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換気 かんき ventilationこのように、「密室過密状態の部屋で長時間いると在室者が健康を害し、死者まででる」ことの原因の作業仮説の一つとして提案されていた「空気イオン仮説」は、現在では否定されている。
建物内の空気を外気と入れかえること。建物内の空気は人間の活動や燃料の燃焼,有害物質の発生などによってその状態が変化する。空気の状態としては,
(1) 温度,湿度などの熱的状態,
(2) 風速,風向などの気流の状態,
(3) 粉塵,炭酸ガス,一酸化炭素,窒素酸化物,細菌,その他の有害物質の濃度や酸素の濃度,あるいは臭気などの空気清浄度
が考えられる。
これらを総称して空気環境という。このような空気環境を人間の活動や建物・物品の保存に適するように改善することが換気の目的である。
(中略)
[在室者に対する必要換気量]
15 〜 18 世紀のイギリスの監獄,船倉,病院,スラムなどでは,過密な在室者と換気不良のために空気環境がきわめて悪く多くの死者が出たといわれる。これは極端な例としても,閉め切った室内に多数の人が長時間いると,ほかに有害な汚染の発生がなくても不快になることはよく知られている。 18 世紀以来,この原因についてのさまざまな学説が出された。
(1) 酸素の欠乏
大気中の酸素濃度は約 21 %であり呼気中では 16 %程度である。呼気中の酸素濃度が 16 %以下になると人体に顕著な影響が現れ, 10 %以下では致死の危険が生ずる。労働衛生の規則では 18 %が許容限界とされている。一般に,人間の呼吸による酸素消費は比較的わずかなものであり,通常の室内では呼吸のみによって有害な酸素の欠乏が生ずることはほとんどない。
(2) 炭酸ガス
大気中の炭酸ガス濃度は約 0.035 %,呼気中では 4 %程度である。炭酸ガスそのものの有害性は 0.5 %以下ではあまり認められず, 3 %程度から顕著となり,10 %以上では致死の危険が生ずる。しかし,通常の室内では人体の呼吸のみによって有害な濃度になるとは考えられず,不快の直接的原因とは考えにくい。
(3) 人間毒説
炭酸ガス有毒説はフランスの化学者A.L.ラボアジエが 18 世紀に唱えたものであったが, 19 世紀に入ってM.von ペッテンコーファーは,呼吸による炭酸ガスの増加は無害であり,呼気には未知で微量な有害物質があると考えた。これを人間毒と呼び,呼気の炭酸ガス量に比例して発生するという仮説を唱え,炭酸ガス濃度 0.07 〜 0.1 %を許容値とした。現在では人間毒の存在は信じられていないが,炭酸ガス濃度を汚染の指標とする考え方はこのとき以来のものである。
(4) 熱環境
19 世紀から 20 世紀に入ると,換気不良による不快ないし有害さを支配するのは,室内の温度,湿度,気流などの熱環境の悪化であると考えられるようになった。すなわち,酸素の欠乏や炭酸ガスの増加などによって空気の化学的性状が有害となる前に,温度,湿度,気流などの物理的性状が悪化し,人体からの熱放散が円滑に行えなくなり不快や生理的障害を招くという考えが定説となった。それ以来熱環境が重要視され,学問的・技術的に進展がみられ現在に至っている。
(5) 臭気
以上の経過と前後して,換気の必要性を体臭の除去に置く考えもあり,現在では必要換気量を決める有力な根拠と考えられている。
(6) 空気イオン
空気中のイオン量が快・不快の感覚に影響し,陽イオンが不快,陰イオンが快適に結びつくという説がある。現在は換気設備として技術的に対応する必要があるものとは考えられていない。
以上のように在室者に対する必要換気量についてはさまざまな歴史的経緯があり,現在も検討が続けられている。日本のビル管理法や建築基準法では,炭酸ガス濃度 0.1 %が一般室内の環境基準値として用いられ,これに基づいて 1 人当り 20 〜 35m3/hの必要換気量が種々の規程で採用されている。アメリカの基準では各種の空気浄化を行ったうえでの最小外気量として 1 人当り 8.5m3/hという値も用いられている。省エネルギーの見地からは外気量を減少することは効果的であり,空気浄化などの技術の普及とともに必要換気量の考え方も変わっていくものと思われる。なお,喫煙のある場合には,粉塵,臭気,一酸化炭素その他の有害物質が発生するので別途必要換気量を増さねばならない。
貝塚 正光
世界大百科事典
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更新日 2003/09/20,
作成日 2003/08/31