作:◆Wy5jmZAtv6
「もう目、覚めたんだ」
千絵は時計を見る、04:30…まだ2時間しか眠ってないのか?6時間は眠ったような感じがするが
「うん、アメリアも少しでもいいから寝たほうがいいよ」
「私は大丈夫、こういうの慣れっこだから」
スィリーは未だに暢気に眠りこけている…千絵は少しため息を吐いた。
「見張りならこいつにさせればいいと思うんだけど」
「いいよ、2人ともまだ眠ってて…というか」
そこから先は口にするのは憚られた、下手に起きて手伝うとか言われるよりは
自分1人の方が戦いやすい、とは
(リナさんならはっきりと言うんだろうなぁ)
先ほどの千絵と同じように少しため息をつくアメリア…そんな2人と一匹を高架の上から
舐めるように眺める影が一つ。
「欲しい…」
その影の主はいまや吸血鬼と化した佐藤聖だった、やはり犬猫の血では満足できず、
かといってお目当ての獲物にありつくまで我慢できなかったのだろう。
その瞳は爛々と熱を持って輝いていた。
下まで10メートル…今の自分なら何とかなる。
聖はゆっくりと高架の手すりの上に立ち、そこからゆっくりと体を傾けていく。
その体の傾斜が高架の柱と平行になったかと思った瞬間、聖は眼下の獲物に向かって柱を伝い
急降下を開始した。
(思ったそばから敵襲!!)
上空からの気配にいち早く気がつくアメリア、案の定千絵はまだ気がついていない。
見ると柱を伝い猛ダッシュをかましてくる、女性の姿、その動きは樹上に潜む猫科の猛獣を彷彿とさせた。
(狙いは千絵さんっ!やっぱり)
アメリアはようやく気がついた千絵を思い切り突き飛ばす、そして次の瞬間たった今まで千絵がいた
地点で聖の爪が空をきる。
哀れなスィリーがよけ切れず返しの裏拳を受け、近くにあったコンクリートの柱に叩きつけられる。
脳震盪でも起こしてしまったのだろうか、そのままピクリとも動かない。
聖はくるりとアメリアの方を振り向く、爛々と光る赤い瞳、そして唇から覗く牙…
(ヴァンパイア!?)
そう思うや否やアメリアは呪文を唱える。
「振動弾!」
相手がヴァンパイアなら長期戦になる、呪文の無駄遣いは…
しかしその相手はいつまでいつまで経ってもやってこなかった…
聖はアメリアの気弾を受けてとうにノックダウンしていた、いかに身体能力が強化されていても
戦闘技術は所詮素人だった。
「この人」
千絵とアメリアは気絶した聖の顔を眺める。
アメリアには見覚えがあった。
あの時、リナさんが去った後も泣き崩れる金髪のエルフ…皆気の毒だとは思ったが何も出来ずにいた
そんな中、そのエルフを慰めながらそっと人ごみの中につれて戻ったあの人だ。
見ると首に傷がある…
「かまれちゃってますね」
選択肢は2つ、このまま浄化するか…それとも解呪するか
まず解呪だが…この場合は彼女を噛んだ主の魔力との勝負になる。
主の実力は首の傷跡を見ればわかる…しかし
これほど鮮やかな傷を刻めるのは…想像するだに恐ろしいが魔王クラスの吸血鬼に違いない。
出来るのか?力も満足に使えない今の状況で。
なら…殺すか?
