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第417話:ウソツキサイクル

作:◆l8jfhXC/BA

「……確かに私は“策師”です」
 沈黙を破ったのは当人だった。
 相変わらず感情のこもらない声の主に、緋崎と折原、そして俺は視線を向けた。
「策師という言葉の意味をそのままをとってもらってもかまわないでしょう。ですが、私はそれだけです。
私は策師。策師以外の何者にもなれなかった策師。策を弄するための駒に、自分自身がなってしまったここでは無力です。
だからこそ、自らと同じ駒──もとい、協力者を求めているのです」
 そう言って萩原は溜め息をついた。あの騒がしい少女の言っていたことをほぼ肯定した形になる。
「信用できへんな。自称殺し屋にあそこまで言わせる奴が、ペテン師としてしか名を馳せていないのはおかしいやろ。
それこそ狙撃が得意とか、そういうオチやないんか?」
 その可能性は十分にあり得る。俺やミズーを撃った奴が、やはり彼女だったという可能性も再度浮上してくる。
 殺傷能力を持っているのにも関わらず俺達に接触を仕掛けた理由としては、人捜しが考えられる。
 確かにスコープを利用すれば広範囲を調査でき、動き回ってすれ違うよりは確実といえる。
 だが、この今にも悪くなりそうな天候を考慮すれば別だ。雨が降れば室内に入ったり物陰に隠れる参加者が多くなり、固定位置からの探索では見逃してしまう事が多い。
 また、一度狙撃し負傷させ、行動が取りづらくなったところを接触して情報を得るというやり方も考えられる。
 あるいは自分の能力を知っていて、なおかつ敵対している人物の対策のため。
 仲間を作り信頼を得ておき、そいつが絶対的な敵だと根回ししておくのだ。“策師”ならばやりかねない。
「確かに狙撃は可能ですが、本職と比べればどうでもいいレベルです。
私の方がライフルを持っているのも、未経験の折原さんよりは扱えるという相対的な理由ですから。
哀川潤と並び称されるような戦闘技術を持ち合わせていたら、同盟など組まずに一人でゲームに乗っています」
 確かに見たところ、平均的な十代の女性程度の筋肉しかついていないようだ。
 だが、ミズーの念糸のような特殊技術を持っていても不思議はない。油断は禁物だ。

「最初に化け物クラスの奴と鉢合わせして痛い目をみたから潜伏中、ってのも考えられるで。
化けもんが化けもん同士で殺し合った後で漁夫の利を狙う。あるいはその化けもんを手なずける。こう考えると“策師”っぽくないか?」
「何とでも言えますね。少なくとも、ゲームに乗る意志がないことはわかってほしいのですが」
 結局は水掛け論だ。
 身内すらも完全には信じがたいこの極限状態の中、赤の他人に信頼を抱くことには、新庄のような根っからのお人好し以外には抵抗がある。
 彼女に十分なライフルの腕前が存在するという証明は実際に撃てば容易にできるが、存在しないという証明は不可能だ。
 ゲームに乗っているか否かという意志に対しても同じ事が言える。
 こういう腹の探り合いの場では、根拠の薄い推論ばかりを並べて相手に疑いをぶつけても何も始まらない。
 だがやはり、多すぎる状況証拠から彼女は疑わざるを得ない。あの匂宮という少女の言い分を鵜呑みにするわけではないが、ミズーの弾丸の件もある。
 緋崎と一瞬目配せをし、結論を出した。
「やっぱ信用できんわ。同盟は破棄や。……ここから出ていくならそれでええ。お互い不干渉にしようやないか」
 彼らを野放しにしておくのは危険だが、これ以上怪我を負うのはまずい。
 威嚇のため緋崎が剣を構え、俺もリボルバーの銃口を萩原に向ける。
 弾は相変わらずない。だがこの距離ならば、ライフルを担ぎ、構え、引き金を引くよりも緋崎が剣で彼女を斬りつける方が早い。
 萩原はしばし俺と緋崎の方を見つめた後、折原に目を向けた。自然と俺達も、今まで黙っていたそいつを見る。
 三人の視線を集めた折原は、萩原に苦笑してみせた。“しょうがないね”とでも言いたげに。
「わかったよ。にしても、今にも雨が降り出しそうな時に女の子を外に追い出すなんてひどいねー。……あー、はいはい、今行きますって」
 緋崎が鋭い視線で睨みつけ、折原は壊されたドアの方へと歩き始めた。萩原もそれに続く。
 銃を警戒しながらこの場を立ち去ろうとする二人に、しかし俺は声を掛けた。

