マイナスイオン神話の解体3「空気イオン説、空気のビタミン説の起源」− (疑似科学の終焉)
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マイナスイオン神話の解体

ここは、疑似科学「マイナスイオン」が蔓延してしまった「謎」を解明していこうとするページです。 公開されている情報収集を元に、ゆっくりと作成・編集している途上です。
※知られていない情報をお知りの方はどうぞ お知らせくださいませ。

-- CONTENTS --
  1. ブームの始まり、あるある大事典
  2. 代替医療紳士、堀口昇ドクターのマスコミ宣伝作戦
  3. 空気イオン、空気のビタミン説の起源
  4. 戦前、北の国での謎の研究。北海道大学
  5. 戦後、アメリカでのイオン商品の氾濫と衰退。米FDAのネガティブ判断
  6. 鉱石ブローカー、永井竜造氏のトルマリン鉱石錬金術作戦
  7. 大不況に喘ぐ日本家電が良心を捨てたとき
  8. 研究費と引き換え、疑似科学研究に手を染める研究者
  9. ブームの頂点、2002年の熱く長い夏
  10. エピローグ。意味の拡散、商品のキメラ化

空気イオン、空気のビタミン説の起源

基礎的な科学教育を受けたものなら誰でも疑問に思うこと。
「マイナスイオン?」、「それは陰イオンのことですか?」、「何のイオンですか?」
こんなあたりまえの質問にさえ、答えられる人は少ない。
「マイナスイオン」という言葉自体は、マスコミが垂れ流す無批判・無節制な番組・記事や宣伝によって、老若男女、都市地方問わず、日本の国民の大多数まで浸透してしまったという有様なのに。
しかし「陰イオン」を指すわけではないだろう。陰イオンには青酸イオンのように強い毒物も含まれる。そもそも膨大な種類のイオン種の半分が陰イオンだろうから、良いものも悪いものもある。

では何を指すのだろう?

別の方向からみてみる。
「マイナスイオンは健康に良い」、こんなイメージを持っている人は多い。そのようにマスコミが宣伝したからである。(もちろん、マスコミを利用し、操った人たちがいるわけだが)
「実体は不明だが、健康に良くて、空気中にあるもの」
これが、マイナスイオンに作られたイメージである。そしてこれがマイナスイオンの起源を示している。

さらに、「空気のビタミン」と形容されて呼ばれることもある。
如何にも最近作られたキャッチコピーのようなこの「空気のビタミン」という言葉は、実は「マイナスイオン」という言葉よりも歴史が長い。
英語圏では、"Air Vitamin" または "Vitamin of the Air" のような言葉で使われる。ちなみに「マイナスイオン」="MINUS ION ?"は1990年前後に日本で作られた和製英語のようだ。
ビタミンとは生体の主要構成成分やエネルギー源とはならないが、体内で合成することができない必須栄養素(有機化合物)をいう。現在 20 数種のビタミンが知られている。
「空気のビタミン」という言葉も、「空気中に酸素以外に必須摂取物質があるという思想」であろう。
ビタミンは、1910年に鈴木梅太郎が脚気防止に米ぬかから分離に成功したオリザニン(ビタミンB1)が最初の発見であるから、「空気のビタミン」という言葉が作られたのもそれ以降のはずだ。
しかし、「空気中に酸素以外に必須摂取物質があるという思想」そのものは、それ以前からあった。

この思想を「空気イオン説」という。

この思想(作業仮説)が登場する背景を知るには、18世紀までさかのぼる必要がある。
当時のイギリスでは、「密室過密状態の部屋で長時間いると在室者が健康を害し、ときには死者まででる」ことを防ぐ課題解決のために、その原因追求に種々の仮説がだされていた。
世界百科事典(平凡社)の換気の項目に、その状況の詳しい説明があるので、以下に引用する。
換気 かんき ventilation

建物内の空気を外気と入れかえること。建物内の空気は人間の活動や燃料の燃焼,有害物質の発生などによってその状態が変化する。空気の状態としては,
(1) 温度,湿度などの熱的状態,
(2) 風速,風向などの気流の状態,
(3) 粉塵,炭酸ガス,一酸化炭素,窒素酸化物,細菌,その他の有害物質の濃度や酸素の濃度,あるいは臭気など
の空気清浄度
が考えられる。
これらを総称して空気環境という。このような空気環境を人間の活動や建物・物品の保存に適するように改善することが換気の目的である。

(中略)

[在室者に対する必要換気量]

  15 〜 18 世紀のイギリスの監獄,船倉,病院,スラムなどでは,過密な在室者と換気不良のために空気環境がきわめて悪く多くの死者が出たといわれる。これは極端な例としても,閉め切った室内に多数の人が長時間いると,ほかに有害な汚染の発生がなくても不快になることはよく知られている。 18 世紀以来,この原因についてのさまざまな学説が出された。

(1) 酸素の欠乏
 大気中の酸素濃度は約 21 %であり呼気中では 16 %程度である。呼気中の酸素濃度が 16 %以下になると人体に顕著な影響が現れ, 10 %以下では致死の危険が生ずる。労働衛生の規則では 18 %が許容限界とされている。一般に,人間の呼吸による酸素消費は比較的わずかなものであり,通常の室内では呼吸のみによって有害な酸素の欠乏が生ずることはほとんどない。

