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第065話:犬と天使の覚醒

作:◆Sf10UnKI5A

 少女(朝比奈みくる)の死体を発見してから、約三十分後。
 景と風見は、D−3地区の住宅街に到着した。
 目立つような明かりは点滅する街灯くらいしかなく、辺り一帯がシンと静まり返っている。
「さて、どうする?」
 塀の影に隠れて二人は話す。
「情報収集と言っても、話相手を見つけないと始まらないわよね。
でも、これじゃ人がいるかどうかも……」
「待った」
 景は風見に口を閉じるよう示すと、視線を離れた一軒家に固定する。
「あそこの、自販機のある家」
 短く告げる。風見もそこに目を移し、そして気付く。
 窓の奥に見える赤い小さな光を見て、風見は一言。
「…………人魂?」
「いや、煙草の火だろ」
 訂正する景を、風見は鋭い視線で睨む。
「冗談に決まってるでしょ」
 ……そんな風には聞こえなかったけど。
「あんな目立つ真似してるんだから罠でもあるのかもしれないけど、
虎穴に入らずんば、よ。行きましょう」
 改めて周囲を見回し自分達以外の人影が無いのを確認し、二人は動いた。

 ゆっくりと家に近づくにつれ、時たま怒鳴り声のようなものが聞こえてきた。
「家の外まで聞こえるような大声で……。緊張感の無い連中ね。
それとも、それすら人を呼び寄せるための罠?」
 ぶつぶつと呟く風見。対して景は、聞こえてくる声に嫌な予感を覚えた。
 ――まさか、この声は……。
 風見は身を低くして、自販機の陰に隠れながら玄関先を窺う。
「……玄関の扉が壊されてるわ」
 ――ああ、確かに『あいつ』ならやりかねないが。

「風見、ちょっと」
 怪訝な顔で玄関を見ていた風見に声をかける。
「何?」
「もしかすると、中にいる奴が知り合いかもしれない」
 景がそう言った瞬間、外の二人にもはっきりと聞こえる大声が家の中から響いてきた。

 「 ぴ ぴ る ぴ る ぴ る ぴ ぴ る ぴ 〜 」

「…………」
「……知り合いって、海野千絵って女のことよね? じゃあもしかして今のが」
「違う。絶対に違う」
 はあ、と景は大きな溜め息をつく。
「とにかく中に入ろう。僕が先に行く」
「ちょっ、罠でもあったら……!」
「大丈夫だ。今の女はともかく、あいつはそんな男じゃない」
 そう言うと、景は玄関へ向けて歩き出した。
「男? アンタそれってどういうことよ!?」
 押し殺した怒鳴り声を上げながら、風見も後に続く。

「馬鹿野郎! そんな大声出す必要はねえんだよ!」
「えっ!? でもボク、精一杯良い所見せようと……」
 家の中にいたのは、甲斐氷太とドクロちゃんの二人だった。
 互いの事を語る内、ドクロちゃんが『復活の呪文』について話をした。
 ワープなんてものが実在したのだから、呪文があってもおかしくない。
 退屈していた甲斐は興味を持ち、『なら、この灰になった煙草を元に戻してみろよ』
 と持ちかけたのだった。
 その結果、
「しかも何だこれは!? 灰が元の形に固まっただけじゃねえか!!」
「おかしいなあ……」
 彼女は『エスカリボルグ』というトゲバットを手にしないと真の力を発揮出来ないのだが、
 そんなことを甲斐は知る由も無かった。

 怒鳴る甲斐。とぼけるドクロちゃん。
 そんな場違いな会話をしていた二人は、侵入者に気がつかなかった。

「……甲斐、何をしてるんだ?」
 自分の名を呼ばれた事に驚き、居間の扉へと振り向く甲斐。
「『ウィザード』!? お前、どうしてここが……」
「ちょっと物部、説明しなさいよ! アンタが探してるのは海野だけじゃなかったの!?」
「うわ〜いお客さんだあ〜」
「って敵!? ……ハッ!!」
 鉄パイプを振り上げ歩み寄るドクロちゃんに、風見の高速の蹴りが見舞われた。
 側頭部を蹴り抜かれ、一瞬で昏倒するドクロちゃん。
 それを見て、甲斐はまた驚きの声を上げる。
「おい、誰だこの変な女! 今の蹴りはただもんじゃねえぞ!?」
「変な女とは何よ! アンタもヤる気!?」
「何だと!? DDのトップ舐めんなよクソアマ!」
「クソアマ……? 上等よ! 表に出なさい!!」