「ちょっと待ってくれ」
「なに?」
「支給品は置いていってくれないか? やはりこうなれば信用できないからな。ハズレ品なら別にいいだろう。
ああ、それとも、やっぱりそのジャケットのポケットの中身は“アタリ”なのか?」
「…………よく気づいたね?」
 折原の表情が一瞬固まり、それが氷解するように口元が歪んた。
 ジャケットもライターも、どこかの建物内で入手した日用品の場合や没収されなかった私物の可能性があった。この点からもやはり信頼できなかった。
 だがもし本当に支給品だった場合を考え、何か特殊な効果があるかもしれないと知覚眼鏡で探っていたのだが……ある意味両方の推論が当たっていた。
 知覚眼鏡は、折原のジャケットの胸ポケットから一定の間隔で電波が受信されていることを知らせていた。
 携帯端末のような連絡機、位置情報を送る発信器、あるいは何か特殊な情報を送受信できるものだろうか。
 どんなものにしろ、おそらくこれが本当の折原の支給品だ。
「嘘をついたのは出来る限り手札を隠しておくため、ってのは理解してほしいな。
別に危険な物じゃないし……って言っても、説明書がなかったから使い道が分からないんだけどね」
 案外あっさりと認めて、折原はデイパックからライターを取り出し、続いてジャケットを脱いでいった。
 危険な物ではない、というのも勿論信用できない。たとえ見た目で判断ができなくとも、俺が知らない未知の武器である可能性がある。
「外見だけは携帯っぽいんだけど、ちょっと違うんだよね。これ、何かわかる?」
 こちらに目線を向けながら、折原は脱いだジャケットのポケットに手を突っ込み、薄く黒い板を取り出
「──!」
 される前に、奴の左手にあったライターが、銃を持つ俺の左腕に向かって投擲されていた。


 素直に身を引いてここから出る気が彼にも、そして子荻自身にもないことはわかっていた。
 疑念を持たれたままの二人を野放しにしておくことは、無駄に敵を増やす可能性に繋がる。こちらの手の内を知っている人物は障害にしかならない。
 既に哀川潤という最悪の敵に狙われている状態でこのような心配事を増やすのは得策ではない。なるべく味方を作っておくべきだ。
 今にも雨が降りそうな空も懸念の対象だった。もし降り出せば視界が悪くなり、体温も奪われてしまう。
 近くに拠点にできそうな商店街と学校があるが、どちらも先程出ていった出夢と鉢合わせする可能性がある。
 人捜しをしているのならば人が多く集まりそうな場所を選ぶだろう。彼と正面から張り合うのは不可能に近い。
 公民館を出てすぐにスコープで彼を捜し、狙撃を試みるのも無理だ。銃声が目の前の二人の耳に入れば身を引いた意味がない。
 なにより問題なのはこの二人自体だ。
 臨也も興味を示していた、ガユスという男の方が持つ二つの重そうなデイパック。リボルバー。二振りの長剣。
 二人とも怪我を負いかなり疲労もしているようだが、戦力が十分にある。
 そして出夢に言われ意識して初めて気がついたが、確かにかすかな血の臭いが漂っていた。二人の怪我からではなく、この奥の部屋から。
 ここで争いが起きた可能性がある。そのための疲労だろうか。奥の部屋で怪我人を匿っているのか、あるいは死体を隠してあるのか。
 それにずっと黙っていた眼鏡の方はともかく、飄々とした態度で交渉をしていたベリアルという男の方は少し危険だ。
 いつこちらに殺意を向けてきてもおかしくはない──彼の微笑にはそんな鋭さが含まれている気がした。
(覚悟を決めるしかありませんね)
 苦し紛れの反論をベリアルに向けて話しているとき、密かにそんなことを思っていた。
 ──そしてつい先程、臨也は自分に向けて意味ありげに苦笑してみせた。
 “しょうがないね、殺そう”とでも言いたげに。

