作:◆eUaeu3dols
坂井悠二、鳥羽茉理と名も知らぬ青年の埋葬を終え、マンションに戻った後で。
藤堂志摩子は考えていた。
由乃が言い残そうとした事を。
それは私達に向けた言葉だろうか。
それともこのゲームには連れられていない由乃最愛の義姉、支倉令に遺した言葉だろうか。
たとえそれがどんな内容でも間違いない事は一つ。
彼女はそれほど切に何かを言い残そうとしたのだ。
もしそれがたった一言の言葉だったとしても、それは大切な意味を持つ事になる。
……そこまで考えて、ふと思った。
彼の方を見ると、たまたまこちらを見ていた目が合った。
「保胤さん、少し構いませんか?」
「なんでしょうか?」
志摩子は保胤に問い掛ける。
「先ほど埋葬された方々は、何か言い残していましたか?」
保胤に一瞬の動揺が走る。
「なぜ、そんな事を?」
その様子に尋ねた志摩子の方が少し戸惑い、答える。
「ただ、気になっただけです。
彼らも由乃さんのように何か大切な事を言い残そうとしたのでしょうか。
もしそうなら……その言葉を知って、出来る事をしたい。そう思います」
「…………そうですか。では、話せる事だけでも話しましょう」
保胤は頷き、語り始めた。
「坂井悠二くんについては以前に……いえ、あなたは居ませんでしたね。
彼はただ、このゲームに必死に抗する事と、それとシャナさんの事を考えていました。
自らの死を無念に思いながらも、心のどこかでそれを覚悟し、受け入れていました。
そして不幸にも……皮肉な幸いにも、彼はシャナさんの苦境は知りません。
骸は包まれ、埋葬の時にシャナさんはもう居なかったからです」
志摩子は神妙に頷く。
遺体は『状態が悪いため』包まれたまま埋葬されたが、彼は志摩子よりも若い少年だという。
彼女のように平和な世界に居たのではないだろう。
それでも自らに当てはめて考えると、自分の覚悟がそこまで貫けるか自信が無かった。
(それでも、そうしなければならない)
生を諦めず、しかし死をも覚悟する、二律背反の決意。
それさえも出来ないようでは、無力な自分は他の足を引っ張る事しか出来ないだろう。
「鳥羽茉理さんについては……」
話そうとし、保胤の視線が別室のドアへと泳ぐ。
竜堂終は今、別室でメフィストの治療を受けている。
「…………藤堂さん。あなたは、竜堂終くんの事をどう思いますか?」
これはきっと、少年の心に関する事だろう。
志摩子は少し考え、答える。
「……とても真っ直ぐで、元気で、強い男の子だと思います。
こんなにもひどい殺し合いの中で、たくさん失って、たくさん泣いただろうに、
それでもまだ笑う事ができる……強い男の子です」
でも、と付け加える。
「あんなにも真っ直ぐだから、とても辛いはずなのに」
保胤は頷いた。
きっとそれが彼の望んだ返答だったのだろう。
「では、お話しします。
……鳥羽茉理さんは、大きな未練を残して死にました」
その言葉は、話すと決めてもなお躊躇いに満ちていた。
「大切な人……終くんの兄の竜堂始さんを失った事。
殺し合いに抵抗しようとして叶わなかった事。
そして逃れようもなく殺される恐怖と絶望に」
志摩子はあの“放送”を思い出す。
響きわたる恐怖に満ちた悲鳴、悲しくも恐ろしいあの“放送”を。
「この事は彼には話していません。
ですが……あの“放送”を聞き、死体を見たからには想像もできる事でしょう」
志摩子は保胤の言葉の意図を理解した。それはつまり。
「保胤さんは、私に彼を守れというのですか」
「頼めませんか?」
「……………………」
志摩子は言葉に詰まる。
しかし沈黙はそう長い物ではなかった。
死者の言葉を知って、出来ることをしたいと言ったのは志摩子自身だ。
「…………私にそこまでを背負えるかは自信がありません」
その内の想い――それでも良ければ。
それを見て取って、保胤は静かに言った。
「それでも、為そうとすれば為る事は有ります」
「……はい」
志摩子は頷いた。
為せるならば、為そう。
そして志摩子は再び問い掛けた。
「では……あの男の人の死体は、霊は、何を言い残したのですか?」
「…………共にいた鳥羽茉理さんを護れなかった事。
それとこのゲームへの憤りを含んだ、無念です。
あとは自らの名前を……シズ、と」
志摩子は少し待ち、問い直した。