「二人とも黙れ!! 静かにしろ!!」

『…………』
 我慢が限界に達した景の叫びで、ようやく二人は口を閉じた。

「……とにかく、これだけ騒いでたんじゃ誰に気付かれてもおかしくない。
近くの別の家でいい。一旦移動しよう」
「そうね。そこのアンタ、物部の知り合いなんでしょ? 死にたくなきゃ着いてきなさい」
「……チッ、わーったよ。それじゃ、これ頼むわ」
 甲斐は舌打ちすると、景に二人分のデイバッグを押し付けた。
 疑問に思う景が声を出そうとするが、
「こいつ一人置いてくわけにゃ、いかねーだろうがよ……」
 甲斐は、鉄パイプを握り締めたまま気絶したドクロちゃんを背負った。
「待ちなさい。いきなり殴りかかってくるような女を一緒に連れてく気?」
「それにも事情があるんだよ。……とにかく行こうぜ」
 風見は顔に困惑の色を浮かべ、しかしすぐに玄関へと歩き出した。
 その後を、ドクロちゃんを背負った甲斐が着いていく。
 最後に残された景は、一言呟いて部屋を後にした。
「荷物も四人分となると、結構重いんだな……」

 四人は、二軒先の――と言っても100メートルは離れている――空き家へと移動した。
 幸い誰にも見つかる事無く移動は終わり、割れた窓から中へと侵入する。
 そして、風見に半ば脅された甲斐が、自分とドクロちゃんの紹介をすることとなった。
「――――まあ、そういうわけでよ。こいつはどうもルールを理解してないようだし、
俺も退屈だったんであそこで話してたってわけだ」
「……生き残るために行動しよう、とは思わなかったの?」
 風見の問いかけに、甲斐は苦笑を返す。
「行動も何も、カプセルもねえし第一やる気が起きねえ。
殺し合い? 下らねえ。今の俺にあるのは煙草くらいさ。おいウィザード、さっきの荷物……」
「その煙草の光で見つかってりゃ世話無いわ」
 風見の声が冷たく響く。
「……で、アンタもカプセル? 一体それって何なの?」

「あん? そいつから聞いてねえのかよ」
「無いと命に関わる薬なんでしょ。
それが必要なのが二人もいるって、同じ病気にでもかかってるの?」
「病気、ねえ……」
 甲斐は景を見て、ハッと声を出して笑う。。
「肝心要の所は秘密にしておくってわけだ。流石だな、ウィザードさんよお」
「……どういうことよ」
 顔を曇らせた風見に向けて、甲斐は話す。
「――病気は病気でも、『ジャンキー』だよ。薬物中毒って奴さ」
「ジャンキーって……まさか麻薬!?」
 驚く風見を見て、甲斐は笑みを更に濃くする。
「麻薬も麻薬、特上品さ。悪魔が見えるくらいのな」
「アンタ、さっきから何を言ってるの!?」
 ――マズいな。
 幾ら背中を任せる相手とはいえ、手札を全て晒す必要は無い。
 晒すとすれば、それはカプセルが手に入った時で十分だ。
 そう景は考えていた。しかし、
 ――余計なことをベラベラと……。
 甲斐を止めようと、景が口を開こうとする。
 その時、景の視界に動くものが入ってきた。
 部屋の隅に寝かされていたドクロちゃんが、立ち上がっている。 片手に鉄パイプを握り締めたままで。
 ゆっくりと振り返ったドクロちゃんは、高々と鉄パイプを掲げる。
 虚ろなその瞳が見ているのは――、
「危ない風見!」
「へ? ――きゃあっ!!」
 景は風見に飛びついて、その体を床に押し倒した。

 ゴッ、と鈍い音が響く。

「ぐあぁっ!!」
 風見が見たのは、自分に覆いかぶさる景に鉄パイプが振り下ろされる光景。
 鈍い音と共に、景の口から苦悶が漏れる。
「――何してんのよアンタっ!!」
 叫んだ風見は、景の体を抱いて横へ回転。二人の上下が逆になる。
 更に風見は素早く腰の後ろへ手を回し、隠していたグロック19を抜き取る。
 射撃。しかし、キンッという甲高い音が響いただけでドクロちゃんは無傷。
「何が天使よ、この化け物ッ……」
 さらに射撃するも、結果は同じ。
 ドクロちゃんは、風見の射撃に合わせて鉄パイプで銃弾を弾いていた。
「物部、走れそう!?」
 風見はゆっくりと後ずさりながら、銃声に負けぬ大声で景に話しかける。
「痛むが、多分大丈夫だ……」
 その返答に、風見はわずかに笑う。
「上等ッ! 足止めするから先行って!!」
 景はよろめきながらも玄関へと急ぎ、鍵を開けて外へ出る。
 それを横目で確認した風見は、床に置いてあったデイバッグを一つ掴み、残弾分の連射を見舞った。
 弾き切れなかった一発が、ドクロちゃんの横腹に直撃する。
「よしっ……!」
 小さく呟くと、風見も玄関へと駆ける。そして脱出。

