作:◆J0mAROIq3E
見れば見るほどに怪しい集団だった。
初対面から大物口調の少年。
この状況で欠片ほどの物怖じも見せずにこちらやスィリーをじっと見つめる少女。
そして。
(……人間か? いや、こうなんつーか……誰かに似てるような……)
まぁ自分が会った人間の中でそこまで極端におかしいというわけでもない。
そう結論付けられるのが悲しいが、とにかく普通の巨人だ。
「さてオーフェン君とサッシー2君」
「スィリーって名前、気に入ってるんだホントに。もう呼吸の1.3倍の回数ぐらい言った気がするが」
「いいからお前は黙ってろ」
掴んでデイパックの中に放り込むと小うるさい声は聞こえなくなった。防音効果は高いようだ。
「……さて、オーフェン君改めサッシー2君」
「ちょっと待て。何で俺がそんな聞くからに珍獣的な名前を継承せにゃならんのだ」
「何故だろうね詠子君」
「うーん。その人はサッシーっていうより栓抜き付き回転振り子ガニさん……ん、あれ?」
「何かねその詠子君らしからぬ壊滅的ネーミングセンスは」
「どうしたんだろうねぇ。なんだか一瞬そう言う風に見えたんだけど」
こちらを無視してそんなことを言い合っているが。
(おいおい、こいつどっかの執事の妹か何かか……?)
赤紫斜め以下略はちゃんとした生き物だが栓抜以下略はキースの創作だったはずだ。
トトカンタに舞い戻ったような錯覚は、頭痛しかもたらしてくれなかった。
「というわけで我々は北西の市街地へ向かうところだ」
「人の集まるところなら仲間もいるだろうってことか。だがその分殺人者も多いぜ?」
殺人者。かつて人を殺した自分が言うのも滑稽だが。
だが佐山という少年は軽く頷く。
「承知の上だ。しかし我々のように、この島にいる限り出会うときは出会う。
ならば少しでも仲間のいそうな場所を探したい。私の探す人物ならば野外より屋内を選ぶ気がするのだよ」
納得できる考えだ。
このゲームに放り出されてここまで冷静に考えられるのが怪しいと言えば怪しいが。
「“二つ目の刀子”さんはどうするのかな?」
「ああ、俺は……あ? 何だって?」
「ドキワク詠子君の本性解読コーナーだよ。知らないのかね?」
「知らん知らん。大体なんだよ二つ目って」
言いながらも警戒心は強まる。
詠子という少女は何故自分が二つ目、継承された者だと知っているのか。
この手の人間に理屈を求めても無駄ということは分かっているが、変人対策の警戒というものもある。
その警戒を最大出力で向けている巨人は、何かを堪えるようにプルプル震えながらオーフェンを睨んでいた。
とりあえず話し掛けると何か危なそうなので二人の方に向き直る。
「探してるのは鞘の人かな、それとも研ぎ石の人かな? あまり刃物としてスマートな生き方はしてないみたいだけど」
「まぁ、そこら辺は自覚してんだけどな。その場その場を何とか切り抜けてるだけだし」
「あ、私はそういう生き方が嫌いじゃないよ? 生きることに頑張れる人が物語を作っていくんだからね」
分かるような気もするが、よく分からない。
だがこちらをそこまで危険人物と見なしていないということだけは、何故かよく分かった。
「……まぁいい。それなら俺も付いていくとするさ。
こう見えて腕は立つ方だと自負してる。お互い、信頼するかどうかはこれから次第だろ?」
この二人と組んでいるならば巨人もあからさまにやばい人間ではないのだろうとオーフェンは判断した。
「ふむ。確かにこちらは負傷した婦人、尊ぶべき女子高生、平和の使者、と戦力面が不足している。
目つきと口が悪くそこはかとないチンピラ臭が漂おうとも、協力者は有り難い」
「……あんた地獄に堕ちろって言われたことないか?」
「あるとも。私に嫉妬しての言葉を禁ずるのは酷だが――見苦しいことだね」