アメリアの手に白い光が宿る、この光を彼女の心臓に撃ちこめばそれで彼女は灰になる。
だが…アメリアにはどうしてもそれを行う気にはなれなかった。
確かに可能性は低い、しかしいかに困難であろうとも自分たちは、
これまで何度も乗り越えてきたではないか
「ですよね、リナさん」
アメリアの瞳にもう迷いはなかった。
夜の闇の中で、アメリアの呪文の詠唱が続く
それを固唾を飲んで見守る千絵、ちなみにスィリーはもはや忘れ去られている。
朝になる前に解かなかれば、この人が灰になってしまう。
アメリアはさらに魔力を集中しているつもりだが、
だが焦りと1人でいることの不安が集中を乱し、上手く呪文を織り上げることができない。
それに彼女は重大なミスを犯していた。
もしこの場にリナやゼルガディスがいたなら、聖の両手足を必ず拘束してから解呪に及んだだろう。
解呪の最中は完全に無防備になってしまう、その時に攻撃を受ければひとたまりもない。
アメリアとてそんなことは承知している。
しかし急を要するのと、ホールでの出来事での第一印象…彼女はきっといい人に違いない
この人は被害者なんだ、早く助けてあげないと…。
その思い込みと性善説に基ずくお人よしゆえ、彼女はその大前提を怠ってしまっていた。
息が乱れ、眩暈が止まらない。
アメリアはそれでも必死で残りわずかな魔力を集中させる、
しかし解呪が成功すれば消えるはずの聖の喉の傷跡はまるで変わらない。
やがて…膨らみに膨らんだ風船が萎むようなイメージが脳裏に浮かんだと同時に
文字通りガス欠状態になってアメリアはへたり込んでしまった。
そして…。
今まで自分を戒めていた厄介な光が薄れていく、薄目を開けて周囲を伺う聖
袖の下に隠していた剃刀をそっと掌へ滑らせ、そしてやはり猫のように鮮やかに右手を一閃する。
狙いは、あの白い服の女の子だ。
完全に不意を討たれたアメリアには対応するすべがない、ただわずかに眉を動かしたのみだ、その時、
「危ない!!」
アメリアの眼前でカバーに入った千絵の喉を剃刀が一閃、血煙が周囲を赤く染める。
さらに返す刃が、アメリアの顔面をも縦にざっくりと斬り裂いていた。
「あっ…ああっ」
「ああああっ」
「あああっ…ああっ…うわああああああっ!!」
3人の視界が真紅に染まる。
聖は噴水のように噴き出る千絵の血飛沫を顔面に浴び、恍惚の叫びを上げる。
千絵は激痛とショックでごぼごぼと声にならない悲鳴を上げる。
そしてアメリアの叫びは、自分に対する怒りとそして絶望の叫びだった。
アメリアは絶叫と同時にふらふらと立ち上がり聖に殴りかかるが、今度は形勢が完全に逆転している。
まして足元もおぼつかない状態では話にならない…、軽くいなされさらに背中に一撃…
そして足を滑らせ彼女はごろごろと崖下へと転がり落ちてしまっていた。
(リナさんリナさんリナさんリナさんリナさあぁん)
顔をざっくりと斬り裂かれ、さらに背中も斬られ…白い僧衣は真紅に彩られ、
そんな状態でアメリアはふらふらと森をさ迷っていた。
だが…それでも彼女は思う。
「わたし…間違ってませんでしたよね?」
血を流しすぎたか?意識が薄れる…だれかに気がついてもらえないと危ないかも…
大木にもたれかろうとして背中の痛みに顔をしかめ、うつぶせに地べたに倒れこむアメリア
「ゼルガディスさん、私のこと褒めてくれるかなぁ?」
最後にそれだけを言い残し、アメリアの意識はそこで途切れた。
一方、高架下からやや離れた路上では、
「ころしてぇ!!ころしてよぉ!!」
「気持ちはわかるわ、でも辛いのは最初だけだから、ね」
泣き叫ぶ千絵を慰める聖、千絵の唇からは…やはり牙が覗いていた。
そう、彼女は聖の洗礼を受けてしまったのだ。
泣き叫びながらも急激な渇きを覚え、ペットボトルを取り出す千絵…しかし
「ぐぇっ!」
蛙のような声を上げて全て吐き出してしまう。
「無駄よ…私もそうだったから…でもね」
聖は自らの顔にこびりついた血を両手の指でぬぐい、片手のそれを舐め取りながら
もう片方を千絵の口元に持って行く。
「舐めなさい…楽になれるわよ…ほら」
顔を背ける千絵を無視するように、聖は千絵の口に指を突っ込む。
ぞれでも最初は拒絶していた千絵だったが、やがてぴちゃぴちゃとみだらな水音が響いてくる。
聖は聖で指先の心地よい感触にうっとりと目を閉じ、しおりぃ…などと呟いている。
「これじゃ足りないわよね…2人で舐めましょう、うふふ」
千絵は差し出されたアメリアと、そしてまだ人間だった頃の自分の血で濡れ光る剃刀の刃に、
泣きながら舌を這わせる。
脳裏を貫く甘味と同時に人の心が溶けてなくなっていくような感覚に必死で耐える千絵
だがそれも時間の問題だろう…。
(物部くん…早くあたしを見つけて、そして…早くあたしを…殺して!)
【D−4/森林近く路上/1日目・05:00】
『No Life Sisters(佐藤聖/海野千絵)』
【佐藤聖 (064)】
[状態]:吸血鬼化/身体能力等パワーアップ
[装備]:剃刀
[道具]:デイパック(支給品入り)
[思考]:吸血、己の欲望に忠実に(リリアンの生徒を優先)/そろそろ寝床を探す
【海野千絵】
[状態]: 健康/吸血鬼化
[装備]: なし
[道具]: なし(支給品は高架下に放置、ペットボトルはポケットに入れていたと思いねぇ)
[思考]: 物部景に殺してもらう
(スィリーは放置状態)
【C−4/高架近くの森/1日目・05:00】
【アメリア・ウィル・テスラ・セイルーン】
[状態]: 重症・気絶
[装備]: なし
[道具]: 支給品一式+獅子のマント留め@エンジェル・ハウリング
[思考]: 不明/仲間を探し→主催者を倒す
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