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第303話:サモナーズ・ソート(獅子と蛇の思索)

作:◆l8jfhXC/BA

「持って行くのはこれだけでいいわね。この斧はガユス、あなたが使う?」
 缶詰、救急箱、ロープ。
 それらを自らのデイパックの中にしまい、ミズーはガユスに問いかけた。
 ある意味ちょっとした事件と言えるあの騒動の後。
 二階の人物と接触するため、そしてガユスの武器を取りに行くための準備を三人は進めていた。
 彼は一人で武器を取りに行くことを主張したが──こちらにも探すものはあるし、戦える自分と新庄の剣はあった方がいいだろうと説得して今に至る。
「いや、できればそっちのナイフと交換して欲しい。新庄はその剣で俺達を守ってくれ」
「うん」
 ガユスにナイフを渡し、斧を手に取る。
 普通の斧よりも重量面と耐久力に不安はあるが、ガユスの魔杖剣とやらが手に入るまではこれで行くしかない。
 念糸すら防ぐ新庄の剣があれば大抵の相手はやりすごせるだろうし、いざとなったらその剣自体を自分が使えばよい。

(それにしても……斧、ね)
 ジュディアと最初に旅をしたときのことを思い出す。たった数ヶ月前のことなのだが、ずいぶん昔のことのようにも思えた。
(あの頃のわたしだったら、躊躇無くこのゲームに乗っていたでしょうね)
 胸中で苦笑した。
 それが今となっては、赤の他人の子供と男と共同戦線を張っているのだ。ずいぶん変わったものだ。
「あ、あと懐中電灯も持って行った方がいいと思うよ。支給品のもあるけど、電池切れちゃうかもしれないし」
「カイチュウ……なに?」
 新庄の手には、よくわからない細長い筒が握られていた。
 筒には黒い突起がついており、底にはガラスが張られている。確かにデイパックの中にも入っていたような気がする。
「カイチュー氏が製造した高機能掘削機だ。鉱泉や危険な地底怪獣探索の役に立つ」
「……それってここで役に立つの?」
「立たない。嘘だし」
「……」
 発火しない程度の熱量を、念糸でガユスに送り込む。汗が、一筋ではなく大量にガユスから流れ始めた。
「…………俺が悪かったですごめんなさい」
「あの、ミズーさん、その辺にしといた方が」
「……そうね」
 笑いを含んだ新庄の声に馬鹿らしくなり、念糸を解く。
(今のは確かにムキになりすぎね。何やってるの、ほんとに)
 少し紅潮した顔を二人からそらす。振り回されすぎだと思う。
「ええと、懐中電灯ってのはね、ここのスイッチを押すと明かりがつくの」
 言葉通り、新庄がスイッチを押すと底のガラスから明かりが漏れだした。意外に強い光だ。
「確かにこれは便利ね。夜は不用意に明かりをつけるべきではないけれど、全くないというのも困るわ」
「じゃあ、ボクの方にいれておくね」