やっぱやめようか。そう思い、しかし一つ大事なことを聞き忘れてたことに思い至る。
「ちなみに俺の探してるのは二人。マジクとクリーオウっつう金髪の小僧と小娘。あとはコミクロンって奴なんだが……」
「……マジク? マジク・リン?」
「知ってるのか!?」
期待していなかったが、意外と早く合流できるかもしれない。そう思い詰め寄る。
「それは……」
何事もズケズケと言いそうな佐山が言い淀むことに違和感を覚え、
目の前に巨大な拳が迫っていた。
「……うぉっ!?」
慌てて地面を転がり回避。
「小早川嬢!?」
咎めるような佐山の声に心中で嬢はないだろと突っ込み、体勢を整える。
即座に魔術構成を展開。迫る巨体を迎え撃った。
「我は紡ぐ光輪の鎧!」
嫌になるほど弱まった光の網が前方に展開。
拳相手にはそれでも十分すぎると思ったが、現実はギリギリ相殺に留まった。
「おのれ面妖な! 危うく黒髪黒目に騙されるとこであったが所詮は夷狄であったかっ!」
「小早川嬢、落ち着いていただきたい。彼に敵意はない」
若干の焦りを含んだ佐山の声。彼にとってもこれは予想外だったようだ。
それに巨人は荒い鼻息で答える。
「敵意があろうとなかろうと、毛唐に手を貸すのはあたくしのヤマトダマシイが許さなくってよ!」
「ワケ分かんねぇこと言ってんじゃねぇ! 年増のヒスほど傍迷惑なもんはねぇぞ!」
その言葉に巨人は耳を疑うように動きを止め、大きく息を吸い、大地を踏みしめ、
「をーーーーーーーっほっほっほっほ! 正体を現しましたわね野蛮な毛唐!
ならばならば神国ニッポンの具現としてこのあたくしが直々に鉄槌を喰らわしてさしあげましてよ!!」
再びその左拳が砲弾のように放たれた。
(タイプとしちゃジャック・フリスビーと同じか……!)
拳だけで人を潰す怪人の姿は、今の小早川奈津子とぴったり重なった。
半身だけずらしてその巨体に密接。拳を静かに腹部に置いた。
軽く押すと反抗するようにその脂肪に覆われた腹が押し返される。
その直後に響いた炸裂音は純粋に強烈な踏み込みの音だった。
寸打。
至近距離最強の体術は巨体をも後方に飛ばした。
(ちっ、どういう体してやがる!)
返ってきた感触から決定打には成り得なかったことは明白だった。見た目以上に腹が分厚い。
こういった問答無用に理不尽な存在には覚えがある。誰に似ているのか、思い出した。
(ああそうか……元締めと同郷だなこいつ)
嫌な予感がしたはずだった。
「をーーっほほほほ! その程度であたくしを仕留めようなど片腹痛し水虫痒しぅげほっげはっ!」
「いや無理すんなよ」
思わず半眼で告げる。
何だかよく分からないが、悪人ではないにせよ極端に偏った思考を持っているらしい。
捻れた信心の恐ろしさをキムラックで散々経験しただけに、オーフェンの背には汗が滲む。
一通り咳き込むと、奈津子は意外に俊敏な動きで横に飛んだ。
それを目で追った先には、
「……着ぐるみ?」
最初から目に入ってはいたが、中に誰かいるわけではなさそうなので放っておいた着ぐるみ。
それを奈津子は手早く装着。
「げに恐ろしき南蛮人を屠って帰還するため……お父様、奈津子は鉄仮面さえ被ります!」
最後に頭部を下ろす。
「ふもーーーーーっふもっふもっふもっ!!」
何故か声が変わり、シルエットが一回り大きくなり、それでも鈍ることなく接近。
「……なんかなぁ。やる気削がれるよなぁこれって」
肩を落とし、ともあれ生命の危機に違いはないので魔術を編む。
「我は放つ……光の白刃っ!」
白光が視界を塗りつぶす。
殺す程の出力は出そうとしていないが、手加減もしていない。
弱まってはいるものの、常人なら吹っ飛んでくれる程度の威力は出た。
しかし。
「ふもーーーーーっふもっふもっふもっ!!」