「それだけですか?」
「…………え?」
これだけでは意味が伝わらない。少し改めて訊きなおす。
「同じ世界から連れてこられた友人の方などは居ないのでしょうか」
「……居たのかもしれません。けれど目の前の一人に構う事で精一杯だったのでしょう」
「そうですか、それならいいんです」
志摩子の方から聞く事は、他にはなかった。
* * *
坂井悠二、鳥羽茉理と共に居た青年の埋葬を終え、マンションに戻った後で。
慶滋保胤は考えていた。
青年の遺した言葉を。
埋葬の時、彼はひっそりと語りかけた保胤に、言った。
『私は、君の後ろに居る少女と同じ服を着た少女を殺してしまった』
現世に注意を引いた死者の魄は、保胤の背後の少女、志摩子の姿を捉えていた。
保胤は彼にだけ届くように小さな声で、言った。
「それはまさか、島の北西端の事ですか」
『そうです』
短い肯定。
『彼女は恐怖に錯乱していた。だけど私が殺した事には変わりない。
もしあの少女が彼女の友であるなら、赦されるとは思わない。
だけどもし良ければ、せめて謝らしてほしい。すまないと』
青年との会話は本当に短い物だった。
『それと屋上で殺された彼女とその友人にも謝らせてほしい。守れなくて、すまない』
「判りました。……あなたの、名前は?」
『…………シズ』
それだけの会話だった。
彼が鳥羽茉理を守ろうとした事は竜堂終に伝えても良いだろう。
彼はその遺志も自らの意志として前に歩く力にするだろう。
しかし志摩子に対する謝罪はどうするのか。
(憐れみ埋葬した青年が親友を殺した仇だったと知れば、彼女はどうするでしょうか)
道を外れた事はしないと信じたい。
彼女の心には強く優しい仏が住まうのだから。
だが人は誰しもが仏であり、鬼なのだ。
どんな悪鬼の心にもささやかな仏が住まい、そしてその逆もまた真である。
それは逃れえぬ人の業だ。
ましてや業深き殺し合いの島ともなれば、安らかに生きてきたか弱き者には辛かろう。
そこまで考えて、何か違和感を感じた。
志摩子を見つめた。
何かを見落としている、そんな気がする。
志摩子が顔を上げ、保胤に問い掛けた。
「保胤さん、少し構いませんか?」
「なんでしょうか?」
「先ほど埋葬された方々は、何か言い残していましたか?」
丁度その事について考えていただけに動揺してしまう。
(まさか……魄と交わした会話に、気づいていたのですか?)
動揺を極力抑えて訊き返す。
「なぜ、そんな事を?」
聞き返された志摩子も僅かに動揺を見せて返答する。
「ただ、気になっただけです。
彼らも由乃さんのように何か大切な事を言い残そうとしたのでしょうか。
もしそうなら……その言葉を知って、出来る事をしたい。そう思います」
(……そうか。由乃さんの言葉を伝えたから)
他の死者の話も聞いているかもしれない。
純粋にそう思った……だけ?
「…………そうですか。では、話せる事だけでも話しましょう」
戸惑いつつも保胤は語り始めた。
坂井悠二については隠すことも無い。僅かな事を出来るだけ教えた。
次に鳥羽茉理について。
そこでふと思いつき、竜堂終の居る別室を見る。
藤堂志摩子は保胤より竜堂終の方が、僅かに古くから居た仲間だ。
そして竜堂終は鳥羽茉理の親友で、シズ青年は鳥羽茉理の事を守ろうとした仲間。
「…………藤堂さん。あなたは、竜堂終くんの事をどう思いますか?」
言ってからこの言い方では語弊を招くかと思ったが、志摩子は真面目に返答する。
「……とても真っ直ぐで、元気で、強い男の子だと思います。
こんなにもひどい殺し合いの中で、たくさん失って、たくさん泣いただろうに、
それでもまだ笑う事ができる……強い男の子です」
一度言葉を切り。
「でも、あんなにも真っ直ぐだから、とても辛いはずなのに」
その言葉を聞いて、保胤は彼自身の基準からすれば醜い打算を働かせた。
躊躇いながらも、鳥羽茉理の無念を志摩子に伝えた。
どれほど恐怖と絶望に殺されたのかを伝え、そして言った。
「この事は彼には話していません。
ですが……あの“放送”を聞き、死体を見たからには想像もできる事でしょう」
藤堂志摩子は少し考え、すぐにその意味を理解した。
「保胤さんは、私に彼を護れというのですか」
「頼めませんか?」
