作:◆lmrmar5YFk
どくどくどくどくどくどくどくどく。
腹の穴から血が流れていく。
どくどくどくどくどくどくどくどくどく。
意識が朦朧とする。
どくどくどくどくどくどくどくどくどくどく。
目が霞んできた。
どくどくどくどくどくどくどくどくどくどくどく。
流出する血の量は次第に多くなっていく。
俺は死ぬのか? 胸中で一人自問自答する。いいや、正確には自問だけだ。答えは出ない。
むしろ分かりきっていて出す気にもなりゃしねぇ。 この傷は――そのうち死ぬ。
臨也の糞を殺しておきたかったなぁとか、あの赤毛の野郎を殺しておきたかったなぁとか、
でかいおっさんを殺しておきたかったなぁとか、くだらねぇゲームの主催者を殺しておきたかったなぁとか。
そんな事ばかりが縦横無尽に脳内を駆け巡る。
死の間際にも他者を殺すことしか思いつかない自分が、馬鹿みたいだと思った。
死の間際にも他者を貶すことしか思いつかない自分が、最低だと思った。
そして、死の間際にも自分が自分であるという単純なことが、最高だと思った。
目蓋が鉄を乗せられたように重い。目を閉じて眠ってしまいたい欲求にかられる。
寝たら死ぬかな、と考える。こちらの方も感じ取れる答えは簡単すぎて、わざわざ単語に置換するのが面倒だ。
だが、それでもいいと思う自分がどこかにいる。
俺の中の弱い部分。臆病で臆病で己にすら怯えている、親とはぐれたガキのような部分。
人には決して見せられない心の奥底で、そいつが甘い声を上げて俺を誘惑する。
――もういいだろう、平和島静雄。これでやっとお前はその馬鹿な身体とおさらばできる。
なかなかお前の言うとおりになってくれなかった、力だけは無駄にある最低最悪の身体。
人を傷つけて、恐れさせた身体。お前自身まで怖がっていた、憎んでいた身体。
死ねば、やっとそいつから逃げ出せられるんだぜ? ほら、力を抜けよ――。
鎌を振るった死神が、俺に向けておいでおいでと手招きをする。先に見えるのは、奈落の闇。
その誘いに、ああ、そうかもなと俺は応える。そうだ。俺は今まで何度もこの身体に悩んできた。
自分の物なのに自分の思い通りにならない筋肉を、神経を、髪から足の爪の先までの全てを嫌悪していた。
数え切れないほどの人を傷つけてきた、守りたかった人すらも離れさせた拳の力。
それを捨てられるなら、死ぬのも悪くねぇかもな。けど……。
「……俺はなぁ、もうてめぇの言いなりにはならねぇんだよぉ!」
絶叫して俺は両足に力を込めた。膝ががたがたと震える。
思考停止は何よりも馬鹿らしい。諦めるな。止まるな。生きろ。生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ!
糞下らねぇ俺の身体さんよ。こんな時に使い物にならねぇで一体いつ有効に使えるってんだ。
動け。俺の命令どおりに動きやがれ。歩いて歩いて、血反吐吐いてぶっ倒れる瞬間まで歩きやがれ!
咆哮のような命令に足は応えた。大丈夫だ、これなら十分に動ける。
刺さったままだった槍の柄を握って力任せに抜き取ると、ごぽぅっと耳をふさぎたくなるような音がした。
腹部に走った激痛を、意志の力で無理やり押さえ込む。
そうさ。『痛くはない』。ぶっ飛んだアドレナリンが、俺に痛みんか感じさせずにいてくれる。
シャツの袖を引きちぎって適当に腹に巻きつける。ぎゅっときつく縛ると、布地に黒々と血の染みが生まれた。
抜いた血濡れの槍を杖代わりに床に突き立てると、そのまま一歩足を前に出す。
息が切れる。ぜぇはぁと。吸っても吸っても肺に空気が溜まらない。
前進するたびに鈍痛が下腹をしたたかに襲うのを無視して、俺は歩みを速める。
俺を好きほど痛めつけてくれた赤毛の男は、いつのまにかこの場を去っている。
糞、あいつはそのうちぜってぇぶっ殺してやる。余裕な顔しやがって、何様のつもりだ。死ね。
俺が殴ったおっさんの方はまだ脇に倒れたままだったが、生死を確かめるつもりも止めを刺すつもりもなかったので放っておいた。
俺はただ、ここから離れたかった。外に出たかった。空が見たかった。
生きていることを、今まで不要だったこの力が意味を持っていることを実感したかった。
城門を抜けるとそこは晴天で、上空から射す陽光が顔を赤く照らした。
吹く風が心地よく、俺は無意味に大きく深呼吸した。
そのままどこかに歩き出そうとした刹那、俺の耳に二度目の放送が飛び込んできた。
あの場に寝転がっていた間に、いつの間にか三時間近く経っていたことに驚きつつ、
その羅列の中に知っている名前が存在しなかったことに、俺はほっと安堵した。
臨也はどうでもいい。俺の手で殺れねぇのは残念だが、とりあえずまったくもってどうでもいい。
だがセルティは。彼女だけは死なせるわけにはいかない。数少ない自分の友人の彼女だけは。
セルティの強さは知っているから、そう簡単にやられるとは思えない。
とはいえ、さっきの赤毛のような常識以上の異常な存在がいるこの島では、『必ず』なんて言葉は存在しない。
彼女が次の放送まで生きていられる保証など、島中のどこを探してもないのだ。
俺は今、人生で初めて己の力に感謝した。
ああ、二十年以上も生きてきて、こんなに嬉しいのは初めてだ。
歓喜と昂揚で心が奥底からふつふつと煮え立ち、器から溢れたそれが沸騰した湯のように体外へと吹き零れていく。
――この馬鹿げた力が、誰かを守るために使える日が来るなんて。
俺はくすりと笑って、再び歩き出した。
【G-4/城門近く/1日目・12:03】
【平和島静雄】
[状態]:下腹部に二箇所刺傷(未貫通・止血済み)
[装備]:山百合会のロザリオ/宝具『神鉄如意』@灼眼のシャナ
[道具]:デイパック(支給品一式)
[思考]:俺の力でセルティを守る/赤毛(クレア)を見つけたら殺る
【G-4/城の中/1日目・12:03】
【ハックルボーン神父】
[状態]:全身に打撲・擦過傷多数/気絶中
[装備]: なし
[道具]:デイパック(支給品一式)
[思考]:神に仇なすオーフェンを討つ
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