作:◆CDh8kojB1Q
相手の手札は想像以上に多かった。
故に下手に抵抗せず、今は彼等にイニシアチブを渡しておくべきだろう。
彼等はお人よしの感が有る。自分が優位に立ったからといって横暴なまねや裏切りはしない人物だろう。
相手がこちらの足元を見ないで対等な立場での交渉を臨んでいるなら、
朱巳としては願ったりかなったりだ。
こちらが逆の立場なら相手の弱みに付け込んで三倍ほどの無理難題を提示している。
「情報の提供に感謝するわ。で、次に会うのは何時頃にするのよ?」
「……良い感じに話が通じるな。オレ達は霧が晴れるまで動くつもりはねぇよ」
結構、結構、と言った感じでヘイズが頷いてくる。
切り札は――『鍵をかける』のは今ではない。相手はこちらを信頼した。
奥の手は、奥にしまったままで良い。あえて何もしない事が彼等を安心させるだろう。
朱巳と彼等が協同している間は、コイツは安全だと、相手にそう思わせておくべきだろう。
「じゃあ、島を反対方向に一周しない? 場所と時間を指定して相手が来ない事にイラつくよりはましでしょ?」
「相手が来ない……ね。ひょっとしてあたし達を甘く見てる?」
「全然。こんな風に交渉してて時間食ったりするじゃない? 何にせよ待つのが面倒だって言ってんのよ」
「言うじゃねえか。まあ、構わねぇが、引っかき廻してくれるなよ」
こちらに対して微妙に釘を刺しながら、ヘイズが地図を開き始めた。
朱巳は取得したメモをデイパックにしまい、
「せいぜい期待してなさい。で、あたしとしては右回りに進みたいのよ」
「――理由を聞こうか」
「単純に屍がそっちに行ったからよ。合流して情報交換したいってのは理由として充分でしょ?
あと、元来た道ってのもあるわね。いざという時に地の利を生かしたいのよ」
「なるほど、勝手知ったる道程を戻るって事か。遊園地の歯車様を離れるのは惜しいが……
確かに一理有るな、俺は異議無しだ」
「あたしも構わないよ。あと、島の下部には行く必要無いね。F-4、5、6辺りの木や木片に
メモ貼り付ければ十分意図は伝わるし」
「上部と下部をつなげてるのはあそこしか無ぇからな。移動してるなら嫌でも目に付くだろ。
あと、市街地は上部エリアに多いってのも重要か。市街地巡りなら補給に来てる連中とも会えるしな」
「……話が済んだなら俺はもう行くぞ」
一段落した所で、ヒースロゥが立ち上がった。
しかもいつの間にか手には鉄パイプが握られ、デイパックも肩に掛けられている。
あまりにも動作が自然体だったので朱巳を始め、この場の誰もが違和感を感じなかったのだ。
「あんた霧が出てるのに行く気?」
「問題無い。霧の中をやって来たのだから戻るのも容易だろう」
「――ったく、待ちなさい。あたしもすぐに行くから」
朱巳がデイパックに手を掛けた時、
「なあ、あんた」
部屋の奥から風の騎士に向けて声が飛んできた。
「何だ」
声の主は赤い男。
互いに向けられた視線に臆する事無く騎士と魔法士は相対し、
「ちょっと知りたい事があるんだが、良いか? そんなに時間は取らせねぇ」
「構わないが――今までの会話からして俺の出番があるとは思えんな」
「出番が無かったからこそ、今になって聞いとくのさ」
そう言ってヘイズは床に置いてある剣――火乃香の騎士剣を手に取った。
その構えに力は無く、殺気や害意を示す要素は皆無だ。
そのまま無造作に、やる気の無さそうな表情と足取りでヒースロゥへと詰め寄り、
「あのギギナと戦ったんだろ? 渡り合うコツみたいなもんを教えてくれねぇかな?」
「生半可な意ではあの戦士の相手は勤まらないぞ」
「何も対策立てないよりはマシだろうが。理屈が通る相手じゃねえってのは分かってる。
次に会った時は確実に戦闘になるからな、やられっぱなしは性に合わねぇ」
「……いいだろう。まずは小手調べだ」
瞬間、騎士が一歩を踏み込んだ。
一般人にとっては空間が圧縮したかのような速度で間合いを詰め、
「これをしのげないなら門前払いだ!」
