remove
powerd by nog twitter

第416話:クビキリロマンチスト

作:◆xSp2cIn2/A

「あーあ、凪も欠陥製品も死んじまったし、どうすっかなぁ」
 その声は、頭上を覆いつくす木々に雨粒が当たる、打楽器にも似た音でかき消される。
「それに三塚井は何処に行っちまったんだ? 死体も見あたらねーし」
 声を発するのはいわずと知れた殺人鬼、零崎人識である。
「しっかし、まさか凪が殺られるとはな、もったいねぇ。……ま、これで自由に人が殺せるってもんだが」
 彼がそう言いつつ歩を進めていると、唐突に視界が開けた。森を抜けたのだ。
 その先に続くのは長く続く街道。道。
「道、ねぇ。そういやどっかの虫は道がどうとか言ってたな」
 零崎はそう言って、凪の死体を確認したときに持ってきた、落書きの描かれた地図を広げる。
「んー、この道に沿って行きゃぁ港に出るな。おっと、途中で道が禁止エリアになってるみてぇだ。チッ、めんどくせぇ」
 それから零崎は数分間、あーでもない、こーでもないと一人呟きながら地図を見続け、やっと結論に達したのか「よし」と言って歩き始めた。
「雨に濡れるのは嫌だが、途中まで道を行って適当なところで北上しよう。島の東側は言ったことがねぇから興味がある。
 それに北東の湖には地下への入り口があるみたいだしな。それにしてもどうやって湖から地下に入るんだ?」
 そう言う足取りは軽く、そのうち口笛まで吹きだした。
 街道は意外と整備されていて歩きやすい。そこを零崎は水溜りを避けながら進む。
「とりあえず欠落と凪の荷物は食料だけ持ってきたが、パンだけってのも飽きるよな。『人はパンのみに生きるにあらず』って、これは意味が違うか」
 そんな軽口も叩いている。
 それから数分進み、北側に森が見えてきたところで立ち止まった。
「えーと、確かこっから道を外れて森を抜けると、向こう側の道にでられるんだよな。かはは、道を外れるなんて、俺かっつーの」
 そう言って零崎は道をはずれ、森へと向かって平原を横切る。

「んー、こうやって歩いてるだけってのもつまんねーな、人も見あたらねーし」
 零崎の足取りは早い。よっぽど退屈しのぎに何かを見つけたいのだろう、まわりをきょろきょろ見回している。
 零崎の期待を裏切り、特に何かを見つけることなく森までたどり着く。
「何も起きないことはいいことだ、ってのは欠陥製品の言葉だが。しかし何も起きなさ過ぎるってのはつまんねーよな」
 零崎はがっくりと肩を落としてまた歩き出す。零崎から滴る水は彼の通った痕跡をしっかりと残しているが、彼に気にした様子はない。
 つまんねー つまんねー と連呼しながら歩く殺人鬼。シュールな光景だ。
 さらに歩き続ける零崎は、数時間前に宮野たちと出合ったところを通り過ぎて森を抜ける。その先にあるのは一本の街道と、
「教会だな」
 零崎は興味津々といった体で教会の前まで歩いていく
「それにしてもちっせー教会だな。教会っつーと無駄にでかいイメージがあるから意外っちゃー意外だぜ」
 零崎はしばらく教会を眺めていたが、
「うーん、退屈だが別に宗教にゃ興味ねーし、やっぱりこのまま港に向かうとするか」
 と言って、道沿いに歩き始めた。
 さらに道沿いに進むとマンションが見えてきたが、そんなありふれたものには興味がないのか、それは素通りした。
 零崎が歩いている内に雨がさらに激しくなったが、零崎はそれでも歩き続ける。
 そのかいあってか、雨で悪くなった視界の先に港が見えてきた。
「やっと着いたぜ。だがこれじゃぁ見て回るもクソもねぇ、どっかで雨宿りでもするか」
 零崎は呟くと、どこかに雨風のしのげそうな建物は無いかと探す。幸い港町には幾つも建物があり、民家のほかにも倉庫や雑貨屋などもある。
 彼はその中に診療所を見つけた。ちょうどいい、この殺し合いの場で怪我をすることもあるかもしれない。薬や包帯を持っていて損は無いはずだ。
 殺人鬼はそのような思考から診療所へと向かう。