 数メートル先を走る景に、風見はすぐに追いついた。明らかにスピードが遅い。
「強がってんじゃないわよ、バカ……」
 口の中で呟く。
「物部、ちょっとストップ! これ背負って!」
 デイバッグを景に押し付け、振り向いて後ろを確認する。
 ――よし、来てない!
 そして景に向き直り、苦痛に耐えるその顔を見据える。
「……一発かましてやったからすぐには追って来ないはずよ。
でも銃声がマズいから、とっとと逃げましょ。背中乗って」
 風見は身を低くして背中を差し出した。


「まったく情けないな、女の子に背負われて逃げるなんて」
 言いながら、景は体を風見へと寄りかからせる。
「怪我人が何言ってるの。……しっかり掴まっててよ」
 ――にしても軽いわね、コイツ。
 華奢な景の体に、先ほどの鉄パイプの一撃は響いたことだろう。
 景を背負うと、風見は駆け出した。
 痛みがつらいのか、景は何も喋らない。
 ――素人じゃないって偉ぶっといて、逆に守られちゃうんだからなあ……。
「……物部、ゴメン」
「別に。女性を守るのは男性の役目だって、昔から言うしね」
 その物言いに、風見は硬い表情をわずかに緩める。
「――ありがとう」
「どういたしまして」


 横っ腹を撃たれたドクロちゃんは、走る風見を追わず見送った。
 無表情な彼女は鉄パイプを掲げ、呪文を唱える。
「ぴぴるぴるぴるぴぴるぴ〜」
 唱え終わった時、彼女の腹部から流れ出る血は完全に止まっていた。
「ぴ、ぴる……」
 うわごとのようにぴるぴると呟きながら、ドクロちゃんは外に出る。
 そして、幽鬼の如く歩き出す……。

「何だってんだ、あいつら……」
 風見がグロックを取り出した瞬間、甲斐は一人別の窓から逃げ出していた。
 ドクロちゃんと戯れるのは彼らしからぬ行動だったが、
 その判断力・行動力は決して鈍ってはいなかった。
 ――銃を持ってるなんて反則じゃねえか。
 見知った顔だからと油断したのが失敗だった。
 もしかすると、初めから殺すつもりだったのかもしれない。
「ちっくしょお……。俺としたことが……」
 ――殺られる前に殺る、しかないってことか。
 ならば武器、それにカプセルが必要だ。
 まず一人殺し、武器を奪う。それを繰り返し、カプセルを探す。
「こんなとこで死ぬわけにゃあ、いかねえよなあ……」
 もはやドクロちゃんのことも忘れ、甲斐は駆けた。
 生き残るという、単純で明確な目標のために。


【D−3/さびれた住宅街/02:45】

【残り102名】


『姐さんと騎士(物部景/風見千里)』
【D−3からC−3へ移動中】
【物部景】
[状態]: 背中負傷(致命傷ではない)
[装備]: 無し
[道具]: デイバッグ(支給品一式)
[思考]: 風見に背負われて移動中。

【風見千里】
[状態]: 平常。景を背負っている。
[装備]: グロック19(残弾切れ)
[道具]: ハンドガン用マガジン(1)
[思考]: 景を背負って移動中。



【ドクロちゃん】
[状態]: 頭部負傷。それによりぴぴる(バーサーカー)モード突入。
[装備]: 鉄パイプ
[道具]: 無し
[思考]: 当ても無く移動。他人を見かけたら攻撃
  ※能力値上昇中。少々の傷は「ぴぴる」で回復します。

【甲斐氷太】
[状態]: やや興奮状態
[装備]: 無し
[道具]: 煙草(残り14本)
[思考]: 生存のためにゲームに乗る。
    D−3からE−3へ移動中。

補足:デイバッグ四つがD−3の民家に放置中。中身は全て武器無し。
    銃声はD−3のほぼ全域に響いたものとします。

2005/06/13 改行調整。風見の景に対する呼称を“景”から“物部”に変更。

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