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第166話:過疎地脱出

作:◆eUaeu3dols

………………。
「ぅ…………」
リナが小さく身じろぎし――それだけで、ダナティアは仮眠から目覚めた。
(この娘、もう少しで目覚めるわね)
必要とあればサソリと同室して熟睡できる図太さを持つ彼女だが、
家庭の事情により暗殺者の魔の手に晒され続けた彼女の五感は極めて鋭敏だ。
特にこういった戦地で有れば、常に神経の一本は張り続けている。
(いーちゃん……は、居ないのだったわね)
結局、名前を聞けていないあの少年は、トイレに行ったきり戻ってこなかった。
最初は朝比奈みくるの二の舞かと焦ったが、近くに争った形跡は無く、
崖の下から、崖の上に戻ろうともしない方向に進む足跡を見つけた事から、
どうやら自分の意志で立ち去ったらしいと判断した。
理由は判らないが、今は関わらずとも良いだろう。
(デイパックと妙な物体くらいは持っていっていいでしょうに)
ダナティアはエルメスを見た。……モトラドには目が無いのに、目が合ったのを感じた。
「おはよう、起きたんだね殿下」
「起きたわ。おはよう、エルメス」
ダナティアはエルメスが何なのかよく判らなかった。
喋る乗り物。性質と使い方は判ったが、一体どういう仕掛けなのかは判らなかった。
彼女が居た世界では、機械仕掛けの類はまだ発達していなかったのだ。
(サラなら仕組みが判ったかもしれないわね)
おそらく今もこのどこかに居るであろう鉄面皮の親友を頭に浮かべる。
まだ生きているかどうかは判らない。
そう簡単に脱落するタマではないが、戦場での生き死に保証など置けないのだから。

「ん……ぅ…………」
「……そろそろ起きるかしら」
ダナティアはリナを見守った。

夢の中――彼女の目の前に、赤い髪の剣士が立っていた。
彼女が終わりを与えた、共に戦った事もある仲間でもあった。
「今なら、あなたの気持ちが判るわ。あなたが言った事も」
「あんたはそうなる前から俺の事を判ってくれてたじゃねえか」
「……そうね。でも、実感する事になるなんて思ってもいなかったわ」
「誰だってそうさ。そんなの想像できるかよ」
彼、ルークは、最愛の恋人を殺され、暴走した人間だ。
恋人が死んだ全ての原因を憎み、殺し、それでも憎しみを止められず……世界を憎んだ。
そして、今や彼女、リナ・インバースもそうだった。
最初は薔薇十字団が憎いだけだと思っていた。だが、違った。
ダナティアと戦った時に気づいた。自分一人で生き残った所で、勝率は薄い。
彼らに復讐するなら、複数での生存手段を捜した方がまだ成功率が高い。
それなのに何故、それに気づけなかったのか。
「あたしは、この殺し合いの参加者全て、世界全てを憎みつつあった」
「そうさ。あんたが俺に警告したように、限りない憎しみはやがて矛先を世界に向ける」
「ガウリィを殺した奴。そいつの仲間達」
「その時に何もしなかった奴。力及ばなかった奴」
「ガウリィを殺した奴に従う奴。従わされる奴」
「全ての人間。世界の全て」
「「そして、自分自身」」

だから、それを一人でも多く殺せるやり方を選んだ。
ガウリィを殺した奴を殺したい。参加者全てを殺したい。自分を殺したい。
例えそのやり方がガウリィを殺した奴を喜ばせるとしても、どうでもよかった。
だけど、リナは“知って”いる。その先には何も無い。自らの満足さえも無い事を。
「俺は世界を憎み、だけど、あいつと出会えた世界が愛おしくて……自分を滅ぼした」
夢の中のルークは、最期の時の様に、疲れ果てた、そして安らかな瞳でリナを見つめた。
「あんたは、どうなんだ?」
「ガウリィが死んで悲しいのに、これ以上、悲しい終わりを積みたくないわ。それに……」
リナは寂しげに答え――拳を握りしめた。どろどろとした憎しみが炎に転じ、怒りとなる。
「あいつらをぶち倒すのに失敗なんてできない。仲間を集めて、絶対に打ち倒す!!」
それが彼女の答えだった。

