remove
powerd by nog twitter

第500話:空想科学世紀のシンパシー

作:◆MXjjRBLcoQ

 二人を見送ってすぐ、あたしたちも神社を後にした。
 地下道を見つけたりとひと悶着はあったけど、結局あたしたちはどんよりとした雲の下を進んでいる。
 少しの物珍しさであたしは空を見上げながら。後ろの二人は解除式を解きながら。
 コミクロンの長い解説によるとによるとアレはほんとは雲ではなく霧だそうだ。
 さっきまでの霧が風に流され空へと帰っているとのこと。ここの天気は砂漠よりも繊細で表情が豊かだ。
 水溜りにわざと足を踏み入れながら、あたしは歩いた。
 雨上がりの空気には包み込むような暖かさがあった。風はほとんどない。
 むせるような草の香りに、あたしは額に意識を少し振り分けた。
 草や樹から蒸気が、香りが、気が、立ち昇って大気を満たしていた。その圧倒的な気配に心が震える。
 気づけば、コミクロンが不思議そうな、不気味そうな目でこちらを見ていた。
 まるで理解不能のようなものを見る視線。
 あたしはただ空を見上げた。日はとうに暮れている、だんだんと空は明度を失っていく。
 こういう視線はボギーで慣れてる。
 なんだかんだで最後はわかってくれるという信頼も、ある。
 あたしは笑って、最後にちょっとだけヘイズを見た。
 ヘイズのは、違う。理解を含んだ視線、受け入れて、自分もそれを楽しんでいる視線だ。
 こっちも知ってる視線。でもなんというか慣れない。体がなんだか「コチコチ」になる。
 ちょっとだけ、あの顔、やわらかい笑みがちらつくからだ。
「ヴァーミリオンもそうだが一体何が珍しいというのだ……
 どんな辺境から来たらそうなるのか、さすがに大陸一の哲学者足るべき俺にも想像できん」
 コミクロンの言葉にあたしとヘイズは一瞬きょとん、となった。
 他人の事情は聞かず語らず、辺境のルール。でもあいにくココは辺境じゃない。
 あたしとヘイズは顔を見合わせた。その目がしかたねーといっていた。
「一言で言えば、」
 そこだけ言って止まった。あたしを庇ったんだ、と判ってしまった。
 霧はもう晴れた、といっても低いところだけでのこと。
 丘の木々は白いもやを、煙羅煙羅と纏っている。ちょっと息苦しそうにも見える。
「地獄みたいなとこだ」
 そう答えて、一房の青い髪を指先に絡めた。
 ちょっとかっこいい、と思うと急になんだかこっぱずかしくなった。
 様になってると心の中で言い直すことにしておく。
 ヘイズはそのまま指を弄ぶようにくるくると回す。どこまで信じれるように話せるか迷ってる。そんな風に思えた。
「十年ほど前にな、空が青くなくなった。そっからは戦争だ。結局自分たちの惑星をめちゃくちゃにして終わったよ」
 結局答えはひどく抽象的で簡潔なものだった。それでも、全てが秘密のイクスとはここで決定的に違った。
 ヘイズが空を仰ぐ。釣られてあたしも首を後ろに倒した。
 空は鉛色。星もなければ、月も出てない。森があっても緑はない。
 ひどく不透明なコントラストの世界だ。あたりはまだ微かに明るい、けど輝くものが一切ない。
 一切合切が輪郭だけになってしまったような虚脱感。
「もっとも俺は元の青空を見たことはねぇけどな」
 ヘイズの言に誇張はない、と思う。直感だ。
 ここは過去だ。
 世界はひとつじゃないってことをあたしは知っている。
 確かに、直接は関係ないかもしれない。
 でも、もっと本質的に、あたしやヘイズにとって生きていく先じゃなくて、後ろにある場所だ。
 あたしとヘイズの間でひどく冷たいラインが走っているのを感じた。
「当然、生きているのは人間だけだ」
 でも、そこから流れてくるヘイズの世界は、あたしのよりももっと深いところにある気がする。
 いうなれば、淵が近いんだ。
 湿気を吸ったタンクトップが心なしか、重い。
 この共感はちょっと怖い。
「ふーん」
 あたしは気のない返事を装って首を前に戻す。
 ヘイズがどんな表情をしているのか、気にならないといえば嘘になるけど。
 それよりもヘイズの声のさばさばとした気配、懐かしさだけの、わだかまりのない気配を信じることにする。
 感傷はあんまりガラじゃない。
「ちょっとまて、ヘイズ? 貴様一体いくつなんだ」
「   あ、」
 声が漏れた。言われてみると確かにそうだ。珍しく現実的なコミクロンの突っ込みよりも驚きだ。
【H-1とG−1の境界辺り/海岸近くの平原/1日目・18:40】


『戦慄舞闘団』
【ヴァーミリオン・CD・ヘイズ】
[状態]:健康。
[装備]:
[道具]:有機コード、デイパック(支給品一式・パン6食分・水1100ml)
[思考]:どうやってごまかす?
[備考]:刻印の性能に気付いています。

【火乃香】
[状態]:健康。
[装備]:騎士剣・陰
[道具]:デイパック(支給品一式・パン6食分・水1400ml)
[思考]:ヘイズっていくつ?

【コミクロン】
[状態]:右腕が動かない。
[装備]:エドゲイン君
[道具]:デイパック(支給品一式・パン6食分・水1000ml) 未完成の刻印解除構成式(頭の中)
     刻印解除構成式のメモ数枚
[思考]:辻褄が合わん、これだから(取るに足らない愚痴なので以下省略
[備考]:かなりの血で染まった白衣を着ています。

[チーム備考]:火乃香がアンテナになって『物語』を発症しました。
[チーム行動予定]:EDとエンブリオを探している。左回りに島上部を回って刻印の情報を集める。

←BACK 目次へ (詳細版) NEXT→
第499話 第500話 第501話
第497話 ヘイズ 第509話
第497話 火乃香 第509話
第497話 コミクロン 第509話