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第298話:存在しえない守るべき者

作:◆lmrmar5YFk

「本気…? もちろんです…。だって、ミラを、たす、けなきゃ…」
撃たれた腿を押さえながらもきっぱりとそう言い放つ青年に、古泉一樹はとりあえず肩を貸した。
何とか立ち上がる彼に、古泉は再び声を投げかける。
「ミラさん…ですか。その人を探しているんですか?」
向き合った相手がこくりと頷く。その顔に先ほどまでの修羅の如き恐ろしい表情はない。
「れが…俺が、守らなきゃ、いけ…ないんです、…ミラはまだ…ちい、さいから」
青年は、脚の痛みも気にせずに必死に訴える。
吐く呼吸が少し荒くなっているのは、銃創のせいというよりも『ミラ』を思い出したことによる焦りや興奮からだろう。
「なるほど…」
古泉は目の前の青年にそう言うと、不審気に思うのを顔に出さず、持っていた名簿を片手で取り出した。
ざっと一瞥すると、彼の記憶は正しくその紙に『ミラ』という名は載っていなかった。
顔に貼り付けた笑みを絶やさないまま、古泉は目まぐるしく考える。
この人がミラという少女を探そうとしているのは間違いないようですね。
もしも楽に殺人を行うために人探しの振りをしているのだとしたら、さすがにどんなに馬鹿な人でも名簿にある名前を口にするでしょう。
そもそも、この状況下ではだまし討ちをする必要もないはずですし…。
武器も防具も何一つ無い己の有様を思い、古泉は心中苦笑した。
いくら傷を負っているとはいえ、あちらは銃を手にしているんです。あれでずどんと一発やればいいだけですからね。
この近距離なら、特に狙わずとも身体のどこかに当てることくらいは難しくないでしょうし。
それをしないということは、やはり彼は本心からその人を見つけようとしていると考えて間違いはないようです。
しかし、それならばなぜ彼はこの場にいない者を探そうとするのでしょうか…?
古泉は青年の思惑を推測する。とりあえず思いつくのは二つのケース。
一つは、彼が何らかの理由でまだ名簿を見ていない場合。
もう一つは、名簿の既未読に関わらず、彼が『ミラ』をこの島にいると勝手に思い込んでいる場合。
一体、どちらなんでしょう? 前者ならともかく、後者の場合はちょっと厄介になりそうですね。
先刻銃を振り回していたときの恐ろしいまでの形相を思うに、彼は思い込みが激しい―もっと言えばごく近視眼的で視野の狭い人間のようです。

それに加えて狙撃銃の所持、見たところ戦闘経験も十分にありそうなことを加味すると、下手に刺激するのはまずいかもしれません。
ただ、主催者打倒を掲げていることを思えば、決して味方になりえない訳ではないでしょう。
あれほど高い戦闘能力。上手く恩を売って仲間にすれば、こちらの人探しが容易になるかもしれません。
古泉は、とりあえず『ミラ』の名が名簿に無いことをこの場で指摘することは止めることにした。
…それを指摘して向こうの逆鱗にでも触れることがあれば、その瞬間に僕の命はお終いですからね。
「とにかく、一旦どこかの部屋に行きましょう。傷の手当てをした方がいいですから」
相手を肩に抱いたままずるずるとホールの脇に延びる廊下を歩く。
突き当たった端に物置のような小さな部屋を見つけ、人の気配がないのを確認してそこに入った。
室内は様々なガラクタがうず高く積まれ、お情け程度に敷かれた灰色の絨毯には一面にうっすらと埃が積もっている。
かび臭いそこに眉をひそめながら、運んできた相手を床に座らせると、古泉は室内をぐるりと見渡した。
窓に近づき、そこに掛けられた色褪せた薄手のカーテンを力任せに引き裂く。細長い短冊状になったそれを、青年に手渡した。
「もっと使えるものがあるかと思ったんですが、ちょっと見つかりませんね。…とりあえずこれで止血してください」
青年は渡された布きれを手に取ると、痛みに顔をしかめながらペットボトルに入った水を傷口にばしゃばしゃと掛けた。
流れ出る血が、汚れた絨毯に染み込んでいく。青年は撃たれた腿に器用に布を巻きつけると、端をぎゅっときつく縛り上げた。
「く、い、痛…っ」
苦悶の表情で歯を噛み締める彼の、そのすぐ隣の床に無造作に置かれた銃をちらりと見て古泉が言った。
「少し眠った方がいいですよ」
「そんな、で、できません。だってミラが…」
心底心配そうに言うその言葉に、古泉はにこりとして答えた。
「大丈夫ですよ。僕がちゃんと見ていますから。もし彼女を見つけたら、すぐに貴方を起こしてしらせます」
「でも…」
言い淀む相手に、古泉は駄目押しとばかりに言葉を重ねる。
まずは彼にある程度の回復をさせねばならない。この傷で共に城を出るのでは、手駒として使うどころか足手まといになってしまう。