『風』の異名どうりに烈風の速度で横薙ぎの一閃を放つ。
それは元の世界にてヒースロゥが幾多の悪を葬ってきた、必殺の一撃。
制限によって本来の剣速には及ばないが、それでも圧倒的な威圧を持ってヘイズに迫る。
対して魔法士は――、
「確かに速いな。だが……」
全く物怖じせぬ意を持って、手に持った騎士剣をかち上げる。
だが、ヘイズはヒースロゥに対してパワー、スピードともに劣る。
まともに迎撃しようとすれば押し切られるのは明白だ。それでもヘイズの顔には自信がみなぎっている。
その根拠は一つ。
「こいつはとっくに予測済みだ!」
ヒースロゥが斬りかかる前からヘイズは全てを知っていた。
火乃香とヒースロゥが打ち合った時の剣戟音から速度とタイミングを解読し、骨格の稼動範囲、
力んだ筋肉、僅かな構え、それら相手の事前情報全てを統合し、未来を予測し、最適な対応を行える身体。
魔法を一切使えないこの男を支えた圧倒的な演算能力は伊達ではなかった。
二人の男、その力の行き着く先で、鉄パイプと騎士剣が衝突した。
と、同時に小気味良い金属音が応接室に響き、騎士と魔法士の鼓膜を打つ。
「いい反応だ……」
そしてヒースロゥの鉄パイプが僅かに上に逸れた。
瞬速の剣戟に対して打ち上げたヘイズの剣は垂直ではなく、ある角度を持って打ち出されていた。
それはヒースロゥの剣を止めるのではなく、最初から軌道をずらす事に主眼を置かれた一刀であり、
それによってベクトル方向を修正された剣は、本来の位置を大きく外れてヘイズの頭上を通過する。
全ては最適なタイミング、角度、力、速度を持って成された必然の結果。
故に、隙の生じたヒースロゥに対してヘイズが反撃するのも必然だった。
「小手先返しだ!」
鉄パイプより騎士剣は短く、軽い。取り回しが容易な分だけ、ヘイズの斬り返しは速かった。
「甘いな」
ヘイズの威勢を風の騎士は一言で切り捨て――、
「騎士の取り得が剣だけだと思うな!」
蹴り上げた先、騎士のつま先はヘイズのわき腹を捕らえる。
――はずだった。相手の身体が横へ流れるまでは。
着弾の直前にヘイズは蹴りの軌道を予測して回避行動を取っていたのだ。
その回避した体の隙をヒースロゥは見逃さなかった。鉄パイプを持たぬ左手を前に突き出し、
逸れたヘイズの身体を小突く。それだけでヘイズの放った一撃は回避され、騎士剣は額すれすれを通っていく。
両者が一発ずつ剣戟を放ったところで、その視線が交錯した。
相手の力量を双方がある程度確認し合った瞬間――、
「続けるか?」
「いや、十分だ」
ほぼ同時に距離を取った。
全ては五秒と掛からずに決着した。しかも応接室の僅かな空間内での出来事だ。
「初見にも関わらずあの一撃に対応する技量か……確かに言うだけの事はあるな」
「見込みあり、ってとこか?」
「ああ、これならあの男に圧倒される事は無いだろう。だが、おまえは乗り越える気でいるんだな?」
「一対一で、とは言わねぇがな。この三人でぶつかるならそこまで遅れをとる事はないだろうが、
それでも万が一ってのは起こりうるからな。対策くらいは立てるべきだろ」
「戦うコツ、か。都合の悪い事にあの戦士には弱点らしい弱点は見当たらない」
「あんたでもお手上げか」
「攻防速ともに超一流だからつけ込むとしたら唯一つ。その気質と見るべきだろう」
「気質――野生じみててやたらと好戦的な所か」
「そうだ。闘争を好むその嗜好にこそあの男の全てが表れているな」
「ああ――そう言えば第一声が、貴様らは強き者か? 次が、誇り高きドラッケンの戦士〜だった気がするぞ
よーするにあの怪人は根っからの戦士気質か」
ギギナはひたすら闘いを求める。ドラッケン族としての矜持を持ち、その誇りを侮辱することを許さない。
ヘイズ達には初見においてすでにそのヒントは示されていた。
対してヒースロゥはギギナと剣を重ねる事で、その気質を見出したのだ。
衝突する鋼の間から相手の心情を読み取る――それは一流同士が成しえる技なのだろう。
「あの戦士に対するならば、強制的に隙を作らせるしかない――エサを眼前にぶら下げてやれ」
