作:◆l8jfhXC/BA
賛美する者は、それを知らない。
軽蔑する者は、それを受け取れない。
語る者は、そもそも資格がない。
それは誰にも掴めない。
ボラフェス・リド「狭間について、我らの認識」同盟歴三六年
「これはタンスと壁の隙間の埃のことだと思うのだがどうだろう」
「知るか。そもそも何の話だ」
「俺の頭に突如響き渡ったお告げについてだが、知らなかったのか?」
「帰れ」
黒いのが放った裏拳をマントを翻して避ける。うむ、我ながら華麗な回避。俗に言うまぐれだが。
だが勝利の舞(360度回転)を眼前でする俺を無視し、黒いのは掴まれていた肩を振り払って背後へと向き直った。
その視線の先には、先程まで遺産相続バトルを繰り広げていた銀髪黒服の男(仮に黒いのハーフとする)の姿。
そいつは救いの神を見つけたような笑顔を黒いのに向けていた。やはり俺の危惧通りだったか。
「フラグが立ったか。これで争いが更に泥沼になるだろう。
まぁ人生なんて常に泥沼の中に落としたハサミを捜すようなもんだが」
「頼むからお前は黙っててくれ。
……で、あんた今、なにやらとても不穏で俺に縁がない単語を言ったような気がしたんだが、気のせいか?」
「我が愛しき娘を治療してくれた親愛なる友に感謝の意を表明しただけだが、何か問題が?」
「…………いや、何でもない」
大きく溜め息をつく黒いの。なにやら人生に疲れたような顔をしている。
人生に必要なのは諦念と枕を正しく膨らませることだと知らないのだろうか。
「へこたれる黒いのにはまず正しい水たまりの飛び越し方から伝授した方がいいのだろうかと悩む俺。
うむ、こうやって行動を口に出せば無視されることもないだろう。我ながらいい案だ」
「……先程から気になっていたのだが、このガユスを煮詰めて発酵させたような羽虫はなんだ?」
「ただの幻覚で幻聴だ。そういうことにしておいてくれ。
……感謝の気持ちだけは受け取っておく。だが俺は娘だかなんだか知らんが椅子を直しただけだ。このまま行かせてくれ。
頼むから、これ以上俺をトトカンタ時代に引き戻さないでくれ……」
羽虫と言われあげく幻扱い。いくらなんでもこれは裁判に訴えていいと思うのだが。
精霊権侵害相談所を捜す旅路について真剣に考える俺を相変わらず無視して、黒いのと黒いのハーフの会話は続く。
「後半が理解不能だが少なくとも前半は断る。
私の命よりも大切な愛娘を治してくれた偉人に対して、恩を返さないでおくことはできない」
「そこは恩を受ける側の意志を尊重しろよ」
「おまえよりも私よりもヒルルカの意志を優先する。
何より彼女を救ったという素晴らしい行為に対して、何らかの代償を支払わなければ私は納得することができない。
現状で私の助けが必要でなければ、このまま同行して機会を待とう」
「ぐ……」
一度立ってしまったフラグを回避するのは、ハンター共が仕掛けた残虐拘留装置を回避するのと同じくらい難しい。
俺の言葉に素直に耳を傾けておけばよかったものを。やはり牢屋番にはこの辺りが限界なのか。
「ここはその黒いのハーフに優秀な弁護士を捜してきてもらうのが一番いいと提案する。
俺の意見を無視して黒いの一人で考え込むのは、綿の寝間着と同じほど愚かだと思う」
「ここに弁護士なんているのかよ。……あ、いや、それだ!」
一縷の望みを見つけたのか、黒いのの表情が一転して明るくなる。どうやら弁護士に心当たりがあったらしい。
「おいあんた、ええと──」
「ギギナ・ジャーディ・ドルク・メレイオス・アシュレイ・ブフだ」
「コルゴン並に長いな。……ギギナ、恩を返したいなら俺の知り合いを捜して保護してくれないか?
