作:◆5KqBC89beU
うっかり相談したのが間違いだった。ベルゼブブは、盟友の不幸を悲しむより先に、
笑顔で現状分析を始めた。もう四時間以上ずっと、ややこしい仮説を語り続けている。
「あのアホを黙らせてくれっ」とバールに泣きついたら、無言で耳栓を贈られた。
最終的に、「ああもう嫌や、堪忍やぁ!」と叫んだあたりで目が覚めた。
夢を見ていたようだったが、内容は忘れてしまった。
(ええと、なんやったっけ……)
眠い。まぶたが再び閉じそうになる。災難にあった記憶が、脳裏をよぎった。
……その記憶は、夢だったのか現実だったのか。まだ頭がぼんやりしている。
「―〜―〜―〜―っ!!!!」
無意識に姿勢を変えようとして、激痛で涙が出た。声も出せないほど痛かった。
けれど、そのショックで頭が冴えた。そして同時に、違和感に気づいた。
違和感の正体を探るべく、息を殺して、静かに集中する。
『……? ……ッ……!』
何か聞こえる。声だ。人の声か。他にも物音が聞こえる。誰かいるのか。
(反響で、何を言うてるのか分からへん。俺が居るって事はバレとるか?)
声はダクトの中から聞こえている。別の部屋の音が、ダクトを伝声管がわりにして
届いているようだ。そういう具合の反響だった。
どうやら少人数の集団らしい。声の雰囲気からして、今すぐ殺し合いを始める
ような気配は無い。こちらを発見していないのか、もしくは罠か。
音をたてないよう注意しつつ探知機を取り出し、確認する。画面中央に光点が一つ。
自分以外の反応が無い。50メートル以上、相手と離れているようだ。
この探知機は、呪いの刻印そのものを探知する、と説明書に書いてあった。
説明が本当なら、刻印を解除する以外に、参加者が探知を無効化する方法は無い。
(このまま隠れてやりすごすか?)
自分は今、普段の力を出せず、武器を持っておらず、おまけに負傷している。
相手は複数で、ひょっとすると、もっと多くの仲間がいるかもしれない。
この状態でケンカを売っても、まず間違いなく勝てまい。
交渉して仲間になる、という選択肢もあるが、ハイリスクだ。様子を見たい。
(今んとこ、考えるくらいしか出来る事あらへんなぁ)
仕方がない。とりあえず、今後の方針を再考してみる。
(最終目的は生き残る事……必須条件は刻印の解除やな)
その為の方法は二つ。他の参加者全員を死なすか、自力で解除できる参加者を
探し出すか。ちなみに、自分自身だけで解除するのは無理だ。
オカルト関連の知識は有る方だが、戦闘以外の技術は専門外なのである。
(ううむ、「最後の一人は解放する」って約束、ほんまかどうか微妙やしなぁ)
情報が足りない。不確定要素が多すぎる。分からない事だらけだ。
ふと時計を見る。七時半を過ぎていた。なんと、放送を聞き逃している。
少しだけ後悔したが、疲労回復が必要だったのも確かだ。反省はしない。
(そういや、そもそも俺の存在自体が最大の謎やったっけ)
考えても答えが出ないので、あえて考えないようにしていた問題だった。
けれど、ヒマ潰しには良いかもしれない。
(『オリジナルの俺』は死んどる。そのコピーやった『悪魔の俺』も消滅しとる)
そして気がつけば何故か生き返っており、この戦いに参加させられていた。
(両方の『俺』から記憶と人格を継いどる『今の俺』は、たぶん三人目か)
いや、この認識さえも、本当に真実だとは限らない。疑おうと思えば疑える。
(あるいは『今の俺』は、『俺』やないのかもしれへんなぁ)
だが、もしも全てが幻だったとしても――それでも。
(ああ、それでも俺、やっぱり死にとうないなぁ)
改めて、やりたいようにやろう、と決める。今さら生き方は変えられない。
少し気分が落ち着いた。すると、唐突に疑問が浮かんだ。
(……ん? あれ? もしかして主催者って、死者の復活が出来たりするんか?)
今さら気づいた。他ならぬ自分自身が、文字通り「生き証人」だというのに。
(いやいや、でも『今の俺』って、ほんまに『俺』かどうかも怪しいしな)
よく似た別人を造る術ならば、反魂法でもネクロマンシーでもない。別の術だ。
(せやけど、ほんまに本物の復活かもしれへん……)
一応、探ってみるだけの価値は有るだろう。ハイリスクだが、ハイリターンだ。
(ふむ、あとは……やっぱりカプセルを探さんとな)
この島の中で、カプセルが有るとすれば、どこだろうか。ゆっくりと考える。
例えば、自分と同じ世界から呼ばれた三人は、きっとカプセルを探しているだろう。
(他の参加者よりは、入手しとる可能性が高そうやな……接触するか?)
接触するなら、相手からこちらに近づくよう、仕向けるべきだろう。
(そうやな……「物部景の名を騙ってメッセージを送る」とか)
これならば、三人全員が無視できない。物部景は、己の偽物をどうにかする為に。
甲斐氷太は、物部景と戦う為に。海野千絵は、仲間と合流する為に。
それぞれが、それぞれの理由で動くだろう。結果的に彼らを欺けずとも、
何らかの流れを作る「きっかけ」くらいには、なるはずだ。
(……俺、ちょっとバールやベルゼブブに似てきたか? なんか嫌やなぁ)
朱に交われば赤くなる。昔の人は、よく言ったものだ。
(さーて、これから、どないしようか……)
【B-3/ビル2F、階段を左に行った奥から二番目の部屋/1日目・07:55】
【緋崎正介】
[状態]:右腕・あばらの一部を骨折。それなりに疲労は回復した。
[装備]:探知機(半径50メートル内の参加者を光点で示す)
[道具]:支給品一式(ペットボトル残り1本)
[思考]:カプセルを探す。生き残る。次の行動を考え中。
※緋崎正介(ベリアル)は、六時の放送を聞いていません。
2005/04/30 修正スレ63
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