「矜持故にギギナは絶対に退かない――食いつかせて、カウンター……か」
「攻撃は自身が相手に対して優位に立つ安堵の瞬間だ。待ちに待った留めの一撃なら、なおさらだろう」
ヒースロゥが示唆した戦法とは、
とにかく相手の意図する戦運びに巻き込まれるな。じらして、飢えさせて、苛立たせてから
ギギナの前に極上のエサを差し出してやれ。絶対に飛びつかざるをえない好機の瞬間を作って、
それをしのいで強引にギギナに隙を生じさせて、討て。
隙が無いなら闘争を好むその気質を利用して作ってしまえと、そういうことなのだろう。
「――綱渡りだな。あー、助言には感謝するぜ」
「それは生き残って会える時まで取っておけ、死ねば何の意味も無い」
ヒースロゥが振り返ると、朱巳がデイパックを持って立っていた。
二人が戦っていた間に済ませてしまったらしい。
「何ぼさぼさしてんのよ? もう行くんでしょ?」
そう言ってつかつかと扉に向かい、そこを開けると、
「じゃ、せいぜい頑張んなさいよ」
あっさりと出て行ってしまった。ヒースロゥもやや遅れてそれに続く。
最後に一言、
「順当ならば灯台あたりでかち合うだろうな……では、さよならだ」
こうして突然の乱入者は去って行った。
同時に、それまで応接室に漂っていた雰囲気も吹き飛ばされて消えていた。
「風……だったね」
「同感だ。詰まってた何かが綺麗に掃除されちまった」
コミクロンは地図を見た。左回りのルート上には、
「倉庫、小屋、教会、マンション、港、そして灯台か……BBとやらは何処に居るんだ?」
歯車を思う少年に返って来た答えは、一つ。
「「そんなの、知らん」」
【H-1/神社・社務所の応接室前/1日目・18:30】
『嘘つき姫とその護衛』
【九連内朱巳】
[状態]:健康
[装備]:サバイバルナイフ 、鋏
[道具]:デイパック(支給品一式・パン4食分・水1300ml)、パーティーゲーム一式、缶詰3つ、針、糸
刻印解除構成式の書かれたメモ数枚
[思考]:パーティーゲームのはったりネタを考える。いざという時のためにナイフを隠す。
エンブリオ、EDの捜索。ゲームからの脱出。メモをエサに他集団から情報を得る。
[備考]:パーティーゲーム一式→トランプ、10面ダイス×2、20面ダイス×2、ドンジャラ他
もらったメモだけでは刻印解除には程遠い
【ヒースロゥ・クリストフ】
[状態]:健康
[装備]:鉄パイプ
[道具]:デイパック(支給品一式・パン5食分・水1500ml)
[思考]:朱巳について行く。
エンブリオ、EDの捜索。朱巳を守る。マーダーを討つ。
[備考]:朱巳の支給品が何なのか知りません。
[チーム行動予定]:パイフウとBBを探してみる。右回りに島上部を回って刻印の情報を集める。
『戦慄舞闘団』
【ヴァーミリオン・CD・ヘイズ】
[状態]:健康。
[装備]:
[道具]:有機コード、デイパック(支給品一式・パン6食分・水1100ml)
[思考]:そろそろ移動。刻印解除のための情報or知識人探し。
[備考]:刻印の性能に気付いています。
【火乃香】
[状態]:健康。
[装備]:騎士剣・陰
[道具]:デイパック(支給品一式・パン6食分・水1400ml)
[思考]:そろそろ移動。刻印解除のための情報or知識人探し。
【コミクロン】
[状態]:右腕が動かない。
[装備]:エドゲイン君
[道具]:デイパック(支給品一式・パン6食分・水1000ml) 未完成の刻印解除構成式(頭の中)
刻印解除構成式のメモ数枚
[思考]:そろそろ移動。刻印解除のための情報or知識人探し。 BBに会いたい。
[備考]:かなりの血で染まった白衣を着ています。
[チーム備考]:火乃香がアンテナになって『物語』を発症しました。
[チーム行動予定]:EDとエンブリオを探している。左回りに島上部を回って刻印の情報を集める。
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