判らない。
一足先にデイパックを手にしておくのは手かも知れない。
「それじゃ、あたし行ってきます!」
「あ、ちょっと待った、ぼくも行こう」
「いえ、いーちゃんさんはダナティアさんが帰ってくるまで待っててください」
「いーちゃんさん……」
確かにいーちゃんと呼ばれていると自己紹介したが、それにさん付けは何かが違う。
……いや、そんな問題ではない。
ぼくは少し迷ってから、朝比奈さんを追いかける事にした。
「エルメス君、留守番頼むよ」
「うん、任せて」
そもそも、自力で動けないエルメスは待っているしかないのだが。

ぼくがこの選択をするまでに迷った時間は一分かその程度。
たったそれだけの遅れだったのだ。


ぐしゃり。
デイパックを見つけた彼女がそれを拾いあげ、ようやく気づいて振り返った瞬間。
背後から忍び寄っていた男が、崖から転げていた岩で彼女を正面から殴りつけた。
朝比奈さんの頭はザクロのように赤い中身をさらけ出した。
その後はまるで喜劇のようだった。
男はデイパックを奪う間もなく別の男に襲われ、慌てふためいて逃げていった。
二人目の男も追いかけて行き、その後で続けざまに銃声が響いた。
そして、静かになった。
ぼくは物陰でずっと見ていた。
最初の殺人を止める間は無く、その後で出ていっても何の意味も無かったから。
それからようやく、ゆっくりと彼女の元に歩み寄った。
「…………」
頭がぐちゃぐちゃに潰れている。
こうなってしまえば、もはやそれが朝比奈さんだった意味なんて無い。
そこにあるのはただの死体、ただの肉の塊――
「――――ぁ」
「!?」
微かにそれの唇が動いた。言葉を紡ぎ出す。
「いーちゃん……さ…ん……」
その瞬間、それは再び朝比奈みくるとなった。

「ごめんなさい……」
震える言葉を、ただじっと聞いている。
「あたしが……ダナティアさんが言ったこと、破ったから……」
彼女は息を吹き返した。だけど、助からないのは変わらない。
「だから、ふたりに……ごめんなさい……」
片目は潰れている。頭蓋が派手に陥没しているのが判る。
「あと……」
脳まで見えている。生きているのも思考出来る事も喋れる事も不思議だ。
「SO……S団の……みんな……に…………」
そんな有様で最後に遺言を残して、朝比奈さんは逝った。

エルメスの所に戻ってしばらく待つと、ダナティアが帰ってきた。
彼女は僅か数十分の仲間の死を知り、表情に出さずに怒り、悲しんだ。
そして、その表情を冷たく凍らせた。
だが、それはもう終わった事だ。
その後で、2人とエルメスはみくるの遺体の所に行った。
そこに落ちていたデイパックは何者かに持ち去られていたが、
ダナティアの透視の範囲内にはそれらしい人影はもう見えなかった。

ダナティアはペットボトルの水で彼女の顔を洗うと、
更にそれを魔術で二つに割り、いーちゃんに手渡した。
「葬るわ」
とだけ。
彼らは埋葬を行った。

森の入り口まで移動すると、穴を掘り、朝比奈みくるの遺体を埋め、
最後に優しく撫で、土を被せ、木の皮を剥いで簡単な墓碑を立てた。

そして――今に至る。


「……ところで、新しい用事って何なんですか?」
いーちゃんの問いに何も答えず、ダナティアは歩き出した。数十m歩いてすぐに止まる。
「居るんでしょう? 出ていらっしゃい」
………………。
「一時間ほど前に大きな爆音がしたわ」
…………。
「その後、あなたは爆音のした方向から来た」
……。
「森の入り口の茂み……片面とはいえ見通しが効いて良い場所ね」
「ファイア・ボール!」
茂みから火球が顔面目掛けて飛んできて炸裂……させない。
一瞬だけ膨れ上がった炎は、ダナティアの元まで届かずに立ち消えた。
炎を真空で消火するのは彼女の得意技だ。
その隙によろめきながら逃げようとしていた娘をしっかりと目視し、術を放つ。
「しま……っ!!」
そよ風の繭が彼女を包み込み、動きを封じた。

