作:◆69CR6xsOqM
焚き火を囲んで簡潔に情報交換するカイルロッドと淑芳。
「そ、そのリリアとアリュセという人はカイルロッド様にとってどういう方ですの?」
「ん?ああ、彼女たちはウルト・ヒケウ…といってもわからないか。
俺たちの世界の術者の中で頂点にたつ者の称号を持っているんだ。
彼女たちか、フェルハーン大神殿の大神官だったイルダーナフならこの刻印について
何か答えが出せるかも知れない」
カイルロッドは自分の右手に浮かび上がっている刻印をじっとみつめた。
「そういう意味ではなかったのですけど…」
淑芳は呟くが、カイルロッドの口調からそういう関係の相手ではないらしいと知って少し安堵する。
「この刻印に使われている術法はわたしたちの扱うものとは全く系統が違うようです。
確実なことは言えませんがヨーロッパ世界の魔法に近いものかと……
ああ、ここに老師か太白さまがいらっしゃったら…」
「わからないことを論じても仕方ないでしょう。
今はこれからどう動くべきかを考えましょう。
このままここでじっとしているわけにもいきませんし」
陸に言葉をさえぎられ、淑芳はムッとするが特に反論もせずに地図を取り出した。
カイルロッドもまた地図を見つめる。
「俺たちが今いるところが、このB-8あたりらしいな。
近くに人が集まりそうな場所は――港か灯台くらいか。……灯台には近づきたくないけど」
「何人かは森の中に潜伏している可能性もありますわね。
しかしここは危険を承知で人が最も集まりやすい市街地に移動するべきでしょう。
敵に遭遇する危険が大きくなる代わり、味方に出会う可能性も高くなります。
それに人に出会えば情報を手に入れることができます。今わたし達に必要なのはまさに情報です。
ハイリスク・ハイリターン。虎穴に入らずんば虎児を得ず、ですわ」
力強く言い切る淑芳。しかし小さくその拳は小さく震えていた。
『なにより、ここにいても麗芳さんたちには会うことはできないわ。
大丈夫。カイルロッド様も頼もしいし、麗芳さんたちと会うまで……』
「見た目に似合わず、意外にハイカラな言葉を知っていますね。
とはいえ、私も同意見です。どうしますかカイルロッド?」
「うーん…」
カイルロッドは地図を熱心に見つめ、身体がだんだん前のめりになっていく。
地図はカイルロッドの身体の正面に固定され、そのすぐ後ろには焚き火の炎が…。
「あ、あの…カイルロッド様。そんなに火に近づくと地図が燃えてしまいますわ」
「え?ああ、ごめん……って、うわあ!」
なんとすでに地図の端に火が燃え移ってしまっていた。
慌ててカイルロッドは飲料水を取り出す。
「あ、カイルロッド様!それくらいでしたら、貴重な水を使わなくとも…」
時遅く、カイルロッドは水筒の水を地図にぶちまけたあとだった。
「ああ、水が…」
「これでなおさら市街地へ赴かねばならないようですね…」
池や湖もこの島には存在するようだが、毒を混入されている可能性を考えるとおいそれと口にする気にはなれない。
カイルロッドはようやく己の失敗に気付き、びしょ濡れの地図を摘み上げながら意気消沈する。
「ご、ごめん」
「仕方ありませんわ。それよりも地図を乾かしましょう、着物に水がかかってはいませんか?」
淑芳はカイルロッドの世話を焼こうといそいそと傍に近寄る。
『前言撤回。少し頼りがいに欠けるようですわね。
でも少々頼りない殿方のお世話を焼くというのも、これはこれで母性本能を刺激されますわ♪』
以前自分が彩芳と名づけた少女の世話を焼いたときと同じような感覚を淑芳は思い出す。
「大丈夫だよ、これくらい自分でできるさ」
「まぁまぁ、遠慮なさらず……あら?」
淑芳はカイルロッドの地図に異変が起きていることに気付く。
カイルロッドと陸も遅れてそれに気が付いた
地図は二層構造になっており、水に浸すことで隠された地図が浮かび上がる仕組みになっていたのだ。
一変した地図を二人と一匹で囲んでまじまじと見つめる。
「これは……地下空洞?」
「おそらく…地底湖や水路などが描かれてますからね。
海と繋がっている部分もあるようです…怪我の功名という奴でしょうか」
「この海洋遊園地の地下にある格納庫というのは何だ?」
「それは、やはり倉庫や武器庫と書かずに格納庫というからには…
それなりに大きな物が格納されているのでしょうね。武器か…乗り物か…」
「もし先にこれを発見できれば、他の参加者よりも立場的に有利に立てるかもしれませんわ。
主催者がわざわざ隠すくらいですもの。気付いた者勝ちで有効なアイテムを用意しているやも…」
それを見て興奮する淑芳だが、そこに陸が水を差す。
「殺し合いを強制するような主催者が用意したものですよ?