 そして新庄のデイパックが閉じられ、準備が完了した。
「それじゃ行こう。方針はさっき言った通り。……いいな、新庄」
 誰の知り合いでもないのなら、包帯と消毒液でも渡して恩を売っておく。相手が信用できて同行したいと言うなら連れていく。
 相手が襲ってきた場合は、動けなくなるまで痛めつける。もしくは──殺す。そういう方針だ。
「…………ボクは、信じたい」
 先程の言葉を繰り返すように、新庄はこちらを見つめて強く言った。
「確かにミズーさんもガユスさんも赤の他人だけど、裏切るだなんて考えたくない。信じたい。
それに他の人も、こんなところに巻き込まれて嬉しい人なんて、少ししかいないと思う。
しょうがなく相手を疑っちゃって、戦いになってしまう人の方がきっと多い。……だから、出来る限り説得したい」
 剣を握りしめながら、一つ一つの言葉をゆっくりと自分たちに向けて投げかける。盲信ではない、信念を持って他人を信じているのだ。
(甘すぎる。ここで知り合っただけの、名前ぐらいしか確かな情報がない他人を信じるのは無謀すぎる。……でも)
 こんなところで確かな信頼を他人に持つことができるというのは、ある意味強いのかもしれない。
 自分を騙しているかもしれない、自分を殺してしまうかもしれないという疑念は、大きくなることはあっても完全に払拭することは難しい。
 ……極論すれば、最初から疑念を一切持たなければいいのだろう。相手が本当に善意で助けてくれているのであれば、無駄な疑心暗鬼を起こさずにすむ。
 もちろん相手が悪意を持っていたならば、散々利用されたあげくに殺されるだろうが。
 そのことをすべてわかっていながら、なおかつ彼女は信じているのだ。
(ただ、新庄には生き延びる力がない。だから誰かを信じるしかない。……彼女と違って、わたしには力がある)
 一人で、あるいは誰かと協力して、ここを脱出することができるかもしれない力。
 主催者を倒すことができるかもしれない力。
 そして、ここで殺し合いを繰り広げることが可能でもある力。
(殺すのは最後の手段でいい。それはもう決めたこと。それに……多分、わたしはこの二人を信頼している)
 でなければ、傷口を無理矢理焼いて気絶、なんてことはしない。
 お人好しを絵に描いたような新庄。ふざけることはあるが、切れるガユス。少なくとも、今はこの二人を信頼している。
 いや、フリウと合流、脱出することを考えるのならば、仲間は多い方がいい。
「…………二階の人物と協力し合える可能性はある。でも油断は禁物。放送は聞いたでしょう?
ゲームに乗っている奴らが複数いるのは確かよ。だからこそ相手を見極めて──必要ならば、無力化するしかない」
 真剣な眼差しでこちらを見る新庄に、はっきりと意志を伝える。
「右に同じ。俺達みたいなの協力的な奴らばかりじゃない。戦意はないようだったが、覚悟はしておくべきだ」
「とにかく会いましょう。ここで議論していても何も進まない」
「……うん」
 不承不承に新庄がうなずく。
(……ここまで話し合っておいて、誰かの知り合いだったら滑稽ね)
 ふとそんなことを思い浮かべる。そうあってほしいものだが。
「では、行きましょう」
 今度は抜けないようにと、しっかりと斧を握りしめた。



(なんかなぁ……もしかして俺ってかなり運悪うないか?)
 仮眠室で男が下に戻る足音を確認した後、ベリアルは嘆息した。
 いきなり強大な怪物を操る少女と会い大怪我を負い、ビルに逃げたと思ったら他の参加者に接触してしまっている。
 そしてあれだけ探し回って見つかったのは、ただの風邪薬のみ。
(まあ、殺されへんかっただけでも運がいいのかもしれへんが)
 あの怪物の力が落ちていたことと、接触した参加者がそれなりに話がわかる奴だったこと。それはよかったのだが。
(あー、今ごろあいつに会わへんかったら武器も手に入ってたんやろうに。疫病神め)
 胸中でぼやく。あんな怪物はちゃんと武器として没収しておくべきだと思う。
(すぎたこと考えてもしゃあない。逃げるか接触するか考えよか)
 ──と。
 階下からどたばたと何かが暴れる音が聞こえてきた。それと共に、争うような声も。
(……仲間割れか?)
 あの男の単独行動は、やはりチームが崩壊したからなのだろうか?
(こっちを牽制した後、元仲間に俺のことを誇大に伝えて去る。ゲームを引っかき回すやり方としては通じるわな)
 だとしたら、自分はその隙に逃げるべきだ。わざわざ気が立っている時に接触してもメリットはない。
 ──そして、激しい音が止まった。物音と話し声はまだ聞こえてくるものの、先程よりは落ち着いている。
(あの男が去ったか? ……もしくは和解したか。 どちらにしろ接触しない方がええな。情報は欲しかったんやけど……しゃあない)
 禁止エリアの情報が手に入らないのはかなりつらい。
 だが、争い終った後の微妙な空気の中に見ず知らずの人間が来ても、はたして正確な情報を分けてくれるかどうかは怪しい。
 遅かれ速かれ誰かに聞かなければいけないが、今の下の奴らに接触すれば──最悪、殺されてしまうかもしれない。
(放送が近くなれば、だいたいの奴らは集中して聞くためにどこかにとどまるやろ。
そこでなんとか敵意がないことを見せて、情報交換するしかない。問題は……その放送まで生き残れるかどうかや)
 時計を見る。……九時二十五分。次の放送まではまだ時間がある。
 今のようにどこか建物の中に身を隠すのがいいが、誰かが入ってくる可能性もあった。
 地図を確認すると、南に商店街、南東にもう一つのビルがあった。
(商店街はNGや。ゲームに乗らない奴らが身を寄せ合ってるかもしれへんが、殺し合ってる奴らがいかにも狙いそうな場所や。
ビルは……いけそうやな。場所もここから近い。
なによりビルの中なら、ああいう巨大な化け物は使えんやろ。1Fの奥に潜んでいれば放送までやりすごせそうや)
 ……やっと行動が決まった。
 かなり面倒なことになってしまったが、まだ自分は生き残れるチャンスがある。
(せっかく生き返ったんや。こんな序盤で死んでやらへん)
 地図を詰め、デイパックを背負う。そして探知機を手に取り────