もし、何かの拍子にシズ青年が由乃を殺したという事を知ったとしても、
竜堂終の心が彼女にとって護る対象で、シズ青年が鳥羽茉理を守ろうとしていたならば、
彼女の強すぎる責任感は事を荒立てようとはしないだろう。
そしてもちろん額面通り、竜堂終も傷付いているであろう心を護って欲しい頼みでもあった。
人の死すらも打算に使っている事に軽い自己嫌悪を覚える。
(それでも、私は一人でも傷付かない事を望みます)
「……………………」
志摩子はしばらくの沈黙の末に答える。
「…………私にそこまでを背負えるかは自信がありません」
それは一見すると否定にも聞こえる。心が弱いから出来ないと。
けれどその想いが有るならば、彼女ならそれを果たすだろう。
そう思い安堵し、静かに言った。
「それでも、為そうとすれば為る事は有ります」
「……はい」
志摩子は頷いた。
息を吐く。
そんな彼に、志摩子は再び問い掛けた。
「では……あの男の人の死体は、霊は、何を言い残したのですか?」
「…………共にいた鳥羽茉理さんを護れなかった事。
それとこのゲームへの憤りを含んだ、無念です。
あとは自らの名前を……シズ、と」
保胤はシズが由乃を殺した事を隠す事にした。
彼の謝罪までも包み隠してしまう事はすまないと思うが、
そもそも志摩子がこの事に気づかなければ様々な打算を生んだ不安は全て杞憂となるのだ。
保胤が言わなければ、少なくともこの集団の中にそれを知る者は誰も居ない。
「それだけですか?」
「…………え?」
完全に虚を突かれ、呆とした声が出てしまう。
志摩子はすぐに言い直した。
「同じ世界から連れてこられた友人の方などは居ないのでしょうか」
「……居たのかもしれません。けれど目の前の一人に構う事で精一杯だったのでしょう」
「そうですか、それならいいんです」
志摩子はすぐに引き下がった。
保胤は違和感の正体に気づいた。
(まさか、彼女も死者の声が聞こえていたのでは?)
そう勘ぐってしまう。
気のせいだとは思う。
彼女は確かにただの一般人にしても心が強い。
しかし死者の声を聞ける者は、この島で出会った超常の者達を含めても保胤だけだ。
彼らは世界法則と技術体系がまるで違う複数の世界よりこの島に呼び込まれた。
同じ技術を知る者など……
『私が彼女に遭ったのは、既に殺されてしまった後です。
彼女の魄は強い未練に引かれて地に縛られていました。
あ、魄とは……』
『白骨に宿り地へと還る人の意志ですね。どうぞ続きを』
(あっ…………!)
彼女は保胤が居た世界の死生観を知っていた。
それはつまり……“そういう事”なのだろうか?
もしそうだとすれば、彼女は何を想うだろう。そう、例えば……
(…………私を、恨むかもしれませんね)
親友を殺した仇が目の前の死体である事を知っていながらそれを隠そうとした。
自らの手で親友の仇の埋葬に伴ったという皮肉を止めようとしなかった。
『それだけですか?』
訊ねてきたのは、保胤に正直に話す最後のチャンスを与えたのではないか?
『そうですか、それならいいんです』
それを断った保胤に対して、それならいいと言ったのは……
貴方を許さない、そんな意味なのではないだろうか。
(…………考えすぎです)
そう自らに言い聞かせる。
疑心を杞憂だと拭い去ろうとする。
しかし一度芽生えた疑心は、既に保胤の心に根を張っていた。
【C-6/マンション/1日目・19:50】
【大集団】
【慶滋保胤】
[状態]:不死化(不完全ver)、疲労は大分回復
[装備]:ボロボロの着物を包帯のように巻きつけている
[道具]:デイパック(支給品一式(パン6食分・水2000ml))、「不死の酒(未完成)」(残りは約半分くらい)
[思考]:静雄の捜索及び味方になる者の捜索。 シャナの吸血鬼化の進行が気になる。
藤堂志摩子に対して『死者の声を聞ける?』『恨まれた?』という疑心を抱いた。
【藤堂志摩子】
[状態]:健康
[装備]:なし/衣服は石油製品
[道具]:デイパック(支給品入り・一日分の食料・水2000ml)
[思考]:争いを止める/聖を止める/祐巳を助ける/由乃の遺言について考える
出来るならば竜堂終の心も心配
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