作:◆l8jfhXC/BA
「……今にも降ってきそうだよね。放送で言ってたのはやっぱり雨のことなのかな」
「おそらくね。どれくらいの強さでどれくらいの時間降り続けるのかはわからないけど」
窓の外は、先程までの青空が嘘だったかのような灰色に包まれていた。
この曇天だけで終わってくれればいいのだが、あの性格の悪そうな主催者達がそんな甘いもので終わらせることはないだろう。
「わたしたちはここにいるからいいけど……ピロテースは大丈夫かな。
雨の中戦ったりして疲れると、風邪引いちゃうかもしれないし」
「彼女は大丈夫だよ。濡れることは承知で行っただろうし、己の限界はちゃんとわきまえている人だと思う」
せつらは先程の会議で決まった通り、しばしの休息を取っていた。
適当にパンをかじって腹を満たしながら、同じく待機中のクリーオウの雑談に付き合っている。
不安そうな顔で仲間の心配をするクリーオウは、しかし一度目の会議のときよりは明るさを取り戻している気がした。
本来はもう少し快活な少女なのだろうが、この状況では仕方がないだろう。
「そういえば、せつらの知り合いは捜さなくていいの?」
「ん? ああ、大丈夫。あいつらは簡単には死なないから。ほっといていいよ」
「そうなの……?」
茫洋とした表情を崩さぬまま言った。クリーオウは不思議そうな顔をしていたが。
希望的観測ではなく、真実だ。
メフィストも屍も、このような特殊な状況下には慣れているし、武器がなくとも十分戦える。
その気になれば大半の参加者を殺害できる人間だ。奇人や化け物が多いここでも、彼らクラスの者はそうはいないはずだ。
だが同時に、主催者の言うとおりに動くような人間でもない。
メフィストはここから脱出する術を考えているだろうし、屍はゲームに乗っている馬鹿を容赦なく消し去っている最中だろう。
むしろ合流せずに別行動のまま島内にちらばり、このゲームを三方から破壊した方がいい。
(まぁ、情報も増えるし会えることに越したことはないけれど……)
どちらかというと、彼らに匹敵し確実に敵対するであろう美姫の存在の方が気になっていた。彼女は危険すぎる。
おそらく名簿を見てメフィストが対処方法を練っているところだろうが、彼一人ではややつらいかもしれない。
昼の間に居場所が見つかれば楽なのだが、“護衛”を一人くらいはつくっているだろう。厄介だ。
「……そっか。信頼してるんだね、その人達のこと」
「そうとも言うね」
──信頼って言うよりは絶対的な事実って言った方が近いけれど──そう言葉を付け加えようとして、
「…………っ!」
ベッドが軋む音と荒い息に混じった呻き声が耳に入り、せつらとクリーオウは部屋の奥へと目を向けた。
──身体を起こし、絶望と憎悪を入り交じらせた瞳で虚空を見るクエロがそこにいた。
「……! クエロ、大丈夫!?」
「……ええ、大丈夫。夢見が悪かっただけだから」
心配してこちらに駆け寄ってきたクリーオウに向けて、クエロは歪んだ笑みを見せた。
もう少しまともな表情をつくりだすこともできたが、ここは無理に演技をしない方がいいだろう。
(最悪の寝覚めね……)
ガユスと鉢合わせしたせいか、あの過去の事件のことを夢に見た。
──師と仲間を裏切り、そして自分の唯一の望みをも、彼が断ち切った瞬間。
あの時すべてが壊れ、そしてすべてが絶望と憎悪へと変わった。
(こんなところで二人を、特にガユスを楽に殺させるわけにはいかない。
彼らのために無惨に死んでいった者達と……私自身のためにも)
胸中で改めて決意し、溢れそうな激情を無理矢理抑えつける。いつまでも夢に動揺している余裕はない。
「……少し、つらいものを見てしまっただけ。もう落ち着いたわ。心配してくれてありがとう」