(っ! 誰かの気配がこっちに向かってきている!)
 港に着いたはいいがすぐに雨が降り出したため、診療所で雨宿りをしていた坂井悠二は、そこで見つけたカップ麺にお湯を注ぐ行為を中断して、台所の電気を消す。
(相手が殺し合いに乗っているとも限らない。ここは隠れよう)
 悠二が冷蔵庫の影に隠れると、すぐに玄関の扉が開く音がした。
 この診療所は二階が居住スペースになっていて、現在悠二がいるのは二階の台所だ。侵入者の気配は一階の診察室に感じられる。
 気配がそこから動かないため、悠二はゆっくりと影から出て立ち上がると、物音を立てないように階下を覗き見た。
 この階段は待合室に通じており、そこから壁一つ隔てた向こうに診察室がある。
 診察室に居る誰かが雨に濡れたまま入ってきた所為だろう。足跡と点々と滴った水が診察室へと生々しい痕跡を残している。
 診察室からは戸棚を漁る音がしている。
(何かを探しているのだろうか? 診療所で探すものといったら傷を癒すためのものだろう。だとしたら下に居る誰かは怪我をしているのかもしれない。
 それなら下に行って助けてあげるべきだろうか? いや、怪我をしているということは誰かと戦った証拠。
 もしかしたら一方的に襲われただけかもしれないけど殺し合いに乗った人かもしれない。用心に越したことはない。彼が診察室にいるうちに逃げよう)
 悠二は意を決して大きく息を吸い込み、狙撃銃を構えるとゆっくり階段を一段降りた。
 キィ、と僅かに階段が軋みをあげる。それだけで心臓が飛び上がるほど驚いた。しかし診察室では相変わらずガサガサと音がする。
 相手が気付いた様子はない。悠二はほっ、と息をつくと、気を引き締めて二段目を降りる。今度は軋まない。

 三段目。軋まない。
 四段目。ギギ。軋んだ。ビクリと身体を震わす。反応はない。
 五段目。軋まない。
 六段目。軋まない。
 七段目。軋まない。少しほっとして気を抜く。
 八段目。ぎぃ。軋んだ。体中に緊張が走る。今度は気を緩めないように、慎重に。
 九段目。軋まない。しかし心臓をつかまれたような気分になる。診察室の気配が動いた。早く降りよう。
 十段目。軋まない。気配が扉に向かっている。あと三段。もう跳び越して走ってしまえ。
 跳んだ。一階に到達。着地したときに大きい音がした。着地で崩れた身体を立て直そうとした。
 扉が開いた。

「あ? 誰だおまえ?」
「ッ!!」
 悠二は反射的に狙撃銃を、扉を開けた人物へと向ける。
 しかし、完全に銃口向けたときには彼の姿はない。
(!?)
 同時に右側から気配がした。しかしそれは殺気ではない。それでも悠二は反射的に身体をひねってその気配を避ける。
 前髪をかすって眼前を通り過ぎていくのは鋏。
 いや、鋏と同じ用途で使うものには到底見えないが、表現するならば鋏と言った方が一番解りやすいだろう。
 ともかくそれが、『人を殺すためのモノ』であろうことは簡単に推測できた。
 悠二はかろうじて『それ』を避けたものの、バランスを崩してしりもちをついてしまう。
(お尻が痛い)
 悠二はそう思ったが、すぐにそんなことを考えている場合ではないことを思い出す。
「くっ!!」
 悠二は慌てて狙撃銃を相手へと向けようとする。とてもかなう相手とは思えなかったが、むざむざ殺されるのは嫌だった。
(僕が死んだら、シャナはどう思うだろう。いや、そんなことを想像したらだめだ。僕は絶対にシャナとここから脱出するんだ!!)
 悠二は覚悟を決め、引き金にかけた指に力を入れようとする。が、
「お、誰かと思ったら匂宮の『人喰い』と一緒にいた奴じゃねぇか」
 その声に「え?」と間抜けな声を出して相手を良く見る。
 耳に携帯電話用と思われるストラップを付け、顔面を覆うように禍々しい刺青を入れた小柄な男。自分が警戒し、逃げてきた男だった。
 しまった! マズイ奴と再開してしまった。あの時血のついた包丁を見て逃げ出したけど、今も問答無用に襲い掛かってきた。
 それになんだろ、この雰囲気。この人からは何か危ない気配が漂っている。やっぱりこの人は危ない!!
「う、うぅ……」
 悠二は狙撃銃を構えたままかたまってしまった。引き金を引こうにも恐怖で手が動かない。悲鳴もでない。情けないうめき声が漏れるだけだ。
 さっきの覚悟は何処に行ったのか、今、悠二は恐怖していた。

