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第466話:Missing 〜合わせ鏡の男達〜

作:◆lmrmar5YFk

この世の誰よりも大切な女を失った赤毛が一人、砂浜を行く。
ざっざっと煩く音を立てる足元の砂は、いつか彼女と見た砂の海を思い起こさせた。
そしてその彼女がもういなくなったのを、青年はよくよく分かりきっていた。
自分の側にいてくれた唯一の女がごく簡単に色を失って冷たくなっていく様を、彼は確認していたのだから。
生気が失せ青ざめた頬。紫色の唇。だらりと力なく垂れ下がった肢体。
それは想像するまでもなく、先刻この目で見据えた絶対の事実だった。
ついさっきだ。俺の腕の中で、彼女の小さな身体はぐったりと熱を失って唯の肉塊へと成れ下がった。
――アイツは死んだ。
あのいつもいつも鬱陶しいくらい俺にまとわりついてきた彼女は、もうどこを探しても居ない。
昔ラジオがよく流していた曲に『失って初めて分かる大切なもの』なんて歌詞があって、俺は何時もそれを陳腐だと思っていた。
もっとも「下らない」なんて呟くと、すぐさま二人して反論してくるもんだから、中々正直な感想は口に出せなかったが。
……けれど、今になって分かる。
『失って初めて分かる大切なもの』は本当に存在するのだ。
あの小さな少女が、俺にとってのそれだった――。

笑顔の似合う少女だったと思う。
最後に逢えたときも、いつもと変わらぬ少し怒ったような、それでいて安心したような微笑を湛えていた。
俺に逢えたから、まさかあの瞬間彼女は喜びで笑ったのだろうか。
姿が見えた刹那こちらに駆け寄ってきたのは、それほどお前が俺を想ってくれていたからなのか?
分からない。随分と長く一緒に居た筈なのに、彼女の考えていたことが分からない。
こんなことなら、面倒くさがったりせずにもっと何でも話を聞いてやるんだった。
一緒に行きたがっていた場所、見たがっていた風景。彼女が望んだものは、たくさんあった筈だ。
「その内にな」の一言で退けて、結局『その内』なんて来ないまま彼女の願いを無視し続けていた。
――――思い返して、思わず顔には出さず苦笑した。
こんなことを悔いて何になるというのだろうか。だって彼女は、もう死んでいるのに。
彼女が死んだ以上、自分にはもうしたいことなど何一つとして無いのだ。
ただ、しなければいけないことがたった一つだけ。
あの男を殺して。必ず殺して。
それさえ済んだら、一人で居るのが嫌いな寂しがりやな彼女のために――。

「……キーリ、もうちょっとだけ待ってて。すぐ、そっちに行ってやるから」

唇を動かしてぽつりと呟くと、再び水を吸った重たい砂の上を歩き始める。
その足取りは重く、その顔に映るのは無明の闇。
ふと前方に人影を感じて顔を上げれば、視線の先に見えた影は自分とどこか似ていて、けれど何かが決定的に違っていた。

          *          *          *

この世の誰よりも大切な女を失った赤毛が一人、砂浜を行く。
びゅぅびゅぅと煩く音を立てる頬を掠める風は、いつか彼女と上った列車の屋根を思い起こさせた。
そしてその彼女がまだ無事でいるに決まっていると、青年は未だ信じきっていた。
自分が選んだ唯一の女がそう簡単に血に塗れて冷たくなっていく訳はないと、彼は確信していたのだから。
生気に満ち昂揚した頬。薔薇色の唇。はっしと地に足を付ける肢体。
それは想像するまでもなく、ずっとこの脳で信じ続けた絶対の事実だった。
あと少しだ。俺の腕の中に、彼女の小さな身体がしっかりと熱を保って嬉しそうに飛び込んでくる。
――アイツは生きてる。
初めて彼女と逢ったときから感じていた。この出逢いは運命なのだと。
ラジオからよく流れていた曲に『無くしちゃいけない大切なもの』なんて歌詞があって、俺は何時もそれを陳腐だと思っていた。
そんな誰もが分かりきっている内容、わざわざ歌にするほどのことじゃないだろうが、と。
……でも、今になって分かる。
『無くしちゃいけない大切なもの』は本当に存在するのだ。
あの美しい女性が、俺にとってのそれだ――。

笑顔の似合う女だと思う。
再会したら、いつもと変わらぬ少し怒ったような、それでいて安心したような微笑を向けてくれるだろうか。
俺に逢えたら、お願いだその瞬間お前は喜びで笑ってくれ。
姿を見つけた刹那そちらへ駆け寄って、どれほど俺がお前を想っているのか教えてやるから。
ああ、そうだ。こんなゲームどうだっていいんだ。
俺が本気になれば、この島の百何人なんて即行で皆殺しに出来るだろう。
そんな『当然の』結末に興味は無い。俺が望むものは、たった一つだけだ。
シャーネを無傷で俺の腕の中に抱くことが出来れば、他の奴らの蟻程度の命などわざわざ無駄に刈る必要は無い。
――意気込んで、思わず大きく顔に出して苦笑した。
こんなことを決意して何になるというのだろうか。だって彼女は、無事でいるに決まっているのに。
けれど彼女が孤独でいる以上、自分がするべきことは決まりきっているのだ。
そう、しなければいけないことはたった一つだけ。
あの女を探して。必ず探して。
それさえ出来たら、二人で居るのが好きな寂しがりやな彼女のために――。

「……シャーネ、もうちょっとだけ待ってろ。すぐ、そっちへ行ってやるから」

唇を動かしてぽつりと呟くと、再び水を吸った重たい砂の上を歩き始める。
その足取りは軽く、その顔に映るのは翳り無き明かり。
ふと前方に人影を感じて顔を上げれば、視線の先に見えた影は自分とどこか似ていて、けれど何かが決定的に違っていた。

          *          *          *

――そして、この世の誰よりも大切な女を失った赤毛が二人、砂浜で遭う。
その様はまるで、合せ鏡のよう――。

【G-8/砂浜/1日目/16:30】

【ハーヴェイ】
[状態]:精神的にかなりのダメージ。濡れ鼠。
左腕は動かせるまでには回復。(完治までは後1時間半ほど)
[装備]:Eマグ
[道具]:なし
[思考]:ウルペンの殺害
キーリを一人にしておきたくはない、と漠然と考えている(明確な自殺の意思があるかは不明)
[備考]:ウルペンからアマワの名を聞いています。服が自分の血で汚れています。

【クレア・スタンフィールド】
[状態]:絶好調
[装備]:大型ハンティングナイフx2
[道具]:デイパック(支給品一式)
[思考]:姫(シャーネ)を助け出す

2006/01/31 修正スレ238

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