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第454話:悪。鬼。泡。神。そして炎。

作:◆R0w/LGL.9c

 バイクの音がした。
 そのとき彼ら──彼らというのは便宜上で正確に言えば男2人と女1人だったが──は港にあった簡易診療所の隣の民家2階にいた。
 男2人は体の傷に包帯や絆創膏を貼り付け、時々会話が起こりかすかに片方が笑っていた。
 それが聞こえたのは髪をオールバックにしている方──佐山御言は切られた耳たぶから白い糸が出ていないか気にしていたときだった。
 雨も弱まってきていた。窓からそっと外の様子を見ると、道の向こう側に大型のバイクが止まっており、薄暗くてよく見えないが、2人降りて診療所に向かっていった。
「どう思うね?」
 佐山が近くにいる2人に問いかける。
「片方が怪我でもしたんじゃないかな?」
 ごく一般な女子高生、宮下藤花が答える。零崎とやや距離を置いて座ってるのは、まぁ当然だともいえる。
 零崎はにやにやしたまま答える。
「そうとも限らんぜ。例えば俺が殺した──坂井だったけか?──の身内かもしれねぇな。
こんなとこなんだ。兄弟の気配や世界の敵の気配が判る奴がいても不思議じゃねぇぜ」
 前半は自分の一賊を皮肉ったものだが、後半は特に考え無しに言っただけだ。
 零崎はまだ宮下藤花がブギーポップだと──都市伝説だと知らない。
「どちらにしても──行かねばなるまい。彼の家族だとしたら、零崎は──誠心誠意謝り、たとえ不本意な形でも、
わだかまりが残っても、今は許されないとしても、最終的には仲間にせねばならん」
「謝り──ねぇ。俺の一賊の話をしてやろうか?──とあるアホみたいに背が高くてアホみたいなスーツ着て、
アホみたいな眼鏡つけてアホみたいな鋏を振り回す男がいた──俺の兄貴だけどよ。
そいつにかるーくチョッカイ出した連中は、あっという間にそいつが住んでたマンションの生物全て含めて殺されちまった。
和解も誤りもわだかまりも許しも何もなかった──もし俺が殺した奴の仲間がそんな奴だったら、どうする?」
「それでもだ」
「それでもか」
 かははっ、と声を出して笑った。傑作だ。いや、戯言か?

「で、そいつがだ。仲間を殺した俺の言葉を一切聞かないで、俺の仲間のアンタの言葉を一切聞かないで殺しにかかったらどうする?」
「うむ。その場合は──逃げたまえ。最初に自分が殺した、と宣言したらと恐らくそちらに追いかけていくだろう。
捕まらぬように逃げて、復讐者が追っかけている間に別方面からアプローチする。
そう簡単に復讐を諦めてくれるとも思わんが──必要なことだ」
「それに例えば、だ。その復讐者が逃げ切れないほど強くて、俺を殺した後、俺の仲間のお前らも殺して、
しまいにゃあ憎くて憎くてこの世界ごと抹消してしまうような魔王的な存在だったらどうする?」
「そのときは──」
「そのときは、そう。もはやそいつは世界の敵だ──そしてぼくの敵になる。それだけさ──」
 2人は不意にあがった声の主、宮下藤花に目をやった。
 男のような表情は、次瞬きをした瞬間元に戻っていた。
「あれ? どうしたの?」
「……何でもないとも宮下君。いや、急ごう。あの2人が診療所に入った」

「───────」
 声にならないで口から抜けていく空気の音を聞きながらベルガーは立ち尽くした。
 最悪の結果だったか。音を出さずに歯を食いしばる。
 シャナは坂井悠二の体の横に座り込み、首から上を抱いて。
 その口からは喉が潰れたように声が出ず、単に空気が抜けていっていた。
「───ゅぅっじ……がぁっ。悠、二っがぁぁぁぁぁ!!」
 ようやく出てきた声は慟哭だった。泣き声をはらんだその声は今までの生意気な少女の面影を見せない。
 天井を仰いだその顔には絶望が深く刻まれていた。