 右手を警戒されている隙に臨也がライターを投げた直後。
 好機がつくられるのを待っていた子荻は、すぐにライフルを持って二人の方へと全力で疾走した。
(あの板のことも気になりますが……後で問いつめることにしましょう。
あれが隠し持っていた武器だとしても、この時点ではまだ不意をつかれる心配はないでしょうし)
 彼にはまだ自分という戦力が必要だ。背後から刺される心配は無いと言っていい。
 少なくとも、この二人を処理するまでは。

 ライターがガユスの左手首に当たり、銃が彼の足下に落ちた。
 だがすぐに彼はそれを拾──わずに、腰に差してあったナイフの方を取り、こちらに向けて一閃。
「──!」
 手首の痛みで一手を逃す、もしくは耐えて銃を撃つという行動を予測して横に回避する軌道に入っていたため、避けきれずに左腕が裂かれる。
 傷口を押さえたくなるのを我慢し、追撃が来る前にライフルを振り上げ彼の側頭部を打った。
「っ……」
 脳震盪を起こしたであろう彼にもう一撃与えようとした刹那、殺気を感じバックステップ。
 先程までいた場所に白刃が薙ぐ。正面には銀髪の男──ベリアル。
 追撃をライフルで受け止め、なんとか反撃に移ろうとして──彼が舌打ちを残して横に跳んだ。
 その目線の先には、デイパックを振り回す臨也の姿。
 ペットボトルや懐中電灯が入っているので威力は馬鹿に出来ないだろう。こちらをひとまず無視してベリアルは迎撃に向かっていった。
 重い白刃を受け止めた負担が左腕の傷に響くが我慢、臨也の援護に向かおうと、
「……っ!」
 してナイフにふたたび手を伸ばしかけたガユスに気づき、すかさず彼の頭部をふたたび殴る。
 引き金を引く暇はなく、痛みも邪魔だった。リボルバーだけは危険なので蹴って彼から離しておく。
 まずは、あちらの方を始末しなければ。
 ガユスが完全に気絶したことを確認、一旦地面にライフルを置いてナイフを拾い、ベリアルに向かって投擲する。
 ベリアルを攻撃するためではなく(狙って投げられる技術はあいにくない)臨也に武器を供給するためであり──ほんの一瞬、彼の意識をそらす役割も持つ。
「……!」
 刃は彼のジャケットを引き裂いて落ちた。ただそれだけだった。
 ──だがそれだけで、利き腕をやられた怪我人の剣と、十分に休息を取っている者のデイパックとの差を埋められる隙がつくられた。
 臨也がすかさず強襲、ベリアルの腹部に向けてデイパックを振り上げた。
「ぐ……」
 直撃はしなかったものの、ベリアルの表情が苦痛に歪み体勢が崩れた。
 そして臨也がナイフを拾い上げ、無防備な彼の胸部を狙い────刹那、ベリアルの瞳が赤く染まるのが見えた。