「あなたは、開始の時の……」
彼女は繭の中で藻掻いている。
「確か、死んだガウリィという男の仲間ね」
だが、逃れられない。魔法は使い果たしているのか、魔術を使う様子も無い。
「目的は復讐かしら」 「あなたに何が判るっていうの!」
リナがデイパックから取りだしたデイパックより長い剣が、風の繭を切り裂いた!
「!!」 「生き残りの座は渡さない!」
ダナティアが続け様に放った風の衝撃波を切り裂きながら間合いを詰める。
「その為に100の死体を積み重ねる気?」 「そうよ!」
最早、2人の間合いは5mも無い。リナの剣技は格闘の素人に避けられる物でもない!
「ガウリィを殺した奴らを皆殺しにしてやる!」
そして、剣が振り下ろされた。


リナが持っていた剣は騎士剣と呼ばれる魔杖に近い性質の剣だ。
騎士剣とはある世界で騎士と呼ばれる魔法剣士達が使った剣であり、魔術媒体である。
騎士達は強固な物質とあらゆる魔術を剣に乗せた情報解体の魔術で消去し、
転移で死角に回り込み、無防備な生身に強化した筋力による剣撃を叩き込むのだ。
その性質上、騎士剣は魔術への強固な耐性と、物理的頑丈さを誇っているが……

「100を超える人間が死に物狂いで生存競争をしているわ」
鮮血が滴り落ち、ドレスに真っ赤な斑点を残していく。
「単純計算で言えば、最後の一人に生き残る確立は1%以下ね」
風の魔術がリナの呼吸を封じていた。藻掻き、剣を振り回そうとする。
「その上、あなたの場合、制限されていたとはいえまるで通じなかった相手に」
だが、ダナティアは騎士剣の刃の根本を握りしめ、離さない。
「戦い続けてボロボロに疲弊した一人っきりで挑まなければならない」
剣の刃の根本は他の部分に比べ、かなり鈍い作りをしている。断ち切れない。
「少なくとも、こんな所であたくしに負けたあなた一人で勝てるわけがないのよ」
最強の騎士剣“紅蓮”。だが、それは魔力の尽きたリナに使いこなせる物ではなかった。
リナはどさりと倒れ伏した。

(一つの判断ミス、一つの油断が、一つの死を招く)
ちょっとの間なら、2人を置いていても大丈夫だと思った。
それは完全に油断だ。それが致命的なミスを招いた。
(あたくしは群を率いると決めたわ。率いた者達全ての命を背負わねばならない)
自分の体くらいは切り売りしてでも。
それが、彼女の死へのせめてもの償いだ。

「ちょっと、そこの……いーちゃん、だったかしら」
木陰で見ていた少年に呼び掛ける。
「なんですか?」
「あたくしの傷の応急処置をしてちょうだい。あと、この娘を茂みまで引っ張って」
意外に冷静な返答に内心で驚きつつ、ダナティアはいーちゃんに言いつけた。
「判りました、判りましたよ」
振り回されている事に溜息を吐きつつ、いーちゃんは頷いた。

【残り 101人】

『歩みを止めず』
【F−5/森の入り口の茂み(隠れて休憩中)/1日目・03:30】
【いーちゃん(082)】
[状態]: 健康
[装備]: エルメス(キノの旅)
[道具]: 支給品一式/半ペットボトルのシャベル
[思考]: (出来れば多数での)生存/SOS団にみくるの言葉(詳細不明)を伝える

【ダナティア・アリール・アンクルージュ(117)】
[状態]: やや疲労。左腕の掌に深い裂傷と出血。止血及び応急処置中。
[装備]: 騎士剣“紅蓮”(ウィザーズ・ブレイン):安全の為、一時的にリナより没収
[道具]: 支給品一式(水一本消費)/半ペットボトルのシャベル/ランダム支給品(不明)
[思考]: 群を作り、それを護る。
[備考]: ドレスの左腕部分〜前面に血の染みが有る。

【リナ・インバース(026)】
[状態]: 疲労困憊に加え、窒息により気絶。怪我の類は無い。
[装備]: 騎士剣“紅蓮”はダナティアに没収されている。
[道具]: 支給品一式
[思考]: 薔薇十字騎士団への復讐/その為にどういった手段が効果的か考え中


『へんじがない。ただのしかばねのようだ』
【F−5/森の入り口/1日目・03:20】
【朝比奈みくる(090)】
[状態]: 死亡済み(加えてF−5の森の入り口に埋葬された)

2005/04/03 修正スレ10-13

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