俺と違って戦闘能力がないから、あんたが手を貸してくれるとありがたい」
「……一つ問うが、その人物は実在するのか?
私を遠ざけるためだけの虚言だった場合は、いかにヒルルカの恩人といえど許しはしないが」
「恩人の言い分くらい信じろって。
名前はクリーオウ・エバーラスティン。長い金髪の小柄な少女だ。名簿にもちゃんと名前が載っている。
俺の名前──ああ、そういや名乗ってなかったな、オーフェンだ──を出せば、信用してちゃんと同行してくれる」
黒いのが名簿を取り出し、黒いのハーフに名前があることを確認させる。
そういやなんでこれに俺の名前は載っていないんだ? 小娘は載っているのに俺が省かれているのは差別だと思う。
「……確かに名前が掲載されているな。情報もはっきりしている。
ならばその依頼、受けるとしよう。娘一人を守ることなど造作もない。
だが、いつまでも私と同行していても意味があるまい。受け渡し場所と時間を決めておくべきだ」
「なら……ここから少し東に行ったところに小屋があるんだが、そこに0時に集合でどうだ?
もし禁止エリアになったら──そうだな、ここから北のC−5にある石段の前にしよう。そこもだめならその石段の終点のB−5だ。
クリーオウを見つけられなかった場合でも一度集合だ。それでいいか?」
いつの間にか話がまとまってしまった。
牢屋番が交渉上手とは思わぬ発見。いや、もしや黒いの自身が隠れ弁護士だったのか?
少し黒いのに対する評価を改めてもいいかもしれない。7%くらい。
「了解した。……では我が友よ、再会と再戦の時を楽しみに待っている。──剣と月の祝福を」
「再戦はできれば遠慮したいが、クリーオウのことは頼んだ」
そう言って黒いのハーフは地面に刺さったままだった黒い剣を抜き、腰に差した。
そして愛娘とやらをデイパックに入れて背負った後、背を向けて歩き出した。
椅子が娘ということはあの黒いのハーフは実は椅子なのだろうか? 椅子精霊? それなら納得だが。
「……なんとか、切り抜けられたか」
その姿が霧の中に完全に消えた後、黒いのが小さく安堵の息をついた。
「だが安心するのはまだ早いぞ。
その金髪小娘が実は黒いのハーフの宿敵と一緒にいて、血を血で洗う昼下がり的展開になる可能性も否定できん」
「まさかそこまで悪くはならんだろ。考えすぎだ」
「まぁ、どんなひどい人生にも乾燥した鳥の餌よりはまともなものはあるからな。
さながらたった今お買い物フラグをお使いフラグにうまく置換できた黒いののように、必ずどこかに抜け道ってのはあるもんだ。
お、しかも今回のは知人との再会フラグのおまけつきだったな。うひょーって言ってもいいぞ」
「何でだ」
俺の提案を拒否し、黒いのも霧の中へと歩き出す。やはり小娘時代よりも数段扱いがひどくなっている。
そのことには大いに不満があるが、他に特にすることもないので俺もその後に続いていく。
まあ、人生なんてこんなもんだ。
【E-5/森周辺/1日目・17:40】
【オーフェン】
[状態]:疲労。身体のあちこちに切り傷。
[装備]:牙の塔の紋章×2、スィリー
[道具]:デイパック(支給品一式・パン4食分・水1000ml)
[思考]:クリーオウの捜索。ゲームからの脱出。
0時にE-5小屋に移動。
(禁止エリアになっていた場合はC-5石段前、それもだめならB-5石段終点)
【ギギナ】
[状態]:上機嫌
[装備]:屠竜刀ネレトー、魂砕き
[道具]:デイパック1(支給品一式・パン4食分・水1000ml)
デイパック2(ヒルルカ、咒弾(生体強化系5発分、生体変化系5発分))
[思考]:クリーオウを見つけ次第保護。ヒルルカを守る。強者を捜し戦う。
0時にE-5小屋に移動。
(禁止エリアになっていた場合はC-5石段前、それもだめならB-5石段終点)
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