 肩口にいきなり炎を出され、虚を突かれた表情の臨也をベリアルは蹴り飛ばした。
「がっ……」
 床に勢いよく頭部と身体を叩きつけられてうめく彼をひとまず無視し、ふらつきながらも身を翻して子荻の方へと走り出す。
 殴られた腹部は膝をつきたくなるくらい痛かったが、一息ついてる暇などない。
 彼女は予想外の出来事にしばし動きを止めていたが、全力で駆けるこちらを見るとすぐに動き出した。
(はよカタをつけんとやばそうやな……)
 一時間程度の休息では元の体力を完全に取り戻すことは出来なかった。なにより、慣れない剣を慣れない左手で用いるというのがかなりきつい。
 負担になりそうなデイパックやあの抜けない剣は置いてきたが、それでもまだ思うようには動けない。
 剣の刃と柄を分離させる暇がなかったことも痛い。ふたたび疲労がたまってきた今になって光の刃を出そうとしても、ナイフ以下にしかならないだろう。
 さらに下手をしてその状態の剣を奪われたら終わりだ。今の彼らならば、それなりの長さの刃をつくりだせるだろう。
(ならいっそのこと素手の方がマシか。いい加減重くてしゃあない)
 足を止めずに刃と柄を分離させ、柄の方を少し離すために投げる。こうしておけば自分とガユス以外の人間には扱えない。
「──!」
 剣の処理を終えてすぐに殺気を感じ、身体を右にひねった。刀のように振り上げられていたライフルの銃口が少しかする。
 間髪を入れずにこちらの喉を突こうとする銃口を後退して避け、そしてさらに引き戻され胸元を抉る一撃も紙一重で回避。

 見た目に反して子荻はかなり戦い慣れていた。
 達人級とまではいかないものの、疲労が残っている自分にとっては強敵だ。
 だが、相手も左腕を負傷している。それに先程よりも動きに切れがない気がする。……炎を警戒しているようだ。
(ご要望通りやってやろうやないか)
 相手の右手首を狙って手刀を放つ。
 それがライフルで受け止められる前に、手首を返してライフルを掴み、足払いを掛けた。
 が、右腕でライフルをかかえられ、さらに足払いを後方に跳ばれかわされる。──ここまでは予測済だ。
 当然こちらが体勢を崩し倒れそうになるが、掴んだ手は離さない。
 そして無防備な体勢に子荻の蹴りが入れられる前に、鬼火を彼女の右腕に向けて発生させた。
「……っ!」
 炎が服と髪を焼きつける。いくら警戒しようとも狙って避けられるものではない。
 ライフルを手離し炎をかき消そうと床を転がる子荻を捕らえ、体重をかけて全力で押さえ込む。
 さらに先程ガユスに斬られた傷口を殴りつけ、右の指を数本を後ろにそらして思い切りへし折った。
「ぁ、ぐぅっ……」
 彼女の四肢が暴れる音にまぎれ、生木を折るような音と苦痛に耐える声が耳に入った。ここまですれば簡単には抵抗できないだろう。
 いくらそれなりに鍛えているといえど、体重と体格自体はただの少女だ。武器がなければ組み敷ける。
 ライフルを捨て、激痛に苛まれている子荻を強く睨み付けた。
「これで終いや、嬢ちゃん」
「いやまだだよ」


「……なんやと?」
 鋭い視線でこちらを睨む男に対して、臨也もまた鋭さを含ませた笑みを返した。
 全身、特に蹴られた胸部が痛いが、相手にはあくまでも余裕を見せておかなければいけない。
「まさか炎が出せるとは思わなかったなぁ。頼みの萩原さんもだめだったし、かといって逃がしてもくれそうにないよね。
……しょうがないから、これを使わせてもらうよ」


 そう言って右手に持った薄い板──禁止エリア解除機を掲げて見せた。
 こんなものでは誰も殺せない。だが、駆け引きの材料にはなる。
「さっきはとぼけたけど、ちゃんと説明書はついていてね。そのライターとセットなんだ」
 ガユスのそばに落ちている、先程自分が投げたジッポーライターを顎で差す。
 もちろんあれもただの私物だ。
 だが使いどころによってはフェイクの支給品となり、隙を作る道具になり──そしてこの状況を打破する武器になりうる。
「こっちのボタンを押すとあっちのライター……に見せかけた爆弾が爆発する。ただそれだけのシンプルな武器だよ。
説明書を読んだ限りではかなり小規模な爆発らしいけど。それでも、近くにいる君達を殺すことくらいはできる」
 親指を曲げボタンの一つに合わせ、今すぐにでも押せるような状態にする。
 正面を見せないよう角度を調節して持ち、ボタンが複数あることは隠しておいた。こうすればかなり様になるだろう。
「そんなもん持っててなんで今まで使わなかったんや? 今だってそれを押せばすぐに俺達を殺せるんやろ?」
「戦力をなるべく温存したかったってのが一つ。それに、萩原さんを巻き込みたくなかったからってのが大きいね。今押さないのもこの理由だけだよ。
……もし君がこの場で萩原さんを殺したら、その瞬間俺はこれを押す」
 左手にあるナイフを使えばベリアルに勝つ自信はあるが、ここで手を出せば子荻は確実に死ぬ。
 萩原子荻にはまだ利用価値がある。
 ベリアルが邪魔で怪我の様子はわからないが、両脚と片手のどちらかが無事ならばよい。
「取引といこうじゃないか? そのまま彼女を解放してくれればいい。そうしたら俺達はこのまま出ていくよ」
 真っ赤な嘘だ。このまま逃げるつもりは毛頭ない。
 ベリアルに隙ができ、彼女がこの場を抜け出せるまでの時間稼ぎだ。
「俺は萩原さんを殺されたくない。君達もまだ死にたくない。利害は一致してると思うけど、どうかな?」

