作:◆Wy5jmZAtv6
午前10時…日差しに照らされ砂浜がそろそろ熱を帯びだす、そんな頃合。
「しかしそんなに急ぐ必要もないだろうに、出来れば君とはもっと語りあいたい」
メフィストの優しい声に、ぶるぶると首を振る鳳月。
「い…いえ!俺そっち方面は興味ないんで」
「実に連れない、まだ若いうちから女性の害毒に侵されては将来が心配だと言っているのに」
「害毒以前にあんたに侵されそうだっての!!」
「失敬な!私がまるで無理強いをしていると言わんばかりではないか!」
優雅極まりない仕草で鳳月の手を握るメフィスト、それを払いのける鳳月。
「…只者ではないと思ってはいたが」
わずかな時間であったがメフィストが披露した数々の魔技は彼らを驚嘆・尊敬させるに十分だった。
しかし…だかしかし…。
「そういう趣味の持ち主であったか…」
血を吐くような声でうめく緑麗。
「惜しいような、でも納得できるような…そんな気持ちですね」
こちらは絶世の美形と美少女にしか見えぬ少年との倒錯的なやり取りを、熱っぽい瞳で眺める志摩子。
「やはり君も只者ではないな…」
緑麗はため息交じりで呟くのだった。
で、結局貞操の危機を見かねて緑麗も出発したいと言い出し
かくしてパーティーは二手に分かれることとなった。
志摩子がすごく嬉しそうで、そして残念そうな顔をしていたのが、妙に気になったが…。
ともかく二人は浜を離れ、草原の只中へと入ろうとしていた。
この辺でいいだろう。
緑麗はそっと目配せをする。
鳳月は頷いて懐から一枚の紙を取り出した。
まず初めに断っておく。
我々の体の刻印だが、ホールで殺された例の2人の死因を鑑みて、おそらく魂に干渉する作用があると思われる。
したがって、我々の思考とまではいかないが、何らかの形である程度の行動は筒抜けになっているだろう、
ゆえにこの方法を取らせてもらう。
君たちに頼みたいのは偶然を装いつつ、なるだけ多くの者に志摩子君の意思を伝えてもらうことだ。
ただし彼女の名前と刻印の話は伏せた上でだ。
注意点としては必ず君たちは二人一組で行動し、一人で動いている者には声を掛けないこと、
現時点で一人で動いている者は「乗った者」である可能性が高い。
またあまりに多人数の者たちにも声を掛けないほうがいいだろう、
所詮は呉越同舟、分裂の引き金にもなりかねない、そうなってしまえば水の泡だ。
主催側の目的は殺すことではなく争わせることが目的だろうと思われる。
ならばまずは彼らの思惑に乗らぬことが大切だということ、味方もなく怯えている者たちに冷静な判断を思い出させた上で、
争いを望まぬ者こそ多く存在しているということを教えることだ。
24時間で全滅というのは私が考えるにおそらく争いを加速するためのはったりに過ぎない。
不特定多数の魂に干渉し、なおかつ完全粉砕できるほどの呪いを行使するには莫大な負荷がかかる上に、
それ自体が彼らの敗北を示すものであるに違いないからだ。
いずれにせよ我々が動かなければ彼らも動かざるを得なくなる、そこで初めて反撃の機会が訪れると、
私は考えている。
なお、この刻印のことで何か調べている者に出会えればどんな小さいことでも構わないので、
書き留めた上で私に教えて欲しい。
お互い生きていればひとまずPM5時に以下の場所で落ち合おう、そこで成果を聞かせていただきたい。
幸運を祈る、そして願わくば君たちとそして私の求め人に出会えることを。
Dr メフィスト
PS ついては鳳月く…
その部分は破いて捨てた。
「なるほど…」
したり顔で頷く鳳月と緑麗、確かに多くの人が死んだ…だがその多くは、
状況もわからずただ闇雲に恐怖に飲み込まれただけに相違ない、被害者はもとより加害者も。
自分たちの他に同じ考えを持つものがいる、という事実、
それを知るだけでどれほどの励みになるだろう?