(まずいな……このままでは吸血鬼になるのは時間の問題、か?)
「悠二が、死んでっ…誰がっ」
「落ち着け」
 シャナの嘆く声を聞きながら辺りを観察する。
 坂井悠二が死んでいる近くのドアが開け放たれて、中で騒動があったように散らかり、窓が割れていた。
 恐らく何者かが戦闘を行ったのだろう。雨の打ち込み具合から、そう古くはないようだ。
 このままここにいて、死体を目の前にしていたら、いつ吸血鬼が発露するとも限らない。とりあえず、とベルガーは声を掛けた。
「シャナ、とりあえず今はマンションに戻るぞ」
「でも、悠二が……!」
「……シャナ。そいつも連れて行く。ここに置いてても仕方ないだろが」
「悠二悠二悠二悠二悠二……」
「シャナッ!」
 乱暴にシャナの体を揺らす。シャナが驚いたように顔を上げる。
「しっかりしろ。吸血鬼になるぞ」
「でも、悠二がぁぁぁ……」
 ベルガーはかぶりを振った。これはもう理屈じゃ駄目だ。
 しかしこの場に留まったら間違いなくシャナは本当にすぐ吸血鬼になるだろう。
 この場から動きそうにない少女の姿を見ながらどうしたものかと考える。
 少年の死体を見る。血がさらさらとしている。それはつまり殺されて間もないということだ。
(まだ犯人は近くにいるか?)
 シャナに注意を呼びかけようとした、そのとき。

「ちょっくら悪ぃんだけどよ──」

 開け放たれたドアから男が1人上がってきた。
 その男──零崎人識は慣れないことをするように頭を掻きながら近づいてきた。
「近寄るな……敵か?」
 完全に無視して零崎はシャナのほうに指を向けて言った。
「その──坂井だっけか? やっぱりお前らのお仲間だった?」
 シャナが顔を上げて零崎を見る。
「おまえは──」
「──なんだ?」
 後半はゼルガーが補った。
「いきなり哲学的なこと聞かれてもなぁ。傑作だっつーの。
俺は零崎人識っつーんだけどよ、なんていうか? お前らに謝りに来たんだよ」
「謝りって…」
「そう、その坂井を殺してすいませんってな」
 ギシ、音を立てたように空気が一瞬で変わった。
「な……」
「そう俺がそいつを殺した。だけどよ、俺だって殺したくて殺したわけじゃないんだぜ?
まぁ殺したくなかったわけでもねぇけどな。例えば俺が、そいつは俺と会った瞬間そこに落ちてる狙撃銃を振り回してきた。
俺は撃たれるまいと必死で抵抗してそうなっちまった、つっても信じねぇだろ? 実際そうじゃねぇしな。
ただすいません、恨まないでください、それだけだ」
「それだけ……」

 シャナの瞳が燃え上がるようになっているのをベルガーは確認した。
(いきなり来たこいつは──なんだ? 本気で犯人が名乗り出るとは思ってなかったが)
 零崎は一見余裕に両手を広げ、しかしいつでも逃げ出せるように体重を移動させつつ再び口を開いた。
「ああそれだけだぜ。悪いとは俺も思ってるんだ。んで、埋葬手伝うかなんかするからよ、アンタらに俺の仲間になって欲しいわけ。
別に殺し同盟とかじゃないぜ、脱出&黒幕打倒同盟ってのによ。恨んでくれても憎んでくれても構わないぜ。
ただこのゲームの黒幕とか殺した後に殺し合いとかはしようって訳だ。どうよ?」
「ふざけるな!!」
 シャナが叫んで立ち上がった。
「おまえが悠二を殺した──殺される理由としてはそれで十分だ!」

「本当にそうかね?」

 奥にの階段の踊り場から悠然と見下ろしてる少年と少女がいた。
 佐山は零崎が話している間にわざわざ家をよじ登り二階の窓から侵入していた。
「例えばこう考えることは出来ないかね。零崎人識が坂井悠二を殺したのはこの企画の黒幕のせいだと。
坂井悠二は『偶然』ここに立ち寄った。零崎人識もだ。そして2人は『偶然』同じ時間帯にここに入り、零崎が『偶然』殺害した。
偶然もここまで重なると必然かと疑いたくなるね?」
「……こいつの仲間か」
 佐山は仰々しく頷いて胸を張り名乗った。
「そうとも。私は佐山御言、世界は私を中心に回るものである!
ふふふ驚いて声も出ないようだね。それはそうと零崎、君は究極的に謝るのが下手だね。全く見てられない」

