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第291話:金属の斧は磁力に引かれる

作:◆E1UswHhuQc

 ミズー・ビアンカは眠っている。苦悶の表情を浮かべ、汗をかく。
 新庄はタオルで流れる汗を拭いてやり、一息つく。
 ……ガユスさん、大丈夫かなあ。
 咒式士と自称する彼は、自身の武器を入手しに行き、ここには居ない。
 ひとまず偵察の為に屋上に行くと言っていたから、安全なルートを確認したら戻ってくるはずだ。
 ……戻ってくるよね?
 まさか一人で向かったりはしないだろうと、新庄は思う。
 ガユスは聡い人間だ。ビルの中を移動するぐらいはともかく、単独で島を移動するような真似はしないだろう。
 現状で、自分達の最大の武器は“剣”だ。大概の攻撃を防ぐ事が出来、攻撃にも使える。
 が、実を言えばそれ以外に武器はない。
 隻眼の男が落としていったナイフはある。が、新庄は後衛砲手であるし、ガユスも近接戦は『それなりにこなせる』程度であるという。
 新庄はミズーの汗をぬぐった。
 赤髪の彼女こそが、三人の中で最も秀でた近接戦技能者だ。
 その彼女は、今は気絶している。
 新庄は困ったような表情でミズーの顔を見て、
「死なない……よね?」
 一つ呟き、天井を見た。こちらを照らすのは蛍光灯の光だ。
 その光は弱く、頼りない。

「……はぁ……」
 息を吐いた瞬間、ミズーが動いた。
「っ!」
 跳ね起き、動きの結果で痛みを感じる。
 左肩の傷口を押さえてうつむくミズーに、
「ミズーさん!?」
「平気……」
 押し殺した声でミズーが言う。
 そのまま動きを止めて少しして、ミズーが傷口から手を放した。
 血のにじんだ包帯を見て、新庄は眉を寄せた。
「ごめんね。鎮痛剤とかあれば良かったんだけど、なくて」
「平気よ。大分、楽になってきたから」
 答えて、ミズーが周囲を見回した。視線の先を見て、新庄は言う。
「あ、ミズーさんが気絶してる間に、使えそうなもの集めたんだけど」
 床に毛布を敷いただけのミズーの寝床の周り、幾つもの物品が転がっている。
 缶詰。タオル。食器。斧。消火器。救急箱。ロープ。蝋燭。懐中電灯。マッチ。糸。輪ゴム。
 色々とあるが、全てを持っていく事はできない。
 それらを見回す中、ミズーの視線がある箇所で止まった。
「……そこの斧は、どこから持ってきたの?」
「消火器の横。火事の時に使うものみたい。武器にはならなくても、何かに使えるかと思って」
 新庄は意外に軽い手斧を持ち上げ、ミズーに手渡した。
 ミズーは右手でそれを受け取り、軽く振ってみる。
 すっぽ抜けた。

「あ」
「きゃっ」
 ミズーの手を離れた斧は縦回転の動きを持ちつつ新庄の横を通過。そのままドアへと向かう。
 と、ドアが開いた。入ってきたのは眼鏡の男。
「あー!」
 新庄の叫びに、ガユスが飛来してくる斧を視認した。
「おおおっ!?」
 全力で背を反らしたガユスの上、胴のあった部位を斧が旋廻して飛び去った。
 続いて響いたのは、刃が壁に突き刺さった鈍音。
 静まり返った室内、動くのはのろのろと体勢を元に戻すガユスだけだ。
 気まずい沈黙の中、ミズーが言った。
「……何処へ行っていたの? ガウス」
「ミズーさん、それ磁力」
「名前ぐらい覚えてくれ……」
 脱力してガユスはへたりこみ、新庄は溜息をついた。
「……人の名前を覚えるのは苦手なのよ」
 気まずそうに、ミズー。ガユスは手を顔に被せ、
「てっきり、状況無視した寒い冗句かと思った」
「言わないわよ」
「ところで俺はガユスの弟のガユセです。いつも兄がお世話になっています」
「え、……そ、そうなの?」
「新庄、名簿を見てみなさい」
「新庄、ボケにボケで返すとは流石だな」
「からかわないでよっ!」
 軽く怒気をこめて叫ぶと、ガユセ(嘘)が両手をあげた。

