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第332話:夢の中の幻

作:◆5KqBC89beU

 青年が目を開けると、そこは何もない世界だった。
 平坦な空と地面が続くだけの、シンプルな世界である。
 灰色がかった深い瞳が、呆然と地平線を見つめる。
「……なんや、これ?」
「夢だ」
「幻さ」
 地面に座る悪魔たちが声をかけた。
 背後にいる二匹に気づき、青年が振り返る。
「待っていたぞ、正介」
 と親しみのこもった声が言う。
「さて。また会ったね――という挨拶が正確かどうかという議論はひとまず
 置いておこうか。僕ら――という呼称が実は当てはまらないという複雑な現状の
 確認も後回しにさせてもらおう。なにしろ時間が足りないからね。これでも
 急いでるんだ。とにかくコミュニケーション優先で話を進めるとしよう。
 正介。僕ら『盟友の幻影』は君の奮闘を応援する」
 と嬉しそうに興奮した声が言う。
 青年――緋崎正介は、二匹の悪魔に目を向けて唸った。
「……ベリアルて言え」

 そうして悪魔は三匹になった。

 かつて楽園を追い出され、ヒトの祖先は地に堕とされた。
 地上の世界は住み難く、ヒトの末裔は苦しんだ。
「神様は、僕らを愛していないのさ」
 三人のヒトが悪魔を呼んだ。彼らは儀式を成功させた。
 小さな悪魔が召喚されて、彼ら三人は喜んだ。
 けれども悪魔は怯えて逃げた。逃げ延びた先に誰かいた。
 少年が、一人でぽつんと立っていた。少年は笑い、悪魔に言った。
「ねぇ、僕は、君と友達になれるかな?」
 小さな悪魔は頷いて、少年の為に、少女に化けた。
 彼ら三人は悪魔を追って、二人の居場所を見て驚いた。
 そこは美しい『王国』で、まるで楽園のようだった。

 舞台は、ここではないどこか。時間は、今より少し過去。
 その街にはセルネットという麻薬組織が存在していた。
 扱うクスリの名はカプセル。カプセルは、錠剤に化けた特殊な悪魔。
 のめば悪魔の力が宿り、幻覚を媒介にして悪魔を“認識”させた。
 素質ある者は力を捕らえ、魂の奥底から、分身たる悪魔を呼んだ。
 それも、今では過去の話――だったはずなのだが。

 何故か、今ここに、セルネットのトップ・スリーだった三名がいる。
 ベルゼブブ。バール。ベリアル。それが彼らのコードネーム。
 “最初の悪魔”を召喚し、紆余曲折を経てセルネットを創設し、最後には
自らを悪魔と化してまで暗躍した、ろくでもない悪党たちである。
 ベルゼブブが発端となり、バールが追随し、ベリアルが加担した形だったが、
彼らは互いに対等な盟友だった。

 彼らは“最初の悪魔”を利用して、悪魔の力で“理想の世界”を創ろうとした。
 強大な悪魔使いへと成長した少年――物部景や、その仲間たちと敵対し、
一度は勝利したものの……最終的には敗北し、すべての力を失った。

 だから、このように、平気な顔して登場できる訳がないのだが。
 それでもやっぱり、今ここで、彼らは舞台に立っている。

 ベリアルの体験談を聞き終え、『幻影』たちは顔を見合わせた。
「いや恐れいったね」
 とベルゼブブは愉快そうに言った。
「似たようなことを考える人間は、いくらでもいる――あの時そうは言ったけれど、
 さっそく巻き込まれるとは思わなかったよ。いや、違うか。僕らの主観的には
 半日も経ってないけれど、現世での時間経過に関しては謎だからね。その上、
 この島がある空間では、普通に時間が流れているかどうかも怪しい。いやはや、
 さすがに驚いたよ。この島も、集められた参加者も、呪いの刻印とかいう術も、
 何もかもが実に興味深い。ある意味、オカルティスト冥利に尽きるね」
 いきなり話が長くなりつつある。
「しかし、妙なことになったな」
 とバールは肩をすくめた。
「いったい何をどうすれば、『ベリアルを生き返らせる』なんて芸当ができるんだ。
 それに、こうやって話している俺やベルゼブブは何なんだ。説明できるか?
 悪魔をよく知る俺から見ても、異常だとしか言いようがないぞ」
 『幻影』の分際で細かいことを言う。
「知らんがな。むしろ俺が教えてほしいくらいやわ」
 とベリアルは眉根を寄せた。
「推論でよければ話せるよ。この場で公正に証明する方法はないけれど。
 でもね、いくら説明しても無駄だと思うよ。記憶できなくなってるようだから。
 再構成された時に、僕らは認識を操作されたらしい。余計なことを忘れてしまう
 ように、忘れていることさえ忘れてしまうようにね。この夢が終わった時点で、
 この夢の記憶は忘却される。そういう操作のされ方だ。それでも聞きたい?」
 ベルゼブブの問いかけに、バールとベリアルは軽口を返す。
「もったいぶるなよ。無駄でも何でもいいから、とっとと話せ」
「そうや、そうや。ほんまは言いとうてウズウズしとるくせに」

