作:◆Wy5jmZAtv6
砂浜で鳳月と志摩子は無言で朝食を摂っていた。
由乃の死を知った志摩子は無言で涙をぽろぽろと零し、
幼馴染にして同僚の死を知った鳳月は海に向かい畜生と泣き叫んだのだが、
今はとりあえず落ち着いていた。
で、彼らの方針だがとりあえずここが禁止エリアとなるギリギリまでとどまって休息する、というものだった。
志摩子にしてみれば憔悴しきった鳳月の姿は見るに耐えないものがあったし、
鳳月にしても志摩子を置いて自分の想い人を探しに行くような真似は出来なかった。
ともかく正午の放送を待って、それから改めて考える・・・例え誰が死んでいてもこの判断に関して後悔はしない、
という約束事も2人は交わしていた。
朝の眩しい日差しに目を細める2人、彼らのの眼前にはさえぎる物一つない砂浜が広がっている、
このロケーションなら奇襲を受ける心配はまず無いし、
狙撃されるような高台も隠れ場所も見当たらない、むしろこの状況で狙撃を受けるなら、どこへ逃げても無駄だろう。
鳳月は薪に使ったボートの残骸を志摩子に示す。
「寝ろよ、あそこなら丁度日陰になるからさ」
「鳳月さんこそ寝てください、私は大丈夫です」
「いや、頼むよ君が寝てないのに俺が寝るわけにもいかないからさ」
つい本音が出てしまう鳳月、一人っ子の志摩子は、そんな彼を見て、
何だか弟が出来たようなそんな不思議な気持ちになるのだった。
そんな妙にほんわかとした時間が過ぎていく、浜辺だったが…
鳳月が浜辺の向こうに目を見張る
「緑麗!緑麗かっ!」
向こうも気がついたようだ…信じられないような速度でこちらに駆けてくる。
あれからの彼女の行動をかいつまんで説明すると
祐巳を介抱している間に地滑りに巻き込まれてしまった彼女、何とか祐巳だけは
安全な場所にとっさに移したが、自分自身は生き埋めになってしまっていた。
「で、何とか脱出してここまできたというわけか?」
泥だらけの緑麗の姿を見て大変だったなあと言った感じの鳳月。
「あと、人身に転生してたので分からなかったが、多分東海青竜王の死体を見つけたぞ、埋葬しておいたが」
「うーん、もう少し粘れなかったのかなぁ?頑丈さだけがとりえなんだからさ」
緑麗の話に苦笑いする鳳月。
「拳銃でズドンだ、あの頑丈な竜種ですら一撃だからな、それがしたちの防御力も相当低くなっているはずだ」
なりは子供でも彼らは破軍星と貪狼星、れっきとした天界の神々の一員だ。
もっとも神々といっても仕組みがちいと違う人間といってもいいので
溺れたり、毒を受ければ死ぬのだが。
「ところで星秀だが…」
知ってる、と顔を背ける鳳月、
「大方わぉ美少女発見!とか何とかいってホイホイついていった挙句、
一服盛られてジタバタしてる間に背中をぐさりとやられたんじゃないのか…」
まるで見てきたような感想を述べる鳳月、ホント最期までバカな奴だよ…そう呟き
また涙をぬぐう鳳月。
「こんどはそちらの話も聞かせてほしい、この夜の出来事を…」
「なるほど…」
お互いの情報を交換し終えた3人、
「では、お姉さまを吸血鬼に変えたのも…」
「その白い服の女だろう」
緑華は祐巳のことはあえて話さずにおいていた。
今の志摩子に話しては却ってトラブルの元になると思ったのだ。
事実気丈に振舞っているが志摩子の心中はいかばかりか…
志摩子は思う…ああ神よ、何故私はこんなに無力なのでしょうか?
由乃が死んだと聞いたときもそうだった…自分の無力が嘆かわしい
もっと強くなりたいと…そのためならば…
その時だった、声が聞こえる…
志摩子は声の主を探す、声は自分の胸ポケットから聞こえてきた。
そこから出てきたのは紫水晶のサークレット、あまりにもきれいなので
ディバックではなくポケットに入れていたのだった。
また声が聞こえる…力が欲しいかと、我を受け入れるならば我は与えん、至高の叡智をと
今度は鳳月と緑麗にもはっきりと聞こえた。
魅入られるように志摩子はサークレットを手に持つ。
【そうだ…それでいい、そなたの肉体を我が心に与えよ】
「体を…あなた…に?」
「力が欲しいのだろう、わたしがかわりにそれを行ってあげると言っているの」
声がはっきりと聞こえてくる、女性の声だ。
【あなたは見ているだけでいい…わたしがかなえてあげる】
志摩子の脳裏にリリアンでの日々、山百合会での楽しい時間がプレイバックしてくる。
【それが全てまた帰ってくるかもしれないのよ?あなた1人の犠牲で…】
たまらず鳳月が志摩子に手を伸ばすが、見えない何かによって弾き飛ばされてしまっていた。
志摩子はサークレットを捧げ持ったままだ…もう声は聞こえなくなっていた。
そして志摩子は…その手を…
「でもっ…でもっ!そんな…ちからっ…いりませんっ!!」
志摩子はサークレットを砂地へと投げ捨てた。
「人の道をっ!心を捨ててまで強くなりたいなんて私は思わない!間違ってる!!」
「人の世界を捨てた者が人を救うことなんてできるはずがない!!」
志摩子はギリギリの所で誘惑を断ち切った。
【もっとも困難な道を選ぶというのね…それもまた一つの選択】
その声が聞こえたかと思うとサークレットは波にさらわれいずこかへと流されていった。
はぁはぁと呼吸を整えたあと、
「きっと誰だってそう…大切な誰かをそして自分を失いたくない、そんな恐怖の中
悪魔に踊らされているだけ…力を力で祓ってもまた悲しみが巡るだけ…だから私は力なんていらない
たとえ弱くても優しいままでいたい…」
にっこりと笑う志摩子、ああ、これほどの悲しみを背負っていながら
どうして彼女はこんなに美しく笑えるのだろうか?