彼女はぼんやりと瞳を開いた。うっすらと明るい周囲。茂みの匂い。
そして、目の前に座っている、金髪の女性。
「…………起きたようね」
「おはよう」
ダナティアに続けて、エルメスが馴れ馴れしくおはようを言った。
「……おはよう」
挨拶をし、すぐさま続けて訊いた。
「なぜ、あたしを殺さなかったの?」
夢を見て、決意は決めた。だが、それはリナ個人の話だ。
目の前の彼女が何故自分を殺さなかったのかがまるで判らない。
「殺すか、殺さないか。それはまだ決めていないわ。……掴みなさい」
ダナティアは、騎士剣“紅蓮”をリナの手に握らせた。
「な……!?」
「あなたの道に誤りが有った事は既に指摘したわ。主催者と戦うならば、勝ち残る意味は無い。
それを踏まえて、答えることね。あなたの選ぶ道を」
ダナティアは問うた。全てを殺す道を選ぶか。全てを活かす道か。
「……あたしがこの剣で斬りかかったらどうする気?」
「あたくしも自らの全力で戦い、今度こそ叩き潰すわ」
(……正気なの?)
数時間前の戦いではリナの魔力は枯渇していた。
今は全快とは言えずとも、あの時よりは格段に回復している。
世界が違っても、同じように魔術師であるダナティアは当然それを理解している。
その上、ダナティアの左手には厚く布が巻かれていた。剣の刃を掴んだ代償だった。
右手が残っているが、どちらにせよ剣を掴む奇策など最早通用しない。
――それでも尚、彼女は勝つと宣言した。
「さあ、選びなさい」

リナは思わずくすりと笑った。何処か滑稽であり、そして、同時にその意志に敬意を抱いた。
既に答えは決まっていた。その挙げ句に、彼女はこんな無茶な問い掛けまでしたのだ。
「良いわ、共同戦線よ。一人でも多くの生存と、主催者の打倒の為に」
「決まったわね」
2人の右手がしっかりと握り合わさった。

「亀降って地下に溜まる、だね」
「誰!?」
リナが振り返った先には……変な物が有るだけで、誰も居なかった。
「……何処にいるの?」
「何処って、ぼくはここに居るじゃないか」
変な物ことエルメスは抗議の声を上げた。
「ああ、紹介が遅れたわね。それはエルメスという名前の……もとらど、だそうよ。
あと、エルメス。それを言うなら雨降って地固まるだわ」
「……もとらど?」
リナの居た世界はダナティアの居た世界より更に魔法寄りの世界だったので判らなかった!
「あたくしもよく知らないけれど、意志のある乗り物だそうよ。喋る馬みたいな物かしら」
「なんで2人とも判らないかなぁ。いーちゃんなら、ベスパって呼ぶけど知ってたのに」
「いーちゃん?」
そういえば戦いの時、彼女の後ろに青年が居た気がする。
「彼なら去ったわ。……そうね、互いの自己紹介をしながら、食事にするわ。
朝食だけはこれから頂いておきましょう」
ダナティアは、いーちゃんの残したデイパックを開いた。

争いというのは何がキッカケになって起こるか判らないものである。
いーちゃんのパンと水を配分し(ダナティアは倹約したが、リナは一日分近く食べた)、
互いに自己紹介をし、それぞれと仲間の事を話し、挙げ句に談笑モードにまで突入した。だが。
「くっ。それにしても、なんでそんなに小食で、そんなに大きいのよ……胸」
悔しげに呟いたリナの一言により、ダナティアの機嫌は急直行大墜落した。
「単に今は倹約しているだけよ。それと、胸の事は言わないでちょうだい!」
「言われなくても口が滑っただけよ、誰か言うもんですか。
……まさか、あんた巨乳なのを気にしてるんじゃないでしょうね」
「ええ、そうよ。重いわ嵩張るわ蒸れるわ注目されるわ肩が凝るわで良いこと無しだわ」
「な、胸の重みで肩が凝るですってぇ!? も、持つ物の論理を!」
「あら、良いじゃない。その胸には邪魔にならないという利点が有ってよ!」
「お、おのれぇ! 覚悟は出来てるんでしょうねえ!?」「やる気かしら? 受けて立つわ!」
2人とも己の胸に強烈なコンプレックスを抱いていたのだが、そんな事は互いに知る由もなく。
せっかく同盟を組んだのに割と本気バトルが発生しかけたその時に、時計の針が6時を指した。