(先にふっかけてきた奴らが取引やと? ふざけるのも大概にせえ)
 そうは思ったものの、断ることも得策でない状況にベリアルは歯噛みした。
 彼女を殺すのは容易だ。だが、戦闘を避けられるのならば避けた方がいいのではないだろうか。
 子荻を殺害しライターがフェイクだった場合、臨也と戦うことになるだろう。
 先程のデイパックの時でも、それなりに彼は戦えていた。鬼火があるといえど体力の問題がある。つらい戦いになるだろう。
 もちろん、ライターの話が本当だという可能性もある。
(ガユスの奴が起きてくれればいいんやが……まさか死んどらへんよな?)
 彼が復帰すればあの眼鏡でライターの真偽が確認できる。まさかこの状況で嘘はつかないだろう。
 加えて戦力も増える。一時間休憩した程度で両脚の怪我が治っているとは思えないが、リボルバー程度なら扱えるだろう。
(……そういや、あの板のことを指摘したときには、ライターのことは何も言っとらんかったな)
 おそらく自分と臨也が話している間に二人の支給品を調査、あの板を発見して指摘したのだろう。
 ならばもしライターが爆弾だった場合、それも指摘しないのはおかしい。
 ならばやはり、これはただのはったりか。
 思索にふけり黙り込んでいると、臨也の方から話しかけてきた。
「あ、ガユスさんが起きるのを待ってるの? 俺のこれのことがわかったくらいだから、ライターの真偽も調べてもらえるのかな」
「いや、もう調査は終わっているやろな。お前のジャケットを調べたときに一緒にやってるはずや。で、あいつはなんも言わんかった。
……つまり、よく考えたらもう答えは出てたって事や。無駄なはったりご苦労さん。せやけど──」
 ──お互いきついやろ。特別に今回は見逃してやるさかいとっとと出ていけや。
 そう続けようとした言葉は、しかし臨也の言葉によって遮られた。
「あれ? あの人のことそこまで信用してたの?」
「……なんやと?」

 心底不思議そうに臨也は言った。まったく予想していなかった切り返しに、ただ訝しむ。
「他に信頼出来る人がいないからとりあえず一緒に同行してるって印象を受けたけど。少なくとも、ここに来る前の知り合いではなさそうだよね。
初対面の赤の他人をそこまで盲信して大丈夫なのかな?」
「見る目がないようやなぁ。一見そう見えても、俺と奴は熱く固い絆で結ばれとる。盲信やなくてちゃんとした信頼関係があるんや」
 もちろん嘘だが。彼とは利害一致だけの同盟だ。
「へぇ? …………さっき萩原さんに言った“策師っぽい思考”だっけ? あの考え方ってガユスさんにも当てはまるよね?
こんな状況だから確かな情報なんて主催者の放送くらいしかない。公開されている参加者の情報は名前だけだから、隠し通せればなんでもできる。
今も実は気絶してるフリだけで、虎視眈々と俺達を殺そうとしているかも知れない。両脚を怪我してるみたいだけど、特殊な能力を持ち合わせている可能性はある。
君みたいにどこからともなく炎が出せたりとか、気で相手を吹っ飛ばせたりとか、実は目から七色の光線とか出せるかも知れないよ?」
 こちらを試すように臨也が言う。全てを受け入れるように優しく、そして自分以外の全てを蔑んでいるかのような視線をこちらに向けながら。
 その目を鋭く睨み返しながら、考えるまでもない言葉に間髪を入れずに言い返す。
「はっ、それは疑心暗鬼すぎやろ。疑いだしたらキリ無いわ。重要なのは相手をどこまで疑うかやなくて、どこまで信じるかやろ。
お前の戯言を真に受ける程度の信頼しか持ち合わせてなかったら行動を共にしとるわけないやん。
その台詞こそ、お前のパートナーの方にあてはまるんやないか?」
「いやぁ、あいにく俺と彼女は熱く固い絆で結ばれているんでね?」
 お互い口だけで笑いながら言葉を交す。何気なく子荻の方に目を向けると、複雑な表情を浮かべていた。

