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第299話:子連れクライマー

作:◆1UKGMaw/Nc

「ねえ、覚」
「なんだ、アリュセ」
「……なんで私達こんなとこにいるんですの?」
 コアラの親子よろしく覚の背中にへばり付きながら、半眼のアリュセがぼやいた。
「なんでってそりゃお前……」
 答えようとした時、覚の右手が掴んでいた岩がボコッと音を立てて外れた。
「お?」
「きゃああああ! また!!」
 耳元でアリュセの悲鳴を聞きながら覚は掴んでいた岩を離すと、
「なんのっ!」
 はっしと別の岩を掴み、身体を固定する。
 一呼吸分間を置いて、『ふぅ……』と二人は同時に息をついた。
 今離した岩はその間に眼下の森に落ちて行き、木に隠れて見えなくなる。
 二人の現在位置は、なんと崖の中腹である。
 地図で言えばF-3に当たる。F-4との境界線に程近いその場所に、覚とアリュセはいた。

「……あ〜、なんだっけ?」
「な・ん・で・こ・ん・な・と・こ・に・い・る・ん・で・す・の・?」
 ぷぅと頬を膨らませ、アリュセはジト目で覚を睨む。
「いや、仕方ねーだろーが。なんかえらいヤバそうな奴だったしよ」
 二人が目指すのは島の北西にある市街地である。
 崖の東を抜けて倉庫の辺りまで進み、そこから北上するつもりだったのだが、森の入り口あたりで異様な風体の"何か"を見つけたのだ。
 なにやらふもっふもっと鳴きながら、地響きでも立てそうな感じで練り歩いている"何か"を。
 その"何か"とは、もちろん小早川奈津子その人である。
 毛唐を追って散々あちこち走り回った挙句、結局撒かれてしまった奈津子は、いつの間にか『あたくしの僕佐山』+1とはぐれていることに気がついた。
(佐山もきっとあたくしとはぐれて心細い思いをしているでしょう。おお可哀想に……待ってなさい、あたくしが今迎えに行ってあげてよ!)
「ふもぉーーーーっふもっふもっふもっ!!」
 不気味に哄笑するその姿を見て、関わらないほうがいいと判断。接触を避けて進むことにした。
 実は目的地が同じだったりするのだが、もちろん覚とアリュセはそんなことは知らない。
 だが、その"何か"が自分達と同じ方向へと進んでいたことは、二人にとって問題だった。これでは、やり過ごして先へ進むというわけにはいかない。

 それで東西どちらかへ回りこむことにしたのだが、これもまた問題だった。
 普通ならば東へ回り、中央の森を掠めて北西へ進むのだろう。
 だが、ここに一味違った男がいた。
「そっちにも何かいるかも知れねーだろ。ここは誰もいないルートを進むぜ」
 そして西回りへ。
 確かに誰もいないルートであったが、それは人が通る道ではなかったから、というか道ですらなかったからだろう。
(……馬鹿ですわ)
 天を仰いだアリュセの顔に縦線が入っているのは見間違いではあるまい。
 左腕を怪我しているというのにロッククライミングなど、馬鹿としか思えない。
 フォローのために、アリュセはさっきから飛行魔術を使いっぱなしだ。
 まぁ、それ自体は常日頃使っているものなので、苦にはならないのであるが。
 むしろ歩いてる時間より飛んでる時間のほうが長いのだ。

「大丈夫だって。この程度の崖、俺にとっちゃ障害にもなりゃしねぇ」
「その割には、もう二回も落ちてますわよ」
「何言ってんだ、そんなの百回に一回もない超レアイベントだ。お前、歴史の証人になれたんだぞ」
「また訳の分からない理由で誤魔化す……」
「アリュセよぉ。お前、がきんちょの癖に細かいこと気にしすぎだ。禿げるぞ?」
「禿げませんわよ! レディに対して失礼ですわ!」
 始終こんな調子で会話しながら、ほいほいと登っていく。
 魔術のフォローがあるとはいえ、左腕の怪我をほとんど感じさせない登りっぷりだ。
 慣れてきたのか、むしろスピードが上がっている。
(……しかも体力馬鹿ですわ)
 二回落ちて、登るのは三回目だというのに、呼吸はほとんど乱れていない。
 この男の体力は本当に無尽蔵かと疑いたくなってきた。
 見る見るうちに頂上が近づいてくる。
「今度こそ登りきれますわよね?」
「おお、まかせろ。昔っから言うだろうが、二度あることは三度ある」
「それを言うなら三度目の正直ですわよ……」
 ぐったりとした感じで覚の肩にあごを乗せた。