 シャナが横目で佐山を睨む。ただし体は零崎に殺意を向けたままだ。
「おまえもコイツの仲間なら、殺してやる」
 佐山は肩をすくめながらシャナの目を見て語りだした。
「初対面からいきなり殺害宣言とは物騒なことだね。一応言っておくが、私は彼を殺害していない。
だからといって零崎が悪いわけでもないのだよ。──ふむ? 彼を殺したのは確かに零崎だ。
そう、先ほども述べたとおりいくつもの偶然で、ね。しかしその偶然を裏から操っている者がいたら?
彼が殺されたのも、君が零崎を殺そうとしているのも、全てその裏で糸を引く者の思惑どうりだとしたらどうかね?」
「何が言いたい。陰謀論者か。ガキの戯言に付き合う気は無いぞ」
「ふむ。確かに誰かが言い出す陰謀の9割は誇大妄想か何かだろう。
ただし、それはこの佐山御言には当てはまらない、とも言っておこう。
殺人犯の刺した包丁を恨む──の例えを使わなくとも分かると思うがね。
私はもはや誰かが誰かを殺すのは許可しない。その零崎もしかり、だ。
折れた包丁を恨むのはよしたまえ。殺された彼も──」
 だん、と踏み込む音がした。
 シャナが神速の抜き打ちで零崎を切り殺そうとした。
 零崎は話し出したときから予測していた切込みを、本当に紙一重で避けた。耳につけてたストラップが引きちぎれる。
「黙れ。黙れ黙れ。黙れ黙れ黙れ。コイツは殺す。悠二と同じところを切り落としてやる!」
「言ったろ? 無理だってよ。無理無理。死体目の前にして、犯人目の前にして、冷静で居られるのは──なにかしら欠陥がある奴だけだよ」
 再び首をめがけて飛んできた切っ先をバク転して外に飛び出しつつ、避ける。
 シャナも入り口の扉を切り裂いた刀を構えなおし追いかけた。
「ベルガー! 悠二を!」
「どうしたどうした? おいおい赤色ちゃんよ! 威力はバケモンだけどよ、太刀筋が見え見えだぜ?」

 診療所から離れていく足音と声。両方とも凄い速さでベルガーが止める暇も無かった。
「……アンタは奴を助けに行かないのか? まぁ行かせないがな」
「零崎の問題だよそれは。私がここで助力したら誠意が無い、というものだ。
彼女は零崎が説得し、君は私が説得する。少なくとも我らの誠意は本物だよ?
宮下君は下がっていたまえ。さあ──交渉を開始しようか」

 戦いの舞台は外へと移った。
 逃げる零崎と追うシャナ。逃げる殺人鬼を追う復讐鬼。
(かははっ! 意外としんどいっつーの 余裕ぶっかましてるけど避けんので精一杯じゃねえか 当たったらぜってーお陀仏だしよ!)
「だから、謝ってんじゃねぇか! こんな事は黒幕殺してからにしようぜ。殺しあいは後だ後」
「謝ったところで悠二が戻ってこない! 殺したのはお前だ、お前を殺した後黒幕とやらも殺してやる……」
 零崎はシャナの間合いぎりぎりで振り返り顔に手を当てた。
 不審に思ったシャナも立ち止まる。殺される覚悟はできたか、と声をかける。
 全然、と前置きして零崎は答える。相変わらずにやにやしたまま。
「ふと思ったんだけどさ……お前ってもしかして人を殺したいだけじゃねぇのか?」
 何をバカなことを、そう鼻で笑ってシャナは刀を構えなおす。
「断言するぜ。俺が別に坂井悠二を殺さないでも、お前は俺を殺そうとしただろうよ。
何かと理由をつけてな。例えば『悠二がコイツに殺される前に、私がコイツを殺さなければ』とかいってな。
もしかして、お前は既に何人か同じ理由で人を殺したんじゃねぇか?」
 息を呑む。確かに以前混乱して2人組みを襲った。
 殺しはしなかったが、殺しても良いと思った。

「それにもう1つ質問だ。さっきまで坂井の死体を抱いててお前の顔に血がこびりついてたよな。
もう雨は止んでる──口元についてた血が無くなってるぜ? どういうこった」
 その言葉でショックを受けた。
 悠二。血。飲む。舐める。吸血。鬼。殺人。復讐。血。飲む。血。血血血血血。
 今まで意識して無視してた感情が一気に噴出す。
(悠二が死んで。コイツが殺して。復讐しようと。怒って。悲しんで。血を。飲みたく…? 違う。違う違う)
「おーいどうした? 調子悪いのか?」
 零崎が近づいて顔を覗き込む。
 彼女はあ、と気合の声を出す。同時に炎が膨れ上がった。
「うおっ!?」
「お前がぁ、死ねばっ!」
 視界が一瞬炎で隠れた隙にシャナが刀を振りぬく。
 零崎は包丁で防御しようとしたが、包丁が音も無く切断される。
 それでも何とか避けきる。包丁で僅かながら速度が落ちたためだ。
「こなくそっ!」
 切り取られた包丁の半分をシャナの右手に投げつける。
 飛んできた包丁を避けもせずに、半ば折れた凶器は肩に刺さった。
 それでも一度離れた間合いを詰めようと前進してくる。
「もうこれ以上の戯言は無理かよ……後は佐山に任せるか」
「悠二の仇を果たす。殺す殺す殺してやる」
 同時に爆発するようにシャナの体が零崎に迫る。
 技量も何も関係なしの胴を両断する軌跡。ただし当たれば鋼すら切断するだろう。
 故に全力をかけた攻撃は殺人鬼に先読みされた。
 零崎はあらよっと、という掛け声と共にシャナの頭上を飛び越えていた。
 一度撃たれたら防御できずに殺される攻撃も、最初から来ると分かっていれば別だった。