「ま、そんなことはどうでもいいや。
俺が言いたいのは、調べた結果を聞く前に、結果を言わなかったという事実だけで確信していいの? ってこと。
調べた結果自体と言動、それに対する相手の反応。それで真偽を確認するならいいよね。
でも、“言わなかった”ことをすぐに偽と受け取り信じるのは、こんな殺し合いゲームの状況の中では無理があるんじゃないかな?
……ガユスさんは俺のこの板のことを発見したとき、その調査結果を言わなかった。いや、“君には”言わなかったと考えられる。
あの人は“支給品を置いていけ”って言ったよね?
この言い方なら、あの爆弾を君に不審に思われずに入手できる。俺達が言い淀んだらリボルバーを撃っておしまい。
“支給品”という言い方で関係のないジャケットも指定して、さらに板のことを指摘することでライターから完全に目をそらさせた──そうも考えられるよね」
「……」
 確かにそれはありうる──そう思ってしまい、言葉に詰まる。
 こちらの表情をのぞき込み、蔑むような視線を強くしながら臨也が続ける。
「ガユスさんはかなり落ち込んでくたびれてるようにみえたけど……知り合いが自分のせいで死んじゃったとか、そういう理由なのかな。
それで弱気になってるところにつけ込んで、とりあえず怪我が治るまで利用しよう、と。うん、それはいい考えだ。
でも今回のことを考えると実はそれが演技で、利用してるようで逆に利用されているって可能性も出てきたね。
ミイラ取りがミイラになる。……何て言うかそれって、小悪党って感じでかっこ悪いね?」
 あからさまな挑発。
 表情を無にし、臨也を睨む。彼は相変わらず笑顔のまま、挑むような視線をこちらに向けてきた。
 空気が軋む。冷たい沈黙が辺りを包んだ。
 ──覚悟を決めた。
 子荻を殺害し周囲のどこかにあるリボルバーを回収、臨也に向けて発砲するまでの行動を脳内でシミュレートする。引きつけてから鬼火で隙をつくのもいいだろう。
 数通りの行動を考え一つに絞り視線を彼に向けたまま左腕で子荻の首を、
「少し待てベリアル。そこで無謀な行動を起こして隙をつかれたら本当に小悪党になるぞ」