晴れた視界には着ぐるみ。
「我は築く太陽の尖塔!」
火柱……とまではいかない熱波が噴き上がる。
「ふもっふもっふもっふもっ!」
陽炎の中に悠然と着ぐるみ。
「我導くは死呼ぶ椋鳥」
「ふもーーーーーーーっ!!」
大樹に亀裂を生む衝撃波の中を歩いてくる着ぐるみ。
見ると佐山と詠子は姿を消している。奈津子の暴走に見切りを付けたらしい。
「……我は駆ける天の銀嶺」
逃げた。
重力中和で跳び、小屋の屋根の上へ。
続いて木へと乗り移り、森の深い方――北東へ跳んでいく。
逆戻りになるが仕方がない。
「ふもっ、ふもっーーーー!!」
逃がすものか、とでも言っているのだろうか。
だがその鳴き声は少しずつ方向を違え、オーフェンよりやや東寄りへと消えた。
(ったく、ようやく曲がりなりにも協力者が出来そうだったっつーのに……)
デイパックがごそごそと動く。そういえば“これ”も協力者と言えるのか。
嘆息した。
その先に佐山への問いの答えが待っているとも知らず。
「それで、良かったのかな?」
「右や左に翼を持った人間は少々厄介だからね。やむを得まい。
……オーフェン君は良識派のようだったがね。残念だ。また会えればいいのだが」
詠子を腕に抱え、佐山は当初の予定通り北西へと走っていた。
「“正義の断頭台”さんはきっと犠牲を当然のものと考えるからね。結果的には良かったのかも」
「断頭台で正義ときたか。確かにギロチンは確かに囚人が苦しまないためのものだが」
苦笑して、奈津子が追ってこないのが分かると速度を落とした。
「……抱っこしなくてもいいと思うんだけどな」
微かに拗ねたような口調で詠子が言うと、佐山は静かに下ろした。
「申し訳ない。だがこちらの方が速いと判断してのことなので許してほしい」
「うん、許すけどね」
微笑み、南東を振り返る。
(あれは、すごかったな)
“二番目の刀子”オーフェンを思い出し、笑みを深める。
叫ぶ前に展開した複雑な模様。それが生み出す効果。
あれこそ魔術・魔法と呼ぶに相応しい幻想的なものだった。
(できれば一緒に行動したかったなぁ……残念)
本当に少しだけ残念そうに眉を下げると、佐山の方を向いた。
「じゃあ行こうか、物語を探しに」
「ああ。……待っていたまえ新庄君。少し待ちたまえ風見。去れ出雲」
大きく頷き、市街地へと歩き始める。
【E-5/北東の森の中の小さな小屋の外/1日目・7:58】
【残り85人】
【オーフェン】
[状態]:やや疲労。行動には支障なし。
[道具]:支給品一式(ペットボトル残り1本、パンが更に減っている) 獅子のレリーフ スィリー
[思考]:マジクとクリーオウの捜索、仲間を集めて脱出(殺人は必要なら行う) 北東へ。
※放送を冒頭しか聞いていません。
【佐山御言】
[状態]:健康。全力疾走でそれなりの疲労。
[装備]:Eマグ、閃光手榴弾一個、メス
[道具]:デイパック(支給品一式)、地下水脈の地図
[思考]:1.仲間の捜索。2.地下空間が気になる。北西へ。
【十叶詠子】
[状態]:健康
[装備]:魔女の短剣、『物語』を記した幾枚かの紙片
[道具]:デイパック(支給品一式)
[思考]:1.元の世界に戻るため佐山に同行。2.物語を記した紙を随所に配置し、世界をさかしまの異界に
【小早川奈津子】
[状態]:右腕損傷。殴れる程度の回復には十分な栄養と約二日を要する。
[装備]:コキュートス / ボン太君量産型(そして再び装着。やや煤けた)
[道具]:デイバッグ一式
[思考]:1.竜堂終と鳥羽茉理への天誅。2.傷が癒えたらギギナを喰らい尽くす。美しくない異国人は敵。
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第281話 | オーフェン | 第288話 |