「お願いがあります・・・」
「手伝ってください、どうしても会いたい人がいるんです」
カタカタと身体を振るわせる志摩子、この娘はもう自分の姉が悪鬼となり果てていると
悟っていながら、まだそれでも最後の最後まで救うつもりでいるのだ。
「そして戻れないと知れば・・・お姉さまは、いえ佐藤聖は私が討ちます!」
志摩子にとって彼女が・・・聖が罪を重ねるのも辛かったが、それ以上に聖が他の誰かに殺されるのが辛くてたまらなかった。
それこそ彼女がもっとも憎む悲しみの連鎖に他ならない。
(たとえ祐巳さんでも、それだけは譲れない)
もしそうなれば納得はするが、一生涯自分は祐巳を恨み憎み続け、
そして親友に罪を背負わせた自分自身をも恨み憎むことになるだろう。
この感情だけは理屈や信仰で解決できる類のものではないのだ。
「だめだ!そんなことさせられるわけがないだろう!!」
叫ぶ鳳月、姉と慕うほどの大切な相手を討たねばならない・・・これほど残酷で悲惨なこともそうないだろう。
だが気持ちはわかる、自分も志摩子と同じ立場ならば・・・麗芳がもしも魔の手に落ち
敵となって向かってくれば・・・それを討つのは自分以外にはいない。
他の誰かが彼女を討ったとすれば、納得こそすれ一生涯自分はその誰かを恨み憎み続け、
そして自分自身をも恨み憎むことになるだろう、何よりその誰かに罪を着せたくなかった。
志摩子には聞こえないように小声でささやく緑麗、
「聖という者を見つければ、それがしは討つぞ」
「この者の手と何より心を血で汚させたくない・・・恨みは全て引き受ける」
それが志摩子の心に反することと知りながら、決意を打ち明ける緑麗。
「お主は早く行け、麗芳どのが心配なのだろう?」
少しだけ迷うそぶりを見せたが首を振る鳳月、
「この子を置いていったら、きっと麗芳は怒る…」
その時だった…不意に拍手が聞こえる。
「この絶望の島もまだ捨てたものではないな」
はっ、と振り向く3人、背後は波打ち際のはずなのに…
そこに立っていたのは、信じられないほど美しい白衣の男だった。
「失礼」
完璧な身のこなしで男は、すい…と3人の前まで進み出る。
「話は聞かせてもらったよ…志摩子君だったか…君は正しい…だが貫けるかね?」
「君の選ぼうとしている道はもっとも険しくそして困難な道だ、安易に強くなれる方法など
いくらでも転がっているが、君は何故選ばない?」
志摩子は満面の笑顔で応じる。
「言ったとおりです、力の連鎖は悲しみしか生み出しません」
「もちろん許せぬ悪も、倒さねばならぬ者も現れることは承知しております…ですが
力で祓う前に出来ることがあるはず、強すぎるそれは…その道を閉ざしてしまう、だから」
男は志摩子の顔をまた見つめ、クスリと笑った。
その美しさ…この世界に天国があり、そして天使が本当に存在するのならば
きっとそれはこんな姿をしているのだろうと志摩子は思った。
この人ならば…
「どうか力を貸してください!」
何故か自然に言えた、鳳月も緑麗も何も言わない、むしろそれが当然のごとく
ただ目の前の現実に存在する奇跡を呆然と凝視している。
「無論だ、私は女性の頼みは聞かないのがモットーだが、
君がその気高さを、優しさを失わない限り…私は君たちのそばにいよう」
白衣の医者はにこりと笑った。
「休息が終わったら行こう、今これよりこの地に集う者全てが私の患者となった、
そしてそれを治療するのが私の役目だ」
【藤堂志摩子】
[状態]:健康
[装備]:カーラのサークレット(紛失)
[道具]:デイパック(支給品入り)
[思考]:争いを止める/
【袁鳳月】
[状態]:健康
[装備]:不明
[道具];デイパック(支給品入り)
[思考]:志摩子を守る/
【趙緑麗 】
[状態]:健康
[装備]:スリングショット
[道具]:デイパック(支給品入り)、
[思考]:志摩子を守る/
【Dr メフィスト】
[状態]:健康
[装備]:不明
[道具]:デイパック(支給品入り)、
[思考]:病める人々の治療(見込みなしは安楽死)/志摩子を守る
現在位置【H−5/海岸/一日目、07:00】
(10:30まで休息)
これは面白いことになった。
ケンプファーは細煙草をくゆらせ唇をゆがめる。
「相反する道を選んだ親友同士か…このままならば激突は避けられまい」
福沢祐巳、そして藤堂志摩子のデーターを閲覧しながら紫煙をゆっくりと吐き出す。
片や力を得るため人を捨て、片や人でいるために力を捨てた。
「しかも互いの守り手は人類最強の請負人と魔界医師じゃないか…これは楽しみだね」
ディートリッヒが横から口を挟む。
「どちらが正しいかと聞かれたら君ならどう答える?」
「どっちも正しく、そして間違っている…かな?」
「少なくとも彼女たちは自分の信念に基づいて選んだ、もう交わることはないだろうね」
そう言って執務室を後にするディートリッヒ。
「余計な手は出すな、答えはまだ決まったわけではないからな…」
見透かされたのだろう、ケンプファーの鋭い突っ込みに肩をすくめる彼だった。
2005/05/19 修正スレ100
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