「そんなに怯えんな。さ、立てよ。手を貸してやるから」
 そう言って、刺青の男は手を差し出してくる。
「ひッ!」
 しかし悠二はその手を避けるように身体を下げる。
「はぁ……そこまで恐がられると結構傷つくんだぜ。そら、とって食ったりはしないからよ」
 刺青の男はにっこりと笑ってもう一度手を差し出してきた。
 しかし悠二は怯えたままだ。
 男はそれを見てあからさまにがっくりと肩を落とす。
「えらい嫌われちまってるな。しょうがねぇ」
 男は背からデイパックをおろすと中をゴソゴソと探り、一本のボトルを取り出した。
「ほら、水だぜ。ちょっと前に汲んだばっかりだ。これ飲んで落ち着けよ」
 男がボトルを悠二に差し出す。
(……もしかしたら、この人は実はいい人なのかもしれない。さっきの包丁も襲ってきた相手を撃退したときに付いたいたものかもしれないし、
 今だって彼の一撃からは殺しが感じ取れなかった。もしかすると相手を警戒しての威嚇のようなものだったのかも。全部僕の早とちりが招いたものかもしれない)
 しばらくそのボトルと男の顔を交互に見ていた悠二だったが、
「あ、ありがとうございます」
 と言って、男からボトルを受け取り、銃を置いてキャップをあける。
「いやいや、どってことねぇよ」
 そう言う男は少し照れているようにも見える。
(やっぱりこの人はいい人だったんだ。それならさっきのことを謝らなくちゃ)
 そう思って、悠二はボトルに口をつけようとする。しかし、
(あれ? 腕が動かない。さっき転んだときにおかしくなったのか? でもボトルを受け取ったときはなんとも――)
 そこで、なにか温かいものと冷たいものが自分の足をぬらしていることに気付き自分の足を見る。
「っ!! う、うわぁぁぁぁああぁっぁああ!!」

 温かいものは自分の血で、冷たいものは自分の肩から切り離された腕が握ったボトルから流れ出てくる水だった。
 動かないのではなかった。腕がなかったのだ。
「あっ! あぁぁぁぁああぁぁ!!」
 悠二は絶叫しながら狙撃銃を拾い、男に向け、引き金を絞った。
 轟音。
 鼓膜が破れるかと思うほどの轟音。
 放たれた弾丸は直前まで男がいた空間を通り過ぎ、天井に穴を穿つ。
 悠二は、後ろに気配を感じた。
 しかしその気配はシュッ、と言う音と共に、前へ後ろへ右へ左へ下へ上へ…………
(下?上?)
 疑問と共に悠二は、自分の視界がぐるぐると回っていることに気付く。
(え?)
 そのぐるぐるは唐突に止まり、ドスン、と、殴られたような衝撃が来た。そして、首に激痛。
「          !!!」
 その焼けるような痛みに悠二は絶叫するが、声が出ない。
 目の焦点が定まらない。
(いったい、何が!?)
 目の焦点が結ばれる。そこにはこちらへと倒れこんでくる首のないからだ。自分の、体。からだ。身体。カラダ。殻だ。
 自分の首が切られていることに、悠二はようやく気付いた。
「わりぃ、殺しちまった。でもお前が銃なんかを向けるからいけないんだぜ? 凶器を人に向けんなって、習わなかったか?」
 刺青の男が笑っている。嗤っている。哂っている。わらっている。ワラッテイル。わらって……
(あぁ、シャナ……)
 悠二は最期に、そんなことを思い。
(長門……さん)
 その意識は闇に消えた。

【095 坂井悠二 死亡】
【残り72人 】
《C-8/港町の診療所/一日目・16:30》

【零崎人識】
[状態]:平常
[装備]:出刃包丁/自殺志願
[道具]:デイバッグ(地図、ペットボトル三本、コンパス、パン三人分)包帯/砥石/小説「人間失格」(一度落として汚れた)
[思考]:みんな死んじまったし、これからどうするかねぇ
[備考]:記憶と連れ去られた時期に疑問を持っています。
    雨が止んだら港を見てまわってから湖の地下通路を見に行きます。

←BACK 目次へ (詳細版) NEXT→
第415話 第416話 第417話
第397話 零崎人識 第428話
第410話 坂井悠二 -