「すまんすまん。新庄が純情だから、つい」
「それで、ガユス。何処へ行っていたの?」
 ミズーの問いに、ああ、とガユスは答えた。
「俺の魔杖剣と咒式弾……説明はしたよな? それがある場所が分かったんだ」
「えっと、この地図」
 新庄が手渡した地図にミズーはざっと目を通し、
「詳細な地図ね。数字は何?」
「最後の紙に、文字がある。それと対応してるらしい」
「……私の知っているものは、特にないわ」
 ミズーは地図を返し、言う。
「一人で取りに行ってきたの?」
「いいや。まずは屋上から道を確認しようと思って向かったんだが」
 そこでガユスは言葉を切り、なにやらジェスチャーをして、
「狙撃された。いや当たってないから心配しなくてもいい新庄」
「良かった……」
 新庄はほっと胸を撫で下ろす。
「弾の飛んできた方角から推測すると、東南のビルから狙撃してるみたいだ」
「なら、この建物を背にして動けば問題ないわね」
 ミズーの言葉にガユスが頷き、思い出したように口を開いた。
「言い忘れてたがこのビル、俺達の他にもう一人いるぞ」
「え? ……ど、どこに?」
「二階だ。どうも怪我をしてるらしい」
「じゃあ、助けに行かないと――」
「――放って置きましょう」

「……ミズーさん?」
 静かに放たれたミズーの言葉。
「わたしもガユスも怪我をしている。これ以上足手まといが増えても不利になるだけよ」
「ミズーに同意」
「なん、で……」
 何故、と新庄は思う。
 何故、そういう事を言うのか。
 何故、見棄てるのか。
「だ……駄目だよ! もしかしたら、ボクらの知り合いかもしれないし……」
「その可能性はあるけどな……」
 複雑な表情でガユスは呟く。
「――では、こうしましょう」
 顔色を曇らせる新庄に、ミズーが提案する。
「まず、会いましょう。誰の知り合いでもないのなら、包帯と消毒液でも渡して恩を売っておく。相手が信用できて同行したいと言うなら連れていく」
「そ――」
 それなら、と言おうとした時だ。
「――相手が襲ってきた時は?」
「!」
 新庄はガユスを見る。眼鏡の奥に覗く彼の瞳は、冗句を言っているものではない。
 新庄の動揺を無視して、ミズーは答えた。
「動けなくなるまで痛めつけるか……殺すか。どちらにせよ、武器を持っていたら奪う」
「二人とも……なんで、そんなこと……」
「新庄」
 新庄の額に指を突きつけ、ミズー。

「わたしを信用しないで」
「…………?」
「わたし達は元々赤の他人よ。互いのことを良く知らない。いつ裏切るかも分からない。だから、信用してはいけない」
「ミズー、さん……」
「今は協力している。でも、裏切るかもしれないのよ? わたしも、ガユスも」
「そうだな。咒式士を手放しで信用すると寿命が縮まる」
 口々に言う、二人。
 うつむき、唇を噛み、新庄は呟いた。
「……でも」
 でも、の言葉を皮切りに、言う。強く。
「ボクは、信じたいよ……!」

 吐き出された、新庄の言葉。
 はっきり言えば甘い。ただの理想でしかない。
 俺に裏切るつもりはないが、状況如何によってはどうなるか分からない。
 だがまあ、先の事を考えても仕方がない。
 問題は一つ。部屋を出る前から戻ってくる間にあった変化。
「新庄」
 知覚眼鏡に故障はない。なので俺は、直球で聞いてみた。