不安そうにこちらを見るクリーオウに対して微笑みをつくった時には、もう平常心に戻っていた。
「身体の方は大丈夫ですか? 精霊力が弱まっている、とピロテースさんが言ってましたけど」
「まだ少し疲れが残っているみたい。激しい動きは多分無理ね。……他の三人は?」
部屋にはクリーオウとせつらがいるのみ。
どうやら寝ている間に会議が終わり、皆次の行動に移ったようだ。
(少しまずいわね。早めに状況を確認しないと)
自分がどの程度疑われているのか。その情報を早く得て対策を取らなければまずい。
……別行動を取った途端に相手が死に、怪しい──あの弾丸が入りそうな外見をした剣を持って帰ってきた。
疑念がまったく生じなかったということはないだろう。
このようなゲームの中で、確実な証拠もなしに相手の話を鵜呑みにすることは(クリーオウのような人間は別だが)ありえない。
態度や行動によりいっそうの注意を払わねばなるまい。
「恭一とサラは、理科室で色々調べてる。ピロテースは城周辺の森に行ったよ。
これが話した内容を書いた紙で…………あ、せつら、ちょっと」
クリーオウの言葉が止まったことに疑問を抱き──今更になって、今の自分の状況に気づく。
「話は後で聞くわ。……せつら、服を着るから、少しの間後ろを向いていてくれると嬉しいのだけど」
下着しか着けていない胸に毛布を押しつけ、少し顔を赤らめ──させてせつらに言った。
「なら、私はあなたがいない間ここを守ればいいのね」
「はい。休息もかねて。襲撃された場合は無理をせずにみんなで逃げてください」
服を着て議事録を読み終え、地図に地下道の情報も書き終えた後に念のため確認をとった。
クリーオウに渡された紙には、議論された内容が簡潔に、しかし要点を欠かさず丁寧に書かれていた。
嘘はないだろう。何らかの理由で書く必要があったとしても、すぐクリーオウにばれる。
しかし、何か重要な点が“書かれていない”可能性はある。行動の裏の意味や──ゼルガディスの件について。
「禁止エリアに地下、そして謎のメモ……ね。捜し人は見つからないけれど、この世界に関する手がかりは結構順調に集まってるのね」
「だいぶ楽になりました。特に地下は何かあったときの逃走経路として最適だ。武器が手に入ったことも心強い」
部屋の隅にあるバケツに目線を移しながらせつらが言った。確かにこれがあれば彼はかなり楽になる。
(……私の立場は楽ではなさそうだけれどね)
胸中で呟く。
消費された一つの弾丸。議事録の内容から推測される行動。各々の思考と性格。
それらを材料を元に状況と自らの立場を推測。既に結論は出ていた。
──少なくとも、空目とサラには疑われている。
それも、確信に近いレベルにまで。
(律儀に五つすべてを見せたのがまずかったわね。今更悔いてもしょうがないけど)
支給品の確認時に弾丸をすべて見せたことを後悔する。ゼルガディスに無理に調べられる可能性を危惧しての行動だったが、失敗だった。
現在ポケットに残っている弾丸はゼロ。一つは消費し、残りの四つは理科室に持って行かれている。
弾丸をポケットから回収した際に、五つあったはずの弾丸が一つ無くなっていることが二人に気づかれたことは間違いない。
(ここから二人が推測するであろう事象は二つ。偶然落としたか、もしくは剣と合わせて効果を発揮させた結果の消費か)
前者は厳しい。
偶然剣を見つけ、偶然それが弾丸と合う剣だった。そして偶然仇敵がやってきてゼルガディスを殺害し、逃亡する際偶然弾丸を落とした。
最後の一つと結果以外は本当に事実で偶然なのだが──第三者から見れば怪しいことこの上ない。
では、後者の場合。
……逃亡手段に使ったとするならば、疑惑は晴れるだろうか。
あの剣を偶然見つけ、マニュアルを読む。逃亡手段にすることができる効果を持っていると知る。