(2) 炭酸ガス
 大気中の炭酸ガス濃度は約 0.035 %,呼気中では 4 %程度である。炭酸ガスそのものの有害性は 0.5 %以下ではあまり認められず, 3 %程度から顕著となり,10 %以上では致死の危険が生ずる。しかし,通常の室内では人体の呼吸のみによって有害な濃度になるとは考えられず,不快の直接的原因とは考えにくい。

(3) 人間毒説
 炭酸ガス有毒説はフランスの化学者A.L.ラボアジエが 18 世紀に唱えたものであったが, 19 世紀に入ってM.von ペッテンコーファーは,呼吸による炭酸ガスの増加は無害であり,呼気には未知で微量な有害物質があると考えた。これを人間毒と呼び,呼気の炭酸ガス量に比例して発生するという仮説を唱え,炭酸ガス濃度 0.07 〜 0.1 %を許容値とした。現在では人間毒の存在は信じられていないが,炭酸ガス濃度を汚染の指標とする考え方はこのとき以来のものである。

(4) 熱環境
  19 世紀から 20 世紀に入ると,換気不良による不快ないし有害さを支配するのは,室内の温度,湿度,気流などの熱環境の悪化であると考えられるようになった。すなわち,酸素の欠乏や炭酸ガスの増加などによって空気の化学的性状が有害となる前に,温度,湿度,気流などの物理的性状が悪化し,人体からの熱放散が円滑に行えなくなり不快や生理的障害を招くという考えが定説となった。それ以来熱環境が重要視され,学問的・技術的に進展がみられ現在に至っている。

(5) 臭気
 以上の経過と前後して,換気の必要性を体臭の除去に置く考えもあり,現在では必要換気量を決める有力な根拠と考えられている。

(6) 空気イオン
 空気中のイオン量が快・不快の感覚に影響し,陽イオンが不快,陰イオンが快適に結びつくという説がある。現在は換気設備として技術的に対応する必要があるものとは考えられていない。

 以上のように在室者に対する必要換気量についてはさまざまな歴史的経緯があり,現在も検討が続けられている。日本のビル管理法や建築基準法では,炭酸ガス濃度 0.1 %が一般室内の環境基準値として用いられ,これに基づいて 1 人当り 20 〜 35m3/hの必要換気量が種々の規程で採用されている。アメリカの基準では各種の空気浄化を行ったうえでの最小外気量として 1 人当り 8.5m3/hという値も用いられている。省エネルギーの見地からは外気量を減少することは効果的であり,空気浄化などの技術の普及とともに必要換気量の考え方も変わっていくものと思われる。なお,喫煙のある場合には,粉塵,臭気,一酸化炭素その他の有害物質が発生するので別途必要換気量を増さねばならない。

貝塚 正光
世界大百科事典
このように、「密室過密状態の部屋で長時間いると在室者が健康を害し、死者まででる」ことの原因の作業仮説の一つとして提案されていた「空気イオン仮説」は、現在では否定されている。
蓄積された知見に基づく現代の科学が教える室内空気質を保つのに必要な要素は、温度・湿度、気流、そして臭気や有害物質の除去である。
現在の快適空間の制御の基本は、空調・換気・気流制御である。

すなわち、密室空間で在室者が健康を害する原因を、「密室空間で必要な物質(空気イオン)が欠乏したため」とする仮設、言い換えると「空気中に酸素以外に必須摂取物質があるという思想」は、物理学のエーテル仮説(*1)や、ラマルクの用不用論(*2)と同様に、現在では否定されている過去の作業仮説である。

 (*1) 19世紀末に発達したが、アインシュタインの特殊相対性理論出現により否定される
 (*2) 獲得形質の遺伝を仮説、ダーウィンの進化論により否定される

しかし、上記引用から分かるように、室内空気質に決定的な要因を与えるのが熱環境であることが、科学定説となるのは、20世紀に入ってからであるという。それほど古い時代ではない。
「空気イオン仮説」の残滓が、いまだに残存しているのはそのためだろう。


「空気イオン説」は、換気論の要因仮説から締め出された後、奇妙な進展をみせる。

曰く、「正の空気イオンが多い風が吹くと、人の精神状態に影響を与え、犯罪率や自殺率が上がる」 (→一例
曰く、「負の空気イオンは、人の免疫力を高めて病気治癒に効果あり」(薬事法違反のセルミ医療器の例)
等々。
実際に実証検証もしない言説が、ムード的・イメージ的にただ、増えつづけていく。
そして「空気イオン説」は科学の作業仮説から離れて、疑似科学の領域へと入っていくこととなる。

疑似科学 ("pseudoscience")は、贋医療 ("Health Fraud", "Quack") と強い親和性がある。(Health Fraudは、直訳すれば健康詐欺)
20世紀の中頃には、「イオン治療器 ("Ion Therapy")」なる贋治療器が登場した。
この万病に利くと謳う贋治療器は、米国等で、ある程度ブームとなったようだが、FDAの警告を受け、一旦は市場から姿を消す。
しかし、ほとぼりが冷めると、また名前を変え、市場に登場する。


20世紀末には、極東の国で、新しい名前でまた地上に現れた。

その新しい名前は、「マイナスイオン」、という。

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更新日 2003/09/20, 作成日 2003/08/31