(…………ちょっと待てや、オイ)
 光点が三つ、表示されていた。しかもこっちに近づいてくる。
(不干渉やなかったんかい!……ああもう、なんでこっちの計画をわざわざ崩しにくるんや!?)
 姿が見えない三人に胸中で罵倒する。 どこまでこちらを振り回せば気が済むのか。
(三つ、ってことは和解したことは確かやな。後は、方針を変えて三人で情報交換しにきたか……三人で殺しに来たか)
 殺しに来たとしたなら、こちらに抗うすべはない。考えても無駄なのでその可能性は無視。
 情報交換を求めてきたならば、平和的にこちらの望む情報を引き出させなければならない。
 覚悟を決めて、立ち上がる。先手を取られるよりは、こちらから接触してイニシアチブを取った方がいい。
(……ここが勝負時やな。ええ加減運が回ってきてくれや、ほんまに)
 ドアを慎重に開けて、廊下の奥に向き直った。

「……不干渉やなかったんかいな、姉ちゃん達」
「──!」
 最初に見えたのは女だった。手には、火災用の斧。
「気が変わってな。情報交換がしたい」
「ボクたち、ゲームには乗ってないから!」
 続いて、眼鏡の男と少女。男の方が先程自分と交渉した奴だろう。
 男はナイフと銃器、少女は長剣を持っている。……もちろん、銃口はこちらに向けて。
「あなたもこちらも怪我をしている。戦うのは損にしかならない。でも、それでも抵抗するというなら──容赦はしないわ」
 斧をこちらに向けて、女が言った。よく見るとかなりの美女だ。
 真紅の髪とマントという外見は、こちらの常識からしたら異常だが──きっとあの疫病神がいるようなところの住人なのだろう。
 男と少女の方はそれほど違和感はないので、この二人は自分の知っている世界にいたのかもしれない。
「そんなに脅さなくてもええやないか。こっちには武器はないで」
「その左手にあるのは何だ?」
「これは人間探知機ってやっちゃ。半径50メートル以内に参加者がいると、ぺこーんって光るんや。
誰が近づいてるかまではわからへんのが玉に瑕やな」
 ……本当のことを言ったのだが、疑いの目は晴れていないようだ。当然だが。
「だいたい、これが武器で俺にやる気があったらその兄ちゃんが通ったときに使ってるで? 百歩譲ってこれが武器だとしても、俺にはやる気があらへん」
 そう言って、探知機を床に置いて彼らの方に軽く蹴った。これくらいでは壊れないはずだろう。……多分。
 女と男は一瞬視線を合わせ、そして男の方が言った。
「とりあえずは、信頼する」
「疑り深いやっちゃなぁ」
 へらへらと笑う。こちらに余裕がないことを知られてはいけない。