(ま、正解っちゃ正解だったわな)
 覚は思う。
 予想した通り、アリュセのフォローのおかげでかなり楽に登ることが出来る。
(しかも、落ちても全然大丈夫だしな)
 それも見越してのこのルートだ。
 このコンビだからこそ移動できる場所と言えるだろう。
 覚としては、今は出来るだけ人に会いたくはないのだ。
 自分は怪我を負っている上に、武器は何一つとして持っていない。
 アリュセが攻撃魔術も使えることは聞いているが、だからといって彼女に戦わせようとは微塵も思っていなかった。
(街でなんか武器になるものを見つけるしかねぇな)
 それまでは、出来るだけ人と接触しない方向で進む。
 そう覚は決めていた。
 だが、そう決めたからといって確実に人と出会わないかというと、そうではないわけで――

「よう」
 ようやく頂上まで辿り着いた二人を、仁王立ちした女子高生が待っていた。
 二人の顔に緊張が走る。
「なんでこんなとこに人が……って顔してるな。あれだけ騒いでいれば誰だって気づくだろ」
 女子高生――霧間凪は呆れたようにそう言った。
 とはいえ、そんなに遠くまで声が聞こえていたわけではない。
 凪が……あ〜、その、つまりなんだ、不浄のために仲間から離れてこちらまで来ていなければ、気づくことはなかっただろう。
(……やっぱり馬鹿ですわ)
 凪の言葉にアリュセは後悔する。
 覚も馬鹿だが自分もだ。
 まだ自分達は崖の縁にしがみついたままなのだ。
 彼女がゲームに乗っていて、かつ飛び道具でも持っていたらその時点で終わりだろう。
 そのアリュセの表情を読み取ってか、凪は苦笑しつつ口を開いた。
「心配するな。俺は殺し合いをする気はないし、あんたらもそうだろう? いいから上がって来いよ」
 だが、覚はその言葉に反応せず、じっと警戒したような目つきで凪を見る。
「どうした? まさか女一人が怖いってわけじゃないだろ」
 その言葉に、ようやく覚は反応する。
 凪を見上げ、真剣な表情のまま呟いた。
「……ブルーのストライプか」
 覚の顔面に凪の靴の裏が炸裂した。


【覚とアリュセ+炎の魔女】
【F-3/崖の淵/1日目・08:50】

【出雲・覚】
[状態]:左腕に銃創あり(出血は止まりました)
[装備]:なし
[道具]:デイバッグ(支給品一式)/うまか棒50本セット/バニースーツ一式
[思考]:千里、新庄、ついでに馬鹿佐山と合流/アリュセの面倒を見る


【アリュセ】
[状態]:健康
[装備]:なし
[道具]:デイバッグ(支給品一式)
[思考]:リリア、カイルロッド、イルダーナフと合流/覚の面倒を見る


【霧間凪】
[状態]:健康
[装備]:ワニの杖 サバイバルナイフ 制服 救急箱
[道具]:缶詰3個 鋏 針 糸 支給品一式
[思考]:こいつらをどうしようか

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【F-4/森の入り口付近/1日目・08:20】

【小早川奈津子】
[状態]:右腕損傷。殴れる程度の回復には十分な栄養と約二日を要する。
[装備]:コキュートス / ボン太君量産型(やや煤けている)
[道具]:デイバッグ一式
[思考]:1.竜堂終と鳥羽茉理への天誅。2.傷が癒えたらギギナを喰らい尽くす。美しくない異国人は敵。
     3.佐山を追って市街地を目指す

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