 彼らの反応は、どうやらベルゼブブを満足させたようだ。
「それでは遠慮なく、仮説を述べよう。無論、信じるかどうかは君たちの自由だ。
 真偽のほどは君たち自身が保有する情報との整合性から判断してくれ。OK?」
「「OK」」
「グッド。では始めよう」
 穏やかに微笑を浮かべながら、ベルゼブブは語りかける。
「あんまり時間が残ってないし、もう結論から言ってしまおう。厳密に言うならば、
 緋崎正介は生き返っていない。『今のベリアル』の正体は、かなり特殊な悪魔だ。
 ベリアルの記憶と人格を継いだ『ベリアルのようなもの』――ってところかな。
 おや? “だったら肉体ごと蘇ってるのは何故なんだ”と、そう思ってるね?
 いいから黙って聞きなさい。その件も、ちゃんと具体的に解説してみせるから。
 ものすごく大雑把に表現すると、『今のベリアル』は実体化し続けている悪魔だ。
 カプセルと同じ……いや、それ以上の“成功例”だと思ってくれて構わない。
 物理法則を無視できないほど強固に実体化していて、もはや人間と大差ない存在だ。
 ベリアルの姿をした悪魔が、人間に擬態している――と言えば分かりやすいかな?
 周囲の状況に合わせて、“人間だったらこうなるだろう”という状態を、自動的に
 再現し続けているわけだね。当然、物理的ダメージを無効化したりなんかできない。
 限界以上のダメージを与えられれば、二度と目覚めぬ停止状態をも再現するはずだ。
 つまり“永眠”してしまう。おお、我ながら的確な要約だ。エロイムエッサイム。
 人間のフリをしている以上、身体能力については、普通の人間と同じくらいだろう。
 とはいえ、一応は悪魔だからね。現状のままでも、どうにか鬼火くらいは出せるよ。
 大蛇を召喚したりとか、強力な火炎を操ったりとか、悪魔としての力を
 存分に発揮したいなら、カプセルをのむ以外に方法はないだろうけどさ」

 ベルゼブブの口調に、からかうような響きが混じった。
「なぁ、ベリアル。認識を操作されているせいで、君は気づいてないようだね。
 この島にカプセルが存在するって発想は、本来とても奇妙なものなんだよ。
 あの夜、力の源を失って、悪魔もカプセルも消え失せたはずなんだから。
 もしも、たった一錠でもカプセルが残っていたりしたら……それは奇跡だよ。
 もっとも、僕らを再構成した連中なら、カプセルだって自力で造れるはずだけど。
 ……ああ、やっぱり何のことだか理解できないか。やれやれ、思った通りだ。
 悪魔とは認識に影響される存在であり、“もう悪魔は消えてしまった”という
 認識など持っていたら、君自身が消えてしまいかねない――って理屈だろうね。
 これは考えても意味がないけど……主催者の都合に合わせて造られた今の君は、
 主催者の招きたかったであろうベリアルと、はたして同じベリアルなのかな。
 そのへんについて主催者がどう思っているのか、ちょっとだけ気になるね。
 ちなみに『この僕』と『このバール』は、ベリアルの記憶から造られた『幻影』。
 まぁ要するに、擬似人格みたいなものだ。あんまり出来は良くないけど。
 僕らの人格はバールの肉体に同居していただろう? その時の“なごり”さ。
 非常に陳腐な言い回しで恐縮だけど、僕と彼は、君の心の中に生きているんだよ。
 けれども所詮は『幻影』。こうして夢の中に出てくるだけだ。他には何もできない。
 しかも夢に見た情報は、君の記憶に残らない。でも、これはこれで面白いかもね。
 うつし世は夢、夜の夢こそまこと。――さぁ、朝まで語り明かそう」
 ベルゼブブは上機嫌だった。
 バールが再び肩をすくめた。
 ベリアルの頬がひきつった。
 楽しい悪夢の始まりだった。

 夢の中で見た幻を、ベリアルは既に憶えていない。
(そういや今朝は、なんか夢にうなされて目ぇ覚めたっけ……ずぶ濡れのまんま
 瀕死状態でビルまで移動したせいやな、多分。……ちょっと弱っとるなぁ、俺。
 まぁ、もう風邪ひいても平気やねんけどな。風邪薬には不自由してへんし)
 というか、現実と戦うだけで精一杯だった。


【B-3/ビル2F、仮眠室/1日目・09:05】

【緋崎正介(ベリアル)】
[状態]:右腕・あばらの一部を骨折。それなりに疲労は回復した。
[装備]:探知機
[道具]:支給品一式(ペットボトル残り1本) 、風邪薬の小瓶
[思考]:カプセルを探す。生き残る。次の行動を考え中。
[備考]:六時の放送を聞いていません。
*刻印の発信機的機能に気づいています(その他の機能は把握できていません)

*この話は【サモナーズ・ソート(獅子と蛇の思索)】へ続きます。

[夢に関する注意事項]
 【ベリアルは沈黙する】で見ていた夢です。
 ごく普通の単なる夢だったのかもしれません。
 「認識の操作」「『今のベリアル』の正体」「『幻影』の存在」等、
 どの情報も、真実だと確定されていません。

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