格納するものといえば、私どもの世界では兵器と相場が決まっていたものですが」
それを聞いて黙り込む一同。
しばらく沈黙が続き、カイルロッドが口を開いた。
「いこう。もし有効なものがあるならば利用する。
もしそれが、破壊にしか使えないようなものなら他の参加者に利用される前に破壊する。
仲間を探すよりも、こちらが先決だな。それにもしかしたら道中で出会えるかもしれない。
今は05:38。ゲームが始まってまだ6時間も経っていないし、これに気付いたのは俺たちが最初だろう。
島の反対側になるけど急げば間に合う」
デイパックを背負い立ち上がる。
淑芳もそれをおって立ち上がった。
カイルロッドの決意の表情に頬に朱を浮かばせる。
『普段は少し頼りなくとも、決めるべきときには決める。
ああわたしの見込んだとおりの方ですわ』
麗芳探しが後手にまわるのは残念だったが、もし地下に隠されたものが兵器で、
麗芳がその毒牙にかかってしまったらと思うと淑芳に否やはなかった。
「それでどこから進入しますか?地図によると進入路はいくつかあるようです。
C3の商店街、D4の石碑の他にもB7の湖、H1の神社、H4の洞窟…そして件の海洋遊園地ですわ。
ちなみにどこも隠し扉になっているようですわね。
見ただけではおいそれと分からないようになっているみたいです。
一番近いのはB7の湖ですけど…」
「地図によると水の底だな。潜っていってもいいけど、淑芳もいるし濡れるのはマズイ。
水の中だけあって探すのに手間取るかもしれないしな。
ここはまっすぐ地上から海洋遊園地に向かおう。
危険はあるが、仲間に出会えるかもしれない。淑芳がさっき言ってたとおりにね」
淑芳は頷き、カイルロッドの手を取った。
「あなたに命を預けますわ。カイルロッド様…わたしを守ってくださいね」
カイルロッドは少しビックリしたようだが、頷き手を握り返した。
「ああ、大丈夫だ。」
『もう誰も…ミランシャやパメラのようにはさせない!』
『きゃー!きゃー!やりましたわ♪これでカイルロッド様とは相思相愛♪』
少し思いに食い違いのある二人だった。それを呆れたように見ていた陸は溜息をつく。
「どうでもいいですけど、方針が決まったのならば出発しませんか」
この時、カイルロッドは少し待つべきであったかも知れない。
彼らが経ったすぐ後に、リリアが難破船に立ち寄ったからだ。
しかし運命の女神は少し微笑むように彼らのすれ違いを容認した。
そして6:00の放送で淑芳は星秀の死を知ることになる。
その時、誰にも見咎められず彼らはF2の位置まで進んできていた。
知り合いの名前がないことに安堵していたカイルロッドと陸。
しかし振り返ると放送を聴いて膝をつく淑芳がいた。
「大丈夫ですか、淑芳」
「知り合いが…いたのか……」
淑芳は袖を目に当てて涙を拭っている。
「…はい。あの人は神将にしては頭が悪く、軽薄で威厳のかけらもございませんでしたが
このような場所で死んでいい人じゃなかった…。
ああ、なんてことでしょう…仮にも神将を勤めるほどの手練れのはずでしたのに…
大方、わぉ美少女発見!とか何とかいってホイホイついていった挙句、
一服盛られてジタバタしてる間に背中をぐさりとやられてしまったのでしょうけど… 」
一応、淑芳は本気で哀しんでいる。
何とも気まずい雰囲気が流れたが、その時カイルロッドが前方に井戸を発見した。
「淑芳。今は深く考えないほうがいい。
そこに井戸があるから少し顔を洗うなり、身体を拭くなりしてきたらどうだろう?
俺たちは周囲に誰かいないかどうか見回ってくるから、な、陸」
「はい、貴女には休息が必要です。
何かあればすぐに駆けつけられる位置にいますから、ゆっくりと自分を落ち着かせてください」
「お二方ともありがとうございます……ではお言葉に甘えさせて頂きますわ。
あ、カイルロッド様とならご一緒に身を清めてもいいのですけれど……ぽ」
それを聞いてどきまぎするカイルロッド。顔を真っ赤にして慌てる。
「い、いや、遠慮しとくよ。さあ、陸。いこう!」
そういってさっさと走っていってしまった。
陸も遅れてカイルロッドの後を追う。
『これだけのしたたかさがあれば余り心配することもなかったかもしれませんね』
陸は溜息をついた。
【F-2/井戸の前/一日目、06:25】
【李淑芳】
[状態]:健康
[装備]:なし
[道具]:支給品一式。雷霆鞭。
[思考]:井戸の水で身を清める/海洋遊園地地下の格納庫にある存在を確認する。兵器ならば破壊
/雷霆鞭の存在を隠し通す/カイルロッドに同行する/麗芳たちを探す
/ゲームからの脱出
【カイルロッド】
[状態]:健康
[装備]:なし
[道具]:支給品一式。陸(カイルロッドと行動します)
[思考]:井戸のの周りを見回る/海洋遊園地地下の格納庫にある存在を確認する。兵器ならば破壊
/陸と共にシズという男を捜す/イルダーナフ・アリュセ・リリアと合流する
/ゲームからの脱出
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