 贄殿遮那が空を切る。零崎はシャナをすり抜け、ダッシュ。
 シャナが振り返ると、零崎は既にエルメスに跨っていた。いつの間にか元の場所に戻っていたようだ。
「じゃあな。頭が冷えたらまた謝りに来てやんよ。かははははっ!」
 どるぅん、とエンジンが点いてエルメスは走り出した。
 待て、とシャナはバイクと同じ方向に走り出した。殺してやる、と後に続けながら。
 仇を討たねば、悠二の亡骸に合わす顔が無い。ベルガーも何も、今は関係ない。
 もはやシャナは零崎を殺すことを第一目標にしていた。
 その意志だけが、心がくじけ、吸血鬼化するのを抑制していた。その意志すらも吸血鬼の憎悪だったとしても。
 もし彼を殺した後には彼女は──

「ねぇちょっと」
「あん?」
「今度は誰が乗ってるの?」
「……なんだ? 喋んのか? このバイク」
「それは喋るよ。喋らないなんて決め付けてもらっちゃあ困るさ」
「ふぅん。俺は零崎人識ってんだ」
「僕はエルメス。う〜んなんかタライ落としにされてる気分だよ」
「へぇ。今まで誰に渡ってきたんだ?」
「最初は戯言遣いのお兄さんで、次がダナティアとリナっていう人。次にあのベルガーっていうおっちゃんだね」
「戯言遣い支給品か? そういえば喋るベスパがどうとか言ってたな」
「本当の持ち主はキノっていうんだけど、君は知らない?」
「キノ? ああアイツか。さっき会ったぜ」
「へぇ〜、何か喋った?」
「あーえとな──また会おうねって言ったんだよ」
「ふーん。会えるといいな」
「……ああ『タライ回し』」
「そう、それ」

【C-7/道/1日目・17:40頃】

【シャナ】
[状態]:火傷と僅かな内出血。悪寒と吐き気。悠二の死のショックと零崎の戯言で精神不安定。
     吸血鬼化急速進行中。それに伴い憎悪・怒りなどの感情が増幅
[装備]:贄殿遮那
[道具]:デイパック(支給品一式(パン6食分・水2000ml))
[思考]:1-零崎を追いかけて殺す
     2-殺した後悠二を弔う
     3-聖を倒して吸血鬼化を阻止する
[備考]:内出血は回復魔法などで止められるが、体内に散弾片が残っている。
     手術で摘出するまで激しい運動や衝撃で内臓を傷つける危険有り。
     吸血鬼化は限界まで耐えれば2日目の4〜5時頃に終了する。
     ただし精神が急速に衰弱しているため予定よりかなり速く吸血鬼化すること有り

【零崎人識】
[状態]:全身に擦り傷 疲労
[装備]:自殺志願  エルメス
[道具]:デイバッグ(地図、ペットボトル2本、コンパス、パン三人分)包帯/砥石/小説「人間失格」(一度落として汚れた)
[思考]:シャナから逃亡 落ち着いたら再説得
[備考]:記憶と連れ去られた時期に疑問を持っています。

【ダウゲ・ベルガー】
[状態]:平常
[装備]:鈍ら刀、携帯電話、黒い卵(天人の緊急避難装置)
[道具]:デイパック(支給品一式(パン6食分・水2000ml))
[思考]:シャナを心配 佐山をどうするか
 ・天人の緊急避難装置:所持者の身に危険が及ぶと、最も近い親類の所へと転移させる。
 ※携帯電話はリナから預かりました

【佐山御言】
[状態]:左手ナイフ貫通(神経は傷ついてない。処置済み)。服がぼろぼろ。
[装備]:G-Sp2、閃光手榴弾一個
[道具]:デイパック(支給品一式・パン5食分・水2000ml) 、地下水脈の地図
[思考]:参加者すべてを団結し、この場から脱出する ベルガーと交渉 零崎の説得のフォロー
[備考]:親族の話に加え、新庄の話でも狭心症が起こる

【宮下藤花】
[状態]:足に切り傷(処置済み)
[装備]:なし
[道具]:デイパック(支給品一式・パン6食分・水2000ml) ブギーポップの衣装
[思考]:不明。(佐山についていく)

2006/01/31 修正スレ213

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第428話 ブギーポップ 第460話
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第426話 ベルガー 第460話
第428話 零崎人識 第482話
第426話 シャナ 第482話