彼の怪我が最低限治まったら、ここを脱出して長門さんを探しに行く。『ミラ』については、道中で適当に話を合わせておけばいい。
わざわざ自分から彼を襲ってまであの銃を奪うつもりはない。
そんなリスクの高い賭けをしても得られる物は少ないし、そもそも自分には人を殺傷できるに足る銃撃の腕がない。
あんなに巨大な銃だ。自分などではまともに扱うことさえ不可能だろう。その点、彼がいれば使用者には困らない。
銃単体ではなく狙撃手ごとを己の武器に出来れば、あるかどうかも分からない包丁などを探すより、より高確率で戦闘能力を高められる。
強い者の利用と操縦。それこそが、今の自分に実行できる数少ない生き残るすべだ。
「その怪我でミラさんを守れるんですか? 貴方には休息が必要ですよ」
「でも……」
眼前の彼が放った単語は二度とも同じものだった。だが、それを口にした時の表情は一度目と二度目で真反対に豹変していた。
刹那、青年は脇に置かれた銃を神速のスピードで抱えると、至近距離で銃口を無機的に古泉に向けた。
引き金に掛けた指に力が込められる。
――ダンッ!
鋭い銃声が狭い室内に響く。一瞬の後、古泉は業火の塊が炸裂したようなひどい激痛に襲われた。
恐る恐る目線を己の左肩へと向ければ、禍々しい穴がぽっかりと口を開け、そこからだくだくと勢いよく血潮が噴出していた。
傷付けられたそこがひくひくと脈打ち、抉れた肩口からは白い骨がうっすらと覗き見られた。
痛覚と視覚と、言い換えれば肉体と精神との双方に巨大すぎるダメージを与えられて、古泉は獣のように咆哮した。
「いっ……ぐ、あぁーっ!」
流れる血液が袖を伝って服全体を色濃く染め、弾け飛んだ肉片は薄汚く床へと飛散する。
弾丸によってごそりと掬い取られた肩の肉は随分に多量で、溢れ出る血はそれにも増して多い。
血脈が律動する一度一度に合わせて痛みが波のように押し寄せ、同時に古泉から残る意識を奪い去ろうとしていく。
地獄の拷問もかくやという苦痛はむしろ気絶した方が幾分マシに思えたが、今この場で気を失うのは死を宣告されたも同然だった。
微かに残った意識を全て一点に動員させて、唇の端を固く歯で噛み締める。そうすることで、消えそうになるそれを何とかこちら側に繋ぎ止める。
(まずい……です…ね)
顔面の筋肉を引きつらせながら、必死で生の糸に縋り付く古泉の姿は気にもとめず、青年は急ぎ足で部屋から出て行った。
無感動な、それでも何かを決意したような声で台詞の続きを呟きながら。
「でも、それでも俺は…ミラを守らなきゃいけないんです…」

【残り85名】
【G-4/城の中/1日目・07:30】

【アーヴィング・ナイトウォーカー】
[状態]:情緒不安定/修羅モード/腿に銃創(止血済み)
[装備]:狙撃銃"鉄鋼小丸"(出典@終わりのクロニクル)
[道具]:デイバッグ(支給品一式)
[思考]:主催者を殺し、ミラを助ける(思い込み)


【古泉一樹】
[状態]:左肩に銃創/意識朦朧
[装備]:なし
[道具]:デイパック(支給品一式) ペットボトルの水は溢れきってます
[思考]:長門有希を探す/怪我の手当て

2005/05/11 修正スレ93-94

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