「生えてないか?」

「え……は、生えて?」
「膨らみも、なんか縮んでるような」
「あ――」
 新庄が顔を赤らめ、俺の視線から隠すように両腕で自分の身体を抱きしめる。
 間違いない。確信して、ミズーの方へと視線を移した。
「…………」「…………」
 暫しのアイ・コンタクト。今此処に二人の思考が通じ合った。多分。
 ミズーが自由の利く右腕で、新庄の肩をがしっと掴み、
「新庄。ちょっとこっちに来なさい」
「あ、ちょっ、だ、駄目だよっ」
 ずるずると部屋の隅へと引き摺られていくのを見送り、なんだか悪いので後ろを向いて、ついでに口笛でも吹いてみる。
「やめてよミズーさん! なんかヘン! いつからここ佐山時空に!?」
「暴れないで、新庄。ちょっと確かめるだけよ」
 後ろでどたばたと暴れる音が聞こえる。積極的ですねミズーさん。ぐっじょぶ。
「や、駄目! それ下げちゃ駄目ー!」
「静かになさい」
「駄目だってばぁ……、――あ」
「……あら」
「ひ、酷いよミズーさんっ。――って引っ張るの駄目ー!」
「まさか本当に生えてるなんて……」
「ね? も、もういいでしょ? ちゃんと説明するから――」
「上はどうなっているのかしら」
「やだー!!」

 録音装置がないのが非常に悔やまれる。なんで俺の支給品に入ってなかったんだろう。弾のないリボルバーみたいなハズレは要らないのに。
 せめて目に焼き付けておきたいが、ここで振り向いたら新庄の俺に対する信頼度補正がマイナスになってしまう。
 仕方が無いので、シンシウム(仮想の物質。脳内に分泌して人を紳士的にする)を大量分泌して我慢。でも音声はばっちり記憶しておく。咒式士だから。
 嬌声とか強制とかそんな感じの声がしなくなり、衣擦れの音がした。どうやら検査は終わったらしい。
 振り向くと、やや着衣の乱れている新庄が顔を真っ赤にしており、ミズーが軽く頬を紅潮させていた。
「で、どうだったんだ?」
 やり取りは聞こえていたので結果は分かっていたが、あえて聞いてみる。
 俺の問いに、ミズーは頷いて答えた。
「生えてたわ」
「うう……佐山君以外の人に見られて引っ張られたぁ……」
 嘆く新庄に、ミズーが言った。しれっと。
「言ったでしょう、わたしを信用しないで、と」
「なんか違う……」
 言い捨て、新庄はぐったりと床に倒れこんだ。

【B-3/ビル一階/1日目・09:10】

『されど罪人はエンジェル・クロニクル』
【ミズー・ビアンカ】
 [状態]:左腕は動かず。
 [装備]:グルカナイフ
 [道具]:デイバッグ(支給品一式、支給品の地図にアイテム名と場所がマーキングされています)
 [思考]:1.二階の人物との接触。2.フリウとの合流
【新庄・運切】
 [状態]:健康(切モード)
 [装備]:蟲の紋章の剣  救急箱
 [道具]:デイバッグ(支給品一式、支給品の地図にアイテム名と場所がマーキングされています)  部屋で発見した詳細地図
 [思考]:1.二階の人物との接触 2.佐山達との合流 3.殺し合いをやめさせる
【ガユス・レヴィナ・ソレル】
 [状態]:右腿は治療済み。戦闘は無理。疲労。
 [装備]:リボルバー(弾数ゼロ) 知覚眼鏡(クルーク・ブリレ)
 [道具]:デイバッグ(支給品一式、支給品の地図にアイテム名と場所がマーキングされています)
 [思考]:二階の人物との接触。

メッセージ:
ガユスとミズーはスキル『アイコンタクト』を習得しました。
ガユスとミズーの信頼度が5上がりました。
新庄のやるせなさが10上がりました。

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