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第259話:その瞬間はこともなげに

作:◆1UKGMaw/Nc

「なんだ、お前は」
「お前こそなに」
 ウルペンの問いをハーヴェイはそのまま返した。
「ウルペン」
「……ハーヴェイ」
 お互い名乗る。恐らく、数分後には意味のなくなる名乗りを。
 この場に辿り着いて最初に目にしたのは、男が少女に長槍を振り下ろそうとする場面だった。
 とっさに撃った。
 撃ってから倒れた少女がキーリではないことを確認したが、まあいい、対応としては間違ってなかったはずだ。
 もしもキーリだったらと思うとぞっとする。
 一度分解して乾燥させたのが功を奏したか、炭化銃は通常通りの効力を発揮してくれたようだった。

「あんた……殺し合いに乗ってんの」
 ハーヴェイの問いに、ウルペンの口元が僅かに釣り上がる。
「そうだ……だが、よくよく邪魔が入るものでな。まだ一人も殺してはいない」
 じりじりとすり足で立ち位置を移動させる。
 リリアから離れるように。行動の障害になるものから離れるように。
 ハーヴェイの持つ炭化銃の銃口も、それに合わせて移動していく。
「でも、そのうち誰か殺すわけ」
「そうなるな」
「……あっそ」
 その呟きを終えると同時に引き金を引くつもりだった。
 だが、その呟きが始まるかどうかのタイミングで、ウルペンは地を蹴った。
「っ!!」
 慌てて銃口をポイントしようとするが、その時ハーヴェイの視界の隅に不自然に煌く何かが映る。
 戦場で培った第六感がブランクにもめげずに警報を発令。
 照準を早々に諦めて横っ飛びに跳躍する。
 同時に、ハーヴェイのいた位置を銀色の念糸が薙いでいた。

(なんだ、こりゃ!?)
 地面を転がって起き上がったハーヴェイは驚愕する。
 ウルペンの身体から、倒れた少女の背後を経由して死角へ回り込むように、銀色の糸が伸びていた。
(これに気づかせないために、あの子から離れたのか)
 役目を終えたかのように消失する糸を横目に、ウルペンの狡猾さに舌を巻く。
 そのウルペンは今の隙に走る軌道を変え、真っ直ぐにハーヴェイに向かって突進して来ていた。
 二人の距離は僅かにあと数歩。
「よくぞかわした!」
 叫びつつウルペンが長槍で突いてくる。
 ハーヴェイはそれを何とか回避したが、ウルペンの攻撃はそこで止まらない。
 長槍を短く持ち、突き、薙ぎを織り交ぜて、ハーヴェイに付け入る隙を与えない。
「……このッ」
 接近戦で銃を持っていても不利なだけだ。
 仕方なく炭化銃を捨てて、腰の後ろに手を伸ばし――

「――ッ!?」
 ウルペンが初めて表情を歪め、一歩後退した。
 二の腕の黒衣が裂かれ、赤い線が見えている。
「ほう……お前もナイフを使うか」
「それなりに。ナイフファイティングは久しぶりだけど」
 スペツナズナイフを持つハーヴェイの構えは、まさに軍隊式のそれだ。
 思わぬ好敵手の出現にウルペンの口元に笑みが浮かぶ。
 じり、じり、と微妙に立ち位置を変えながら睨み合い――
「ゆくぞ」
 宣言と同時にウルペンが動いた。
 ハーヴェイは長槍の初撃を回避するため一歩下がって……呟いた。
「やべ」

 ウルペンは前に出るのではなく、後ろに下がったのだ。
 ハーヴェイが下がった分と合わせ、その距離はナイフどころか槍の間合いさえも越えていた。
 銃の間合い。
 ハーヴェイの炭化銃は足元だ。手元にはない。
 ではこの間合いのウルペンの武器は――銀色の糸が、来た。

「ぐおおぉおぉおおッ!!?」
 絡め取られた瞬間、全身の水分が蒸発するような感覚がハーヴェイを襲った。
 急激な脱水症状を起こし、力が抜けて立っていることすら辛くなる。
(まずい!)
 思った時には、ウルペンが目の前まで迫っていた。
 ナイフを奪うと同時に足払いをかけられ、身体が一瞬宙に浮く。
 そのままウルペンはハーヴェイに圧し掛かるように倒れこんだ。
 身体が地面に叩きつけられる重い音と、ハーヴェイの口から空気が漏れる音が同時。
 そのハーヴェイの右胸に、深々と、ウルペンの全体重を乗せたナイフが突き刺さっていた。