その後偶然仇敵に遭ってしまい、逃げる際にそのマニュアルに記されていた通りに、何らかの逃亡できる効果を発動させた。
(……だめ。事の顛末を説明した時に、そのことをあえて言わなかった理由がない)
もし言っていたとしても、問題を棚上げするだけだ。
今はいいが、この先苦境に陥り逃亡を強いられた際に、その効果を使えないことが容易に知られてしまう。
こんなゲームの最中だ。窮地に立たされない確率の方が低い。危険すぎる嘘だ。
ならばやはり、疑われることは避けられない。
(あの剣を偶然見つけ、マニュアルを読む。
自分に支給された弾丸をこの剣に装填することで何らかの現象を起こし──人間を殺することが出来ると知る。
邪魔者を消せる好機と判断し、不意を討つ。ゼルガディスの反撃を受け精神を摩耗させられるも、なんとか彼を殺害。
襲撃者の二人は殺害する前に出会っていた、友好的な赤の他人──もしくは敵意を持たれていない元の世界の知り合い。
“相手を騙し油断させて寝首を掻く”スタイルと言ってしまえば、とぼけられても理由がつく。
……やっぱり、こちらの方が説得力があるわね)
あの二人ならば、状況証拠からこのような結論に容易に達することができるだろう。
ゼルガディスのこちらへの疑念は、その素振りから観察眼のある第三者にも見て取れるものだった。動機は十分にある。
……もちろん“確定”にまでには至っていないだろう。情報が少ない。
だが、相当疑われていることは確かだ。
(一度でも強い疑念を持たれれば、完全にそれを払拭するのは不可能。……どう足掻く?)
現時点では“マニュアルがあった”としか言っていないことが唯一の救いか。
何をするために弾丸を消費するのか、また、具体的にどういった効果が出るのか──そのことはまだ言っていない。
そして、“弾丸を消費して咒式を使用可能にする”という真実はまだ隠されている。
確かに自分はある特別な武器を媒体に“咒式”というものが扱えると既に言ったが、それと魔杖剣を繋ぐ線はまだない。
(マニュアルの内容について捏造しなければならない。何ができるのか──何を使ってもいいのかを考えなければいけない。
……雷撃を扱えるというのは隠さないとだめ。
ゼルガディスの死体の切り口を調べれば、強大な熱量で一気に切り裂かれたことがわかってしまう。
地底湖とその周辺を探索に行く予定のせつらが、彼の死体を見つけて調査する可能性は高い。
さらに、電磁系以外の咒式は使えない。
高位咒弾は下位互換ができない。今の状況を考慮すれば、電磁系以外の高位咒式は脳を焼き切ってしまう事が容易に想像できる。残るのは、ただ一つ)
──電磁電波系第七階位<雷環反鏡絶極帝陣>(アッシ・モデス)。
超磁場とプラズマを利用した究極の防御咒式。
能力が制限されナリシアが手元にない現状では、本来の展開速度と効果は期待できないが、それでも大抵の攻撃は防ぐことが出来る強力なものだ。
攻撃系咒式がすべて使えないのは痛いが、この場合はどうしようもない。……最後の切り札として隠しておくべきだ。
(そういえば、議事録には“クエロの持ってきた剣と同じタイプの剣の柄を拾った”ともあったわね。
……ナリシアでないことを願うけれど)
魔杖剣の核は<法珠>と呼ばれる演算機関にあたる部分だが、刃の部分もただ殺傷武器としての機能のみを担当しているわけではない。
位相空間──物理定数の変異した時空領域を発生させ、咒印と組成式を描くために不可欠なものだ。折れれば使い物にならない。
(後は……脳に多大な負担を与えることと、発動までに時間がかかることを伝えておく。
そして、魔力のようなものを持っていなければ使えないことにすれば、いける)
前者を配慮すればクリーオウや空目には使わせないだろうし、後者でせつらも消える。