「それじゃあまず、もし今探している人物がいれば、教えてくれ」
 男が一歩前に出て問いかけた。まずはこちらに情報を開示させたいらしい。
 嘘をつくよりは正直に言った方がいいだろう。どんな反応にしろ今は情報が欲しい。
「ああ……物部景、甲斐氷太、海野千絵の三人や。特徴は────」
 言い終わると三人は顔を見合わせ、そして互いに首を振った。……はずれのようだ。
「その三人と会う目的は?」
「ここに来る前の知り合いや。信頼できる仲間と会いたいのは当然の心境やろ?」
 半分本当で半分嘘だ。──カプセルのことは、今は隠しておくべきだろう。
「……わかった。次に、今まで会った人物の特徴を教えてほしい」
「おいおい、今度はこっちの番やないのか?」
 ……男の背後で、女が斧を投げつける仕草をしているのが見えた。
 どうやら、攻撃力の差から完全に主導権を握られたようだ。
(くそ。だが、こいつらを味方につけることができればかなりの収穫や。なんとか信頼を得るべきやな)
 内心で舌打ちしつつも、表情には苛立ちを一切出さずに交渉を続ける。
「だからそんなに脅さへんと、こっちは素手なんやから。
……そうやな、一人会ってはいるんやが、情報はこっちからは教えとうない。そいつが狙われたら嫌やからな。
せやから、まずそっちから一人か二人挙げてくれへんか?」
「……」
 男が考え込む。他の二人とも小声で相談しているようだ。
 ここで挙げてくるのは、おそらくこちらに情報を握られて襲われても立ち向かえる人物であろう。
 もしこのまま三人と別れるようなことがあっても、これで一人の危険人物をマークできる。
 一分ほど時間が経っただろうか。女の方が口を開いた。

「フリウ・ハリスコー。短い茶髪の少女。左眼に眼帯をしているわ」



(…………あんのクソガキ、どこまで俺を苦しめるつもりや)
 胸中であの疫病神に呪いをかけながら、この後の身の振り方についてベリアルは必死に頭を回し始めていた。



【B-3/ビル2F、廊下/1日目・09:15】

【緋崎正介】
[状態]:右腕・あばらの一部を骨折。それなりに疲労は回復した。
[装備]:なし
[道具]:支給品一式(ペットボトル残り1本) 、風邪薬の小瓶
[思考]:なんとかこの場をやり過ごす。できれば信頼を得て情報を引き出したい。
カプセルを探す。生き残る。
[備考]:六時の放送を聞いていません。
刻印の発信機的機能に気づいています(その他の機能は、まだ正確に判断できていません)


『されど罪人はエンジェル・クロニクル』
【ミズー・ビアンカ】
 [状態]:左腕は動かず。
 [装備]:火災用の斧
 [道具]:デイパック(支給品一式、支給品の地図にアイテム名と場所がマーキング)、缶詰、救急箱、ロープ
 [思考]:目の前の男との情報交換。フリウとの合流

【新庄・運切】
 [状態]:健康(切モード・身体が男性になっている)
 [装備]:蟲の紋章の剣
 [道具]:デイパック(支給品一式、懐中電灯、支給品の地図にアイテム名と場所がマーキング)、部屋で発見した詳細地図
 [思考]:目の前の男との情報交換。佐山達との合流。殺し合いをやめさせる

【ガユス・レヴィナ・ソレル】
 [状態]:右腿は治療済み。戦闘は無理。疲労。
 [装備]:グルカナイフ、リボルバー(弾数ゼロ)、知覚眼鏡(クルーク・ブリレ)
 [道具]:デイパック(支給品一式、支給品の地図にアイテム名と場所がマーキング)
 [思考]:目の前の男との情報交換。魔杖剣と咒弾を回収しに(傷を悪化させてでも)B-1とD-1へ。

※探知機がミズー達の近くに落ちています。


2005/07/16  改行調整、後半部分大幅に修正(ミズーの台詞の一部をガユスに変更

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第291話 新庄運切 第315話