本当に血に飢えた者などほんの僅かに過ぎないはずなのだから。
「さて、行くぞ…お前も早く麗芳どのに会いたいだろうからな」
「そっ、そんなことはっ!俺は今崇高な義務感に燃えているんだってのに!」
図星をつかれたらしい、赤面してしどろもどろの鳳月、その仕草を見て少しだけ胸が痛む緑麗…。
「…うらやましいな」
「何か言ったか?」
耳聡く聞きつける鳳月、こういうことには耳聡い。
「何も…」
「いや言ったぞ!確かに聞いた!」
「うるさい!それがしが何を言おうとそれがしの勝手だ!」
「そんなこと言うとよけいに気になるじゃないかぁ!!」
たまらずグーで殴りつける緑麗。
「お前は小学生か!終礼時の学級裁判じゃあるまいし!!」
痛みに頭を抱える鳳月に怒鳴りつけると、一人でとっとと北へと進んでいく緑麗。
後を追ってくる鳳月の足音を聞いて、どこか安堵している自分を嫌だな、と思いながら。
そして…再び砂浜。
メフィストは彼らに託した手紙の中に一つだけ嘘を書いていた。
仮説に過ぎないが、この刻印が自分の考えたとおりの物ならば誰も死ななければ、
やはり24時間後一瞬で間違いなく全員死ぬ、これが彼本来の結論だった。
だが、それを彼らに教えて何になる、今は気休めであろうとも希望を与えることこそが、
最も適切な判断だと彼は考えていた、もとより仮説で他人を説得しようとは思わない男だ。
(しかし…)
メフィストは刻印を恨めしげに見る。
かのガレーン・ヌーレンベルグといえども、
これほどまでに大規模かつ精緻で高性能な呪いを構築することは出来ないに相違ない、
いや彼女ならばもしかしてと思える部分もある…生きていればの話だが、
メフィストは美姫との戦いで壮絶な死を遂げた大魔道士のことを思い出していた。
(やはりこれを打ち破らぬ限り、我々に勝利はありえぬか…)
「あの?」
志摩子が呆然とメフィストの顔を覗き込んで、慌てて顔を背ける
その頬はわずかに赤く染まっているようにも見えた。
「どうしたのかね?」
無造作に聞くメフィスト、
「いえ…」
まるですすり泣くように小声で返事をする志摩子…。
(神様、私は感謝していいのかどうかわかりません…何故こんなにまで美しい人を今の私の前に遣わすのです)
この人に魅入られてはいけない、この人は人の身で触れてはならぬ禁忌の存在だ…。
思わず十字を切って、さらに手を合わせる志摩子、
彼女は実家が寺なのにキリスト教徒という風変わりな境遇の持ち主だった。
そんな彼女を見つめるメフィストはやはり無表情のままだ。
「では我々も行こうか、まずは君の友人…福沢祐巳君か、彼女を探そう」
「あの…でもそれより…」
志摩子が何を言わんとしているのか感づいたのか、メフィストが応じる。
「昼間の吸血鬼を探し出すのは至難の技だ、こんな狭い島でも」
通常、吸血鬼は自分の寝床を決して、例え同族にも明かすことはない。
階級社会である吸血鬼の世界では陰謀・謀略は日常茶飯事。
最強魔族と詠われる吸血鬼たちでも昼間の寝所に刺客を送られればむざむざと殺されるしかない。
ゆえに彼らは本能で安全な寝床を嗅ぎ分ける力を持っている、おそらくは今ごろは夢の中だろう。
「だから今は人の時間だ、人として出来ることを考えたまえ」
それだけを言ってまた踵を返すメフィスト。
「ええ…」
少し安心し、そして何故か少しがっかりしながら、志摩子はメフィストの後についていった。
【袁鳳月】
[状態]:健康
[装備]:不明
[道具];デイパック(支給品入り)
[思考]:他の参加者に争いを止めたい意思を伝える /仲間を探す
【趙緑麗 】
[状態]:健康
[装備]:スリングショット
[道具]:デイパック(支給品入り)、
[思考]:他の参加者に争いを止めたい意思を伝える /仲間を探す
現在位置【G−6/草原/一日目、10:00】【残り90人】
(いったん中央部まで出た後、東に向かいます)
【藤堂志摩子】
[状態]:健康
[装備]:なし
[道具]:デイパック(支給品入り)
[思考]:争いを止める/祐巳を探す
【Dr メフィスト】
[状態]:健康
[装備]:不明
[道具]:デイパック(支給品入り)、
[思考]:病める人々の治療(見込みなしは安楽死)/志摩子を守る
現在位置【H−6/海岸/一日目、10:00】
【残り90人】
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