「惜しいな。俺にもナイフがあれば、正々堂々一戦交えたかもしれん」
 呟き、ウルペンは立ち上がる。
 まだ微かに息はあるようだが、肺をやられていては遠からず死亡するだろう。
 中断していたリリアのトドメを刺そうと振り返ったところで、目の前に火球が迫っていることに気づく。
「むっ!?」
 寸前で回避し、そちらを見据えたウルペンの視線と、こちらを睨み付けるリリアの視線が絡んだ。
「あなた……なんてことを」
「目を覚ましたか、娘。そのまま寝ていれば楽に逝けたものを!」
 叫びと共に念糸を放出。同時にリリアに向かって駆ける。
 対するリリアは、まだ苦しげな表情をしながらも前方に小さな火球を作り撃ち出す。
 が、あるいは回避され、あるいは念糸で相殺された。
「甘いぞ、娘!」
「くっ…!」
 迫りくる殺意へ向けて再び火球を作り出すが、ウルペンは完全にそのタイミングを見切っていた。
 火球が打ち出されると同時に高く跳躍。
 空中で身を捻って、驚愕の表情を浮かべるリリアの背後に降り立つ。
 そのままリリアの首に腕を回し、締め上げながら吊り上げた。
「か……ハッ……!」
 身長差がありすぎるため、完全に足が地面を離れる。
 と、次の瞬間、「かふっ!」と空気が漏れるような声と共に、リリアの口から血の塊が吐き出された。
「なるほど。どうにも術にキレが無いと思えば、先ほどの戦闘でアバラがイッていたか」
 言いながらもギリギリと締め上げていく。
 落とす締め方ではなく、折る締め方だ。
 首にかかる負荷に、次第にリリアの視界に靄がかかっていく。
(こんなことって……アリュセ…王子……!)
 リリアの手が、何かにすがるように前方に伸ばされる。
 その両の瞳から涙があふれ、そして――

 ――ゴギン

 その音と共に、伸ばされていた手が力なく垂れ下がった。

「いつだって、その瞬間はこともなげに訪れる。悪く思うな」
 脱力したリリアの身体を地面に寝かせ、ウルペンはハーヴェイに歩み寄る。
 そしてナイフを掴み、勢いよく引き抜いた。
 反動でハーヴェイの身体が一瞬跳ね上がる。
「ハーヴェイと言ったか。お前のナイフと……」
 ちら、と炭化銃に視線を走らせる。
 この妙な武器で、ハーヴェイは自分に遠距離から攻撃を仕掛けてきた。
 放たれた何かが当たった場所は、黒く炭化している。
(今後の戦いで使えるかもしれんな)
 念糸使いに念糸で挑むのは諸刃の剣だ。フリウに技量で負けるとは思わないが、念には念を入れたい。
 それに、これなら他の者との戦いでも容易にイニシアティブを取れるだろう。
「……この武器もだ。両方とも、俺が使わせてもらうぞ」
 炭化銃とナイフの鞘を回収し、ずっしりとしたその重みを確かめる。
(だが、ミズーとの再戦では、これは使うまいな)
 当然だ。自分と義妹の最後を、こんなものを使って興醒めさせるわけにはいかない。
 その瞬間を思って一つ身震いし、ウルペンはその場を後にする。
 自らが殺すべき相手を探すために。
(待っていろ……フリウ・ハリスコー、そして我が義妹よ)

 ナイフを抜かれた衝撃で、ハーヴェイは意識を取り戻していた。
 かすむ視界の中に、去っていくウルペンの姿が見える。
 あの男を野放しにするのは危険だと、全身が警報を発している。
 だが、身体は動かない。
 かつて心臓のあった位置に埋め込まれている《核》は、徐々に身体の修復を始めている。
 それでも、肺を貫かれ、重度の脱水症状を起こした身体を動かせるようにするまでは、まだいくばくかの時間を必要としていた。
 ふと、あの少女のことを思い出し、視線だけで辺りを見渡す。
 先ほどとは違う位置に仰向けに寝かせれ、ぴくりとも動かない少女を発見した。
(……助けられなかったのか)
 何とか身を起こし、ウルペンを追おうと必死にもがく。
 だが、いくらもがいても、身体は意思に反してほとんど動かすことができなかった。
 そして、ウルペンの姿は視界の端から消えていった。
(あー、くそ……)
 動くことを諦め、そのまま大の字になったまま空を見上げ、かすれた声でハーヴェイは呟いた。
「……しゃれになんねー」



【リリア 死亡】
【残り87人】
【C-8/港町/1日目・08:15】

【ハーヴェイ】
[状態]:重傷、数時間は動けず(徐々に回復中)
[装備]:なし
[道具]:デイパック(支給品一式/食料・水×2)
[思考]:キーリを探す/ゲームに乗った奴を野放しに出来ない。特にウルペン

【ウルペン】
[状態]:軽傷(二の腕に切り傷)
[装備]:炭化銃、スペツナズナイフ
[道具]:デイバッグ(支給品一式) 
[思考]: 蟲の紋章の剣を破るためにフリウを探す。


備考:G−sp2は放置されました。
   ウルペンは、ハーヴェイが死亡したと思っています。

2005/04/30 修正スレ62

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