ピロテースやサラも、小回りの良さを潰して防御結界に時間を割くよりも、魔術の使用を優先すべきなのは明確だ。
やることがないのは自分だけになる。
(問題は、あの二人自体をどうやり過ごすか。
疑念を持っていることは当然隠してくる。さらに、せつらやピロテースにも折を見て推論を話すはず。
……結局のところ、疑われていることに気づいていないふりをすることくらいしか、すべきことはない。
今のところ、彼らを敵に回す利点はないもの)
目標はあくまで脱出。
そのための有能な人材を手放し、敵対しても何一ついいことはない。
(疑いは強い。それでも、まだこちらを利用する価値はあるでしょうね。
武器を取ってしまえば反抗はできない。そして、今までの行動からして積極的にこのグループが不利になることはしない。
おそらくそう予想されている)
事実だ。
自分は彼らを殺すためにここにいるのではない。
彼らを利用し脱出する──もしくは円滑に殺戮を行う下準備のためだ。
そして彼らは、こちらに利用されているのを逆手にとって利用してくることだろう。
彼らの手中に完全に収められている。
──上等だ。
(素直に魔杖剣と弾丸を返す気はないでしょうね。何とかこちらをやりこめて、戦力を割いてくることが予想される。
二人──特にサラは手強い。あの無表情からは感情がほとんど読み取れない)
かなり厄介な相手だ。
どこで妥協し、どこで踏み込むか。難しいところだ。
(……それでもやるしかない。もう、舞台の上にあがってしまっているのだから。
劇を上から眺めることが出来る<処刑人>ではなく、物語を自ら紡ぐ者として)
──ならば、真実に気づいていない道化を演じて彼らの掌中で踊りきり、拍手喝采までもらってやろう。
演技なら得意分野だ。詐術は言うまでもなく。滑稽に騙されてやることも容易だ。
(こんなところで止まっている暇はない。あの二人をこの手で殺すまでは、行動に支障を来されるわけにはいかない)
くすぶる憎悪を感じながら、胸中で呟く。
そして、覚悟を決めた。
──さぁ、道化芝居を始めましょう。
【D-2/学校1階・保健室/1日目・14:30(雨が降り出す直前)】
【六人の反抗者・待機組】
【クエロ・ラディーン】
[状態]: 疲れが残っている。空目とサラにかなり疑われていることを確信
[装備]: なし
[道具]: 支給品一式(地下ルートが書かれた地図・パン6食分・水2000ml)、議事録
[思考]: 疑われたことに気づいていないふりをする。
ここで待機。せつらが戻ってきた後に城地下へ
集団を形成して、出来るだけ信頼を得る。
魔杖剣<内なるナリシア>を捜し、後で裏切るかどうか決める(邪魔な人間は殺す)
【秋せつら】
[状態]: 健康。クエロを少し警戒
[装備]: 強臓式拳銃『魔弾の射手』。鋼線(20メートル)
[道具]: 支給品一式(地下ルートが書かれた地図・パン5食分・水1700ml)
[思考]: 休息。サラの実験が終ったら地底湖と商店街周辺を調査、ゼルガディスの死体を探す。
ピロテースをアシュラムに会わせる。刻印解除に関係する人物をサラに会わせる。
依頼達成後は脱出方法を探す
[備考]: 刻印の機能を知る。
【クリーオウ・エバーラスティン】
[状態]: 健康
[装備]: なし
[道具]: 支給品一式(地下ルートが書かれた地図・パン4食分・水1000ml)
缶詰の食料(IAI製8個・中身不明)。
[思考]: ここで待機。せつらが戻ってきた後に城地下へ
みんなと協力して脱出する。オーフェンに会いたい
※保健室の隅にブギーポップのワイヤーが入った洗浄液入りバケツがあります(血はほとんど取れてる)
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