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第262話:口先の龍理使い

作:◆J0mAROIq3E

 二階に上がった俺は、まず足を止めて周囲を警戒した。
 新庄にはああ言ったが、わざわざ屋上へ上るのはこちらの理由の方が大きい。
 すなわち、勢いで飛び込んだこのビルに他の参加者がいないか。
 いたとしてそれが平和的な人間ならいいが、俺はそこまで性善説を信奉していない。
 俺がマグナスを取りに行く間に二人が冷たくなっていたら何の意味もないのだ。
 足音をできるだけ立てず、知覚眼鏡をフル稼働しながら廊下を歩く。
 埃や無機的な匂い分子が視界をよぎり、それら全てを無視。
 ドアのごく細い隙間から何か目だった成分が漏れていないか慎重に調べ上げていく。
 覗きみたいだが背に腹は代えられない。
 俺だってごく親しい女性以外を覗く趣味はない。
 ジヴは風呂や着替えを覗くと怒るが、これも愛情表現だと分かってほしいものだ。
 表示を目で追いながらつらつらと愚にも付かないことを考えると、
(……いるな)
 奥から二番目の扉。そこからまだ揮発してない消毒液の匂いが漏れていた。
 だからこそ感じられたこの気配は……俺の方に注意を向けていた。


 さてどうする。
 新庄みたいなぽややん平和主義者なら、まず声をかけてくるだろう。
 殺し合いに乗った賢い馬鹿野郎なら俺が間抜けにもゆっくり歩いてる隙を狙っただろう。
 そのどちらかは分からないが、結構な量の消毒液の匂いと混じる微かな血の匂い。
 怪我をしていてここに身を潜めているのだろう。俺達と同じだ。
 それならば放っておいても危険はないか……いや、そんなわけがあるか。
 声量を抑えたわけでない下での会話は、十中八九聞こえていただろう。
 踏み込んで無力化しようにも、今の俺に戦闘能力は皆無。
 なら……こっちの剣しかないということだ。
「そこにいるお前。こっちに敵意はないから、聞いてほしい」
 我ながら間の抜けた台詞だ。返事の代わりに銃弾が扉を突き破れば俺の命はない。
 一歩横にずれ、それこそ隙間を覗くようにして喋る。ああもう本気で間抜けだ。
「下には俺の他に二人仲間がいる。どちらも積極的に攻撃はしないが、怪我人を仕留める程度の戦力は持っている」
 はったりだ。ミズーは重傷で気絶、新庄は消極的にさえ攻撃できない可能性が高い。
「お互い干渉しないなら、この場でのお前の命は保障する。
 ここから出るなり、そのままじっとしてるなり任せる。だが、変な真似をすれば撃つ」
 わざとらしく撃鉄を起こす音が静かな廊下に響く。
 弾はない。正真正銘ブラフだけの綱渡りだ。
「…………」
 返事はないが、こちらの声は届いているらしく呼吸音が微かに乱れる。

「お前もその怪我で荒事は御免だろう。こっちも他に目的があるから怪我人に構ってはいられない。
 だから……俺達はいないものと考えろ。同意してくれるなら床を二回叩け」
 漏れ出るアンドロステノンの量からすると恐らく男だ。都合が悪い。
 ろくな男に会ったことはないことからも危険度は女の256倍と断定。
 だが怪我は明白なこの男にとっても悪い申し出ではないはずだ。
 脂汗を拭きながら反応か反撃を待つと……コツ、コツ、と確かな音が二つ聞こえた。
 聞こえないように大きく息を吐く。
「……分かった。下の二人は二階に上がらせないから無視してくれ。
 この後階段を上り下りする音が聞こえるだろうが、それは俺だ」
 再びコツ、コツ、と反応。
 かくして急ごしらえの契約は締結された。
 扉を離れる前、一つだけ柄にもない善意が湧いた。
「クエロ・ラディーン。こいつにだけは気をつけろ。死にはしなくてもろくな目に遭わない」
 かつての恋人を貶めるのはひどく無様だが、この状況。
 例えばどこかの馬鹿ならここぞとばかり強者を求めてうきうきしているだろう。
 が、クエロはどうあっても自分の生存のみを念頭に置いて狡猾に動く。
 そのための軽い、牽制とも言えない布石。信じるも信じないも相手次第。
 それは善意とは言えないと、階段を上り始めてから気付いた。

【B-3/ビル2F、階段を左に行った奥から二番目の部屋/1日目・08:35】

【ガユス・レヴィナ・ソレル】
[状態]:右腿は治療済み。戦闘は無理。疲労。
[装備]:リボルバー(弾数ゼロ) 知覚眼鏡(クルーク・ブリレ)
[道具]:デイバッグ(支給品一式)
[思考]:屋上で安全ルートの捜索。傷を悪化させてでも、B-1とD-1へ急行。

【緋崎正介】
[状態]:右腕・あばらの一部を骨折。それなりに疲労は回復した。
[装備]:探知機(半径50メートル内の参加者を光点で示す)
[道具]:支給品一式(ペットボトル残り1本)
[思考]:カプセルを探す。生き残る。次の行動を考え中。
※緋崎正介(ベリアル)は、六時の放送を聞いていません。

2005/04/30 修正スレ58

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