「あれ? 起きてたの? なら早くそう言ってくれればいいのに」
 何事もなかったかのように、折原が俺の方に視線を向けてそう言った。
 いや絶対気づいてただろおまえ。萩原にも起きてすぐに気づかれて警戒されてたし。そのおかげで彼女の行動を抑制できたのはよかったのだが。
 実際の所、俺は割と前から起きていた。確か“熱く固い絆”あたりから。……さすがにあれは寒いぞ緋崎。
 頭が本来の回転を取り戻すのに時間がかかったこと、それに折原の言葉に口を挟む暇がなかったことが理由になるのだが、そこまで言っている余裕はもちろんない。
 ……何が議題になっているかはこれまでの会話からだいたい汲み取れた。どうやら俺を疑わせたいようだ。
「話はだいたい聞いていた。結論から言えば、そのライターはシロだ。オイル式だから何らかの理由で油が漏れたら危険だが、その心配もない」
「へー、すごいね。どうやったらそんなことが調べられるの?」
「すまんベリアル、まずジャケットとライターに異常がないところから言うべきだった。
その板の方は何かの電波を受信していた。とくにこの場をどうこうできるような機能はついていない。実はこっちが爆発物だったというオチもなしだ」
 折原の問いは無視して緋崎(そういえば未だに彼らに本名を名乗っていない)に謝罪する。
 無駄な勘ぐりをさせてしまったのは、明らかに俺の過失だ。
「それに、おまえ達の取った行動からしてもそのライターが爆弾なのはありえない。
そもそもそのライターは萩原の支給品ではなく、折原の私物かここで入手したものだろう。萩原の支給品はまだ隠し持っているか、そのライフルかのどちらかだ」
「言いがかりで無駄な時間を費やすつもりですか? ここで水掛け論を続けても、双方にとって不利益にしかならないと思いますが」
「言いがかりでもなければはったりでもない。単なる事実だ。
いい加減、自分の首を絞めるだけの詐術は止めた方がいいという警告でもあるがな。なんなら証明もしてやろうか?」

 空気がさらに殺伐としてきた気がするが無視。
 理屈をこねる人物が俺含め4人も集まっていると、一度はっきりと理屈で結論を付けておかなければ事態は収拾しない。
 いつまでも落ち込んでいられる時ではない。この状況を打開しなければクエロ以前の問題だ。
 ──頼れるのはやはりこの頭脳だけ。舌先三寸だけで切り抜けてみろ、ガユス・レヴィナ・ソレル。

【D-1/公民館/1日目・14:30頃(雨が降り出す直前)】
『ざれ竜デュラッカーズ』
【ガユス・レヴィナ・ソレル】
[状態]:右腿(裂傷傷)左腿(刺傷)右腕(裂傷)の三箇所を負傷(処置済み)、及びそれに伴い軽い貧血。疲労。
[装備]:知覚眼鏡(クルーク・ブリレ)
[道具]:デイパックその1(支給品一式、ナイフ、アイテム名と場所がマーキングされた詳細地図)
     デイパックその2(食料二人分、リボルバー(弾数ゼロ)、咒式用弾頭、手斧、缶詰、救急箱、ミズーを撃った弾丸)
[思考]:この局面の打開。臨也と子荻をどうにかする。
1.休息。2.戦力(武器、人員)を確保した上で、クエロをどうにかする。

【緋崎正介(ベリアル)】
[状態]:右腕と肋骨の一部を骨折(処置済み)。腹部に鈍痛。かなり疲労。
[装備]:なし
[道具]:デイパック(支給品一式) 、風邪薬の小瓶、懐中電灯
[思考]:ガユスの話を聞く。この局面の打開。ガユスに少し疑念を持つ。臨也と子荻は始末しておきたい。
1.ガユスと組んで最低限の危機対応能力を確保。2.カプセルを探す。
*刻印の発信機的機能に気づいています(その他の機能は、まだ正確に判断できていません)


【折原臨也】
[状態]:全身に軽い打撲、肩口に軽い火傷、ジャケットなし
[装備]:グルカナイフ、禁止エリア解除機
[道具]:なし
[思考]:ガユスに興味。この局面の打開。ガユスとベリアルの殺害。
1.セルティを探す&ゲームからの脱出? 2.萩原子荻達に解除機のことを隠す。
3.子荻の正体にひそかに興味を持つ。

【萩原子荻】
[状態]:左腕に切り傷・打撲、右腕に軽い火傷、右指数本骨折
[装備]:なし
[道具]:デイパック(支給品入り)
[思考]:この局面の打開。ガユスとベリアルの殺害。
1.セルティを探す&ゲームからの脱出? 2.哀川潤から逃げ切る。

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第408話 緋崎(ベリアル) 第418話
第408話 ガユス 第418話
第408話 折原臨也 第418話
第408話 萩原子荻 第418話