「……多すぎるわ」
放送により公開された死亡数。23人という数字は、ほぼ5人に一人が死んだ計算になる。そして……
「涼宮ハルヒ、それに……」
朝比奈みくるが話していた彼女の友人の名前が二つも出てきた。
彼女の所属していたSOS団という集まりは半分以上が死亡していたのだ。
「さっき話してた、死んだ女の子の友人達ね。……月並みだけれど、運が悪かったのよ」
「……ええ、そうね」
ダナティアは無表情に頷いた。
5人に1人が死亡したという結果から見れば、1人は死亡していてもおかしくない。
だが、5人中3人もの死者が出た事は、不幸が偏ったとしか言いようがなかった。
「あたくしとあなたの仲間達は、生き残ったようね」
「…………ええ、仲間に死人は出ていないわ」
しかし、知り合い全ての範囲ならば、ガウリイを除いても2人死亡していた。
他ならぬリナが殺した暗殺者ズーマ。
そして、リナに対し中立の立場を取る事が多かった魔族、獣神官ゼロス
(能力に制限は受けてたんだろうけど、まさかあいつを殺せる奴が居るなんて……)
ゼロスの強さはよく知っている。正直、彼が居る事を知った時は寒気がした。
彼より強い魔族を打ち倒した事は何度か有るが、それは相手が自殺願望を抱いていたか、
あるいは有利な条件が重なりまくった挙げ句に自分より強大な助力が有った時だけだった。
(……つくづくよく生きてるな、あたし)
この戦いで敗れた時も、普通の相手ならそのまま殺されていた公算が高い。
自分の悪運に感謝する。
(とにかく、ゼロスを殺せる奴が居るんだ。警戒しなきゃならない)
そのゼロスを殺した男、ハックルボーン神父が気絶中に近辺を通過した事など知る由も無かった。

「禁止区域はこの三つね」
指定された禁止区域にチェックを入れ、禁止開始時間を書き込む。
ついでに、いーちゃんのデイパックの地図にも書き込んでおく。
「それで、これからどうする気?」
「……普通なら幸いなんでしょうけど。あたくし達の周囲300mには誰も居ないわ」
ダナティアの透視は大きく制限されていたが、それでも自分の居るエリアはカバーしていた。
その透視を持って確認した所、このエリアには誰も居なかったのだ。
「じゃあ、人が多い所に行くんだね?」
エルメスが訊く。
「問題はそれが何処か判らない事だけど、普通は禁止エリアに近づきたくないはずよ」
誤って侵入すれば死んでしまう見えないライン。そんな物に近づく物好きは少ないだろう。
禁止エリアに隣接したエリアを除外すると……
「南西の城に集まる可能性が有るわね」
「それじゃ、次の目的地はそこね」
2人と1台は移動を開始した。
「そうそう、そういう風に。曲がる時はハンドルを傾けて。転ばないように」
エルメスのモトラド授業を受けながら。

そこはモニターの沢山有る部屋だった。
モニターには無機質な通路が映っている。
それは『本部への侵入者は無し』と声高々に主張していた。
「で……どうするんだい、これは?」
ディートリッヒが愉しげに嗤い、スイッチの一つを押した。
『良いわ、共同戦線よ。一人でも多くの生存と、主催者の打倒の為に』
『決まったわね』
それは刻印の盗聴機能により収録された、ゲームルールへの真っ向からの挑戦宣言だ。
「この娘達、本気で僕らの打倒を考えているよ? こんなのも放っておくのかい?」
「ああ、放っておく」
ケンプファーが生真面目に答えた。
「この状況だ、我々の打倒を考える者など山ほど居る。
このリナという娘の仲間のアメリアもそうだ」
それは事実だった。主催者に刃向かおうという者の数はそう少なくない。
「だが、計画は予定以上に順調に進んでいる。6時間に約2割は多いと言っていい」
それも事実だ。
もしもこのまま2割ずつ死んでいけば、僅か24時間で人数は約50人になる。
「もう一度言う。間違っても下手に干渉して台無しにするな。
それよりも、刻印の方に注意しておくんだ」
「はいはい、判ったよ」
ディートリッヒはやれやれといった仕草で了承した。

『目指せ建国チーム』
【F−5→G4の城へ/エルメスに二人乗りして移動中/1日目・06:15】

【ダナティア・アリール・アンクルージュ(117)】
[状態]: 左腕の掌に深い裂傷。応急処置済み。
[装備]: エルメス(キノの旅)
[道具]: 支給品一式(水一本消費)/半ペットボトルのシャベル/ランダム支給品(不明)
[思考]: 群を作り、それを護る。その為に多数の人との合流。
[備考]: ドレスの左腕部分〜前面に血の染みが有る。左掌に血の浸みた布を巻いている。

【リナ・インバース(026)】
[状態]: 竜破斬はまだ使えないが疲労はかなり回復した。
[装備]: 騎士剣“紅蓮”(ウィザーズ・ブレイン)
[道具]: 支給品一式
[思考]: 薔薇十字騎士団の討伐/その為の仲間集め及び複数人数での生存。

F−5の森の入り口付近に、パンと水が半分に減り、
地図にチェックマークが入っているデイパックが残されました。
ダナティアのドレスの血の染みについては前回書き忘れた物です。

2005/04/03 修正スレ14
2005/04/22 修正スレ40

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